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休日にて





「ふぅ……ほどほどにはうまくいったかな?」




先ほどまで数十人の騎士団で埋め尽くされていた領主の館は、今や二階にある自分の部屋で椅子に座って紅茶を飲む俺と、その横に立つティーポットを持ったイチジクだけになっていた。




フェデルタは特訓、ヨシミはコダマと一緒に駐屯地に向かった。リンは……よく分からん。






「お疲れ様でした。マスターの割には頑張ったのではないですか?」



「おい、俺の割にはってどういうことだよ」



「そのままの意味です。鍋蓋のマスターの割にはということです」



「お前なぁ……まぁ、とにかく、よかったよ」



「はい、お疲れ様でした」



「あぁ、お疲れ」



「……」



「なんだ?」



「いえ、こうして一対一で話すのは久しぶりだと思いまして」



「確かに、最近じゃ周りに人が多かったからな。フェデルタにヨシミ、この町の住人に、リン……は喋らないか」




まぁ、とにかく今はそんなこととどうでもいい……もう頭が停止しているのだ。





「ダメだ……今日はもう寝る」





お風呂に入るつもりだったが、睡眠の欲求が体を支配する。少し埃を舞い上げてベッドに倒れこむと、温もりが体を覆った。




あぁ……会いたかったよマイハニー。




「やっぱり、将来、布団とけっこん……する……」





それからすぐに、俺は眠りの世界へとダイブした。




「そんなこと……せ…」





俺のその日の記憶は、何となく聞こえたそのイチジクの言葉が最後だった。






その後、俺が目を覚ましたのは翌る日の昼前だった。朝方に出発したのであろう太陽は、そろそろ真上に到達しようとしている。




「ふぁあ〜〜あ……寝すぎたな」




大きなあくびを一つして、上に挙げた手を思い切り伸ばす。それから肩をグルグル回すと、何とはなく動く気になってきた。





今日は珍しくイチジクが起こしに来なかったんだな?




なんて素敵な朝(昼)なのだろうと、上機嫌に扉に歩いていき、ドアノブに手をかけて腕をひねる




勢いよく扉を開き、そのまま廊下に出ようとする……と。




「シルドー、おそよう」


「うわ! なんだ、ヨシミか朝から驚かすなよ」




目の前に真っ黒な何かがあった。よく見ればそれはフードであり、その下には小さな少女がいることがわかる。






「別にそんなつもりはないぞ。そっちが勝手に出てきたのだろう!」





いや、勝手にも何も俺は普通に……



 となれば、こんなところで鉢合わせる理由は一つだろう。





「……どうしたんだ、ヨシミ? こんな朝っぱらから俺を起こしに来たのか?」





ヨシミが起こしに来るなんて珍しいこともあるもんだ、そんなことを思いながらなんとなく尋ねる。




「朝っぱら? もう昼だろう」


「よその国じゃ、まだ朝だ」



俺がとんでも理論を繰り出すと、ヨシミは呆れたようにため息をついた。



「……はぁ、シルドー、一つ大切なことを忘れてる」





フードの奥からクリリとした目が、俺の瞳を捉える。





……大切なこと? 何かあったか?





俺は一晩寝てスッキリした脳内から、それらしい記憶を探してみる……が





「すまん、なんのことだ? 全然思い出せん」




大切なことなら覚えているはずなのだが……





俺がそう言うと、ヨシミは汚物でも見るような目で俺を見ながら、大きなため息をついた。





「はぁ……ナベ、今日はフェデルタと約束があったはず」





約束……? いや、フェデルタとそんなことした覚えはないぞ?




俺のすっとぼけた顔を見て、ヨシミもそれを悟ったのだろう。両手のひらを上に向けて、肩をすくめる。




「ふっ、本当にナベはダメ人間だな」


「なんだと? お前が言うか、バカミ!!」




それからいつものごとく襲いかかろうとしたところで、ヨシミに左の手のひらででストップをかけられた。





「おっと、今回は本当にナベが悪い」




なんだと……?


