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領主の部屋にて


真っ暗な空の下……時計の短い針がちょうど十一の数字を指す頃、俺はそろそろ馴染んできた自室の大きな椅子に座って、一人で作戦を立てていた。




「今はカオスの封印が解けてきただけだから、この辺も平和だけど、それも時間の問題なんだろうなぁ」





天井につけた光の魔石のおかげで、ほんのり部屋は明るく、机の上に広げた地図が目に映る。





「現状、確認されてるカオスの動きとしては、地面の隆起、動くツタ、自由に動く川……か」




改めてカオスという生物の異常さに体が震える。





俺は始まりの森を含む、ペイジブル周辺の地図をよく見ながら、頭をひねる。





「カオスの核があるのがここ……この大樹だろ? ここからは数キロの距離か……なんの邪魔もなければ大した距離じゃないんだけどなぁ」




カオスの核は、カオスの唯一にして絶対の弱点のはずだ。カオスがそう簡単に道を開けてくれるわけがないことは、言わずとも分かっていた。





「攻撃は最大の防御って言うし……今は、守りに徹するより、核を全勢力で攻めた方が賢いよな」





そもそも、俺たちの目的は龍帝が復活するまでカオスを押しとどめておくことにある。核を壊すことではなく、攻めることに意味があるのだ。






「なら、この道を……いや、こっちの方が……」





俺が一人、薄い光の中でブツブツと明日からの動きについて考えていると、机を挟んだ向こう側にあるドアをノックする音が、部屋に響いた。




こんな遅くに誰だ? 明日から忙しんだから、さっさと寝ろよ……




「なんだ? 入っていいぞ」





俺は地図に目を向けたままぶっきらぼうにそう言った。




「では、失礼します」





ドアを開ける音とともに聞こえたその声は、イチジクのものだった。




俺が顔を上げると、相変わらずのメイド服に身を包んだイチジクがドアを閉めて入ってきていた。





俺は改めて下を向きながら、尋ねる。





「どうしたんだ? こんな遅くに」



「逆に、こんな遅くにマスターは何をしているのですか?」



「見ればわかるだろ?」



「なるほど……」



「だから、邪魔す……」



「夜這い待ちですか?」



「何でだよ!!」







俺は、思わず立ち上がると拳を握ってイチジクの方を向いた。



すると、イチジクは思いのほか近づいてきていたらしく、目の前にイチジクの顔が来る。





「……っ、作戦だよ! 明日からの作戦を考えてたんだよ!」





はぁ、と一つため息をついて、俺はまたドカッと柔らかい椅子に腰を落ち着けた。




そして、再び地図を見ながらカオスへの対抗策を講じだすが、しつこくイチジクの声が前からする。





「作戦……それは、カオスへのということですか?」



「ん?……あぁ、それ以外にないだろ?」




「マスター、軍師にでもなったつもりなのですか?」



「いや、そんなんじゃない……俺はただの鍋蓋だしな」



「でしたら……鍋蓋は鍋蓋らしく大人しくしていてください」



「……いや、そういうわけにもいかないだろ?」






イチジクのトゲのある言葉を適当に流しながら、俺はこれからの行動をある程度組み立て始める。





そして、いくつか思いついたカオスの核へのルートを地図に書き込もうとした時……





ガサリ……






そんな音とともに、俺の前から地図が消えて、机の上の木目が視界に飛び込んできた。






「あれっ……っておい、イチジク! 勝手に地図を取り上げるな」





俺がそう言って、片手に地図を持ったイチジクの方を見ると、イチジクが目を細めて俺を見下ろしてきた。






「ようやくこちらを見ましたね、マスター」



「どうした? 何か用なのか?」





どうやら、ただ冷やかしに来たわけではないようだ。


イチジクは、はい、そうです……そう言いながら、地図を床に放り投げる。





「おいっ!」



「いいですか、マスターよく聞いてください」




突然の大きな声……







俺は、床に落ちた地図にやっていた目を、イチジクの方に向ける。


すると、イチジクは途切れることなく一気に話し始めた。





「正直、最近のマスターは自惚れすぎです。マスターは、明日の作戦だ……と、一人地図を広げていました。しかし、本当にマスターごときが考えた作戦が上手くいくと思っているのですか? マスターは、力も知識も人並みです……いえ、なんなら人並みでもない役立たずです。そんな矮小な存在であるマスターが、どう頑張ろうとSS級と言われる生物に対抗できるわけがないのです。何度も言います、あなたは力がない。賢くもない。人徳もない。本当になんの強みもない、少し頑丈なだけの人間なのです……マスターがこれ以上指揮をしても迷惑なだけです」





