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封印のときにて③



カオスの封印が失敗してから、一時間ほど過ぎた頃、龍帝とリューを除いた俺たちは再びカオスと向き合っていた。そこにはここ最近龍帝の護衛をしていたフェデルタの影もある。




「いよいよ駐屯地が飲み込まれたか……」




かつて、コダマたち警備隊が対カオスように設立していた駐屯地は、今や見る影もなくなっていた。


柵はとうの昔にやってきた魔物たちに破壊されていて、テントも木々によって潰され、ひしゃげている。





「はい……これでも攻め続けたことで、大分抑えられているはずなのですが、さすがはSS級と言ったところでしょうか」





イチジクは抑えられているというが、もうカオスはその木々を町の中にも生やそうという勢いだ。




「これ以上侵攻されたら、町が破壊されることになるし、ここらで防がないとな……」




俺がそう呟きながらカオスへと目を向けていると、駐屯地に待機していたマッソーが片手を上げながら近寄ってきた。





「龍帝さんの件、言ってやってきたぜ? 龍帝は今目覚めたから、封印できるのは明日……ってことでいんだよなぁ?」



「ああ、それで間違いない」





俺はあえて、一度封印に失敗したことは伝えなかった。これからカオスとの戦いがあるのに、無駄な混乱を招きたくなかったし、マイナスなイメージになるようなことは知られたくなかったのだ。





「にしても、駐屯地が破壊されて、この辺にも動く木々が生え始めてよぉ? 正直、もうこの町もダメかと思ってたから、その知らせは助かったぜ」





確かに封印は近いが、その実、安心はできない。龍帝が再びカオス封印をすることができるのは明日からだ。





厄介なのが、このまま放置してると、明日には町が跡形もなくなってる可能性が高いってことなんだよな……





このどうしようもない現実に、俺はため息をつきながら、最善策を考える。




「よし……大変にはなるけど、またカオスの足止めをするか」




俺が意を決してそう言うと、マッソーが「しょうがねぇな」と笑いながら尋ねてきた。




「足止めってぇと、また核のあるっていう巨大樹を目指すのか?」




「いや、もうそれはいい。今日は、魔物やカオスが町に入ってこないように、この辺りで防御陣を張って、撃退することに専念するぞ」





そもそも核の情報が信用できない以上、むやみに攻めるのは得策と言えないだろうと判断したのだ。





「今度は、全員で防御に徹するってことで間違いねぇな?」




マッソーの確認に、俺は首を縦に振る。




「ああ、町に入ってくるカオスは、片っ端から排除してくれ」




「了解したぜぇ」









かくして、人族、獣人族、エルフの総勢二百人を超える者たちによる、カオス防衛線が始まった。





俺は、その最前線で指揮をとる。



「生えた木々は、片っ端から燃やしていけ!! 遠距離からの攻撃を心がけるんだぞ!」




目の前に広がるのは大森林、俺たちは、背後にあるペイジブルの町を守るべく、立っていた。


森の木々は、怪しく蠢き、不気味な魔物の雄叫びが耳に響く。





「魔物は、冒険者と獣人でなんとかするんだ! 一匹も通すなよ! 援護射撃のエルフがやられたら、まずいことになる」





その指示を、誰よりもカオスの近くで行う俺は、目の前に現れたマッスルボアを切り伏す。





くそっ、本当にキリがないな……






だが、ここで弱気になってはダメだ。リーダーである俺がそんなこと言っていては、他のものに示しがつかないだろう。




俺は、自分に言い聞かせるように叫ぶ。





「持ちこたえろよ。今日さえ乗り切れば、あとは龍帝がなんとかしてくれる」





「「「「うぉぉおおお!!!!」」」」





背後からの威勢のいい声が、アドレナリンを刺激する。





「マスター、西側が押されているようです」




こんな状況でも無機質な声を発するのは、オートマタのイチジクだ。彼女は、従者としてずっと俺について来ていたのだ。





「よし、ここは俺が抑えてるから、そこへのヘルプに行ってくれ」



「ですが、私がマスターから離れるわけには……」




「なんだ? 心配してくれてるのか?」





「……は? いえ、マスターはへなちょこのポンコツなので、他の者の足を引っ張らないかと不安になったまでです」




「お前、もしかしてツンデ……」




……ドゴォォオオン!!