てか、今回はってことはいつもは自分が悪いことを自覚してるのか




そんなことを思いながらも、真意を尋ねる。




「それで? 約束ってなんだよ、いつしたんだ?」



「昨日。フェデルタが訓練から戻ってここに会いに来たはず」




昨日? フェデルタが会いに?




いや、やはりそんなことは記憶にない。ヨシミのおバカな脳が、間違った記憶をインプットしたんじゃないのか?




……そもそも




「なんでヨシミがそんなこと知ってるんだよ」




そんな根本的な質問をしてみると、ヨシミは得意げに語り始めた。




「我が領域は、貴様の領域と隣りあう次元に位置している……よってその領域へのゲートが音を奏でたとき、我もその音を聴くこととなる。もちろんその後の……」




その後も続きそうな、頭の痛くなるヨシミの言葉を俺は、大声で止めに入る。




「あぁ、はいはい、大体わかったよ。お前と俺は隣室だから、誰かが俺の部屋の扉をノックすればヨシミも聞こえるってことだろ? その後の会話も」




ヨシミの言いたいことが分かってしまう自分が辛い……そんな悲しい気分になった俺にヨシミはグッドサインを見せてくる。





「流石はナベ、完璧だな」



こいつ……殴りてぇ……




しかし、仮に俺が寝ぼけて本当に約束でもしていたのなら、相当不味いことをしていることになる。

今は、全ての事情を知っていそうなこのバカに頼るしかない。





「それで、俺はどんな約束をしてた?」




すると、俺の焦った声に自分の優位性を感じたのか、小さな背を必死に伸ばして彼は踏ん反り返って高らかに笑う。





「クックックック……知りたいか、真実を! ならば、見せてみよおま……ちょっ、 痛い! 痛いって! 何する!?」



気がついたら、俺はヨシミの額を右手の親指と中指で挟んでいた。





「あ、いやすまん、無意識だ」



「無意識!? 無意識で我の頭を掴むのか!?」



「だから謝ったろ? 早く内容を教えてくれ」






そう言って俺は、ヨシミの頭から手を離した。




すると、しばらくヨシミが愚痴をこぼしてから、ようやくその内容を話し始めた。




「もういい、昨日フェデルタがしたのは、ナベの部屋をノックしてまず起きてるかの確認だ」



「流石、お前と違って律儀なやつだな」



「……次にこう言ってた『良ければ、明日の朝一緒に町を散歩してはもらえないだろうか?』と」





明日の朝!? っていうともう過ぎてるじゃないか!





「まさか、それを俺は承諾してたのか?」




「ああ、『フェデルタと出かけられるなんて楽しみ……』とか言ってたぞ」




う、嘘だろ……いや、言われてみれば言ったような言ってないような……


しかし、事実としてそれなら楽しみだ。


きっと言ったのだろう……




とにかく、そう仮定したならかなり今の状態はやばいことになる。俺は、出来る限り冷静にヨシミに尋ねた。





「それで? フェデルタはどうしてるんだ」



「彼女は短い時計の針が下に到達する前から食堂で待ってたぞ。あの真っ黒の鎧を脱いで女の子らしい出で立ちだったな」



あのフェデルタが鎧を脱いで!? 珍しいこともあるものだ。





「それで? 今もまだ待ってるのか!?」



「いや、十時を過ぎたあたりで『主人殿は最近頑張りすぎで疲れが溜まっていたのだろう……特訓に行ってくる』って鎧に着替えて、ついさっき出て行ったぞ」




なっ……朝の六時前から十時まで食堂で待たせていたのか!? しかも待たせた本人は呑気に寝て!




「なんでヨシミは起こしてくれなかったんだよ!」



「フェデルタに止められてた。私のために起こすのは申し訳ないからと」



なるほど、フェデルタらしい理由じゃないか……そんな健気な騎士が散歩なんて素晴らしいものに誘ってくれてたのに俺は何をしていたんだ!!




