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夜の王城にて②



そこに広がっていた光景を見た瞬間、俺は頭が真っ白になった。





考えが定まらず、体のあらゆる汗腺からブワッと汗がにじみ出る。








「お、おい……お前ら!!」







まず、まばゆい光と共に目に飛び込んだのは……









赤、赤、赤、赤、赤、赤







どす黒い色をしたそれは、廊下のいたるところに飛び散っていた。


所々に溜まって広がっている箇所もある。








「あ……あ、あ……」








現実を理解していくにつれて、余計にパニックな状態になる。


口からはそんな声だけが漏れ出した。







……ブゥゥウウウン







俺のすぐ隣で何か大きなものが風をきって通り過ぎる音がする。


巨大鎧のハンマーだ……巨大鎧が巨大なハンマーを振り回しているのだ。







その標的は……







「シル!! よけろぉぉおおおお!!」







シルだ。巨大鎧に走り寄るシルを、横からなぎ飛ばすようにハンマーが振られたのだ。







……ベチッ







シルが吹き飛んだ。







俺の目の前で、リンは軽々と飛ばされて放物線を描き……壁にぶち当たって、そこを中心に血をまき散らした。






「……ごほっ、あ、んた、遅い、のよ」





ドサリッ……







壁に当たったシルは最後に小さな声でそう呟くと、そのまま床に落下した。






その奥には騎士団が揃っているのが目に見える。廊下を埋め尽くす彼らは、皆こちらに敵意をむき出しにしており、シルに対して同情する瞳は一つとしてない。





むしろ、騎士団の中の数人が剣を抜いて、シルに向かって歩き始めていた。






「シ……ル……、おい、シル起きろよ……」






俺は、自分を挟むようにして立つ巨大鎧の存在を見向きもせず、シルの方にヨタヨタと足を進める。







 だめだ、このままだとシルが騎士団の連中によってトドメを刺される。





 シル、逃げろ。逃げるんだ。




いくら呼びかけても返事がない彼女は、地面に落ちたままピクリとも動かない。





 だ、だめだ。彼女のところまで俺が行くしかない。






その時だ。







ガンッッツツツ








そんな音とともに頭に衝撃が走った。




その衝撃は、俺に想像を絶する痛みをもたらした。体全体が痺れて、頭がシャットダウンしそうになる。ハンマーで押し潰されそうになったのだ。





……が、俺は止まらない。






ハンマーからの圧力が俺の足を通して、廊下に亀裂を走らせる。







「あぁあぁぁああああああ!!!!」





俺は横たえるシルのもとへと走り出していた。






騎士団の多くが、ハンマーで殴られてもなお走り続ける俺を見て目を丸くする。その顔は滑稽だったが、奴らはシルにトドメを刺そうとするような連中だ。





「シルから離れろぉおおお!!」





ここら一帯の王城の廊下はすでにボコボコで、真っ直ぐな床を探す方が難しい。その中を俺は何の迷いもなくシルとの最短距離を直進する。




時々騎士団の方から魔術が飛んでくるが関係ない。




いくら着弾しようが、俺はシルに向けて前へ進む。




しかし、速度は一般人と変わらないのが俺だ。俺がシルのもとにたどり着く前に、騎士団がシルを取り囲んだ。




「やめろぉおお!!」





俺の叫びも意味をなさない。下卑た笑いを浮かべた彼らは、シルではなく俺の方を見ながら、その剣をシルに向ける。




間に合え! 間に合え!