俺がその続きを言おうとした時、背後で岩が炸裂した。


目の前にはビーム砲を放った状態のイチジクが立っており、それが飛来した岩を破壊したのは明白だ。




「……ほら、だから危険だと。私は言われた通り西側の援護に行きますから、気をつけてください?」



「……は、はい」





それ以上何も言えなくなった俺は、走り去るイチジクを見届けてから、カオスに向かい合う。




「……おい、カオス! お前のせいでまた恥ずかしい思いしたじゃないか!!」




女の子に助けられる男って、どうよ?





……ああ! なんか、無性にイライラして来た




「てめぇ、ここから先、魔物どころか、木の一本たりとも通さないから、覚悟しろよ?」




その言葉とともに、右手に刀を持った俺は、走り出した。体が一筋の風になり、凄まじい速さで飛来する岩石をヒラリヒラリと躱す。




「ふっはっはっ! もうそんな攻撃、見飽き……ぼふぇぇ!?」





たぜ! そうカッコつけて言おうとした時、飛んできた手のひらサイズの岩が、顔面に直撃した。




……痛いなぁあ!! いくら丈夫でも、痛みは人並みに感じるっていうのに!!




「やり返しだ! この野郎!!」






そう叫びながら、刀を思い切り振るう。その刀身は、つい三秒前に生えた巨大な樹を、いともたやすく切り裂いた。




「ブモォォオオ!!」




樹を切って油断した俺の背後で、人のものではない声がする。




「【巨大壁】!!」




とっさの判断で、真後ろに通常の【巨大壁】を展開する。




ガンッッツ!!




すると、案の定魔物が迫っていたらしく、透明な壁に、何か物体がぶつかった。

急いで体を捻じ曲げて、その物体を確認すると、それは巨大なウシのような魔物であることが分かる。




「クソッタレ!」




その物体が魔物だと分かった瞬間、【巨大壁】を、巨大なウシの上に移動させる。




……そして




「潰れろ!!」





そんな言葉とともに、【巨大壁】を下に叩きつけた。





それは、ウシに襲いかかり、ウシは上から謎の重圧を感じることになる。





「ブ……ブモォォ」





ズンッッツ






ウシの周辺の地面が陥没し、ウシは立っていられなくなって、膝を折り曲げた。





「おい、お前なかなかに耐えるな?」





……が、それも時間の問題だ。




さらに押し付ける力を強くしたことで、ウシの体はみるみると沈んでいき、最後には地面に押し付けられる形で、動かなくなった。




「見たか! これが俺の真の実力なのだよ!」





しかし、舞い踊ったのもつかの間……





目の前の木々をかき分けて、俺の強敵が現れたのだ。それ相手では、俺のお得意の防御が全くの無意味と化す……そして何より、刀による攻撃が一切効かないのが最悪だと言える。




「うねうね動く川……最悪だ」




こいつの攻略法としては、エルフの氷魔法による凍結が、最も現実的で簡単となっている。



ヨシミくらいの魔術師にでもなれば、炎で蒸発なんて芸当も出来るらしいが、どちらにせよ魔法も魔術も使えない俺は、あれへの対抗手段を持ち合わせていないのだ。






こうなったら……





俺は、周りに誰もいないことを確認すると、小さく言葉を紡ぐ。





「【進化】鍋蓋」





その瞬間、眩い光があたり一帯を照らした。それはまるで、二つ目の太陽のような光をもたらすと、自然とその光を弱めて、消えていった。





その光の中心……そこには、一つの鍋蓋が転がっている。





『俺は鍋蓋ですよ? 襲う意味なんてありませんよ?』




鍋蓋に声を出す器官などないから、それは無音に過ぎないが……





あれ……? 本当に来ないのか?





