リューの記憶にて④
リウが勝手に変な解釈をして、婚約してから早一年……俺は、エルフで言うところの一張羅を身にまとっていた。真っ白な絹でできたそれは、肌触りが良く、なかなか上等なものだと分かる。
すると、同じ服を身にまとったリウが、こちらを見ながら、頬をあげる。
「あら、なかなか似合ってるじゃない! 素敵よ、だ・ん・な・さ・ま!」
「ほんま、なんでこんなことになっとんのかな……」
そう、今日は俺とリウの結婚式なのだ。
突然の婚約宣言は有効とされ、俺の知識を欲しがったエルフたちは、それを祝福した。その証明ともいうべきか、もうここは集落というより、村にまで発展している。
特に、この村の象徴とも言える、木と瓦でできた日の本の邸宅は、これからの我らの愛の巣となる予定だ。
その中には、和風の代名詞ともいうべき畳が敷き詰められ、これからは俺のお気に入りの場所となるのだろう。
「ほら、楽しむわよ! 今日は、生け贄の私と、ドラゴン……じゃなかった、龍のあなたの、最高な一日なんだから!」
「そう……やな、よっしゃ! 楽しむで!」
「ええ! そうこなくっちゃ!」
それからは、歌えや踊れやのどんちゃん騒ぎだった。酔っ払いどもが寄ってたかって、俺たち二人を囃し立てる。
「おうおう! リウちゃん、楽しんでるか?」
「ええ、もちろんよ! 龍帝様と一緒なら、いつだって楽しいわ」
リウのやつ、また照れもせずに……
「ひゅうひゅう! あっついねぇ? リウちゃんは、本当に龍帝様のことを愛してんだなぁ」
「ええ! 心の底から愛してるわよ!」
そう言ってリウは、俺の肩にその身を預けてくる。彼女は俺を信用しているのか、本当に全体重を俺にかけてきているようだ。
「だってよ、龍帝様! 龍帝様は? 龍帝様は、ちゃんとリウちゃんのことを愛してるのか?」
こいつ……とことん人というのは、酔ったら手がつけられなくなるな
俺は、リウがのる肩とは逆の方に目を向け、口を尖らせて答える。
「そんなもん、し、知らんわ!」
「おやおや? 照れてるのかい?」
「そんなんちゃうわ! 勘違いすんな」
すると、リウはますます俺に擦り寄りながら、言葉を紡ぐ。
「私は、龍帝様が私を愛してくれてると知ってるわ? だから、口にしなくても問題ないのよ」
こいつも、こいつで……
そんな文句じみたことを思ったが、まんざらでもない俺は、おそらくリウの言う通りなのだろう。
「ほんま、幸せもんやな……」
まぁ、そんな互いに想い合っていればこそ、できるものもあるわけで……
「んぎゃぁぁあ、んぎゃぁぁあああ」
結婚してから二年経った冬、俺とリウの間に、子供が出来た。その子は元気な男の赤ちゃんだったが、エルフでも、人間でもない特徴を持っていた。
「ふふっ、すごいわこの子! 頭に立派なツノが生えてるの! それに、なんだか、とんでもない魔力を持ってるみたいよ!」
そう、エルフと龍(……いや、ドラゴンと言うらしい)の間に生まれたこともあり、その赤ちゃんには二本のツノがついていたのだ。
「さすがは、俺たちの子やな? きっと、将来はすごい美男子になるで」
いまなら、前世で理解できなかった過保護な親の気持ちが分かる気がする。
「そうね、きっとお父さんみたいに、いい男になるわ」
その日の晩は、『二代目龍帝』が生まれたとして、これまたどんちゃん騒ぎになった。
それから、月日は流れ……
「それでは、父上! 行きましょう!」
「せやな、行くか……狩り」
今年で十六歳になる息子は、立派に成長し、今ではその魔法の力のおかげで、この森で俺に次ぐ強さを持つ存在になっていた。
「あら、危険のないようにするのよ」
リウは、もう三十歳を軽く超えているというのに、相変わらず若々しい、美人な人である。