無理だと分かっていても、俺は足を休めない……が、その途中で、何かにつまずいて俺は転んだ。




俺は血だまりの中に倒れこむ。まだ少し暖かい、血のねっとりとした感触が頬に当たり、片目に入り込んだ。




「なんだ? 邪魔するなよ……」




その足を引っ掛けた原因は、これまでぶつかった岩のような素材とは全く違う……わずかな柔らかみがある、動物のような何かだった。




俺は、ゆっくりとその躓いた原因を見る。




そこには……




エルフの女の子がいた。しかし、片足が完全に潰れ、その周辺には肉片が散らばっている。




「……うぉぇぇえええええ」






俺は無意識に吐いていた。喉を胃酸の痛みが通り過ぎたあと、一度は胃の中に入ったものが出てくる。





地面に己の吐瀉物が広がった。







その瞬間、シルを助けることだけが頭にあった俺に、別のエルフの女の子との思い出が蘇った。






出会い頭に胸を揉んでしまった彼女。

そのあと、妹の攻撃から守った彼女。

一緒にご飯を食べて笑いあった彼女。

神獣を一緒に協力して討伐した彼女。






「シア……」






しかし、彼女は生きていた。左足は潰れてもはや無くなっていたが、血だまりを作っていたが、それでも彼女は苦しげに息をしていたのだ。






「待ってろよ……妹は俺が助けてきてやるから」






俺は、シアを置いて前を見据える。そこには、刃先が数センチに迫ったシルがいた。




あっ……


 





絶望。そこにあるのは、シルが死ぬという事実……いや、それじゃダメだ。





だから俺は叫ぶ。







「リンッッツツ!! シルを救ぇええ!」







シアもシルも確認した……が、もう一人のエルフ、リンをまだ見ていない俺は、大声でそう叫ぶ。




リンは、困った時にどこからともなく現れて、華麗に助けてくれるのだ。

リンはどこかで潰れて原型をとどめていないのかもしれない。しかし、それでも……俺は彼を信じたかった。


いや、信じるしかなかった。






俺は、防御力以外はなんの力も持たない存在なのだから……






その時、シルを取り囲む騎士団の後ろに、凄まじい殺気を感じた。






「これは……!!」






リンだ。






「………!!!!!!!!」







リンが本当にどこからともなく現れ、シルを殺そうときた騎士団を蹴り飛ばした。






「リン!! シルを連れてこっちに来い!」


「……!!」






リンはよく見ると頭から血を流していたが、動けるようだった。

シルを担ぎ上げ、こっちに向かって全力で走ってくる。その背中には騎士団の魔術が着弾し、煙を上げている。





「リン! 足元にいるシアとこれを頼む!」





そう言って、俺はポケットから指輪を取り出し、こちらに来るリンに放り投げた。リンは片手でキャッチすると、シアの隣にしゃがむ。






そこまで確認した俺は、くるりと反転した。





……ズゥゥウゥゥウウン






巨大鎧のハンマーと俺の両手が激突する。




そう、巨大鎧のハンマーがすぐ背後まで迫っていたのだ。




俺の何倍もあるハンマーの面が、俺の伸ばした両手のひらとせめぎ合う。





……ゴォォオオオ





地面にヒビが入るが、俺はその手を下ろさない。俺の下にはシアがいるのだ。さらに、そのシアを持ち上げようとするリンたちも……






「……!!」







背後からリンの気配が消えた。それとほぼ同時に近くの窓ガラスが割れる音が鳴り響く。






恐らく、二人を抱えたリンが窓ガラスから飛び降りたのだろう。






「はぁ……はぁ……俺の、勝ちだ……」






拮抗していたハンマーの下からバックステップで抜け出すと、冷静になって周りの状況を確認する。





後は撤退あるのみなんだが……





前には二体の巨大鎧……後ろには大勢の騎士団がいる。





窓ガラスから俺も逃げるか……?