俺の思いが通じたのか、蠢く川は俺の隣を通り過ぎていった。




「こんなのに騙されるとか、なんか拍子抜けだな」



もう一度【進化】で人の姿になりながら、そんな調子のいいことを言う。





とにかく今は、動く川以外の相手を頑張るかな




鍋蓋になって脱げてしまったレザージャケットを着なおした俺が、そう思ってカオスの方に向き合った時……





カオスの標的が変わったことに気がついた。






よく考えれば、服を着る余裕があったことがおかしいのだ。カオスの多種多様な攻撃は、さっきまで止まることなく続いたいたのだから。





「こいつら…………空を狙ってるのか?」





空を飛ぶ岩や、大地から生えた力強い木々は、みなはるか上空のある一点を狙っているようだった。





カオスの攻撃線に沿うように、俺は顔を上へと向ける。





「……? 何かが飛んでる?」




どうやら、カオスはそれを落とそうとやっきになっているらしかった。




それは遠く、ここから見れば黒い豆粒のようだ。その豆粒は、飛んでくる岩をうまく避け、時々それを何かしらの攻撃で叩き落としていた。




「……あれ、近づいてきてないか?」




豆粒サイズだったそれは、次第に大きくなり、こちらに接近していることが分かる。




よく見ればそれは、大きな翼が生えた馬のような形をしていた。周りにはバリバリと雷をまとい、伸びてくるツタを蹴散らしていく。




「って……ペスじゃないか!!」





そう、その空飛ぶ黒い豆粒は、紛れもなくフェデルタの愛馬、ペスだったのだ。





何でこんなところにペスが!?





ペスは、領主の館に繋がれていたはずだ。それに、もしペスが抜け出して自由の身になったとしても、行く先はフェデルタになるだろう。


 しかし、今ここにフェデルタはいない。 フェデルタは少し離れたところで戦っていた。




「ヒヒィイイイイン!!!!」





しかし、ペスはやはり俺に用事があるらしく、上空から一直線に俺の方に降りてきた。





ふわりと羽ばたき、砂埃が舞う。





「……ゴホッ、ゴホッ! おい、男嫌いなペスが俺なんかに何の用だ?」





ペスが着地したのを見て、すぐさま駆け寄る。




彼はボロボロだった。黒くなったその肌からは血がながれ、自慢の羽は普段の艶を無くしていて痛々しい。




「ヒンッ!!」




言葉が喋れないペスは、俺の目を見てからクイッと頭を斜め後ろに捻った。




「……乗れって言ってるのか?」




確認のために聞いてみるが、ペスからの返答はない。




……え、乗っていいの? あの男は嫌いだってスタンスのペスに?




以前乗ったことがあるが、それはフェデルタと一緒だから許されたことのはずだ。




「いや、そもそも、ペスはなんでこんなところにいるんだ?」




この時、俺の頭はフル回転していた。





ペスは何を伝えたいのか? ペスはなぜここにいるのか? 俺はこの場を離れても問題ないのか?





顎に手を当てて、目を瞑る。





ペスは、加勢に来た……と言うよりも、俺をどこかに運ぶために来た……っていう方がまだピンとくる。




「うーーむ……」





その時だ、何かに首根っこを掴まれた。




「……あれ? ペス、苦しんだけど?」





どうやら、ペスがその歯で俺を首根っこから引っ張り上げたらしい。





「ブルヒィィン」





ペスの鼻息が首の後ろに直にかかる。





首が生暖かくなり、足が地面から離れる。





「……え? 足が地面から……って、ちょ、浮いてる! 浮いてるよ!!」





……ブウォォォン!!





やがて大きな音を出して、ペスは、俺の首根っこを掴んだまま、再び空へと舞い上がったのだった。




舞った砂煙が、大声をあげた俺の口に入り、ジャリジャリとした不快な感触に見舞われる。





「分かった! 乗るから! 一旦下ろして、下ろせってぇええ!!!!」




必死にそう叫ぶ……が、ペスが俺に優しいわけもなく、カオスの攻撃が飛び交う中、俺はそのまま宙ぶらりんの状態で送迎される。





途中から、これは夢だと自分に言い聞かせ、目を瞑ったまま飛ぶこと数分、ペスはどこかに着地した。





「……ペス? もう目を開けても大丈夫か?」





足が地面についていることを確認た俺は、手を前に伸ばして、安全を確認しながらペスに尋ねる。




しかし、それに対する言葉はなく、噛まれていた服を離される形で返答が来た。




「大丈夫ってことだよな?」




俺は、ゆっくりと目を開ける……




と、そこには煉瓦造りの大きな建物がそびえ立っていた。目の前には大扉があり、施された装飾から、なかなか立派な人が住んでいることが分かる。





あれ、でもこの景色どこかで……





「って、ここ領主の館じゃないか」





見たことがあって当然だ。ここは、現在の俺自身の家なのだから。




俺はたまらずペスの方を見る。





すると、彼は俺を扉の中に入れたいらしく、背中をその顔で押してきた。




「俺に館の中に入れって言ってるのか? でも、今館の中にいるのは、休んでる龍帝くらいだぞ?」





それでもしつこく押すペスに折れる形で、俺は目の前の扉に目をかけた。





ガチャリ……





聞き慣れた音が耳に届く。




まず目に飛び込んできたのは、ざっくばらんに散りばめられた雑具の数々だった。これは、決して掃除が行き届いていないわけではない。カオス封印のために設置したままなのだ。