もうこの時間、朝の散歩なんてことは出来ないだろう……が、このままじゃどうも俺の自分自身への腹の虫が収まらない。




「はぁ……あいつはもう少しお前くらい図々しくてもな……ちょっと駐屯地に行ってくる」




「ん? なにか……いや、まぁいい。ふっ! 行くがよい我が半身よ!」





こいつは……いつまでたってもブレないな



その後、俺はすぐに駐屯地に向かう……わけではなく一旦お風呂に入ってさっと身支度を整えてから館を出発した。





だって、デートを誘いにくる男が汗臭かったら嫌だろうしな。






結局、フェデルタのいるらしい駐屯地に着くのは昼過ぎになった。


駐屯地まで走った結果、結局汗を滲ませていた。頬を流れる汗を、右手の甲で拭う。





そんな俺の前では、獣人たちが剣を振っていた。

今は一対一で木刀を使って、実戦形式の練習をしているようだ。






誰もが真剣に汗を散らせる中、話せる相手を探して見回すと、ちょうど休憩のタイミングだったのか、タオルで汗をぬぐっている獣人を見つけた。




「おーい! コダマ、フェデルタはいるか?」




俺はそのケモミミ少女、コダマに向けて声を上げる。




すると、俺の声を聞いたコダマは、タオルをパッと外すとキョロキョロと俺を探す。



それに気づかれるように俺が手を振ると、トコトコ走り寄ってきた。





うん……走るだけでも可愛さが滲み溢れてくる





そんなことを思いながらも、コダマと一緒に休憩をしていた夫の顔を見て、その言葉を飲み込んだ。




「おつかれだな。フェデルタ今どこにいる?」




「領主様、隊長に会いに来たの? 隊長なら、今向こうで休憩してるの。今日は隊長、休日なのにここに来てるの、さすがなの!」





うんうん、必死に耳をぴこぴこさせてる姿もまた良し。





「そうか、訓練頑張れよ」


「言われなくても頑張るの」





俺は、コダマの頭の耳に自然と吸い寄せられそうになった右手を左手で抑え込むと、コダマが指差した方に歩き始める。





「あっ、そのレザージャケットちゃんと似合ってて良かったよ」




コダマが来ていた俺とお揃いのレザージャケットを見て、安心する。




これは、昨日騎士団が来るということから、彼らにアピールするという意味でコダマにプレゼントしたものだった。




昨日見ても大丈夫だったのだが、自分があげた服だ。やはり、改めて褒めたくもなるものだ。




すると、満面の笑みを浮かべて、少し大きいジャケットの袖を掴むと、顔にまで持っていく。




「ありがとうなの!」





それだけ言うと、コダマははみ出た尻尾をフリフリしながら特訓の場に戻っていった。




ぼんやりとこの後ろ姿を見ていると、俺に言われたことを夫に報告したのだろうか?