いや、ダメだ。今逃げたら二人を抱えて走るリンが逃げ切れない。






割れた窓からヒュゥーーと夜の冷たい風が入り込む。







俺は、自分に言い聞かすように不敵に笑う。






「ここは、盾らしく時間を稼がないとな……まったく、最近キャラじゃないことばっかだ」






俺がそう呟いた時、後ろから一人の騎士団員の声がした。






「おい、貴様が盗賊の頭で違いないか! 投降しろ! 今投降しなければ即刻殺す」






おいおい、嘘だろ……







その少し高めの声は、嫌という程この場に響いた。



俺の背後から聞こえてくるその声は、たしかに聞いたことのある声だった。




耳を傾けつつも、今度は違った今で笑みがこぼれた。




「ははっ……お前かよ……ガレット」





そう、その声は第三騎士団、副団長……冷徹女のガレットだったのだ。






巨人鎧をじっと見つめながら、彼女の話を聞く。





「私はガレット、第三騎士団の副団長をしている! この場では一番立場が上ゆえ代表して言う」





そんなの知ってるよ……この前ペイジブルに来ただろ! ってか、お前の今着てるライダースジャケット作ったの俺だし……





ちらりと騎士団の方を見ながら、そんなことを心の中で思うものの、ガレット自身は俺の正体に気づいていない。



俺が怪盗マスクをつけていたからだ。





そもそも、こういった心配をしてつけたものなのだが……





俺は、投降しろとうるさいガレットに向けて、一言大声をあげた。






「……断る!!」






それと同時に俺はくるりと反転し、窓……ではなく、騎士団に向けて走り出した。





血だまりに足を突っ込むと、血が飛沫となって飛ぶ。







「こ、こっちに来たぞ!?」


「あ、あいつは何なんだ!」


「死にたいのか!?」






騎士団からそんな声が漏れ、ザワザワと大きな騒音となる。



……が、だからと言って俺には関係ない。



走る走る走る……






今の段階で傷一つついていない巨大鎧と戦いながら、後ろから飛んでくる魔術に対処するのは到底無理な話だ。


それならいっそ、騎士団の中に飛び込んで、騎士団にでも囲まれながら戦った方がマシだと考えたのだ。






「これで巨大鎧も安易には攻撃できなくなっただろ!」





巨大鎧のハンマーは、範囲攻撃だ。俺を狙ったとしても、近くに味方となる騎士団がいればなかなか攻撃できないだろうと言うことだ。





騎士たちの目前と迫った俺は、狂ったように叫ぶ。





「ふっはっはっはっ!! 全員まとめてかかって来いやぁあ!!」






まずは、目の前にいる騎士……!!