そこで、イチジクは少し時間を置くと、はっきりと言った。





「役に立たないマスターがここにいる必要はありません。今すぐここから消えてください」






そう言った彼女の目は本気だった。その視線から目をそらしたくても、俺は目をそらせることが出来なかった……いや、そらすべきではないと本能で悟ったのかもしれない。






俺は、静かに口を開く。






「イチジクさんよぉ……言いたい放題言ってくれるじゃないか」






 イチジクの意図することはわかる。遠回しに俺に逃げろと言っているのだろう。






 だが、それでもただただイチジクの発言に腹が立つ。苛立ちだけが心を支配した。あながちイチジクの言うことが嘘ではないと自分自身分かっているからかもしれない。










俺は、椅子から立ち上がると、刀を抜いた。





「なら、イチジク……本当に俺が無力で矮小な存在かどうか、その身で確かめてみるか?」





刀をイチジクに向け、俺はイチジクにガンを飛ばす。





「……いいでしょう、そのかわり」





イチジクはそう言いながら、メイドグローブにてをかけた。






「もしあなたが私に負ければ、消えてもらいます」





ダッッ!!





それを聞いた瞬間、俺は先手必勝とイチジクに突っ込んで行った。もちろんイチジクを殺す気など微塵もない。しかし、これくらいの攻撃、イチジクなら簡単に対処すると考えたのだ。





「お前には、そろそろ主人の力ってのを自覚させてやるよ!!」





すると、案の定イチジクはその刀を指で掴むと、そのまま受け流した。





すぐそばで声がする。






「……ふっ、この程度の力で何を自覚しろと?」





……ちっ、さすがだな





俺の体も、その刀につられてイチジクの隣を通り過ぎる。しかし、どうやらイチジクもそう簡単に俺を逃す気は無いらしい。






ドスッ……





イチジクとすれ違う瞬間、イチジクにもろに溝うちを殴られた。





だが、俺の防御力を舐められては困る。そんなもの痛いだけで大きなダメージには繋がらない。





「ふん……そんなもんか? イチジク!!」



「……相変わらず、気を抜きすぎです」






……なっ!






イチジクは、溝うちを殴っただけだと思ったが、どうやら違ったようだ。






俺の溝うちにめり込んだイチジクの手のひらが光を放ったのだ。






「まさか、手銃!?」






その光は、イチジクが手からビームを出すときによく見るものだったのだ。






「吹き飛んでください」





刹那、景色が一瞬で移り変わっていった。電車の窓から見える風景のように、後ろから前へ、ものが流れる。






そして、すぐに背中に衝撃が走り、俺の体も止まった。






「ゴホッ、ゴホッ……はぁ……はぁ……」






息が苦しくなり、口から異物を出そうと、咳き込む。



どうやら、ヨシミの部屋とは逆の方の壁にめり込んだようだ。





パラパラと瓦礫が上から落ちてくる。







「嘘だろ、お前……マジで俺を殺る気なのか?」






流石に何かの冗談だと思っていたが、今の攻撃は明らかに殺す勢いで来ていた。



俺がそう問いかけると、イチジクがゆっくりと歩いて近づいてきた。






「それが嫌なら降参してください」




「お前……俺を逃したいのか、殺したいのか」






俺は、息を整えながらイチジクの方を見る。


彼女は足を進めながら言った。





「マスター、言っていたではないですか。私は恐ろしい凶暴メイドだと。つまり、そう言うことです」





「お前、地味に根に持ってるな……」





イチジクの方を見ながら悪態をつく。イチジクの歩みは止まらない。





「……マスター、諦めて去ってください」






「ちっ……じゃあお前ならどうする? たかがオートマタのお前に、この現状を打開できる策でもあるのか!?」






ここまでくれば俺もヤケだ。


周りを無能だと決めつけて論を転ずる。自分が無能であるとは自覚しているが、相手にもそれを押し付ける。


これが最低なことだとは理解している……だが、それでも俺は自分が今ここにいる理由が欲しかったのだ。





「考えてみろよ、イチジク! 俺のおかげでこの町はここまで成長したんだぞ!? 他の誰でもない、俺だからだ!! そんな俺ができないことを、お前ができるのか?」





しばらくの静寂……






するとイチジクは、容赦なく口を開く。




「確かにあなたはこの町を発展させたかもしれません……ですが、その徒労も後数日で無駄へと変わるでしょう」



「そ、それはまだ分からないだろ!! 龍帝が目を覚ましたとして、カオスを封印出来れば……」




俺が対抗しようと言い返すが、イチジクの言葉がそれを遮る。




「その、たらればのためにシアとシルを瀕死に追い込んだのですか?」





……こいつ、フェデルタに色々聞いたな





「俺だって、そんなつもりじゃ……それに、そうだ!! イチジクがちゃんと龍帝の側にいたら、今頃龍帝も指輪のおかげで目を覚まして全部丸く収まったかもしれないだろ!!」




「そうですね。ですが、現在の状況を理解してください。そんな仮定の話、もはやどうでもいいんです」




その通りだ……イチジクの言う通り。



今大切なのは、この現状を打破できる力があるかどうかなのだから。




イチジクは続ける




「ここから先の作戦は、オートマタの私が考えても、領主のあなたが考えても同じです。ですからあなたはもう……消えてください」






「はっ、お前、過保護なのかなんなのかよくわからなんな」




「……」




その言葉にイチジクは沈黙で返す。





 そして、イチジクは再び口を開く。





 それは先ほどまでのリンッとした覇気のあるものでなく、少しだけ弱々しいものだった。






「前にも言いました……あなたは一般人なんです」





言われてみれば、そんなことを昔言われた記憶がある。





「それがなんだっ……」


「それでも、それなりにこれまで頑張ってきました」





こいつ、俺に何も言わせないつもりなのか?






