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森との戦いにて①


太陽が頭の上で輝き、そのきらめきを遺憾なく発揮しているころ、昼食を食べた俺は、その他大勢と一緒に始まりの森の前に立っていた。




「うわぁ……近くで見ると、ますます異常な光景だな……」




そう呟く俺の前では、木々がその幹をうねらせて、自由に伸縮していた。枝葉は、それ自身が意思を持っているかのように、風によるものではない、ウネウネとした独特な動きをしている。




「はい……それに、二日前までここは、駐屯地の訓練場だったそうですよ?」




後ろからそう言うのは、俺のチームとして付いてきたイチジクだ。いつものように凛と佇み、両手を前で揃えている。




「マジかよ……カオスってのは、こうやって侵攻してくるのか」





これは早めに手を打つ必要がありそうだ。カオスは森……足があるわけでもないから、移動手段としては、木々の増殖……ひいては森の拡大に限られるのだろう。




「そのようですね……ただ、幸いにもまだ町にまでは侵攻していません。それを止めるためにも、核のある方へ向かいましょう」




「ああ、そうだな……」





イチジクの言うことに同意した俺は、共に進むエルフ三十人、獣人四十人、冒険者十人……それに、イチジクとリューを含めた計八十二人を見渡す。





「目標はこの森の直進にある巨大樹だ。敵は強大で未知の相手だ。恐れるなとは言わない……が、怖じ気ずくなよ?」





 それに応えるように戦士たちの威勢の良い声が聞こえる。





 あぁ、そう言えばひとつ大切なことを伝え忘れていた。






「あと、領主なんだから、みんな俺のことは守ってくれ」





 戦の前にはそぐわない笑い声が聞こえて来る。





皆が無事に帰ってくることはありえない……そんなことは分かっていた。恐らく、笑っている彼ら自身も、それはよく分かっているのだろう。




それでも、俺は嘘をつく。




「俺たちはカオスの侵攻を止めるだけでいい。そうして時間さえ稼げれば、目を覚ました龍帝がなんとかしてくれるからな。だから……死ぬな。死ぬ必要もないのに死ねば損だぞ?」





すると、そうして演説する俺の後ろで、突然地面が不自然に隆起した。それはまるで、話す俺を急かすような……やってくる挑戦者を侮辱するような現象だった。




「命大事に……だ! 忘れるなよ?」





それだけ言うと、俺は始まりの森……カオスの方に目を向ける。





動く森を見ると、体が震える。



いや、これは武者震い……だ







俺は刀を抜くと、その刀身を森に向けて振り下ろし、それと同時に大きな声を上げる。



「それじゃあ元気に……突撃ぃいいい!!」



「「「「「「うぉぉおおお!!」」」」」」






そんな爆音を背に、俺は走り出した。


もう後ろは見ない。






森に入った瞬間、目の前に俺の身長ほどの岩が飛び込んでくる。

それは、とんでもない速度を持っており、何のためらいもなく、俺に衝突した。




ドンッツツツツツ!!!!




しかし、すぐにそれに気づいていた俺は、刀を鞘に収め両手でその衝撃を受け止めることに成功していた。




「ふぅぅうう……おんりゃぁあぁああ!!」




その岩は、止められたのにもかかわらず、その速度を緩めずに、むしろより力強く俺を押してくる。





ズ……ズズ……ズザァアぁ




足で踏ん張るも、地面ごと身体が後ろに持って行かされそうになる。






「おい、岩! お前、どう言う原理で動いてるんだよぉ」




後ろでも、あちこちで雄叫びと、岩の砕ける音がすることから、みんな必死に戦っていることがわかる。




踏ん張る俺と、容赦なく突っ込んでくる岩……そんな激突の最中、イチジクの声がした。




「マスター、伏せてください」



「……!? りょーかいした!!」





そんなことをすれば、この岩は、容赦なく後ろにいる仲間を攻撃するだろう……が、イチジクがそんなこと許すはずがない。





そう判断した俺は、岩から手を離すと、すぐさまその場にうつ伏せになった。






その瞬間……






ドゴォオォオオ……ボゴンッ!!