俺は、刀を『抜かず』に、鞘の付いたまま持ち上げた。ちなみに、鞘と刀は紐でグルグルに縛ってあり、その二つが外れることはない状態だ。





ガツンッ





騎士の剣が俺の横腹を掠るが、いちいち気にせずに、騎士のフルフェイスを思い切り鞘付きの刀で殴り飛ばした。




「うぎゃっ……!?」




騎士は、そんな声ともにそのまま横に倒れる。






「こんなもんか? イスト帝国の精鋭はよぉ!」





俺が倒れた騎士の上に乗って、そう挑発すると、ガレットが騎士団に向けて大声を張り上げた。







「そいつを……殺せ!!」





「「「「「うぉおおお!!」」」」」







ガレットと目があった。その口元を見ると歯をのぞかせていて、心底楽しそうな表情をしている。






「ガレットの奴、とんだ戦闘狂だな!?」






その時にはすでに、俺は囲まれていた。






あぁ……懐かしい。ウェスト王国の大使館の前でのドンパチを思い出す。そう言えば、あの時もガレットがいたはずだ。





俺のそんな考えを断ち切るように、雄叫びが聞こえた。





「うるぅぁ!!」




前にいた斧を持つ騎士が、それを上に掲げて縦に振るった。






ビュンッと音がして、斧が振り下ろされる。






「おっと、危ないな」





俺は、それを左手の平を使って挟んで止めた。手に斬られる痛みと衝撃……。





しかし、もうこういった痛みには慣れっこだ。


それに、ここでポーカーフェイスを保つことは、騎士たちの恐怖心を煽ることに繋がる。







「お前は、ちょこっと寝とけ!」





斧を持つ方とは逆の手に刀を持った俺は、それを容赦なく騎士の顔面にぶつける。






「あがっっつつ!?」





すると、斧の騎士は鼻から血を流しながら倒れていった。





さて、これで一人……っていっても、あと何人いるのやら





俺を取り囲む人数は数十人に膨れ上がり、各々自分の武器を構えていた。





「ほらほら! 他の騎士は来ないのか?」





内心はこれで本当に来られたら……と怖くてビクビクしながらも、ニヒルな笑みを浮かべながらそんな挑発をする。





しかし、誰も今の距離から俺に近づこうとしない。

予想通り、俺の異常さにビビったのだろう。






このまま逃げるか……






そう思って窓の場所を確認した瞬間、俺の目の前の空気が変わったのを感じた。





……マジか!!!!





俺は、すかさず刀を正面に持ってくる。その前に持ってくる動きすら遅く感じる刹那……





キィイィィイイイン!!





廊下にそんな甲高い音が響いた。その音の原因は、俺の鞘と敵の剣が衝突したからだ。






「ガレット!! お前は毎度毎度本当に危ない奴だな!」




俺の鞘とぶつかった剣……それを振るうのは、第三騎士団の副団長、ガレットだ。





「ちっ! 私の攻撃を防いだだと!?」





ガレットはそう驚くが、大したことじゃない。俺はこれまで何度もガレットの攻撃をもろに受けているのだ。


流石に慣れた……というより、生物の本能的な何かがガレットの殺気を感じ取れるようになったのだ。





二つの刃物がぶつかり、目には見えない余波が、周り一帯に広がる。





そこでガレットは攻撃をやめない。



一旦距離をとった彼女は、また突撃してきたのだ。恐れを知らない、勇敢な攻撃だった。






キンッ! ザシュッ! ガンッ!





ガレットの攻撃はどれも正確で、防ぐというよりは、自分の持つ刀をぶつけることが精一杯だ。


もちろん、その剣が俺の体を掠めることだって何度もある。






ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!


これ以上は無理だ!





そんなことを思いながらも、他の騎士たちが介入してこないように挑発を続ける。





「はっはっはっ! 中々愉快な奴だな! だが、所詮その程度か? 俺の体には傷一つ付いてないぞ!!」





たしかに、服は破けてボロボロだったが、幸いなことに、まだ傷は付いていなかったのだ。





防御力に感謝だな……






身体中、汗でびっしょりになりながらも、俺は必死でガレットの剣を目で追った。





「き、さま!! 何処かであったか?」






剣を振る手を休めることもないまま、ガレットは俺を見て目を細める。





……げっ、バレたか!?






