真の戦い③
「うそ……だろ……」
早まる心臓を抑えながら、頭に出てきた言葉をポツリとこぼす。
俺の手に持つこの刀は、懐かしのルビィドラゴンの体内で成長し続けた最強の刀のはずだ。
目を見張るような力こそ使えなかったが、その丈夫さと切れ味は、イチジクも太鼓判を押していた。
それに、これまで俺がどんな無茶な戦いをしたって、こいつだけは折れずにそばにいてくれたのだ……
その刀が今、目の前でポッキリいっている。
「しかも、この局面で……」
 
カオスを倒すには、この刀がいる。
カオスの右腕と左腕も、奪い去ったのはこの刀なのだから。
それに、最悪なのはそれだけではかったようだ。
  
その刀の奥……視界に写り込んでいたのだ。
両腕を破壊されて、怒り狂うカオスの姿が。
無視できないほどの存在感……彼からは、謎のオーラが充満し、殺気を具現化したようだった。
「……シルドー、お前は逃げるんや! 武器がないお前は、ただの足手まといや」
「何言ってんだよ! 俺だって!!」
情けないことに、その続きの言葉は出なかった。
やればできる? いや、SS級相手に俺の力などあってないようなものだろう。
役に立つ? いや、丈夫なことが何の役に立つ?
  
何もできないでいる俺の前で、カオスとリューはぶつかり合う。
手を失ったカオスは、得意の魔法を縦横無尽に操りながら、脚による攻撃を繰り出す。その一撃ずつが重く、リューへと突き刺さる。
「くそったれがぁあ!!」
リューは、その痛みに耐えながら、素早い拳と脚を無数に叩き込む……が、どれもカオスには通用しているのか微妙なところだ。
怒りに我を任せたカオスは、強かった。
あの、俺では手も足も出なかったリューが、カオスにおされていく。
リューの血飛沫が飛び、カオスの体を赤く染め上げていく。
「あと一手あれば……」
リューは、間違いなく強い。
ただ、決定打が足りないのだ。普通ならどんな攻撃でも、数を打てばそれなりの総ダメージになるはずなのだ……が、カオスにはその普通が通じない。
俺の刀のように、決定的なダメージを与える何かが必要のだろう。しかし、リューはそれを持ち合わせていない。
このままだと、確実にリューは死ぬ。リューが死ぬ……それはつまり、カオスと戦う相手がいなくなるということだ。それは、最終的にペイジブルの……イスト帝国の……世界の終わりを意味していた。
それでいいのか……?
自分自身に語りかける。
いや、ダメに決まっている。俺は善行を積まなければいけないんだ。何より、この世界には善行の対象が増えすぎた。
なら、どうする……?
覚醒でもするか? 無理だ。俺はそんなどこぞのヒーローのようなことはできない。だって、ただの鍋蓋なのだから。
そこで、思考を巡らせる。
リューに足りなもの……圧倒的な武力。
だが、それはいわゆる無い物ねだりだ。
ならあるものでどうにかしないとな……
何かあるはずだ。この最悪な状況を打開する方法が!!
今の俺にできること。それは、遠方からの観察だ。
リューとカオスの戦いをじっと見て、何か打開策はないか、考えを巡らせる。
何かないか……
何か……
何でもいい……
何か、奴を倒すヒント……ん?
何だ……この違和感は……
何か、さっきのカオスの動きに違和感を……
何なんだ……
何が引っかかったんだ……そういえば……
何故か、左脚の攻撃が多いな……
何故なんだ……左脚が強いから? いや……
何かを庇っているのか……?
何がある……その右側に……
そこで、一つ気がついた。
そういえば、リューは言っていた。死んだ瞬間の己自身……初代龍帝は、その右腕をなくしていたと。
その『右腹から内臓を垂れ流して』いたと。
カオスの姿はどうだ……? 出会った時、奴はもともと右腕をなくしていた。無くした右腕を補うように、枝の腕を付けていた。
「なら……奴の右の腹も、なんとか繋ぎ止めてる状態なんじゃないのか?」
しかし、それに気がついたからと言って、リューに大声で告げても、結果としてそれを実行に移すのは、難しいだろう。
カオスは、現時点で右側をかばいながら戦っているようだし、もし大声で叫んで、より一層カオスに警戒でもされれば厄介だ。
そこで、俺は一つの作戦……というにはあまりにも脳筋すぎる作戦を思いついた。
俺は大きく息を吸う。
「〜〜っ、ふぅ……チャンスは一回きり」
これをミスすれば、二度と同じ手は通用しないだろう。
カオスが、俺を戦力外として見ている今しか出来ない。
リューとカオスの攻防を見ていても、リューがあと数分も保たないことは、明白だった。
「……っし、やるか」
静かにそう宣言し、スキルを行使する。
「【巨大壁】(サーフィンバージョン)」
  
