目覚めのときにて
「……ドー、……のですわ」
……ああ? 誰かの声がする。
「シルドー! 起きるのですわ」
この特徴的な声は……
ゆっくりと目を開くと、俺を見下ろす顔と目があった。
「あぁっと、お嬢様……?」
「ええ、お嬢様ですわ」
どういう状況かを一旦確認するために起き上がろうとするが、そのタイミングで右足に激痛が走った。
「ってぇええ」
諦めて俺はまた横になる……と、自分の頭に枕となる何かがあったことに気がついた。
それはプニプニスベスベで……って、
「お嬢様? これは、膝枕ですか?」
「……ええ、お嬢様の、膝枕ですわ」
お嬢様の、の部分にやたらと力を込めてベリーは言う。
「貴方が柄にもなく足を怪我しているみたいでしたから」
足の怪我?
ああ、思い出した。現実世界で目を覚ますために足に自分の刀を刺したんだった。
「それは、刀を刺した甲斐があったってもんですね」
「あら、そう」
「ええ」
そこで、部屋の中にベリー以外の者の気配を感じた。そちらに目をやると、まだ寝ているインバスと、その男の膝枕をするルージュがいた。
彼女はインバスの頬を、優しい手つきで撫でていた。
「お嬢様、何があったのか聞いても?」
すると、ことのあらましを教えてくれた。
ベリーは、俺と別れてからルージュの部屋に行ったらしく、そこで彼女の姉は泣いていたそうだ。
事情を聞けば、こっぴどく振られたらしく、その上で「貴方とは付き合えません」とルージュの方から言うように強要されたらしい。
ルージュは、訳もわからず、自分の気持ちに嘘はつけないと、その要求を飲まなかったみたいだが……
とにかく、ベリーがルージュを慰めて、その後にインバスの言葉の真意を確認しにこの部屋に来たらしい。
すると、そこには倒れる二人と、汗だくで眠るブラッドがいたのだと言う。
しばらくして、彼女にとってのお兄様……ブラッドだけ目が覚めていたらしく、彼に事情は全て聞いたとのことだった。
ちなみに、彼はもう自室へ帰ったのだと言う。
「じゃあ、なんでインバスがルージュ様の告白を断ったか、二人は知ってるってことですか?」
もしかしたら、そういう肝心なことは伝えていないのかもしれない。そう思って尋ねるが、そんな心配は必要なかったらしい。
「ええ。インバスの精気吸引の力が強すぎるから、一緒にいれないってことですわよね?」
「聞いたのは、それだけですか?」
「……? そうですわね……それ以外も何か言ってるようでしたけど、意味不明でしたわ」
これは都合のいい話だ。
俺が人間だとか、領主だとかは知られていないらしい。
俺は続けて尋ねる。
「なら、インバスがルージュ様に断って欲しがった理由も?」
「自分の恋が成就しないように……ですわよね?」
その通りだ。
「それが分かっているならいいです。そう言えば、俺とインバスが寝てる間、ルージュ様おっきな声だしました?」
「ええ、インバスたちが何かと戦うように苦しんでましたから、ずっと目を覚ますように言っていましたわ」
なるほど……最後にインバスを目覚めさせるきっかけを与えてくれたのは、やはりルージュのおかげみたいだ。
あの時聞こえたルージュの声は、現実世界での彼女の声が、インバスの夢の中にまで届いた結果だろう。
ルージュの方を見れば、こちらの声など聞こえていないようで、いつまでもインバスのことを慈しんでいた。
「お嬢様、あの二人をくっつけるのは……」
「もちろん、諦めますわ」
ベリーは両手のひらで俺の顔を押さえつけてきた。強制的に真上を向かされると、ベリーとしっかり目があった。
「……? 急に何ですか?」
「シルドー、今回は良くやりましたわ。よくインバスを殺さずにいてくれましたわね」
「まぁ、そりゃ、どうも」
その時だ。インバス達の方で声がした。
「んんっ……あら? ルージュが見えるわ」
あのバカ、ようやく目覚めたか……
「インバス様ぁ、おはよう御座います」
ルージュが潤んだ声で挨拶をする。まだ外は暗いから正しくはこんばんはになるのだろうが、いちいちそんなことを指摘するほど野暮ではない。
「ルージュ……私」
インバスが何か言い出そうとしたところで、ルージュがその口を人差し指で止めた。
「インバス様……貴方に言わないといけないことがあるのぉ」
ルージュは、目に涙を浮かべて続きの言葉を編み出した。
「私、インバス様とはお付き合い出来ないわぁ」
それは、あまりにも悲しすぎる恋の終わり。
インバスは、膝枕されたまま笑った。
「ありがとう、ありがとうルージュ」
その言葉を聞いて、ルージュは堪えてきたものが一気に溢れ出したようだった。
「ううぅぅ……うわぁぁああ」
ルージュは泣く。この涙はインバスが無事だったから嬉しくて流れたものなのか、失恋した悔しさから流れたものなのか……
そんなこと、俺にわかるわけないか。
こうして儚い失恋の一部始終を、俺は見ることになるのだった。