……バァアアアンッッ!!!!






「くっ……」






俺の上で何かが弾けた。





その音を合図にしたように、上から、先ほどの岩の残骸と思われる小石が、パラパラと降ってくる。






「イチジク……てめぇ、ビーム砲打ちやがったな」



「その通りです、マスター。この連携も、信頼の裏付けですね」





え……いや、そうなのか?






そんなことを言いながら、優雅に歩いてくるイチジクを見ると、それが正しいようにも思えてしまう。






「まぁ、助かったのは事実だしな……」






俺は、降りかかった砂つぶを払いながら、両手を地面につき、立ち上がる。





「……って、マジかよ」






その時、初めて後ろを見た俺の前では、獣人たちが暴れまわっていた。





彼らは、飛んでくる岩(俺のよりは小さかった……ホントに!)を真正面から殴り飛ばし、粉々にしていたのだ。




「はっはっは!! 久し振りにこんなごっつい戦闘するけど、血がたぎるで!!」




特に、リューは人差し指を親指でグッと押さえ込み、そのまま放つ……デコピンで全てを破壊している。





「あいつ、どんな指してるんだよ……」






それに驚きを隠せないが、こんなところで止まってはいられない。





さらに奥に進むべく、俺は足を進める。





「ついて来い、イチジク!」


「承知しました、マスター」




そうしてカオスからの攻撃に対処しつつ、森を進むこと十分……背後から悲鳴が上がった。





「うわぁああ!! たずげ……で……」






それを聞いた俺は、反射的に声のした方を見る。





すると、そこには蛇がいた。

いや、蛇というよりは龍に近いのかもしれない。




地面をのたうちまわるそれは、それほどまでに大きな図体をしていたのだ。

それに顔はなく、それに手足はない。なんなら、体と呼べるものは、全て『水』で出来上がっている。





「逃げろぉおおお!! 川がくる! あれに近づいたら、飲み込まれるで!」





そう叫ぶのは、リューだ。彼のご自慢の拳も、あれ相手には歯が立たないのだろうか、後ずさりしながらもと川だったそれを見る。





「う、うわぁ……ゴボゴボッ……」






また一人、獣人がその川の蛇に飲み込まれた。




水の中で、苦しそうにもがく。





「くそっ、待ってろ!!」




俺は、なんの考えもなく、そちらに向かって走り始めた……が、そうして走り出した俺の手を、誰かが掴む。





「マスター、行ってどうするのですか」



「助けるに決まってるだろ!」



「だから、どうやってですか?」



「それは……行ってから考える!!」





俺が叫んだその時だ。






「ここは、私たちに任せてください!!」





そんなたくましい声が森に響いた。その中性的な声は、間違いなくエルフたちのものだった。





「エルフ!? どうするつもりなんだ」





エルフ数人が、のたうちまわる水を見つめながら、その手を掲げる。





「こうするんです! ここは魔法の出番ですよ」




その手のひらに浮かび上がるは、冷たい氷のエネルギー。


彼らはそれをより高く振り上げると、そのまま水に向けて、振り下ろした。




ビュンッ!! ビュンッ!!



次から次に、その氷の源は動く水へと激突し、その度に冷たい風を撒き散らす。




「……す、すごい。ちょっとずつ凍ってるぞ」




さすがはエルフ……こういった芸当はお手の物らしい。



それを見て、俺はすかさず指示を出す。





「全員! エルフにたかる邪魔モノを全部破壊するぞ!!」




「「「了解!!」」」





水の化け物のことは放っておき、俺は周囲に注意を巡らす。



そこには、木々から顔を覗かせる魔物、魔物、魔物……




それだけではない。カオスの指示で動く、空飛ぶ岩も、上空から俺たちを見下ろしていた。





「ははっ、こっちもこっちで、大変そうだ」





俺は、【巨大壁】弾丸バージョンを繰り出すと、魔物めがけて放つ。

それは、俺の意思で速度を上げて、容赦なく魔物のこめかみにえぐり込んだ。





「グルァぁあ……」





そんな断末魔をBGMにしながら、右へ、左へと透明な球を弾く。





「……ふぅ、相変わらず、かなりの集中力が必要だなっ!」




そう言ってまた一体屠った俺は、巨大壁を消滅させると、目前に迫った岩に刀を向けた。





「うぉりゃぁあ!!」




キィィイィイイイイイイ!!!!