「な、何のことだかな! それよりいいのか? 俺の仲間の三人は窓からとっくの前に逃げてようだが?」




俺は強引に話を変える。




「ふっ、それはこの街の自警団に連絡して任してある。こっちは貴様さへ殺せばそれでいい」





そう言うと、ガレットは刃をこちらに立てたまま、一気に俺の胸元に飛び込んできた。





俺は、鞘で防ごうとするが……






「ぐふぇええ!!」






間に合わず、溝うちに剣の攻撃を受けて、後ろに吹き飛んだ。





俺はなんの抵抗もできずに、地面をただただ転がされた。




体が地面に擦れ、ヒリヒリとした痛みを感じるが、なにより溝うちにもろに食らったことで、意識が飛びそうになる。





しばらくそうして転がると、背中に衝撃が走り、俺は止まった。





仰向けで寝転ぶ俺の視界が、白くチカチカする。





「……がはっ……ヒュゥ……ヒュゥ……」





溝うちを抑えると、手のひらにべっとりした何かが張り付いた。呼吸がしづらく、視界が定まらない。





そんな俺に近づいてくる足音が聞こえた。






「おいおい、あれを受けてまだ貴様は生きてるのか?」





ガレットだ。ガレットが剣を俺を吹き飛ばした剣を振りながら、歩いてきたのだ。





「……ハァ、硬さ、だけには……ハァ、定評があるからな」





そちらを見ながら言い返す俺の呼吸が、次第に安定してくる。それと同時に、腹部を中心とした鋭い痛みが鮮明になっていく。





ガレットは、そのまま俺の側に来ると、剣先をこちらに向けて悠然と立った。






「最後に聞かせろ盗賊、なぜここまでした? たった一人残って巨大な門番ニ体と騎士団を相手取るとは……正直、バカなのか?」






バカ……か。いや、確かにバカなのかもしれない。


あの巨大鎧の強さを見誤っていた。巨大鎧の存在は事前に分かっていたのだから、もっと対策すべきだったんだ。







「俺がここで踏ん張らないと、死んじゃう人がいたんでねぇ……」





喋っていると、唾が気管に入って思わず咳き込む。




「ゴホッ……ゴホッ」




俺はもう口を動かすことすら辛い状況なのに、ガレットはそれでも聞いてくる。






「それが、女……ましてやエルフでも、か……なら、もう一つ質問だ」



「なん、だよ、まだあるのか……?」





俺が反抗的な目を向けると、ガレットはその剣先を、俺の喉元により近づけた。





「お前、なぜその剣を抜かなかった?」





あぁ……そんなの簡単な話だ。






「俺は、盗人で……殺人者じゃないからだ」





俺はこちらの世界に来てから人を殺した……が、それはあくまで相手が悪い場合に限る。



今回の場合、悪いのは間違いなく盗みに入った俺たちだ。騎士団は守っただけ、何も悪くはない。





俺がそう言うと、ガレットは「そうか」とだけ呟いて、その剣を振り上げた。


それを見てたまらず訴えかける。



「お、おいおい……この流れは俺の義に免じて逃がしてくれるところじゃないのか?」




すると、ガレットはこれまでに見せたことのない本当に、本当に綺麗な笑みを浮かべた。




「盗賊、お前は中々見所のある男だった。違う形で出会えていれば、私もこんな冷酷なことはせず済んだのかもしれんな」




そして、ガレットはその輝く剣を思い切り俺に振り下ろし……





俺は見てしまった、ガレットの上……つまりは、俺の上でもある。そこに、大きな影が迫っていることに。






「ガレット! 右に飛べ!」





突然の俺の剣幕に、ガレットが眉をしかめる。






「……は?」






ガレットめ、すぐに飛べばいいものを!



ガレットと俺の上、そこに巨大鎧によって振り下ろされたハンマーが迫っていたのだ。俺とガレットだけ騎士団から離れたことで、攻撃を止めておくリミッターが外れたのかもしれない。






逃げろってば!!






時間がない。俺はなりふり構わず立ち上がると、ガレットに倒れかかった。





本当は手を握って逃げればよかったのだが、満身創痍で、もはや倒れることが精一杯だったのだ。






「なんだ急……って、おい! ハ、ハンマーが!!」





俺が上から押し倒したことで、ガレットは仰向けになり、状況をようやく理解できたのだろう。





あ……そう言えば、前にもこうして上からまたがったことがあったな。ウェスト王国の大使館の前のことを思い出す。





そして……





ふらふらの頭でそんなことを思っていた俺の上に、何のためらいもなくハンマーが激突する。






「ゴハッ……ハァ……ハァ……」






背中に衝撃が与えられた瞬間、口から血か吐瀉物か……よく分からない液体が溢れ出てきた。



それは、容赦なくガレットの体にかかってしまう。




本来なら、そんな美女への冒涜、許されるわけがない……



……のだが、今はそれどころではないのだ。






勢いがなくなったハンマーは、もう一度振り上げられていく。





俺はたまらずガレットの上にのしかかった。

人の暖かさに触れて、こんな状況なのに……いや、こんな状況だからこそ少しの安心感を覚える。






「お、お前……大丈夫なのか!?」





ガレットの表情は目には見えないが、焦っているのがわかる。





こいつ、俺のことを殺そうとしてきてたくせに……心配してるのか?





