真の戦い②
 
「それじゃ、いくぞ……リュー」
「ああ、お前には迷惑かけるな……シルドー」
その瞬間、俺とリューは走り出していた。
地面を力強く蹴り、風と一体になる。
「出オチで死ねぇえ!!!!」
すると、残り数メートルに達した時、ようやく俺たちの存在に気がついたのか、初代龍帝……いや、カオスは、こちらに向けて、木で出来た右腕を突き出してきた。
「今更、何もできないだろ!!」
もう、俺の刀はカオスの首筋に届こうとしている。カオスは反応するのが遅かったのだ。
もらった!!
そう思った時、腹部に複数の衝撃と痛みが走った。
「……ゴブゥフゥッ」
口から血が溢れ出し、カオスが遠くなる。
 
「嘘、だろ……」
突然の出来事にパニックになりながらも、痛みの引かない自分の腹の辺りを見る。
ザクザクザクザク……
そこには、カオスから伸びた何か鋭いものが突き刺さっていた。
そこで、ようやく状況を把握する。カオスが右腕から、大量の鋭く尖った木を発射したのだと。それは、至近距離に迫った俺に全弾命中し、その勢いも相まって、俺は吹き飛ばされたようだった。
「ゴホッ……俺の、装甲をぉ……早々に破ってくれるなよ」
左手でその枝をしっかりと握り、右手で持った刀を自らの前で振って、枝を断ち切る。
「にしてもイチジク、先手必勝、全然ダメだぞ?」
文句を言いながら、口から流れ出る血を左手の甲で拭い、刀を杖にして立ち上がる。
前を見ると、リューは、すんでのところで躱したらしく、今もカオスとサシで戦っていた。
カオスの繰り出す無詠唱による魔法を、魔法はおろか、魔術も使えないリューは獣人の鍛え抜かれた身体だけで避けていく。
さすがは、リューだ。一切無駄のない動きで、彼はカオスの攻撃に対処していく。
しかし、それは同じ魂を持つカオスとて同じこと。むしろ、手数の多いカオスの方が、有利な状況だ。
「……こんな安い攻撃で、俺を倒せた気になるなよ!」
俺は、【巨大壁】(弾丸バージョン)を展開し、リューに当たらないように気をつけながら、カオスを狙う。
そして、発射。
……ビュンッ
風を切る音ともにそれは見事に直線に飛んでいき、カオスのもとへと届く。
しかし……
目には見えない攻撃……のはずなのに、カオスはそれを右へ左へと軽々と避けていく。
まぁ、それは予想の範疇だ!
俺の目的は、このリューが一方的に攻撃される状況をなんとか変えることにあった。
 
