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戦いの後にて①





「主人殿、早く目を覚ませ……さもなくば、イチジクが後を追いかねんぞ?」




私は、ベッドに寝転んで、ピクリとも動かない男に声をかける。




その声をかけた相手は、私の唯一にして絶対の主人だ。





デュラハンである私を受け入れてくれた彼は、身体中に包帯を巻いて、七日以上ずっと眠っていた。






コンコンッ……






領主の館の静かな部屋に、ノックの音が聞こえる。




「すまぬの……入ってよいか?」




この喋り方は、龍帝だろう。私は、手に持った自前のタオルを机に置きながら言う。




「ああ、もちろん構わないぞ?」




すると、案の定、艶やかな着物に身を包んだ女性がゆるりと入ってきた。



彼女は頭に二本のツノを生やしており、私と同じく、人間ではないことが分かる。





「フェデルタよ……領主の具合はどうじゃ?」



「……ああ、変わらずだな。今もずっと眠っている」



「そうか……」




気まずい。つい最近までは、私が眠っている龍帝を看病していたのに、変な感じだ。




「龍帝……もしかして、責任を感じているのか?」




私は、思い切って聞いてみることにした。




何があったのかは、だいたい龍帝に聞いている。


封印が出来ないことを主人殿に伝えたら、主人殿がカオスのもとに飛び出して行ったとか……




すると、龍帝はその眉を八の字にかえて、笑った。




「そうじゃが……そう思うのも仕方なかろう? 妾が弱いからカオスの封印が出来なかったと言っても過言ではないのじゃから」




龍帝はそういうが、それは違う。



私は知っていた、龍帝がどれだけ責任を感じ、頑張っていたのかを……




「主人殿のことなら、気にすることはない。このアホは、いつもこうやって、ボロボロになって帰ってくる……」




「じゃ、じゃが、妾はそんな領主に甘えてしまったのじゃ……」




「それも、いつものことだ。甘やかすのが上手いのだ……主人殿は」




自分も助けられた時のことを思い出しながら言った。

そこまでいうと、龍帝も諦めたようで、黙ってしまった。





「ところで……」



私は、一つだけどうしても気になっていたことを龍帝に投げかけた。




「龍帝、お前、なぜその魔力の指輪を左手の薬指にはめているのだ?」



「なぜ……とは、どういうことじゃ?」



「そのままの意味だ……左手の薬指は、婚約の証のはずだが?」



「…………そうか、知らなんだな? たまたま、この指輪の位置を変えようと念じたら、外すのは無理でも、はめる位置を変えることはできたのじゃ。じゃから、なんとなく……本当になんとなくその位置を変えたのじゃが……」





