馬車の側にて
『そうと決まれば、付いてきてくれるか?』
『『『『仰せのままに』』』』
おうっ……威勢がいいな
俺は、若干引き気味に確認する。
『準備とかは大丈夫なのか?』
『はい、もともと、何もない、村……出発はすぐにでも』
こうして、俺たちは村の松明の炎を手に持ち、最低限の荷物だけ抱えて村を出た。
結果としてこのような形にはなったが、あの新人ゴブリンなら天国で許してくれるだろう。
『さて、じゃあ行くぞ? かなりの人数だし、静かにな』
こうして俺は、百人余りのゴブリンを連れて、フェデルタたちの待つ馬車へと向かうのだった。
そして十分後……
「おっ、あったあった! リンに……あれ、フェデルタも外に出てきてるな」
俺の目には、暗闇にポワリと浮かぶ光と、それに照らされる馬車が映った。その前には、真っ黒な西洋風鎧を着たフェデルタと、忍び装束に身を包んだリンが立っている。
俺はゴブリンの方を向くと、大きな声を上げた。
『あれは俺の味方だ、手を出すなよ?』
すると、それに怯えるような声が返ってきた。
『で、ですが、伝道師様? あやつら、凄まじい、殺気、発してる』
は? 二人が殺気? そんなわけ……
……ってあれ?
「確かに、なんかものすんごい恐ろしいオーラが出てるな」
フェデルタとリン、二人の後ろから禍々しい何かが溢れ出している。
もしかして、俺が突然飛び出したからフェデルタたち怒ってるのか!?
俺は、二人にビビって、聞こえるか聞こえないかくらいの距離から二人に向けて口を開いた。
「二人とも? まぁ、たしかに情けないこと言った俺が悪いのかもしれないけどさ……そんな怒らなくても……」
しかし、俺の謝罪は受け入れられなかったようだ。
俺が話している最中、フェデルタとリンがそれぞれの武器を持ってこっちに走ってきた。
「……っておいっ!!」
その眼光は鋭く光り、何を怒っているのか、その目尻はキツく上がっている。
「そんな怒るなよ!!」
リンとフェデルタは速い。
俺との距離など一瞬で詰めてきた。
俺は迫り来る二人に何もできず、両手で自分の頭を守った。
いよいよやられる! そう思った……
……が、二人は俺に見向きもせずに、そのまま後ろの方に走っていった。
あれ?……まさか!!
俺はとっさに叫ぶ。
「まて、フェデルタ、リン!! そいつらは味方だ!」
俺の後ろにいる存在はただ一つ、ゴブリンたちだ。
俺が叫びながら後ろを振り向くと、フェデルタもリンもゴブリンの首を掻っ切る直前だった。
俺の声が届いたのか、二人ともその状態で時が止まったようにピタリと止まっている。
「ぐ、ぐるぅぁ」
斬りかかられたゴブリンが低いうめき声をあげた。
「か、勘弁してくれよ……」
とりあえず、最悪の事態は回避できたことに安堵の息を漏らす。
すると、フェデルタとリンが武器を下げて、体はゴブリンたちの方に向けたまま、顔だけこちらに向けた。
「……魔族であるゴブリンが味方? どういうことなのだ?」
「……!!」
まぁ、突然一人で消えて大勢の魔族と一緒に帰ってきたら、誰でも襲われているのかと思うよな……
そこで、俺は急いで二人に武器をしまうようにお願いし、ここまでの経緯を簡潔に説明した。
「……というわけだ! よろしく頼む」
「……いや、というわけだ! と言われても、どういうわけかサッパリなのだが? ゴブリンが領民? ゴブリンがシアとシルの治療を?」
「なんだフェデルタ、ちゃんと分かってるじゃないか!」
俺が、呆れた顔をしたフェデルタとリンを前にして話をしていると、馬車から数人のゴブリンが出てきた。
「おっと、それより、ゴブリンたちの診察が終わったみたいだぞ」
俺は、医者ゴブリンたちに近づくと、結果を聞く。
「ギャァ? ギャ、ギャギャギギァ(それで? 二人は助かるのか?)」
「ギギァ!! ギギギ、ギャァアギャ……」
「ギギッ! ギギギァ!!(本当か! 良かった!!)」
俺は、一通り呻き声を上げ終わると、フェデルタたちのもとに戻った。
「おい喜べフェデルタ! シルたちからはゴブリンと同じ、森の匂いがするから、ゴブリン流の治療をすれば恐らく大丈夫だってさ!!」
「そ、そうか……って! なぜさっきの呻き声の意味が分かるのだ!?」
「……!」
驚く二人に、俺はドヤ顔をして見せる。
「すごいだろ? 俺、ゴブリン語喋れるんだぜ?」
「いや、その、なんというか……ははっ、それで? これからどうするつもりなのだ?」
適当に濁されたような気もするが、確かに今は何より、これからどうするか、だ。
「端的に言おう。これから俺とフェデルタでペスに乗って、指輪を超特急で龍帝に届ける。そんで、ゴブリンたちにはシアとシルの乗ってる馬車を、ゆっくり引いてペイジブルに向かってもらうんだ。リンはその護衛を頼む」
どうだ? 完璧すぎる作戦じゃないか?
ゴブリンには怪我の手当てができる者もいる。一番のネックは百人の魔物の移動になるだろうが、これはリンの護衛があればどうにかなるだろう……たぶん。
俺が澄まし顔でそう言うと、フェデルタが壊れたように笑い始めた。
「……ははっ、はっはっはっ!! さすがは主人殿だ! これを待っていたのだ! 予想外すぎて驚いたが、立派な解決法ではないか!」
「……おい、大丈夫か?」
「まさか、こんなことをする主人殿にそんな心配をされとはな! だが、それでこそ主人殿だ」
なんか、素直に喜べないんだが……
俺は、フェデルタから目を逸らしながら尋ねる。
「…… これで、従ってくれるのか?」
「ああ、まぁ私はもともと主人殿が主人に相応しくないと思ったことはないがな」
良かった、フェデルタにはこれからも俺の代わりに働いてもらわないと困る。
「なら、フェデルタ……それにペス! 俺とペイジブルまで来てくれ!」
「ああ! 勿論だ!!」
「ヒヒィィイン!」
こうしてその日のうちに、俺たちはペイジブルに向けて飛び立った。
そう、飛び立ったのだ。
俺とフェデルタだけになり、馬車を外したおかげでペスは空を飛ぶことが出来るようになった。
「龍帝、待ってろよ」
そう言った俺の手のひらには指輪が硬く握られて、腕の中にはフェデルタの体があった。
いくら二人で乗るからと言って、この姿は誰にも見られたくないな……男が女に女々しく抱きつく姿など、目も当てられない。
キラキラと美しい星が輝く夜、ペガサスに乗った二人は、空を駆け上がっていく……ペイジブルを目指して。




