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逃走中にて





「あぁ……痛い」





城から落ちた俺は、下にたまたまあった茂みに埋もれていた。




体の節々が痛いのは、落下の衝撃が原因……というわけでもないだろう。正直、このまま眠ってしまいたいが、そうも言ってられない。




俺は、慌ただしい城から少しでも離れるように体を起き上がらせた。




「リンたちは逃げ切れたか……」





その真実など知る由もないが、今はそう信じるしかない。





刀を片手に持った俺は、一気に王城の立派な庭を駆け抜ける。



城の外は一面の暗闇で、何があるのかよく見えない。遠くに街の灯りがある程度だ。



しかし、今はその暗闇が俺を隠してくれる唯一の味方だった。







「ハァ……ハァ……」






走っていると、呼吸が荒くなっていく。口の中は鉄の匂いが充満し、体全体を夜の寒さが襲う。




動く光が近づいてくると、とりあえずそちらとは違う方に走る。もはや出口がどこかなどわからない……が、一刻も早くこの場所から出なければならないだろう。







しばらくそうして無闇矢鱈に走っていると、そびえ立つ壁にぶち当たった。






「城壁だ……ここさえ超えられれば」






俺は刀を取り出すと、グルグルに巻いていたロープをほどき、その刃をあらわにする。






「こんな薄い城壁、あの扉に比べれば」






そんなことを言いながら、刀をそれっぽく振るうと、ガラガラと音を立てて、人が一人通れるほどの穴ができた。






「脱出……成功!」







そして、俺は夜の街に躍り出た。






「とりあえず目指すは、アプルの森か」





城から脱出できたことで、少し余裕を持って街の中を歩く……が、どうも様子がおかしい。





街全体が、夜だというのに明るかったのだ。




いや、たしかに、王都ではあるし、夜でも光が付いているのはなんらおかしなことではない。




しかし、その数が異常だったのだ。





街全体が、何かを警戒したような……それこそ、城に忍び込んでおいて無事に逃げることのできた盗人を、警戒するような光量だ。






「そういえば、ガレットが自警団にも街の警備を頼んだとか言ってたな……」






よく見ると、街行く人々は武装しており、この街の自警団特有の赤いバッチが、胸元で光っている者もしばしばいた。




すでに街の中も盗賊の知らせが行き届いているのだろう。








街の中を慌ただしく行き来する自警団。







それを見て、路地裏の物陰に隠れて息を殺す。





少し低い視界に、右へ左へと忙しなく人が行き来う姿が映る。





「あんな危険地域、そうやすやすと出てたまるか」





仮面さえ外せば問題ないような気もしたが……





「この街では俺の顔、結構バレてるからな……下手にシルドーとしての俺がこの街で見つかるのも厄介だ」





シルドーはペイジブルで領主をしているはずなのだ。それが、この盗人騒ぎのあった夜にこの街にいるとなれば、疑われる可能性がある。





「って言ってもなぁ……」





フェデルタと合流の約束をしている場所は、アプルの森の入り口だ。そのためには、この王都を突っ切ってあの森にまでいく必要があるのだ。






どうしようか……一人、真夜中にもかかわらず街ゆく人の流れを見ていると、後ろから声をかけられた。







それは、鋭く尖った、女の声だった。






「あなた、今を騒がす盗人でありますか?」






それと同時に槍の先が横から顔をのぞかせる。






「げっ……」






俺は、両手を上げながらゆっくりと後ろを振り向く。




そこには、一人の女の子がいた。


特徴的だったのは、その太めの眉。前髪は揃えて切ってあり、世に言うパッツンと呼ばれるものだった。胸には、自警団の紋章が見て取れる。






こんなところで見つかっちまったかぁ……






冷や汗を垂らしながら、俺はその少女から目を背ける。




「な、何のことかわからんなぁ? 盗人って、何のことだね?」




どうしようもない俺は、適当にとぼけてみる。





すると、その女の子は槍を首筋に当ててきた。




冷たくて硬い何かが、クビにあたる。





おいおい、またこの展開かよ……





彼女は、ハキハキと物申す。





「嘘はやめるであります! 怪しいマスク、ボロボロの服……間違いないであります!」






ですよねぇ……





……にしても、この自警団員、見たことないな? 新入りなのだろうか?