同じく女の私には分かる……こいつ、確信犯だ。





「……さて、なら私と結婚でもするか?」



「……なぜじゃ? 仮にするとしても、そこで寝ている男とじゃろ!?」



「いやいや、それをはめたのは私だ。何もおかしくはあるまい?」



「ちょっと待つのじゃ、この指輪は、領主が死にかけて盗んできた物だと聞いておるぞ?」



「……しかし、届けたのは私だ」



「それは、届けただけじゃろ? そもそも……」




龍帝が言い返そうとした時、ドアの方から声が聞こえた。





「はぁ……お前ら、怪我人前にして何騒いどんねん」





リューだ。片腕を包帯で固定しながら、そのボサボサの髪をわしゃわしゃと掻いている。




こいつは、とことん訳の分からないやつだった。




突然ふらっときたと思えば主人殿に取り入り、気がつけば裏切り者になっていた。



そして、姿を消したと思ったら、あの終焉の日、突然静止した森からやってきて、言ったのだ。お腹に大きな穴を開けながら。






「頼む……黙って聞いてくれ……このままやと、シルドーが、シルドーが死んでまう」





それで、龍帝以外の私たちは初めて、また主人殿がバカをやってることに気がついたのだ。





そこからは早かった。私の指揮のもと遠距離射撃隊が組まれ、龍帝の協力を受けて、イチジクによる方角、距離の指示のもと、総攻撃を開始したのだ。




そして、皆の懐に大量の経験値が入った頃、先に主人殿のもとへかけて行ったイチジクが、死にかけの主人殿を担いで森から戻ってきたのだ。






私は、そのボロボロのリューを見ながら言う。




「それで?『初代龍帝』殿は、コダマには事情を話してきたのか?」




リューが、初代龍帝で、同時にカオスであったことは、本人から、その事情とともにもう聞いた。



その内容は、いかにも主人殿が助けようとするようなもので、主人殿がバカをやったのも頷ける。





「……ああ、言ってきたで」



「なんじゃ? その様子からして、さぞやキツく当たられたようじゃの」





龍帝がリューをそう茶化すと、リューは勘弁してくれと、ため息をつきながら言った。





「やっぱ、この体のことについて、色々言われたわ」





この体……リューの体はコダマの父親のものだと聞いている。





「それで、許してもらえたのか?」





コダマからすれば、最愛の父の亡骸を、好き放題されていたことになる。



コダマが怒るのも無理はないだろう




「……あの子は、優しい子やな」




許してもらえたということなのだろうか?