すると、そんな硬いもの同士が奏でる高い音を鳴らし、岩は真っ二つに両断された。





「はぁ……はぁ……はぁ……」



岩を綺麗に切り裂いた俺は、そのまま膝をつく。





……キツイな、流石に無理をしすぎたか





心の中で己の無力さを感じながら、俺は目線を元あった水の方へと向ける。




「でも……それだけの甲斐はあったってことか」





そこには、エルフたちの攻撃により、見事に凍らされたもと川があった。




動き回っていたそれは、もはやピクリとも動かず、不自然な形のまま、氷のオブジェと化している。





「さすが、魔法のエキスパートだな」





「マスター、図に乗らないでください。ここは敵地のど真ん中ですよ?」




うぅ……まぁ、イチジクの言うことはもっともだ。

こんなところで気を抜いてられない。






息づいた俺は、さらに先を目指そうと、方向を転換する。




しかし、それはリューによって止められた。





「おい、シルドー! 命大事に……だったやんな? 今日はこの辺で引き上げた方が良いと思うんやけど、どうや?」




「今引くのか? ここまで来れば、あと半分くらいだろ?」




まさかリューからそんなことが言われるとは思わず、刀をしまいながら、リューの方を見る。




「確かにそうかもしれんけど……周りの奴らをよく見てみ? 全員、疲弊しとる……それに、さっきの戦いもギリギリやったやろ」





リューに言われて、俺は初めて仲間の表情に目をやる。





……あぁ、本当だ。みんな、ずっと気を張りすぎてか、辛そうに顔を歪めているものも少なくない。




「マスター、無理に攻め込む必要はありません。暗くなる前に、帰るべきかと」





イチジクもこう言ってることだし、もう結論は出たみたいなものだな





一つ頷いた俺は、まだ戦い続ける獣人や、膝に手をついて息をするエルフ、走り回る冒険者の方に目をやり、大きく息を吸う。


そして、酸素を溜め込んだ俺は、それを一気に放出する。





「総員! 撤退だ!!」





かくして、侵攻一日目は多少の損害を出しながらもうまくいった……







ように見えたが、本当の戦い……いや、本当のカオスの恐ろしさはそれからだった。













撤退命令を出した俺の目の前……








「え……?」








そこにいた一人のエルフが、そんな呆気ない言葉とともに、突然空に舞ったのだ。





本人も何が起こっているのか分かっていないようで、目を丸くしてこちらを見ている。






突然の出来事に、状況が判断できない。



そんな中でも、改めてそのエルフの方を見ると、その足元に緑のものが巻き付いているのがわかった。


その緑のものは、森の奥から伸びている。





「……あれはっ!! ツタだ、だれか! そのツタを断ち切れ!!」




俺は叫ぶ



……が、もう遅い。





ツタに足首を掴まれたエルフは、なすすべもなく、上空にその身を晒される。





俺が見るのははるか上空……そこで、そのエルフと目があった。





彼はその驚愕に開いた目に、涙を浮かべていた。






そして……










「いやぁぁああぁあああああああ!!!!」







そんな金切り声とともに、そのエルフの男は一気に叩き落とされた。


目にも留まらぬ速さで、ツタは鞭のようにその体をしねらせ、エルフの男を死地へと送る。






ベチッッツツツ……








たたきつけられた地面……そこには、ブヨブヨとした飛び散った肉片と、血だまり……そして、彼がつけていたバンダナがあった。








「……あぁ……あ、あ……」





この声……俺が出してるのか?



