強大な敵の前にて②
「じゃぁ、対カオス作戦会議を始めよう」
ペイジブルの端、始まりの森との境界に位置する警備隊の駐屯地……そこのテントの一つで、俺は机を前にそう言った。
それに、同じ机を囲む面々も声を上げる。
「はい」
「よろしくなの!」
「頼んだぜ?」
それに呼応する声……上から、エルフの青年、コダマ、それから賞金目当てでこのカオスとの戦いにやって来たマッソーだ。
ちなみに、このテントの中には、俺の後ろに控えたリューとイチジクがいる。
「まず、知らない人もいるかもしれないから言っておくと、ここにある大樹……これがさっきも言ったカオスの核がある部分だ」
そう言って、俺は地図の一点を指差す。
「大まかな戦略としては、ここを攻める……これに限る。敵からの攻撃のタイミング、方法が不明な以上、攻めるしかない。攻めが最大の防御ってやつだ」
すると、ちょうど机を挟んだ前にいたマッソーが首をひねる。
「待てよ? 目標は龍帝さんが目を覚ますまでの時間稼ぎ……でいんだよなぁ?」
「ああ、その通りだ。龍帝が目を覚ませば、戻った魔力で封印をし直してもらえるからな」
「なら、龍帝さんを遠くに逃がしてやりゃいいだけなんじゃねぇのか?」
龍帝を逃す……か
たしかに、龍帝さえ無事なら、封印は可能である。
しかし、俺は首を横に振る。
「ダメだ、龍帝の容態は良くない……下手に動かしてもっと悪化したら最悪だ。それに、そもそも封印が弱まったのは龍帝を始まりの森から離しすぎたからだからな」
それに言えば、この辺りの武力はここに集まっている。どこが安全かわからない今、結局は、いる場所としてあの領主の屋敷が一番好都合だろうと考えたのだ。
俺の言葉に、マッソーはなるほどとだけ言って引き下がった。
「ほかに、この核を攻める戦略に異議のあるやつはいるか?」
しばらくしても、誰も何も発言しないことから、承諾したと受け取って先に進めることにする。
「よし、じゃあ次にそこまでのルートだがニつのルートを用意した!」
そう言いながら、人差し指を現在地から核の大樹まで真っ直ぐ伸ばす。
「一つは、この直進ルートだ! 最短最速のコースで、普段なら一時間もせずに着くことができる距離だな」
なら、それでいいじゃないかと思うが、そうはいかない。
「ただ問題として、この道は木、岩、水……要は恐らくカオスの攻撃手段となりうるものが乱立していることが挙げられる」
「なるほど、一番危険というわけなの」
「その通りだ」
コダマの考えに同意を表明しつつ、次のルートを確認する。
「次は、このルート……これはかなり遠回りにはなるが、遮るものがない道といえる」
そう言った俺の指は、曲がりくねって蛇行する。
それを見て、コダマ、マッソーは眉を顰めて、その道を一つのルートとして選んだ理由を考えていた。
しかし、さすがは森に住むエルフ。耳の尖った青年はすぐにそのルートがさす意味を読み取ったようだ。
「ここにあるのは……川ですか!?」
「その通りだ。カオスによって、川のあった場所は、水がなくなっているらしいからな? 言ってみれば、もともと川のあった……今は砂利道ってかんじかな?」
カオスは川の水さえ攻撃の手段として用いる。それはつまり、もともと川のあった場所には、もう水がないということになる。
すると、それを聞いたコダマが目を輝かせて、口を開いた。
「たしかに木がない分、敵の襲撃を受けにくいし、迷うこともないの!」
「そうだ、だからオススメの道だな! まぁ、その分遠回りになるっていう欠点もあるから、一概にこっちの方がいいとは言えないんだが」
そうして、俺が示した二つの道に各種の代表は、頭をひねる。
「どうする? 俺としては、一つずつ攻め込んで、より良い方の道を探す……ってのがいいと思うんだが?」
「あぁ、俺もマッソーの意見に賛成だな! みんなで一つの道を行った方が、安全性が増すだろ」
しかし、そんな俺とマッソーの意見に反対する声が上がった。
「私は、三つに分かれて行動する方がいいと思うの! まず、それぞれのルートを進む攻略組、それに、この町を守る守護組に分かれるの!」
まぁ、それもありだとは思うが……
「コダマ、それだと攻略組の危険性が増さないか? 要は、三分の一の勢力になるわけだろ?」
俺がそう言うと、コダマではない、エルフの青年が顎に手を当てながら、意見を呈する。
「いえ……森での戦闘において、大人数が決して利点として働くわけではないです。森は木々の生い茂る地、下手に人数が多いと、戦いの邪魔になりますから」
「なるほど、剣や魔法で暴れる場所が、ただでさえ狭いわけだからな」
そうなれば、コダマの意見を採用しない理由が無くなってくる。
「三つに分かれる……か」
ルートの数を少なくする理由は一つのルートの人数を多くするためであるのに、その利点が不利に働いてしまうのであれば、ルートを減らす意味がない。
俺は改めて各々の顔を見渡す。
「じゃあ今のを聞いて、三つのルートから同時に攻める。これに不満のある奴はいるか?」
「あぁ、問題ないぜ?」
マッソーは腕まくりをして、そのたくましい腕をあらわにしながら、そう言った。
「それで、チーム分けはどうします? やはり、我らエルフ、人族、獣人で分けますか?」
「いや、それだと戦闘に幅が出ないからなぁ……物理攻撃特化の獣人、遠距離魔法のエルフ、臨機応変さが売りの冒険者……やっぱり三種族いた方が、いざって時に対応しやすいだろ」
少々団結力に不安は残る……が、流石に命のかかった状況で、前のようなことは起きないと判断したのだ。
「ま、その方がいいわなぁ、ここは、みんなで協力していこうや」
そうしたマッソーの後押しの結果、話はスムーズに進み、俺は直進ルートを攻める一団に入ることになった。
ちなみに、同じチームにイチジク、リューがいる。
イチジクは、俺のメイドだから……そして、リューは得体が知れないから。つまり、責任を持って、自分が連れてきた怪しい奴の見張りをしろ……ということだ。
これからの流れが、話し合いの先に決まり、俺たちは持ち場につくことになった。
「じゃあ、解散……だが、最後に一つ。俺たちがするのはあくまで時間稼ぎだ。危険だと判断したらすぐに撤退しろよ? 『命大事に』だ」
テントを出る間際に、彼らに最も大切なことを伝える。
「分かりました、同胞にもそう伝えましょう!」
「了解なの!」
「ああ! 冒険者として、成功報酬は期待してるぜ?」
彼らは笑っていた。これから危険な地に赴こうとする顔ではなかった。しかし、それは決して油断ゆえの顔ではなく、無事に帰ってくるという自信ゆえの顔だと感じた。
龍帝が目を覚ますまでの間だ……大丈夫、やれるはすだ。
……多分。
 