ただし……とリューは続ける。




「もっとこの体を大切にせぇってさ」




「ふっ、そうか……コダマらしいな」




すると、リューはズカズカと、中にまで入ってきて、主人殿の横に立つと、ほっぺたを突き始めた。





「にしてもこいつ……いつまで寝とんねん」




「よせ、リュー……主人殿は本当に死にかけていたんだぞ」





七日前、イチジクに担がれてきた主人殿は、それは酷いものだった。




内臓はぐちゃぐちゃで、そのプラリと下げた両足は骨がむき出しになっていた。


出血のしすぎで顔は青白く、意識もない状態だったのだ。





「それが、ここまで持ち直すとは……本当に、この鍋蓋は常識はずれじゃのぉ」




ベットに軽く腰掛けながら、龍帝が言う。





「その常識はずれさで、物事を解決するのが、この男なのだ……それを見る周りの者の気も知らないで」






私たちが、そうして主人殿と穏やかな昼下がりを過ごしていると、トタタタタッという、せわしなく廊下を駆ける音が響いてきた。





その足音は、次第に近づいてきて、やがて声を発する。





「……今度こそ見つけた! 我が半身を呼び覚ます秘薬」





そう言って、フラスコになにかドロドロした液体を入れて持ってきたのは、田中ヨシミだ。




ヨシミは、主人殿が運ばれてきた日から、毎日毎日似たようなことを言って、色々持ってきていた。





確か、昨日は絶対に目覚める呪文……とかだった気がする。




「騒がしいぞ、ヨシミ」


「黙るのじゃ、ヤブ医者」


「また来たんか? このバカ」





その心無い三人の言葉に、ヨシミはムスッと頬を膨らませた。




「そ、そなこと言うお前らも、毎日来てるじゃかいか! なんだ、暇なのか?」




「わ、私は町の復興の合間に……」


「妾も、他の者の治療の途中にじゃな……」


「……えーっと、俺はぶっちゃけすることないからやな」





三者三様、本当は皆、主人殿が心配で心配で仕方ないからここにいるはずなのだが、誰もそれは言わない。




「……ふんっ、もういい! どくのだ!」




ヨシミはそう言うと、私たちを押しのけて主人殿の顔の横に立った。




そして、主人殿の鼻をつまむと、問答無用で、手に持ったフラスコを、主人殿の口へと押し当てた。




「さあ、体内にこの液を流し込むがいい! さすれば、汝の封印も解かれるだろう……」





うっ……なんとも臭くて不味そうな液だ。





龍帝は、その鼻を着物の袖で覆い、一歩遠ざかった。私もたまらず質問する。





「……おい、ヨシミ? 本当にそれでいいのか?」



「……問題、ないはず……」




ヨシミも、急に自信がなくなったのか、少し戸惑いが見える。





とにかく、フラスコの中身を空っぽにしたヨシミは、主人殿から離れた。




隣でリューが小声で言った。





「……それ、一層目覚めを遅くしとるような」





そうして見守ること一時間……






私は、ヨシミに詰め寄っていた。






「おい田中ヨシミ……何にも変わらないではないか」



「そ、そんなはず……」





しかし、事実として、主人殿はなにも変わっていなかった。





「はぁ……やはり、ヨシミに期待しただけ無駄じゃったか」



「な、なにおう……!!」






そうして、ああだこうだ言っていると、もう開いているドアが、誰かにノックされた。






顔を上げると、そこにはイチジクがいる。






「貴方達は、静かにする方法を知らないのですか?」






もうそんな時間か……?




私が窓ガラスに目をやると、もう空は暗くなっていた。





実は、この主人殿の看病には一つだけルールがあったのだ。



それは、昼間は誰がここに訪れようと自由だが、夜は何があってもイチジクだけがここにいる……というものだった。



これは、イチジク本人が決めたことであり、主人殿と最も長く一緒にいるイチジクの命令には、誰も歯向かえなかったのだ。






「……それでは、後は頼んだぞ」





私は、椅子から腰を上げて、ちらりと主人殿を見てから、その部屋を後にする。



それに続いて、残りのメンツも出てきた。




本当は、自分だってずっと主人殿のそばにいたい……が、そんなワガママを私だけ通すわけにはいかないだろう。





それに、私はこれから仕事があるのだ。




隣を歩くヨシミが、私の方を見上げて言った。



「フェデルタは、今から駐屯地の修復作業?」



「その通りだ。主人殿が起きた時、少しでも元どおりにしておきたいからな」





そう言った時、さっきの部屋の机の上に、タオルを忘れてきたことを思い出した。




「……おっと、すまない、忘れ物をした! 取りに行ってくる」





そうして私一人、くるりと反転してもとの道へと戻った。





そして、やけに静かな扉の前に着くと、その扉をゆっくりと押す。




「すまない、忘れ物を……」




私が小さな声でそう言って、入ろうとした時……衝撃的な景色が目に飛び込んできた。






イチジクが主人殿の横に座って、その手を握っていたのだ。





それだけなら、何でもない……





イチジクはもう片方の手で、主人殿の頬に手を当てながら、自身の顔をそこにグイッと近づけていたのだ。




そう、それは紛うことなきキス





あのイチジクが、普段罵声を浴びせる主人殿に……だ。







それを見て、とにかく混乱した私は、ドアをそっと閉めた。





「……え、えぇ…………」




高鳴る心臓が聞こえないか心配になりながらも、必死に息を整える。




そもそも、夜の当番がイチジクだけというのは、夜に襲われる危険性が高いからという理由のもとだ。



他の者だと守れないかもしれないし、逆にそいつが裏切り者の可能性があるかもしれないから、という話だったはずだ……




はずなのだが……






そこで、しばらく突っ立って落ち着いた私は、冷静に考える。




「いや……よく考えれば、イチジクは主人殿を不器用にも愛していた……これは、別に不自然なことじゃないな」





そう落とし所を見つければ、何の変哲も無いようなことに思えてきた。



私に、そういった経験がないだけで、あれくらい普通なのかもしれない……




なら、別に気にする必要はないではないか!





自らにそう言い聞かせて、私は復興へと向かった。なんだか、今日はいつもより捗る気がする。



今は、体を動かしたい気分だったから……





私は、痛む心に気がつかないフリをしながら、一晩中作業を行なった。









そして、明くる日の朝……八日目にして、ようやく領主様が目覚めたという報告が、町全体に伝わることとなる。


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