その時だ。
ここぞとばかりに、リューが攻め込む。その重い拳は、カオスの顔面に迫り……
カオスは、その細い左腕を顔の前に持ってきて、それを簡単に止めた。
「マジか、あんな軽々と……」
いや、初めて体を使って防ぎにきたんだ、良しとしよう。
そう自分を励ますが、それと同時に巨大壁が消滅した。集中力に限界がきたのだ。
「なら、接近戦に持ち込むだけだ!」
再び、刀を持って大地を蹴る。
すると、俺の存在をようやく眼中に入れたようだ。
カオスは、足と左手だけでリューに対抗し、右腕だけをそっとこちらに伸ばしてきた。
俺相手には、あの木の枝だけで充分だと?
「あんまり、舐めるなよぉぉ!!」
ビュンッビュルルルル!!!!
案の定、カオスから大量の木の枝が伸びてくるが、それでも俺は前進を続ける。
カオスの攻撃が頬をかすめ、脇腹をえぐる……が、この距離なら、防御力に全振りしている俺の体を傷つけることはできない。
「さぁ、ひたすら丈夫な俺の体、とくと堪能しろよ!」
走る、走る、走る。
木の枝を躱して躱して、当たって、躱して……
出来る限りは刀でいなしつつ、突き進む。
すると、いくら攻撃しても突撃してくる俺を危険視したのか、カオスはその枝の量と太さを変えてきていた。枝はより多く、一本一本を大きく。
それらは、容赦無く俺の体に突き刺さる。
……が、俺は豪快に笑って叫ぶ。
「はっはっはっ、痛くも痒くも無いぞ!」
嘘だ、本当は殺して欲しいほどに痛い。痛い。痛い。
通常なら、確実に死に絶えるレベルの攻撃。
これは、俺だからこそできる戦い方。
俺は、腹に突き刺さった枝を握りしめて、そのまま一気に引き抜いた。
ワインのコルクを取ったように、そこから大量の血が吹き出す。
しかし、俺止まらない。右手に持った刀をより一層強く握りしめ、リューとカオスのいる場所へと走る。
俺には、リューほどの戦闘スキルはない。だから、唯一持つ絶対的な防御力を活かさなければならない。いくら痛くても、それが出来なければ、俺である必要がなくなってしまうから。
だから……止まってたまるか!!
いよいよ、俺の刀はカオスの目前へと迫る。
そして……
ブンッ!!
そんな空気を引き裂く音とともに振り下ろした俺の刀は、カオスの頬をかすめた。
カオスは直前で左に逸れることで、『俺の攻撃』を躱したのだ。
「よそ見すんなやぁあ!!」
しかし、躱したのは俺の攻撃であって、正面でやりあっていたリューの攻撃ではない。
俺の攻撃に対処した結果、カオスはリューの一撃をもろに受けた。
ドゴッという力強い音とともに、カオスの体は、後方に吹き飛ぶ。
しばらく宙を舞ったカオスは、砂煙をあげながら、地面に落下した。
「よしっ! とりあえず、一発目」
「こっからやで、相棒」
そう言うリューも、一発決めれて少し嬉しそうだ。
互いに拳を合わせて、不敵に笑った時……
カオスが吹き飛んで砂煙の上がるあたりから、大量の岩がこちらに向かって飛んできた。
「やばっ、【巨大壁】!!」
その緊急事態に、急いで巨大壁を展開する。
雨のように降る岩……もし普通の人がここにいれば、みんなぺちゃんこになって死んでいただろう。
ガゴンッツ! ドスンッ! ゴォオン!
次から次へと、巨大な岩は巨大壁に衝突していき、壮大な音を立てて破裂していく。
ガンッ、ゴンッ、ゴゴゴゴンッ
それは、砂煙が晴れるまで続いた。
「そろそろ、限界なんだが……」
俺が苦し紛れにそう言うと、その声が聞こえたように攻撃がやんだ。
そして、砂煙が晴れた場所には……
ほぼ無傷のまま、こちらを睨むカオスが佇んでいた。
それを見て、後ろにいたリューが軽口を飛ばす。
「はっ、我ながら、丈夫な体やで」
「お前……マジで勘弁してくれよ」
こうして、圧倒的な実力差が明確になったところで、第二ラウンドの幕が切って落とされた。
カオスはなんの迷いもなく、一直線にこちらに走ってくると、その拳を振り上げてそのまま巨大壁へと振り下ろした。
……パリンッ
そんな呆気ない音とともに、岩の雨すら防ぐ巨大壁が、目の前でキラキラと落下していった。
「上等じゃぁあ!!」
俺はすかさず刀を構え、カオスを迎え撃つ。
縦横無尽に伸ばされる拳をその身に受けながらも、決して刀での攻撃をやめない。
左からリューの一撃が、カオスの右手と激突する。
なら右からと、刀を縦に一閃……が、それはヒラリと躱される。
カオスはその反動をバネとして、リューに蹴りによる攻撃を仕掛けた。
リューは、バックステップでそれを避け、そのあと、一気に距離を詰めて二度目の攻撃へと移る。
俺も黙ってそれを見ているわけではない。カオスの頭上に展開していた【巨大壁】(重力バージョン)を、一気に叩き落とした。
カオスは押さえつけられ、カオスの足元を中心に、地面に亀裂が走る。
リューは、その仕組みについて理解したようで、しゃがんだ状態で、カオスに突っ込む。
俺は、腕に力を入れて、少しでも巨大壁が沈むように、巨大壁へ指示を飛ばした。
その時、リューの拳がカオスの顔面に炸裂した!!
「……っ!? ダメだ、避けろリュー!!」
カオスは、たしかにリューの一撃を顔に受けたはずなのだ……しかし、カオスは強かった。
そいつは、殴りにより顔を歪めながらも、表情一つ変えないで、リューの腕を掴んだのだ。
そして、そのままリューの体を引き寄せ、空いていた右手でリューの首を締め上げた。
「……ぐぁぁぁああああああ!!!!」
リューの苦しげな叫びが、鼓膜に響く。
じっとしていられなくなった俺は、ほぼ無駄だと分かった巨大壁を解除して、刀を右手に走る。
「その手を、離せぇえぇ!!」
刀を両手で振り上げ、そのまま一閃……
カオスの木でできた右腕に狙いを定めた攻撃は見事に当たり、その腕を切り落とした。
同時に、リューが地面に落下する。
「……ガハッ!! ハァ……ハァ……」
リューは、その木の手を取ると、両手両足を地面についたまま呼吸を整える。
「退がれ、リュー!!」
俺はカオスとリューの間に立つと、カオスに刀を向ける。
カオスは、自分の切れた右腕を無表情にジーッと見つめ、次に俺の方を見てきた。
こいつ、状況が分かってないのか?
最強の存在であるカオスにとって、今の出来事は、想定外だったのだろうか?
とにかく、キョトンとしているカオスを挑発するように俺は言った。
「見ろカオス! この刀だ、これと俺がお前の腕を切り落としたんだよ」
言葉では通じないかもしれないと、俺は地面に転がるカオスの右手を、刀を逆にして地に突き刺した。
その瞬間だ。
表情のなかったカオスの顔に、はっきりとした表情が浮かんだ。
彼は、その眼を鋭く尖らせ、眉を中心に寄せた。歯を閉じたまま口を横に開き、その尖った歯でギリリッと歯ぎしりをする。
「なんだ? お前……怒ってんのか?」
その瞬間、カオスはその左手を思いっきり引いたまま、こちらに移動してきてた。
走った……と言うよりは、一歩で飛んできたと言う表現の方が妥当であろう。
カオスの声にならない声が、目の前に来たと思った時には遅かった。
カオスによる、魔法の付与された左手のストレートは、ここに来るまでの勢いも加わり、とんでもない強さになっていたのだ。
流石にこれをもろに食らうのは、やばい。
そう直感が告げる。
「こんにゃろぉおぉおお!!」
とっさの判断で、刀を前へ。
しかし、カオスの拳は、その軌道を変えることなく直進し……
ガコンッッッツッツツツ!!!!
カオスの拳と日本刀が衝突した。
間に凄まじい衝撃が走り、両手で刀を持ったまま、俺は後方へと飛ばされる。
それは、カオスも同じようで、互いに弾きあう。
いくら踏ん張っても、体は止まらない。両足が地面を削り、浅い溝ができるとともに、砂煙が辺りを覆う。
そして、数メートル踏ん張った時、バランスを崩して、体が浮き上がった。
このままでは、踏ん張りの効かなくなった体は、吹き飛ばされる……そう覚悟を決めた時
「おっと、……ははっ、ギリギリ、セーフって……やつやな」
背中を何かに押され、体が止まった。
  