ふわりと砂が浮き上がり、俺の足元に確かに目には見えない壁が、横倒しに設置された。
音がしないように、右足、左足の順に巨大壁の上に乗る。
その上でバランスをとり終えると、動くように指示を出す。
それは、カオスの方向へ……
始めはゆっくりと、そしてその速度を次第に上げていく。
周りの景色がグングンと変わり、カオスとの距離が縮まっていく。
もっと速く! 今カオスに気づかれたら、それで計画はおじゃんだ。
速く! 速く! 速く!
あのとき、リューに負けたような速度じゃダメだ。もっと、もっと……人を超えろ、人の枠にとらわれるな!
俺は…………鍋蓋だ!!!!
そして、カオスの背後から迫った俺と、カオスとの距離がゼロになった。
カオスは、リューとの戦いに集中していたのか、ここに来てようやく気がついたようだ。
瞬間的に、俺を囲むように魔法が発動され、それらは容赦なく俺を攻撃する。
身体中を駆け巡る衝撃と痛み
しかし、これももう慣れたものだ。
「……ったいなぁ!!」
そう文句を言いながらたどり着いた俺は、すぐさま巨大壁を解除して、カオスの足に背後から抱きついた。
「動きを封じた、今がチャンスだ!!」
無防備な俺など、五秒もあれば、カオスにボコボコにされて終わりだろう。
……しかし、今の俺には五秒でも十分な時間だった。
この五秒でことをしくじれば、俺は死ぬ。
自ら生きるために、俺は叫んだ
  
「右腹だァァア!! 右の腹を狙え!!」
大丈夫……リューならやってくれる。
「俺を信用しろ!! 俺も、お前を信用して命懸けてんだぁぁ!!」
残り三秒……
「わあったよぉぉおおおお!!!!」
リューの心強い声が聞こえる。
カオスも焦りを感じたのか、俺を足からひっぺがそうと、俺の上に空からの多量の岩の雨を降らせる。
ドゴゴゴゴゴォォオッッツ
それは全て着弾し、俺の背中を抉っていく。
しかし、その間にリューもカオスの目前へと迫っていた。
俺の声とリューの声が交差する。
残り一秒……
「「いっけぇぇぇええええええ!!!!」」
ドゴォォオォォオンンッッツッッツ
「ァァアアァァアァァアアァァア!!!!」
カオスのものと思われる耳を劈く音が、辺り一帯に響き渡る。
それを合図として、上から大量の血が噴射した。
魔法は止まり、俺が握りしめる足もその力を弱くしていった。
  
そして……
この戦いの終焉を告げるように、パタリ……と音がした。
それは紛れもなく……
カオスが倒れた音だった。
「ははっ……やったな、リュー」
「せやな……相棒」
安堵した俺の言葉に、俺の上に乗っかった岩をどけながら、リューは笑った。
岩を取り除いてもらいようやく自由になった俺は、フラフラとそのおぼつかない足でステップを踏みながらも、立ち上がる。
「……本当に、俺たちでやったんだな」
目の前の、うつぶせに倒れてピクリとも動かないカオス……いや、今は初代龍帝と言うべきか? を見ながら、呼吸を整える。
「ほんま、お前は無茶するで」
リューは、例の岩の瓦礫の上に座りながら、そう言った。
しかし、この時の俺は忘れていた。
ボスというのは、大抵の場合、第二形態があることに。
そして、もちろんこのカオスは、ボスレベルだというのに。
 