そのまま半分開いた扉を、ゆっくりと全開していく。




あれ……? 散らかってたはずなのに




俺が出ていく前は、リューと一悶着あったせいで、もっとぐちゃぐちゃだったはずなのだ。それが、今は封印を始める前のように、規則正しく雑具が並んでいる。




「龍帝が、封印の準備をしたのか?」




そうして、扉を開ききった時だ。




フロントの奥、階段の下で倒れている人が目に入った。





「……龍帝!?」





そのうつ伏せになった人は、白い着物を着ており、その格好だけで龍帝だということが分かる。





俺は、目の前に広がる雑具を避けるようにフロントをぐるりとまわって龍帝のもとに駆けつける。




「龍帝! しっかりしろ!!」




龍帝の前に来た俺は、膝を曲げて、龍帝を仰向けにしながら体を揺らす。




「…………んぁ? 領主……一人か?」




すると、龍帝が苦しげにその真名子を開いた。毛穴のない綺麗な額には汗が流れ、息遣いも荒い。





「あぁ俺だ! 一人だが、何があったんだ!?」





そう叫ぶと、俺の姿を確認した龍帝は少し安心した笑みを浮かべながら、口を動かす。





「なぜお主がここにいるかは分からぬが、これは好都合なのじゃ……」



「ちょっと黙ってろ! 今すぐに医者を」





呼んでくる! そう言おうとした俺の手を、龍帝がガッチリと掴む。





「よすのじゃ領主! 今は妾の話を聞け!」




……なんだ?




振り払っても良かったが、俺はその龍帝の必死な顔につられて、その場に止まる。





「妾は今から、お主に……いや、この町全てにかかわる重大なことを話す」




龍帝は、重大というところに強い意志を込めてそう言った。





「その前に、龍帝の治療を……」





「それはよい! 単刀直入に言う……しかと聞くのじゃぞ?」





ゴクリ……口に溜まった唾液が喉を通る。





自然と、物音一つ立てまいと、体が硬直していることに気がつく。





そして、龍帝はその瞳を真っ直ぐに俺に向けて、いよいよ口を開いた。








「……妾には、今のカオスを封印し直すことは不可能じゃ」







「……え?」






それは、どこから出たのか分からないような腑抜けた声だった。そもそも、俺から出たのかも怪しいような、自分自身、聞いたこともないような声だ。





「それは、どういう……」





「実はお主もおった最初の封印の時から、薄々そんな気はしておったのじゃが…………」






そこで、一度目の封印のときの龍帝の様子を思い出してみる。






そういえば、苦しそうな顔をしていたな……



それに、言われてみれば、リューのせいで封印が失敗したというのに、あれだけ謝罪してきた理由も頷ける。






「つい先ほど、一人で封印を行おうとしてこのざまじゃ……それで、確信を持った」





それを聞いた俺は、怒るでもなく呆れたため息を出した。






「はぁ……お前はまたそんな無茶を」



「無茶などではない。これは本来、妾が続けなければならかった封印を、解くような事態にしてしまった妾のせいで起こった悲劇じゃ!!」





龍帝はこんなことを言うが、それは違う。断固として違う。もし世界中の人たちが、この一件を龍帝のせいにするのなら、俺はその世界中の人たちを片っ端から殴りてけていく所存だ。





「それは違うぞ龍帝」





「なにも違わぬわ。妾が封印すべき怪物だったのじゃから……」





そこまで聞いて、聞き分けのない龍帝に、俺もプツンときた。





「妾が封印すべき!? はっ! 笑わせるな! ちょっと生まれが特殊だからって、そんなことする必要ないんだよ! いいか? その耳の穴かっぽじってよく聞けよ?」




ここまで一気にまくし立てた俺は、もう止まらない。




「善行ってのは、ボランティアなんだよ! 本来してもしなくても良いものなんだ。龍帝、お前がしてたカオスの封印は間違いなく善行だ。だから、それができなくても気にしなくて良いんだ」