もはや刃物に鈍感になった俺は、その展開に呑気に質問する。






「太眉ちゃん、自警団の新入りか?」



「ふ、太眉とは失敬でありますな! 私の名前は『マユコ』」





 やっぱり『眉子』じゃん……




 そんなことを考えながら、俺は質問を続ける。





「はぁ、それで? 太眉ちゃん、は新入りなのか?」




 マユコと名乗る少女は、それを聞いて少し声を低くしながら答える。






 「それに答える必要はないのでありますが……まぁいいであります。私は数ヶ月前にあの忌々しいウェスト王国の大使館から救い出されたことでアン様に心酔し、共に歩むことを決めた者であります!!」





「ほう、あのときか……」






ウェスト王国の大使館からということはつまり、ラグダの誘拐事件の被害者だったということになる。俺は数ヶ月前のことを思い出す。






にしても、こんな子いたかな……






そう思いながらマジマジと顔を見ていると、誰か、他の誰かとその顔のパーツが被って見えた。






この眉毛、どこかで見たことあったような……






槍を突きつけられていることも忘れて、俺は頭をフル回転させる。








ラグダ、アン、大使館、誘拐の被害者……







「な、なんでありますか!? そんなじっと見て……」






そう言って眉を顰めるマユコを見ていると、一人の男の顔が出てきた。そいつは、太い眉をした大きな男で、果物を並べて商売していた。






……そう、その男とは、俺にウェスト王国の大使館の場所を教えてくれた、例の店主だ。







「おいマユコ。もしかしてマユコの親は、果物屋か?」






俺がそう尋ねると、マユコの反応は劇的だった。






「な、なぜ知ってるでありますか!! たしかに私の父は今、メインストリートで果物屋を営んでおりますが」






やっぱりか……大使館の場所を俺に教えてくれたあの太眉の親父さん。確かに彼は、娘がラグダに囚われたと言っていた。





俺は、思わず笑いをこぼしながらも、自分の子供を見るような感覚で、マユコの方を見た。






「確かに、こりゃあ世界一のべっぴんだな」






あの果物オヤジが、俺たちが大使館に攻め入ろうとした時に行ったセリフを思い出す。







その言葉に、マユコは眉を八の字にし、顔を真っ赤にする。






「な、何をいうでありますか! そんな戯言には騙されないであります!」




「なんだ、照れてるのか?」




「こ、これしきの嘘で照れないであります!」




「嘘じゃないんだがなぁ……まぁいい、アンは元気か?」




「アンって……様をつけるであります! アン様は今や『半魔の英雄』と呼ばれる素晴らしいお方なんでありますよ?!」




半魔の英雄……アンもちゃんとこの街では受け入れられたようだ。





マユコの顔が、アンの話をしている時だけニヘラァと顔を歪めていたことは言わないでおいてやろう。





「百合は割と好みだぞ?」



「う……うるさいであります! さっさとお縄に着くであります!」






そう言ってマユコが歩み寄ってきた時だ。









マユコの背後からガラの悪い男が数人やってきた。彼らは、ショートソードをチラつかせながらその足を進める。





「おやおや? そこの自警団相手にお困りですか、お兄さん?」





なんだ、こいつら?




なんの返事もしない俺に、楽しげに彼らは言った。






「よければ、私がその眉毛を殺すお手伝いをしてあげましょう」





「いや、結構なんだが……?」






即答したが、奴らは止まらない。





マユコは俺への警戒心を解いていないのか、こちらに槍を向けながら、男たちに声を上げる。





「あなたたち、以前に私が懲らしめた悪党でありますね! この混乱に乗じて私を襲うとは卑怯であります!」





なるほど、単なる憂さ晴らしかよ……






俺が特に興味をなくした男たちは、すごい剣幕になる。






「ごちゃごちゃうるせんだよぉ眉毛」







うーん……気がついたら俺が置き去りに……






盗賊の面までつけて、一番目立つ格好をしている俺が無視されているこの状況、おかしくないか?