夫がコダマに「良かったじゃないですか!」と嬉しそうに笑いかけていた。


周りでは、その様子を見て警備隊の面々が和んでいる。






「平和だなぁ……」





町の守りの要である警備隊がこんな様子ということは、この町はまだまだ平和ということだ。






それから、俺は再び方向を変えて、足を進めた。



走る、というよりはスキップでフェデルタのもとに向かう。


彼女は、今日休日らしかったし、今から連れ出しても問題はないだろう。






そんなことを考えていると、訓練所から少し離れた木の近くにいるフェデルタを見つけた。




「おっ、いたいた」




フェデルタは、木陰に座って遠く……俺たちが出会った山の方角を見ていた。


少し困ったようなそれでいて嬉しそうな顔をしていて、話しかけていいものなのか戸惑ってしまう。






しかし、ここに来た目的を思い出してやはり話しかけてみることにする。





「フェデルタ、お疲れ」




俺が声をかけると、その瞳を少し見開いてこちらに顔を向けた。




肩までの髪がふわりと浮き上がる。





「主人殿!? なぜこんなところに?」





なぜと言うことはないだろう。その反応に少し申し訳ないと思いながら、俺はフェデルタの隣に立つと、そのまま同じ方を向いて座り込んだ。





「すまん、昨日散歩に行く約束をしてたんだろ? 寝ぼけててなんにも覚えてないんだよ」




俺が両手のひらを合わせてフェデルタの方を見ると、フェデルタはその顔を笑顔に緩めてまた山の方を見る。





「そんなちょっとした約束、詫びる必要もない。むしろ、疲れていると分かっていて散歩などと頼んだ私が悪いのだ」






「そんなこと……」





いや待て、言われてみれば、そんな気がしなくもない。だって俺は疲れてたんだ。なのに……





 これ以上の思考は己がクズにになっていくような気がして、やめた。






「フェデルタ、ちょっと遅くなったが行くぞ」





その言葉とともに、俺は両足で勢いよく立ち上がった。




すると、いまいち状況を理解できていないファデルタが顔を上げる。バッチリと目が合った。





「ほら、早く立てって」





そのままフェデルタの腕を引っ張り上げると、それにつられるようにして鎧を纏ったフェデルタが立ち上がった。





「出かける……? これから散歩に行くのか?」





散歩、散歩か……






「いや、せっかくだし、それよりも前にした約束を果たしに行くんだよ」





フェデルタはその約束の意味を理解できていないのか、まだその綺麗な眉を八の字にしていた。





「前にした約束……? とにかく、どこかに行くならとりあえずこの鎧を脱いで汗を流したいんだが」



「あー、いいよいいよ。むしろその格好の方が今から行く所に相応しいと思うし」






俺は頭にクエスチョンマークを浮かべたフェデルタの手を掴んだまま、引っ張るようにして目的の場所に足を進める。







そして、十分もしないうちに俺たちは目的の場所に到着していた。





町と隣り合ったところにあるそこには、木々が生い茂り、おどろおどろしい魔物の声が時折聞こえてくる。

薄暗い木のしたには、見たことない植物がまばらに生えていた。






「ここは……始まりの森だな」


「その通りだ。フェデルタ、初めて会った時にした約束覚えてるか?」






俺がそう尋ねると、フェデルタがその病的なまでに白い顔をこちらに向けた。





「私が成人になるための馬を一緒に探す……だったか?」





流石はフェデルタ、当初の目的を忘れていない。




俺はフェデルタにグッドサインを出すと、そのまま話を続ける。






「そうだ。これから俺たちはこの森でフェデルタの相棒となる馬を探すんだ」





もともとフェデルタは、俺が馬を一緒に探すから、という理由で俺についてきたんだ。


成り行きで今は俺の騎士なんてもんをしているが、やはりそのフェデルタの当初の目的は叶えなければならないだろう。





フェデルタは、きっと喜んでくれるだろう。そう思ってフェデルタの方を見るが、その顔は少し困ったようだった。





「そうか、ありがとう」





口元は上がっているが、その眉は垂れ下がり、その細めた目元からはやはり多少の気まずさを感じる。






「な、なんだ? 実はもう見つけちゃったとか?」




「いや、決してそんなことはない! 嬉しいぞ、私のことを考えてくれて」






フェデルタはその顔をブンブン左右に振って俺の考えを否定する。





なら、なんだ? フェデルタはこのためにはるか北の魔族領からこの人族領にやってきたはずだ。素直に嬉しくないのか?