そうして俺は穏やかに続けた。




「俺は善行が大嫌いだ。だから、お前もそう気にやむな」





それは、龍帝のために言った言葉であったが、龍帝は、それでも鋭い眼差しを俺に向けてきていた。





「……しかし、だからといって封印できなければ、この件が解決することはないじゃろ? 龍帝の立場に立つものとして、この責任は妾にあることは明白じゃ……だから、妾はこれから単独でカオスを足止めする。その間に、町の者たちと逃げて欲しいのじゃ」





「お前、人の話聞いてたのか? だから、責任なんて感じる必要はないんだよ」





「いいや、龍帝として、職務を全うできなんだのじゃ、これは償いきれるものではない。大丈夫、こちらにはお主のくれたこの指輪がある! これのおかげで、妾の魔力は桁違いなのじゃ!」




「そんなこと俺が許すと思うか? そもそも龍帝、お前、その指輪のせいで、魔力以外は皆無だろ? そんなもん、接近戦で剣が掠っただけで死ぬぞ?」




「ふんっ、そんなもの、カオスが近くに来る前に妾の魔法で破壊し尽くしてくれるわ」




「…………カオスは四方八方から攻撃してくる化け物だぞ? そんなもん無理に決まってる」




「ええい、しつこい! それでも足止めくらいにはなるじゃろ!? 妾は龍帝として、それをする必要があるのじゃ!!」




「……はぁ、黙って聞いてりゃさっきから、龍帝として、龍帝だから、龍帝の責任……って、じゃあ聞くぞ?」





そもそもおかしいのだ。





何が龍帝だ! 何が封印だ! ふざけるな、なぜ龍帝だけが苦労しなければならないんだ! 別に、龍帝が何をしたわけでもないのに、なぜこんな重荷を背負わされるんだ!





 善行なんて、クソ喰らえだ。






俺は、かがんだまま龍帝の両肩に手を当てて、こちらを向かせる。







「龍帝としてじゃない。あの一緒に盗人を待った時のワクワクした顔のお前は! お腹すかせて、腹を鳴らして顔を赤くしてたお前は! 料理を手伝おうとして木の枝を集めた時の子供みたいなお前は!…………ただの人としてのお前は!」




