強大な敵の前にて①
「あぁ……いい、朝だな」
昼寝をしすぎたせいか、イチジクのせいか、結局ほとんど眠れなかった俺は、寝ぼけ眼をこすりながら布団から這い出ようとする。しかし、布団が俺を逃がすまいと、暖かさを感じさせてくる。
それをなんとか振り切った俺は、【レザークラフト】で作った服に着替えて、部屋を出る。
「さて……さっさとケリをつけてやる」
そのまま食堂に行った俺は、軽い朝食を済ませると、始まりの森……カオスと町の接する境界に位置する警備隊の駐屯地に向かった。
空は青く透き通り、遠足にでも出かけたいような天気だった。
人気のない大通りを歩く俺の後ろには、イチジクとヨシミ、リューが続いていた。
フェデルタには、龍帝の護衛を任せている。
所々割れたレンガが敷き詰められた道の上を早足で歩いていると、後ろから声をかけられた。
「なぁ、シルドー? メイドの嬢ちゃんとなんかあったんか? なんやお前、あの嬢ちゃんへの対応おかしいで?」
「そ、それは気のせいじゃないか? 別になんともないぞ」
「そんなこというてもなぁ、嬢ちゃんの方も吹っ切れた顔しとるし」
リューの奴め、なかなかに鋭いやつだ
「気にするな、もう解決したことだ! それより、お前そのまま行くつもりなのか?」
俺は、横目でリューの顔……というよりは、浪人笠を見ながら言った。
「そのままって……これのことか?」
そう言って、リューは浪人笠をクイっと少しだけ持ち上げた。その顔は見えないが、その見た目はどう見ても不気味だ。
「あぁ、これからこの町の住人に会うんだ。変に敵だと思われたくないだろ?」
「ええねん、ええねん! これが俺のアイデンティティやから」
アイデンティティ……しょうもないことで自己を表現する奴だ
「まぁ、リューがいいならいんだけどな? それよりほら、見えてきたぞ……今、この町の全勢力が集まる駐屯地だ」
前方に、簡易テントが見え始めた。あちこちには獣人と思わしき人影も見て取れる。
「皆、疲れてるようだな」
そう言ったのはヨシミだ。普段から駐屯地に顔を出しているだけあってか、彼らの表情の変化にもすぐ気づいたのだろう。
「カオスのせいか」
「違う、それだけじゃない」
確証を持って言った言葉をヨシミに否定されて、その真意を確かめるべくヨシミの方を見る。
「あそこにいるのは、獣人、人族、エルフ族……だからな」
「ああ、そういうことか」
ヨシミの言いたいことを察して頷くと、目の前に木でできた何かが飛び込んできた。
リューのかぶる浪人笠だ。
「そういうことって、どういうことなんや? その三種族が集まったらなんかマズイんか?」
こいつ、種族の隔たりのことを何も知らないのか?
俺は不思議に思いながらも、浪人笠を手で押して遠ざけながら答える。
「人族ってのは、獣人を奴隷と思ってる節があるんだよ。そんで、獣人はエルフは町を襲う野蛮人って思ってて、逆にエルフは獣人が森を襲う侵略者と思ってる……まぁ、要するに全種族、仲が悪いんだ」
この町を守るために残った獣人たち。
この町のピンチに駆けつけた山の向こうの冒険者たち。
故郷を追い出され、この町にやってきたカオスと敵対する存在のエルフたち。
そのどれも、カオスをどうにかするという目的は同じはずなのだ……が、前提として存在する種族間の隔たりが、この空気を生んでいるのだろう。
次第に駐屯地が近づき、その険悪なムードはより一層濃さを増す。
「だから、森をあんな風にしたのはエルフたちだろっていってんだ!!」
「……そんなわけない! むしろ、ずっとあれを抑えていたのはエルフだ!! お前たちは、それを邪魔したのに、何をぬけぬけと!!」
「まぁ、落ち着けや? 俺たちゃ、お前らのためにここまできてやってんだぞ?」
上から、獣人、エルフ、冒険者……彼らはいがみ合うように立ち、互いに怒鳴り声を飛ばす。
「黙れ人族!! お前らみたいな種族に、誰も助けなんか頼んでない!」
「おいおい、そりゃねえだろ? 弱っちいお前らのために来てやってんのによぉ」
「んだとコラァ? やんのか? ぁア?」
三種族とも、にらみ合いが続く。
こいつら、そんなことしてる場合じゃないだろ……バカなのか? もしかして、バカなのか?