すると、フェデルタが仕方がないと言ったように言葉を紡ぎ始めた。






「主人殿? 私はあの山で主人殿の騎士になって、こうして私の居場所ができて……正直、これだけで十分なんだ」





その後で、彼女は続けた。「私のために使う時間があるなら、しっかり休んでくれ」と。






それは魅力的な話だ。


だが、さすがに俺もここで首を縦にふれない。




すかさず反論をしようと口を開いた時、前に立つ無数の木の上から間の抜けた声が聞こえた。








「領主さまぁ? 女の子にそんなこと言わしちゃダメじゃなぁい」




続いてハキハキした声も聞こえる。




「ホント、最っ低ね!」




俺は、誰か分かったうえで木の上を見上げた。







「着いたなら、さっさと言えよ」


「ついさっき来てくれって頼まれてぇ、こんなすぐに来たことをまずは労ってほしいわぁ」




「うっ……」





そうなのだ。フェデルタに会ったのが午後になってしまったのには理由があった。


朝の散歩を早々と諦めた俺は、すぐにフェデルタと馬を探しに行く目的にシフトチェンジして、始まりの森で探すにあたってこのエルフ姉妹に協力を要請したのだ。





「あぁ、助かる。今日は馬探しよろしく頼む」



「ふんっ、感謝することね!」



「良いのよぉ、領主様のおかげでここ数日森に入ってくる獣人さんも減ってるしぃ」





彼女らの言葉に俺が感謝していると、隣に立っていたフェデルタの少し困惑した声が聞こえる。




「主人殿? その二人のエルフは?」




そうだ、このエルフのことはフェデルタは知らないはずだ。俺はすかさず紹介に入る。





「まず、こっちの巨乳エルフちゃんがシア、俺の将来の嫁だ!」





初めて会った時に胸を揉んだ責任を取るってことでそんな話になっていたはずだ! あれに時効などはない、永久に有効な契約だ。


それを無かったことにするなど、許されない……ていうか、許してなるものか!!





前世では全く女の文字がなかった俺も、こちらの世界だともう妻を迎え入れることが確定しているのだ!!




一人、心の中でそんな主張をしながらも、さりげなく(自称)未来の妻をフェデルタに紹介する。





すると、フェデルタが口をパクパクさせながら一歩退いた。







「よ、よ、よ、嫁ぇ!? そんな話一回も……」





ふっふっふっ、珍しく良い反応じゃないか! この俺にこんな可愛いお嫁さんが出来ると知って相当驚いていると見える。




したり顔で勝ち組の余韻に浸っていると、ため息交じりのシアの声が耳に入ってきた。





「はぁ〜、あの宣言は有効だったのぉ? おねぇさん、軽くしか捉えてられてなかったわぁ」





なんだと!? こっちは本気で娶る気だったというんだぞ!





しかし、そんな姉を擁護する妹の声がした。







「お姉ちゃん、それで間違ってないわよ、あの男の頭がおかしいだけでしょ? 軽くどころか、聞き流すのが正解よ」




「おい、なんてこと言うんだ!」






確かに、シルの言うことは正しいのかもしれない……だが、ここで折れてしまってはこの可愛コちゃんとの結婚話も無くなってしまう。




それだけは避けねば!!



俺は叫ぶ。





「黙れツンデレ貧乳! お前なんかそもそも結婚できないだろ!」





ここで、やはり案の定ツンツンエルフが突っかかってきた。


いや、こんなこと言われたら誰だって怒るだろうが……





「はぁっ!? 何言ってんのよ! そんなわけないでしょ、私はモ、モテモテよ! モ、テ、モ、テ!!」




ほう……言ったな?



なら、もちろん……




俺はニヒルな笑みを浮かべながら口を開く。




「なら、男と寝たことはあるんだよな?」



「あ、あ、当たり前じゃない! 何言ってんのよ」




「ほう……」





楽しくなってきた俺は、自身でも歯止めが効かない。




「もしかして、毎晩取っ替え引っ替え?」


「そ、その通りよ! モテすぎて困っちゃうんだから」




おバカだこの子




俺は一拍おいて、シルを見る。





「…………シル、お前ってば痴女だったんだな」



「な! なんてこと言うのよ!」



「でも毎晩男と遊んでるんだろ?」



「そ! そんなわけ……あっ……」






そこで自分の言葉の意味に改めて気づいたのだろう。顔を真っ赤にして俯いてしまった。





勝ったな……!