「はい! 母上、行ってまいります!」
元気なのは、我が一家だけではない。この村の人たちは皆、健康的で元気だった。始めてきた頃の風景を思い出すと、感慨深いものがある。
「あら、龍帝様に坊ちゃん! この前は、井戸の滑車? とかいうの付けてくれて、ありがとうねぇ」
「ああ、おばちゃんか、気にせんでええで」
村でそんな何気ない会話をして、狩りに行き、帰る。帰れば、家には自慢の妻が手料理とともに待っていて、それを親子三人で仲良く食べる。
こうして、幸せに包まれたまま、俺は死んでいくのだろう……
そう思って、いや、そう願っていた。
しかし、それはある日を境に儚くも崩れ去る。
それは、まるで今までのことが夢で、急に目が覚めて現実に引き戻されるような……必死で丈夫に、丈夫に作り上げた砂の城が、一夜の大雨で、全て台無しになるような……
いや、そんな言葉でも言い表せない。
どんな言葉を使っても表現できない。
いくら言葉を重ねたところで、それら全てが安い言葉に思える、それほどの出来事だった。
一言で表そう。
リウが死んだのだ。
それは、どんよりと曇った空の下、リウはズタズタに引き裂かれた状態で、森の中で発見された。
彼女は、俺と初めて出会った場所に、一人で向かったらしかった。
そこで、魔物に襲われ、死亡した。
俺は、彼女の亡骸を抱きしめて泣いた。泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて………………
そして、笑った。
愚かにも、最愛の者を殺された俺は、狂ったように笑った。
「はっ……はっはっはっはっは!! もういい……もう、いい……殺したる。この森の魔物を、全部!! 無残に、残酷に、卑劣に、滑稽に、無慈悲に、残虐に、冷血に、冷酷に、凶悪に、跡形もなく、魂すら残らんように!!!!」
そして、最後に俺はリウだったものを、優しく抱きしめて、耳元で呟いた。
「そう言えば、最後まで言えんかったな……」
これは、本心。この言葉には嘘偽りない、真実の言葉だった。
最初、なし崩し的に結婚した当初は、リウのことが本当に好きかどうかわからなかった。だが、失った今なら、断言できる。
「愛しとる……いや、愛しとったで」
それを最後に、俺は立ち上がった。もう、後ろは振り向かない。
この辺りに、リウを殺した魔物がいるかもしれないのだ。
見つけ次第、殺す……。
リウの葬儀は息子、二代目龍帝に任せ、心の中のリウの温もりがある間にと、俺は一人森にこもった。
殴りすぎて、腕の皮がめくれても、攻撃を受けて、傷だらけになっても、気にしない。そんなものより痛いものを俺は知っているから。
千切って殴り飛ばし、腹が減れば、その肉塊を拾って食べた。リウの手料理じゃない以上、何を食べたって一緒だ。腹に入ればなんでもいい……それで、魔物を殺せるのなら
そんなことを続けて、数年……いや、数十年かもしれない。時々、俺を探しに息子たちがやって来たが、俺はあえて隠れた。あの村には、リウとの思い出が多すぎたのだ。
そして、殺して殺して殺して……
気がつくと俺は……
情けなくも地面に転がり、その命を終わらせようとしていた。
「ぐぞぉ……まだ、まだ全部殺しぎれでないのに……」
まだ立ち上がろうと、手足を動かすが、それらはピクリとも動かない。かろうじて動いた首を自らの腹部へと向けると、内臓がぶちまけられていた。それは、紛れもなく俺のものである。
「もう……終わるんやな……」
確実に、俺はここで死ぬ。
リウの仇も取りきれないままに……
そして愛する者を失ったドラゴンは、ドラゴンを愛する者たちを置いて、愛する者のために、死んでいった……