目の前には、カオスという大きな存在があるにもかかわらず……だ。
俺が呆れた顔で、その様子を見ていると、後ろからヨシミの声がした。
「シルドーは領主……まとめるべきではないか?」
ヨシミも、これが良くない状況だというのは分かっているのだろう。
「そうだな……任せとけ!!」
ここは、領主としての威厳を! そう思って、おれは大声をあげた
「聞け! お前らぁあ!! 今この町は危機に瀕して、いる……そんな、こと、やって、る」
その声は次第に小さくなる。
目の前の騒動の原因が、聞く耳を持たないのだ。
全然話聞かないじゃないか……
「おい! こちとら領主だぞっ! って……聞いてくれよぉ」
ダメだ……三種族の対立は、より過激さを増していた。俺がいくら大声を張り上げようが、それは彼らの声によって相殺される。
「ぷふっ、ナベ、全然ダメではないか」
「ヨシミ、今笑いやがったな?」
しかし、笑わられるのも無理はない。俺は領主でありながら、人をまとめることが出来ていないのだから。
「お前ら、聞けっ……」
その続きを言おうとしたとき、とてつもなく重いプレッシャーが背後から放たれた。
……これは、殺気!?
俺の後ろにいるのは、ヨシミ、リュー、そしてイチジクだけのはずだ。
俺は、額に汗をかきながら後ろを見る。
「マスターが話します。あなたたち……黙ってください」
その殺気は紛れもなく、メイド服を着たイチジクによるものだった。一言一言に重みがあり、体が縮こまってしまう。
そして、イチジクに気を取られて気づかなかったが、放たれた殺気によって、騒動は収まっていた。
みんな静かになり、汗をダラダラ流しながらこちらに目を向けている。
「……あぁ、えーとだな? とりあえず、みんなその手に持った物騒なものをしまってくれないか?」
彼らはそれに抵抗するでもなく、大人しく武器を収めた。
それを確認してから、続きを話す。
「コホンッ……いいか? 今は、この三種族で争っている場合じゃない。始まりの森……カオスが俺たちに牙を剥こうとしてるんだ。カオスはSS級と呼ばれる存在で、今はその力が弱いが、いずれは世界規模で危険となるような生物だ……」
それから俺は、力説した。いかにカオスが危険なのか、これまでどうやってそれを抑えてきたのか、なぜそれを隠していたのか、いかにすれば再び封印できるのか……もちろん龍帝のことを含めてだ。
「カオス……それが、あの動く森なのか」
「それをその龍帝? ってのがずっと封印してきたのか……」
まず驚いたのは、獣人たちだった。中には、少し下を向いて申し訳なさそうな顔をしている者もいる。
そいつらは、禁じられた、森での狩りをした前科のあるやつらなのだろう。
「カオスの核が、あの大樹に……!?」
この情報は、やはりエルフも知っていないらしく驚きを隠せずにいた。
そして、人族……冒険者といえば
「領主、俺たちにもその封印……協力させてくれ! そんな怪物放っておけばイーストシティにまで影響が及ぶことにちげぇねぇ……あの都は俺たちの故郷だからな!!」
そう言って、拳を突きつけてきた。
「あぁ、頼むよ冒険者諸君」
それだけ言うと、俺は再び全員に目をやる。
「いいか! カオスを封印するには、お前ら全員の力が必要だ!! どの種族かけただけでも時間稼ぎをすることが出来ない!」
俺は一旦間をおいて、各々の目を見る。
「故郷を……町を……守るぞ!!」
「「「「「うぉぉおおお!!!!」」」」」
朝早くの、森との境界に位置する駐屯地……そこに地面を揺らすような雄叫びが響いた。
「よし! なら、これから作戦会議をするから、各々リーダーが一人ずつあのテントの中に来てくれ!」
それにて俺たちは解散となった。といっても、ほとんどが森の方へ防衛に行ったが
俺もそのテントの方に向かいながら、イチジクをチラリと見て、申し訳ない程度に言った。
「さっきはありがとな」
すると、イチジクは目を閉じた。
そして、少しだけ微笑んで……
「いえ、約束しましたので」
ほんと、俺にはもったいないくらい優秀なメイドだな……