一人でこの戦いの勝利に浸っていた時だ。ずっと隣に立っていたフェデルタが俺の肩を叩いた。





「それで、この小さなエルフはシルと言うわけだな?」



「え? あぁ、その通りだ。二人には今から馬探しの手伝いを頼んでるんだ」





そう伝えると、フェデルタは礼儀正しく二人にお辞儀して挨拶をする。






「私はこのどうしようもない主人殿の騎士をしているフェデルタだ。以後よろしく頼む」


「よろしくねぇ〜」


「わ、私は痴女じゃないわよ!? よろしくね、フェデルタさん。それじゃ、このクソ野郎は放っていきましょ!」





シルがそう言うと、フェデルタの空いた手を掴んで森に向かって走っていく。フェデルタは、突然のことに少々驚いていたが、前かがみになりながらもシルに引っ張られて森に進んでいく。





よし、この調子なら打ち解けるのも早そうだな。





シルはともかくフェデルタは少しだけ人間不信なところがある。


小さな頃に過酷な体験をしていたらそれも仕方ないのだろうが……





とにかく、幸先の明るさに安心しつつ俺も足を進めようとしたところで、待ったがかかる。



巨乳エルフことシアだ。





「領主さまぁ? 気づいているとは思うけどぉ、あの子、人族や亜人族じゃないわよぉ?」





流石は百年の年月を過ごしただけはある。一瞬でフェデルタの正体を看破するとは





俺は、その言葉にひるむことなくシアの目を見た。





「知ってるよ、だがあいつは大丈夫だ。なんたって俺の騎士だからな」




俺の言葉に、シアはニコニコ笑いながら「そう」とだけ呟いた。





それから俺たちも先に進んだ二人に続くように森に入った。サワサワと木の葉の揺れる音が耳に心地よいが、それを時折魔物の声が邪魔をする。





「最近はどうだ? 森の様子は」




いつものようにニコニコしながら俺の横を歩くシアに聞いてみる。こいつなら、なんでも知っているのだろう




「そうねぇ、さっきも言ったけど獣人さんの襲撃はほぼ無くなったって言っていいわねぇ。そのおかげでカオスのレベルの上昇も安定してきていい感じよぉ」




「ならよかった。龍帝の様子は?」





一度上がったカオスのレベルが下がるわけがない。結果的に龍帝は無理をしていることは間違いないだろう。





そう思いながらもシアの方を見ると、彼女はどこか楽しそうな顔をしていた。





「龍帝様ならだいぶ元気になったわよぉ、カオスに影響のない場所で龍帝様、かなりレベル上げをしてるからぁ」




なるほど、森で魔物を倒したらその経験値は全てカオスに行く。だから、龍帝は森から少しだけ離れた場所で経験値を積んで魔力量を増やすと。そうして日々レベルの上がるカオスの封印を継続できるようにしているわけか……





「龍帝も大変そうだな……もし人手が足りなかったら言ってくれ、微力ながら力にを貸すから」




 その時は警備隊の連中何人かに行ってもらおう。




「ふふっ、本当に領主様は龍帝のことを大切に思ってくれるのねぇ」





「まぁな! 俺は美人には優しいジェントルマンだからな」



それ以外は知らん!



