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リューの記憶にて①



「それじゃ、君は……異世界に転生ね?」



「イセカイ? なんやねん、それ」





俺は今、訳の分からない簾の前に立っている。



そこで簾の向こう側の人間に、イセカイ? とかいうところに生まれ変わるように言われているのだ。





おかしいな……さっきまで、婆ちゃんと一緒に最新の『千歯こき』をつかって稲をすいとったはずやのに。






俺は、生まれも育ちも播磨の男だ。播磨は、京の都からすこし西に行ったところにある国である。




つい先ほどまではその播磨の地で、最近お江戸の方面からやってきた千歯こきをつかって、

脱穀をしていたはずなのだ。




その最中、確か誰かの叫ぶ声と、曲者がどうのこうのという声を聞いて……助けに行こうとした。




そして、気がついたら美しい彼岸花が咲くだだっ広い土地に降り立っていたのだ。その後、川を渡ってここに来たという訳だ。






簾の向こうの若い男は言う。





「異世界はね、君の元いた世界とは違う世界ってことだよ」




「はあ……つまり、俺は今から日の本とは別のところに行かされるんか?」




「うーん、ちょっと違うんだけどね……まぁ、認識としちゃ間違ってないよ」





俺が別の国に? それはあかん!





俺がいなくなれば、婆ちゃんはひとりぼっちになってしまう。





「そのイセカイ? って所に行くのは、断れるんか?」




「それを聞くということは、断りたいのかい?」




「そうや、婆ちゃんが一人で農作業をやるんは、しんどいやろからな」





すると、簾の向こうの男は、すこしあきれた様子で言葉を並べた。





「あー、もし断ったとしても、君が元の国に戻るのは無理だよ? だって、君はついさっき死んじゃったんだから」




彼は続ける。




「死んだ人が生き返ったら、驚いちゃうでしょ? だから、断ったとしても行くのは天国か地獄になるね」





俺が……死んだ?





その言葉は、ストンッ……と、いやにすっきりと、なんの抵抗もなく心の中に落ちてきた。






「そう……なんか……」





無意識に絞りでた、漠然とした俺の頭からの返答。




「おや? 死んだと聞かされて取り乱しているのかい?」



「……いや、むしろ納得しとるで」




それが意外な反応だったのか、簾越しに男は驚いた声を上げる。




「ほう……君は、どうやら有望そうだね」




「そうか? そりゃ、どうも」





褒められて、素直にそれを受け入れる。





すると、しばらくの静寂の後で、男は切り出した。








「決めたよ! 君にはドラゴン、いや、君に通じるように言うなら……『龍』になってもらう!!」




「龍……リュー!?」




龍って、ホンマに存在しとんのか!?




俺は、絵でしか見たことのない龍という存在に、鼓動が早くなる。




……ん? 今、龍になってもらうって言ったんか?





俺は、一つ一つ確認するように、正確に言葉を並べた。





「……ちょっと待て、今、俺が、龍になるって言ったか?」




「うん、異世界ってのは出来たばかりの世界でね? そこで龍の圧倒的な力を使って、文明を築いてきて欲しいんだ」





文明を築く……?




自身が龍になるということすら飲み込めないのに、さらにこれまた訳の分からない試練を押し付けられて、頭が回らない。





「そ、そんなこと言われても、俺は出来る自信ないで?」





すると、お気楽な男は、よく考えもしないで言う。





「大丈夫、大丈夫! ここに来たら、大抵みんなはそう言うから! それに、君には龍の力があるんだ、どうとでもなるさ」





なんちゅう無責任な……





呆気にとられる俺を置いて、話は進む。






「とにかく! こんなところにいても仕方ないから、いっておいで」




「え……ちょっと待てや!?」




簾の向こうの男の声に、傍に控えていた鬼が反応して、その大きな体を揺らしながらこちらにやってきた。



彼は俺をひょいっと持ち上げると、小脇に抱えて左の襖に向けて歩き始める。




「待てって! 俺が龍? 意味わからんぞ!! そもそも、お前は誰やねん!?」




とりあえず、何か気を引こうと、俺は必死に言葉を選んで吐き出した。





「おや……? 自己紹介をしていなかったかな?」





男の声が聞こえて、鬼はその足を止めた。






「僕はね……『閻魔様』死後の行き先を決める者だよ!」






は……? 閻魔様?






いや、鬼という存在がいる以上、閻魔様だっていてもおかしくはないとは思う。だが、問題なのは、本当にこのひょうきんな男がそれに該当するのか、ということだった。






そこで、思考を巡らしたのがいけなかった。





一旦止まった鬼は、再び何事もなかったかのように歩き始め、その襖を右にシャーッと滑らせたのだ。




「ちょ……まっ!!」




必死で止めようとする俺の耳に、簾越しの声がはっきりと聞こえる。






「それじゃ……ご多幸を」





「龍って、空飛ぶんやろ!? 俺は、高いところが……あっ」





続きを言う前に、鬼が俺を襖の奥にヒョイッと放り投げた。






「苦手やのにぃぃいいいい」







かくして、俺の龍生活が始まったのである。


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