そこで、一拍起き、息を思い切り吸い込む。







「……どうしたいんだ?」





 ここで、龍帝が逃げたいと言えば、一緒に逃げてやるつもりでいた。俺だって龍帝によるカオスの封印が無理だと分かった以上、ここに留まる理由はない。


 封印が無理なら、ここから先はただただ負け確定の戦いになるからだ。





 すると、龍帝は言った。





「妾は、足止めをしたい」





「足、どめ?」





 俺はいまいち理解できずに首を傾げる。





「ああ、足止めじゃ。領主、お主には逃げて欲しいのじゃ。この町の人々を連れての」





「なるほど、その間の足止めがしたいと言うことか?」





「そうじゃ」





 龍帝が己の指輪に目を向けながら続ける。





「この指輪のおかげで、妾は大量の魔力を手に入れた。これを使えば多少の足止めができるじゃろ?」





 それを聞いて、龍帝を睨む。





「それで? 足止めしてどうするんだ? 確かにお前の死のおかげで俺たちはそれなりに遠くまで逃げられるだろう……が、どのみちカオスにやられて終わりだ」





 カオスの増幅はこの世界を覆い尽くすまで終わらないだろう。なら、結局逃げたところで、生きている時間が多少伸びるだけで、死すことに変わりはない。




 すると、龍帝は少し笑って応える。





「ふふっ、それを言えば、妾がここから逃げても同じことじゃろ? それに、妾が時間稼ぎすればその間に、領主、お主が何か妙案を思いつくかもしれんじゃろ」






「それはない」





 会話は続く。






「領主よ、妾はお主に何を言われようがここで足止めをするぞ? 死地くらい自分にも選ぶ権利があるじゃろ?」





少し、笑いながらそう言った彼女は痛々しかった。




こいつは、いつまでたっても……





俺は龍帝の肩に当てた手の力をぐっと強める。





「龍帝……俺の目を見ろ、本当にそれでいんだな?」



「ああ……お主には世話になったのじゃ」





「もしカオスの件が片付いたとして……これから作っていく、この町の人たちとの生活の中に、お前はもういない……これでいんだな?」




「ふっ、ああ、妾はこういう定めじゃったのだろう」




「シルやシア、リンにだって、龍帝は死んだと伝えるぞ?」




「……おい、奴らの顔を思い出させるのは卑怯ではないか?」




「きっとあいつらは龍帝が大好きだから、泣いて悲しむだろうなぁ」




「ふんっ、そうかもしれんが、関係のないことじゃ」




「そうかそうか、なら、お前が死ぬ前に遺言とかあるか?」




「いや、妾だって死ぬ気は無いのじゃぞ? もしかしたら、うまくカオスを倒せるかも……」




「いや、それは絶対の絶対に無理だ。お前は確実に殺される……カオスにな」




「……お主、酷いことを言う奴じゃの? もしそうであったとしても、ここは応援するところじゃろうが」




「はんっ! 俺に気を配れと? それは無理な相談だな」




「お主と言う奴は……」




「あーぁ、しかし、俺があのエルフたちと一緒に新しい町を作っていこうっていうのに、そこにお前はいないのかぁ」




「…………そうじゃ、妾は龍帝として、呑気にそこにいて良い存在では無いのじゃ」




「まぁ、仲間をおいてこの世を去る無責任なリーダーなんて、確かにいらないとは思うけどな?」




「別に、妾だって…………いや、なんでも無いのじゃ」




「そうか……じゃあな、龍帝? 短い付き合いだったけど、それなりには楽しかったよ」




「…………うむ、さらばじゃ領主! 先ほどの会話で分かった、妾はどうもお主と気が合いそうにないのじゃ」




「そりゃどうも、そんなこと言われたら後腐れなくて清々するよ」




「……やはりお主、食えない奴じゃの」




「よく言われる」




「…………じゃが、妾はお主のそんなところが嫌いではない」




「俺も自分のそんなところ、好きだよ」




「本当にお主は…………ふふっ、心残りがあるとすれば、バカみたいなお主のこれから納める町というものを見れなかったことかの?」




「……おっ、じゃあ、見れば良いだろ? 税金さえ収めてくれれば、お前だって歓迎するぞ?」




「いや、何度も言うが、妾がそこにいる資格はない」




「資格? 何言ってんだか? 俺はその町の領主、トップなんだぞ? 住むための資格なんて、いくらでもくれてやるさ」




「そんな好き勝手しておったら、すぐに滅ぶぞ?」




「大丈夫だろ? 何たって、シルやシアやリンがいるんだ、何も怖くない」




「…………夢みたいな町じゃな」




「ふふんっ! そうか? だが、それくらいのワガママは聞かれて当然だろ」




「ワガママ……か」




「ああ、自分の好きな奴らに囲まれて生きるっていうワガママだ」




「お主は気楽で良いの?」




「いやいや、お前だってそれくらいのワガママ言っていんだぞ?」






そこで、俺は少し笑みを浮かべて、気軽な感じで聞く。







「……もう一度聞くぞ? お前は、どうしたいんだ?」








すると、龍帝はじっくり、じっくりと時間をおいて、目に涙を浮かべた。







「………………妾も、妾も、是非、その町で暮らしたいのぉ」




涙があふれ出るように、言葉もあふれ出る。





「妾じゃって、シルやシア、リンたちと一緒にいたいし、他の種族の者たちとも仲良くなりたい……お主の手料理も食べたいし、おめかししてお主の治める町を歩いて回りたい」




もうここまで聞けば十分だ。十分すぎるほどに龍帝の気持ちは伝わった。




俺はすくりと立ち上がると、泣きじゃくる子供のような龍帝の手を引いて立ち上がらせた。





「ようやく正直になったな! 任せろ、その望み、俺が叶えてやろう!!」





自分自身、カッコつけたことをしてるな……と思いつつも、手を引いたまま、ズカズカと扉の方に進む。




足元にはカオスに見立てた雑具があったが、気にしない。



そのカオスの模造品は、俺が進むことによって破壊されていく。







「ほら、行くぞ龍帝! ちょっと協力してもらうぞ?」



「……ぐすっ……本当に良いのか?」



「ああ、どうせ善行するなら可愛い子の為って決めてるからな」



「……善行か……本当に変わったやつじゃの?」




そうして、龍帝は涙を浴衣の袖でぐいっと拭くと、笑顔で言った。




「任せるのじゃ! じゃが、いざと言うときは本当に足止めに使うのじゃぞ?」




「あぁ、そのときは遠慮しないよ」

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