それに、龍帝の場合はペイジブルに住む獣人たちが迷惑をかけたらしいしな……そのトップが落とし前をつけるべきだろう。




「あらあらぁ、それは龍帝様が美人でよかったわぁ」




頬に手を当てて彼女はそう微笑む。






そんな会話から十分経った今も、俺たちは森の中を歩いていた。



俺とシアの前にはシルとフェデルタが仲良く隣り合って歩いていた。フェデルタの方がシルよりも頭一つ分は大きいから、黒い騎士はほとんど中腰になっている。





「なぁ、シル、ちゃんと馬型の魔物の生息地に案内してくれてるんだよなぁ?」




そんなだるさ満点の俺の声に、前を歩くシルが足を進めながら振り返る。




「もうちょっとだから頑張りなさい! そこの川を越えた先よ!」





言われて前を見れば、たしかに小川が流れていた。サラサラという気持ちの良い音を奏でるそれは透明度が高く、木々の間からさす日差しを反射している。




「おい、本当にあそこにいるのか?」



どうもシルの言うことは信用できない俺は、隣を歩くシアの方を見る。




「そうねぇ……馬型の魔物なんてこの辺りにいたかしらぁ?」




あ……これ絶対にいないやつじゃん








そして……





そんなことを考えつつもたどり着いた小川の先で、俺たちは全力で走っていた。






「おいこら、シルゥウ!! どこに馬型の魔物がいるんだよぉお!」




そう叫びながら全力で走る俺の後ろで、ある程度落ち着いたシルの声が聞こえる。




「ちゃんと馬みたいな魔物でしょうが! 何文句があるって言うのよ!」




「馬型ぁあ!? どう見ても巨大なイノシシだろ! お前の目には何が詰まってるんだ!!」





そう、俺たち四人は今、マッスルボアーという人の二倍ほどのサイズのイノシシに追いかけ回されていた。







「ブルゥフシュゥウウ!!」



後ろからのけたたましい鼻息が耳に届く。



「何よ! ちゃんと馬と同じ四足歩行じゃない!」




こいつはバカかぁあ!?




「四足歩行ってこと以外、馬要素ないだろ! もうちょっとは頭働かせろよ!!」




ハァ、ハァ……ダメだ、大声を出したら体力が奪われるだけだ。




もう止まって休みたい。これだけの戦力があればあのイノシシ一頭くらい容易に絶命させられるだろう……が、それでも俺たちは逃げるしかない。





「倒しちゃダメよぉ〜、あの魔物かなりの経験値を落とすことで有名なのよぉ。もし殺っちゃったら、その経験値がカオスにいっちゃうんだからぁ」




そうなのだ。いくら倒せるからといって倒してはならない……これは、この森での鉄則だ。倒すなら、森を抜けてから……もしくは最悪の場合だけだ。





というわけで、俺たちは必死で森の中を駆け抜ける……が、防御力以外は一般人並みの俺は、もう体力の限界が近い。




「もう……ダメかも……ハァ……」




「だらしないわね、私も疲れたから避難するわ! 後よろしく!」




「なっ!?」






さっきまでそばにあったシルの声が遠ざかっていく。




「シル! てめ、木の上に逃げるな、一緒に苦しめよ!!」



そう、遠ざかっていったシルは、風に乗って楽々と木の上に避難したのだ。





「領主様も逃げるなら木の上よぉ」





次に、そんな声とともにシアの高く上がっていく声が森に響く。





あの姉妹ぃい……





普段からこういったことに慣れているのだろう。




すると、去っていった二人に変わって俺の隣を走る存在が現れた。




「辛そうだな主人殿! まさか魔物を倒さずにいることがこんなに難しいことだとは思わなかった」



「あ、あ……ほんっ、とにな……」





息も絶え絶えな俺に比べて、フェデルタはまだまだ余裕そうだ。全身に鎧を纏っているくせになんて奴だ……




「どうするつもりだ、主人殿? このままだと追いつかれて終わりだと思うのだが」




そんなこと、俺自身が一番よく分かっていた。




二人はこんな会話をしながらもひたすらに走り続けているのだ。木々の合間を縫って迫り来る脅威から逃げる。






「もう……むりぃ……」




こうなったら、最後の手段……





俺は走ることをやめると、右足を軸にしてくるりと方向転換した。

二つの足でしっかりと地面を踏みしめると、両手を前に掲げる。





「主人殿!? まさか、あのイノシシを止める気なのか!」



「ふっふっふっ! 自称……はぁ、はぁ、防御力最強の、力を、見せてやろう」







正直なところを言うと、もう体力の限界だったのだ。でも大丈夫、ビジョンは見えている。


まず、走ってくるイノシシの牙を俺の両脇に挟む。そして身動きが取れなくなったところで、上に持ち上げて投げ飛ばす!!






そうと決まれば、何も恐れることはない!