そんなことすらわからない。



目の前で……目の前で人が死んだのだ。





いや、人が死ぬところは、ここに来るまででたくさん見た。


そのはずだ。そのはずなのに……





「こんな、こんなムゴイのか……人の死って」




さっきまで確かにそこにあった生……それが死に変わる瞬間。


それは、こんなあっけなく訪れるものなのか。






機能が停止しかける俺の腰が、何かにガシッと掴まれる。





「あ……?」



俺は、ゆっくりとその違和感の感じる自らの腰に目をやる。



そこにあったのは……





「……俺も、か」



紛れもなくツタだった。



それはがっしりと俺を包み込み、締め付ける。




普通の人なら、これだけで内臓を破裂させて死ぬのだろう……





そんなことを考えながらも、手は動かない。巻きつかれているのは腰……手は動かせる状態にはあるのだ。





しかし、動かない!!





目の前で、次々と人が持ち上げられたり、締め付けられて、殺されていく。





「た、たすけてくれぇえ!!」


「い、いやだ! おろし、降ろしてくれ」




逃げ惑う者。




「くそっ、丈夫なツタだな!!」




ツタを切り裂く者。




「燃えロォォ!!」


火の魔法を打つ者。







……そして、主人を助けるべく、ツタを破壊する者。





「マスター、何をしているのです。指示を、逃げる指示を」





……はっ!!





そうだ、逃げなければ。いや、逃がさなければ!!





イチジクにツタを断ってもらった俺は、刀を抜きながら、大声を出す。





「ツタに構うな!! 逃げろ、逃げろ、逃げろぉおお!!」





そして、俺は刀を抜きながら走り始めた。



それは決して逃げるためではない。





ザシュッ!!






「ツタの処理は俺に任せて、全身全霊で逃げろ!!」





捕まった者たちを助けるためだ。






「マスター、私も!!」



「いや、イチジクは逃げるやつらの護衛を……」





そこまで言った時、左手首にツタが巻き付いた。




「嘘だろ……」



視界が歪む。



突然の浮遊感……




そして、目の前に青空が広がり、先ほどまでの青々とした緑はどこかに姿を消した。




空が近くなり……




「ちょ、うわぁぁああ!!」






流れ行く景色を見ながら、俺は地面に落下した。






「ぐふぅぉお」





肺から一気に空気が抜け、全身に痛みが走る。




……が、それでも俺は死なない。




なぜなら俺が鍋蓋だから。





「マスター」




ツタによって地面に叩きつけられた俺のもとに近づく、そんなイチジクの声が聞こえてくる。




「来るな!! 行け! 俺の駒を逃がせ!!」



「ですが、マスター一人では……」




「いいから行け! 見たろ? 俺ならこの程度で死にやしない!」





死なないのなら、少しでも自分の駒を温存できるように立ち回る方が良いだろう。しかし、イチジクはそれでも俺の意見を聞かずに、近づいてくる。





「イチジク……今回は言うことを聞け。俺じゃあ、あいつらを守りながら撤退することはできない! だから、だからせめて、ここでお前らの逃げる時間を稼がせいでやるよ!!」




俺は、そう叫びながら、左腕をガッチリ掴むツタを切った。



左腕が自分の意思でしっかりと動くことを確認した俺は、その場に立ち上がる。





「イチジク……帰り道も、岩やら魔物たくさんいるだろ? 頼んだぞ」





ここまで言えば、ようやく俺の意思の硬さを感じ取ったのか、イチジクは頷いて、向きを変える。





「……承知しました」





イチジクはそれだけ言うと、勢いよく走り出した。




「リュー、しんがりは貴方に任せます。私は、後ろから全員を手助けしつつ進みます」




「お、シルドーは時間稼ぎするか……死んだあかんで? ……ほんじゃ、トンズラするでぇええ!!」





そう叫ぶリューの声は次第に遠くなっていく。







「あいつ、俺のことを信用してるのかなんなのか……まぁ、死にたくはないなぁ」





そう呟く俺の前には、触手のように動く大量のツタが、獲物……俺の仲間たちを高みから狙っていた。






「カオスよぉ……あいつら襲いたいなら、まず俺を倒してからにしないとなぁ」






こんな状況なのに、口角が上がる。





この危機的状況に頭がおかしくなったのか……





もしくは……






「ようやく役に立てて(善行ができて)嬉しいのか……」






俺は、刀を構えて背後に【巨大壁】を展開する。






「ほら……一緒に踊ろうか?」


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