「リュー!? 助かった!」
後ろに目を向けると、リューが両手で俺のことを支えてくれていたのだ。
「いいってことよ! それより、ようやったな!」
そう言って、リューはアゴでカオスの方を指す。
なにを……
そう思いながらも、カオスの方を見ると、カオスは見るも無残になっていた。
右手がないのは、承知の上だが、もれなく肉が付いていたはずの左手まで無くなっていたのだ。
左腕からは止めどなく赤黒い液体が吹き出している。
それを見ると、先ほどまでの焦燥が喜びへと変わる。
「……ははっ、やったぞ! 両腕を破壊した」
カオスは両腕を失ったが、対する俺たちは、ボロボロではあるものの、まだ戦える状態にある。
「行けるぞ!! この刀で、あと一撃でも浴びせることができれば……」
この刀……先程、カオスと激突した刀を振り上げながら、リューの方を見た時だ。
ピシッッツ……
 
なにやら、聞きなれない高音が耳を刺激した。
そして、それに続くように金属音が続く。
パキッ…………カランッ……カラカラッ……
「え……?」
その音はすぐ側からしており、目の前のリューの顔を見れば、それは初めて見る表情だった。
口をあんぐりと開け、その耳をピンッと緊張させている。
 
「おま……そ、それ……か、か、か、かた、かた、な……が……」
そこまで見れば、何となくなにが起こっているのか予想はできた。今の状況で、最低最悪な予想……
俺は、溢れる冷や汗を拭うことなく、自らの手の方にゆっくりと目をやった。
ギギギという鈍い機械音が聞こえてきそうなように、首をゆっくりと回す。
すると、そこには確かにあった……いや、なかったという方が正しいのかもしれない。
とにかく、あったのだ。
俺の手に握られた、刀の柄と鍔……そして、半分に折れた刃が。
 