そんなことを考える俺を置いて、マユコと悪党との会話は止まらない。






このままなら、俺は逃げることが可能だろう……が、







「こんなヒロイン救出フラグ、回収するに決まってるだろ!!」






可愛い女の子が、ゴロツキにやられそうになっているのだ。ここで戦わずしていつ戦うというのか。もしゴロツキが強そうなら俺は間違いなく大人しく引いていたが、このゴロツキ、どうも弱そうである。







「ここは、善行とフラグを一挙に獲得するチャンスだしな」






俺はそう呟くと、槍を無視してマユコの手を握って男とは逆方向に走り出した。





「走るぞ、マユコ」




「え、あっ、ちょっと!? 盗人!? っ……て、え!?」







すると、案の定後ろから男たちの野太い声が聞こえる。







「ま、待てやコラァ!!」






待てと言われて待つアホがどこにいるんだよ!





奴らは人数が多かったらしく、魔術か何かで回り込もうとしてくる。







このままじゃまずいか?





と、普通の人なら思うだろうが……








「スキルが使える俺の敵じゃないな」







俺は、視線を少し後ろにずらせる。






「マユコ、飛ぶからしっかり捕まれよ」


「は、はぃぃいい〜〜?!」





俺は、マユコの返事を待たずに【巨大壁】を展開し、その上に乗って一気に飛び上がった。





家の屋根と同じ高さになり、次第に街全体が足元に来る。メインストリートには未だに光がともり、顔を赤らめた男たちの顔が見える。




斜め下を見ると、マユコを追っていた男どもも、ポカンとしてこちらを見上げていた。







当のマユコはと言うと……






「う、うひゃぁぁああ! と、飛んでるであります!!」




俺の胸元でお姫様抱っこされて、そう叫んでいた。





お姫様抱っこなんか初めてしたな……





マユコは、下をチラチラ見ながら、俺のクビをガッチリと掴んでいる。女の子ならではの柔らかさが俺の体を包む。





うん……けしからん、誠ににけしからん!






マユコ本人は俺がそんなこと考えているとは思っていないのか、興奮気味に俺の方を見る。





「ど、どう言うカラクリでありますか!? 何故飛んでるんでありますか!!」




「落ち着けマユコ、全部内緒だ」






少し呆れながらも、俺は少し下を見る。そこには、王都を守る巨大な壁がそびえ立っていた。





「マユコ、あの壁の近くに下ろす! 気をつけて帰れよ?」





俺はそう言うと、ギャーギャーと騒ぐマユコを抱えたまま、巨大壁の高度をゆっくりと下げ、なるべく壁の近くに着地した。






「ほら、降りてくれ」





マユコは、そこでようやくお姫様抱っこされていたことに気づいたのか、顔を真っ赤にして慌てて俺の手元からピョンッと、降りた。





手の中から、独特の重みと暖かさがなくなる。





「うむ、いと悲しきかな」





そんなことを言いながらも、マユコが降りたのを確認して、王都の壁を越えるために巨大壁でそのまま一気に飛び上ろうとすると、マユコが叫び声をあげた。






「ま、待つであります盗人! この槍で……って、あれ? 槍がないであります」






側ではイスト帝国の国旗が風で揺らめく。






「槍ならさっきのところに落としてたろ?」





マユコ……どうもこの新人自警団員は、少し抜けた部分があるようだ。






俺がそう言うと、ハッと思い出した顔をして、次に顔をしかめた。


本当に喜怒哀楽の分かりやすい女の子だ。






「ぐぬぬっ……な、なら一つ質問したいであります! あなたは一人で逃げることができたはず、何故さっき……私を助けたのでありますか!」




 

「何故って……マユコ、お前フラグって知ってるか?」





「フラグ……?」






「あぁ、知らないか。まぁいい。じゃあな、アンによろしく!」





仮面をつけたままの俺は、それだけ言い残すと空高く飛び上がった。壁を超え、フェデルタやペスたちがいると思われるアプルの森を目指す。







「リンたち……大丈夫だよな」







俺の祈るようなその声は、雲ひとつない美しい星空に溶け込んでいった。



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