「もう、十分ではありませんか? マスターはこの全く知らないような町に大きく尽力しました……ここで逃げても誰も怒りません。いえ、怒らせません」




こいつ……






「はぁ……あのな、イチジク」





「一人が嫌なら、私も付いていきます……そうですね、フェデルタやコダマも頼めば付いてきてくれるでしょう」






おいおい、だから、イチジク……





俺は、一方的に話し続けるイチジクの方を見つめる。




 イチジクの顔は揺らめく光に照らされて、少しだけ……ほんの少しだけその無機質な顔を笑顔で歪めているのが分かった。






「はぁ、お前、本当にバカだな」






 俺も別に自分の命を捨ててまでこの町を救おうとしているわけではない。命か町かと言われれば、間違いなく自分の命を選ぶ。





 だから、イチジクが心配する必要は全くないのだ。





俺は静かに立ち上がると、言い切って立ち止まったイチジクの方に向けて足を動かす。



そうして歩きながらも、俺はイチジクに話し

かける。






「一芝居うつにしても、もうちょっと上手くやれよ」





俺がそう言うと、イチジクは無表情に俺を見てきた。





「……はて、一芝居とは?」





イチジクはそれに、「最近のマスターは、扱いづらくなってきてて困ります」と続けた。





俺は、相変わらずのイチジクの反応に思わず笑いながら近づくと、イチジクの後ろに回って腰のあたりに手を回して、抱きついた。





「……っ!?!?!!!!!!」




すると、イチジクが声にならない悲鳴をあげる。






おや、珍しい……イチジクがこんな目に見えてうろたえるなんて……






「いいか、イチジク。俺はこの町の領主として……いや、領主じゃなくても、(自分が死後天国に行くために)この町を守りたいんだよ。最悪、全部を捨てて逃げるから安心しろ」





それから、口をイチジクの耳元に持っていく。




「確かに、俺は丈夫なだけで力も知恵もない……でもな? だからって(善行の達成まであと少しなのに)逃げ出せないんだ」





「……わ、分かりました。ですから、とりあえず離してください」






イチジクが、弱々しくそう呟いた……が、俺はその手を離さない。






「嫌だね……」





そのまま俺は、その細いくびれたイチジクのお腹を逃げなように強く抱きしめると、そのまま右手首をクイッとひねった。






「降参って、言ってくれるまでは……な?」






そう、抱きしめる俺の右手には刀が握られていて、その刃の先を俺はイチジクの首元に突きつけたのだ。








「………………。」



「……ほら、降参って言えって」



「……………………」



「……? イチジク? なんで黙ってるんだ? ここは普通、笑顔で降参って言う場面だろ」



「………………」








すると、次の瞬間……







「そんな場面、普通ではありません」






そんな言葉とともに、俺の視界は反転する。






グルリと世界が回り、背中を地面に打ち付けるとともに、目の前にイチジクの顔が映った。






イチジクに背負い投げされたのだ。





そして、イチジクは、そうして俺の手を拘束しながら蔑みの目でこう言った。







「……降参、です」






こうして、イチジクの圧勝という状況の中で、俺は勝利を収めた。






「……なら、手を離してくれない? めちゃめちゃ痛いんだけど」



「でしたらマスター、約束してください。死なない、と」



「なんだ? そんな露骨に心配してく……って、痛い痛い!! ひねりを加えるな!!」



「はぁ、マスターが死んだらあのご飯が食べられなくなるんですよ」




こいつは相変わらず……




「心配しなくても俺は死なない……だから、協力しろ」





俺が目を逸らしながらそう言うと、イチジクは手を離した。





「仕方ありません。協力しましょう」





そう言ったイチジクの顔は、ここに入ってきた時とは違って、何か憑き物が取れたようなそんな爽やかだ顔をしていた。





その顔を見た俺は、最後に気になっていたことを口にする。





「あっ、そうだ……ちなみに俺が役立たずってのは冗談だよな?」




すると、それにイチジクはキョトンと首を傾けてから、何かに納得したように相槌を打って言った。




「あれは、本当です」









こうして夜は更けていった……








その日の夜、俺がイチジクの腰回りの感触を思い出して、悶々とした夜を一人過ごしたことは、誰も知らない……



「勢いで、とんでも無いことしてたな……俺」



ベッドで寝転びながら、呟いた俺は目を閉じた。

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