もちろん、それに対する返答などできない。いや、返答出来ないことが十分な返答になっているのかもしれない。



「ハァ……ハァ……」




ただただ、荒い息が口から漏れ出す。






すると、ガレットが俺の下で体をねじり始めた。


ガレットのやつ、どうやら上に乗る俺をひっぺがしてここから逃げる気のようだ。






しかし、それも間に合わないだろう。俺の背後で巨大鎧の、鎧同士の擦れる音が常時していたのだ。




恐らく二発目……奴は未だにゴキブリのごとく動く俺に、とどめの一発を食らわすつもりなのだろう。





これは……死んだかも……




いくら防御力が高いといっても、巨大鎧の攻撃はあまりにも強力だった。





直感でわかる。次に攻撃を受けるとは、すなわち死ぬことであると……






そうして、せっかくフラグ立ったのにな……と思いながら、





目を閉じて、次に来る衝撃を待つ。







その時だ。騎士団の方から声がした。








「巨大鎧、止まりなさい!! これは命令です」





すると、それに従うように巨大鎧はその動きを完全に停止しようだ。





鎧の動く音がしなくなる。





すぐ背後まで迫ったはずのハンマーも、猛威を振るうことはなかった。






巨大鎧を止めた本人の声が大きくなっていく。






「僕は、今日の城の警備を担当している第三騎士団の団長、ジョニーと言うものです。盗賊、今の行いに免じて命は助けてあげますから、お縄についてください」







ジョニーって……まじかよ。




どうも見たことある顔が多いと思っていたが、今日のここの警備は第三騎士団だったらしい。







「あぁ……本当、タイミング最悪だよ」







少しずつマシになってきた呼吸を整えながら、頭を働かせる。未だに抜け出せず、俺の下にはガレットが下敷きになっていた。







彼女は苦しそうに息をしながら、口を動かす。







「ほら、逃げるなら今だぞ? お望み通り誰も死ぬことなく、な」




「……はぁ、はぁ……逃がして、くれるのか?」




「まぁ、私はもう動けそうにないからな」




 ガレットはそう言って窓の方を見る。





あぁ……ようは今すぐ窓から逃げろと?






 これでガレットという脅威はなくなった……が






「あんたのとこの団長さん……逃してくれるのか?」





ジョニーは間違いなく、盗人である俺の脱走を邪魔してくる。





 すると、ガレットはクスッと笑う。




「さぁ、団長は拘束系の魔術のプロだ……逃げられるかは貴様次第だろ」





無責任な……いや、ガレットは俺を止める気は無いみたいだし、まだマシか






俺は、少しでもジョニーが遠いうちにと、すぐに、窓の方に向かって起き上がった。







「ガレット、あんまりこんな無茶な戦い方するなよ?」


「……盗賊、お前は本当にバカだな」






ガレットと最後にそんな会話をした俺は、全力で窓に向けて走り始めた。横目に目下の脅威、ジョニーを見る。







すると、彼は何かに気づいたようで、少しだけ口角を上げた。





そして、小さく口を動かす。






「ほんと、君は僕の邪魔ばかりする」







ジョニーは、確かにそう言った。その声は、恐らく目があった俺にだけはっきりと聞こえただろう。






俺は、それを気にせず窓に走る。


逃げるなら今しかない。身体中ボロボロだが、この好機を逃したらもう先がないだろう。





そして、度々の魔術による攻撃を受けながらも、ようやく窓にたどり着く。



その間、なぜかジョニーからの攻撃は無かった。






そこで、意気揚々と後ろを向き、騎士団と巨大鎧を見ながら、俺はにやけた。







「さらばだ諸君! また会おう!!」






そして俺は……そのまま重力に従って、後ろに落ちていった。






最後にジョニーが、「以前の貸し、これで返しましたよ?」と呟いたのに気付くこともなく……




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