マッスルボアーは、そのどデカイ図体を上下に揺らしながら一直線に俺に向かってくる。口からはヨダレを垂れ流して、その鋭いまなこは俺を睨みつける。






そして、奴は俺の目の前に来て……






「よっしゃぁ! ばっちこ……ぐぶふぇぇ」






俺という障害物を軽々と吹き飛ばして走り去っていった。







脇で挟むどころか、キバの一振りで軽々しく上空に飛ばされた俺は、木々をも超える。






「あるぅぇ……おかしい……な」






そう放物線の頂上で呟いた俺は、一気に加速して重力に従って地面に落ちていく。





「うわぁあぁあ!!」





浮遊感が一気になくなり、体が落下していくのがわかる。






ぐふぇ……






しばらく葉と触れるガサゴソと言う音がしたと思うと、背中に衝撃が走って俺は地面に倒れていた。





「いってえぇ……俺じゃなかったら軽く死んでたな」





落ち葉がクッションになったと言っても一般人に耐えられる衝撃ではない。




一人息を整えていると、イノシシに吹き飛ばされた俺を見下ろす形で二人の影が視界に写り込んだ。





「ねぇ、大丈夫なの? もしかして死んじゃった? まぁ、それならそれでいんだけど」




シルだ。俺の顔の前で手を振って意識を確認してくる。




「勝手に殺すな……ちゃんと生きてるよ」




ふてくされたように言う俺に、二人目の声もする。





「やっぱり領主様は頑丈ねぇ……普通なら吹き飛ばされた時と、落ちた時で二回死んでるわよぉ?」




シアも木の上から降りてきたのか……




「ほんと、勘弁してほしいよ」





それで、フェデルタは? そう思って上半身を起こすと、平然とした表情でフェデルタはこちらに歩いてきていた。





「いやぁ、主人殿大変だったな!」



「フェデルタは無事だったのか?」




見た所、怪我の一つもしていない。





「ああ、うまく魂を掴めたからな? 握りつぶすぞ、と脅したら去っていった」




に、握りつぶす……さすがはデュラハン、言うことがいちいち過激だ。




「っておい待て! なら、俺と逃げてる時にそれをしてくれれば良かったじゃないか!」




「すまない、時間がかかったんだ。それに、主人殿なら数回吹き飛ばされたところで問題ないだろう?」




「フェデルタ……騎士とか名乗ってる割にはあんまり俺を守る気とか無いよな」





そう言った俺の言葉はフェデルタにまで届かなかったのだろう。フェデルタは何か言ったか? といったように首を傾げている。





まぁ、いいか……





こんなべっぴんと一緒に居られるだけで役得ってものだろう。そう思考を切り替えてもう痛みも引いた腰を上げようとする。




すると、シアが起き上がる俺に手を貸してくれた。




「彼女は領主様のことを信頼してるのよぉ、その信頼を裏切らないためにも死んじゃダメよぉ?」




「ははっ、都合の良い解釈だな」




乾いた笑みを浮かべて、俺は立ち上がった。





「さて、改めて馬探ししますかねぇ……」











そして……日が西の空に沈もうとしている頃、俺たちは最初にあった森の入り口に来ていた。




だが、その傍らには馬の影はない。




あれからあちこち見て回ったのだが、結局デュラハンに合うような馬は見つからなかったのだ。




「今日は残念だけど諦めるしかなさそうねぇ」



頬に手を当ててて眉をしかめたシアが言う。




「ああ、日が悪かったのだろう。二人とも、今日一日付き合ってもらえたこと、感謝する」





そう言うフェデルタは、それほど残念そうな顔はしていなかった。やはり初めに言っていたように、それほど馬という存在に固執していないのだろう。




こうして、今日は諦めることになった俺たちは、二つに分かれた。


シアとシルは森の方へ、俺とフェデルタは町の方へ……




「じゃあな、また、生態系を乱すような魔物が現れたら協力するから言ってくれよ」



「そうね、強力な個体が生まれたら、その時は捕縛依頼を求めるわ」





ま、私たちの手に負えなかったらだけど……とシルは続ける。




「それじゃぁ、今後も獣人さんたちが荒らしに来ないようによろしくねぇ」



「あぁ、分かったよ」




シアの言葉にサムズアップすると、二人は颯爽と木々の上に上がって帰っていった。






「俺たちも家に帰るか、今日はイチジクが料理を用意して待ってくれてるだろうし」



「ああ、楽しみだ……主人殿?」



「んぁ? どうした?」



「……今日はありがとう」



「いいってことよ」






時計の針が午後六時を指す頃、そうして、二人並んで歩く影が夕焼けに照らされて長く伸びていた。




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