夢の中にて⑤
夢の世界に太陽が光り輝く。
夢の世界に『朝』をもたらしたところで、現実世界はまだ『夜』だ。
だから、これで目覚めるかは、正直賭けだ。
目覚めなければ、俺はここで死ぬしかない。
全ての願いを込めて、俺はインバスに言葉を飛ばす。
「てめぇ、ルージュを泣かせるな!」
インバスは、沈黙だ。
「さっさとしっかりしろ!! そんで俺に謝れ!」
俺がそう叫ぶと、どうだ。インバスの様子が明らかに変わった。さっきまでの殺伐とした雰囲気から、いつものコミュ力高めのパリピのような雰囲気へと変わる。
「お前……」
インバスは、そのままゆっくりこちらに近づいてきた。その顔は緩やかな笑顔だ。
「もとの、インバスに……」
やった! 太陽作戦は大成功したらしい。
思わず笑みを浮かべながら、俺もインバスへと近づく。
そして、互いが歩みを寄せ合って、ついに目の前に来た。インバスは背が高いから、自ずと俺が見上げる形になる。
インバスの背後にある太陽が眩しく視界に映り込む。
俺にとっては逆光の中、彼は言った。
「ありがとう、シルドーちゃん!」
「ってことは、お前……」
「ええ! おかげさまでもういつものインバスよ!!」
喜びが込み上げる。勝ったのだ。俺は。この男に、この地獄に。
柄にもなく頬の筋肉が自ずと上がってくる。
この感じは、間違いなくいつものインバスだ。
間違いなく。
気を緩めた俺は、いつもの軽口を叩こうとする。
「お前、どれだけ俺が……」
「なんて、言うと思った? シルドーちゃん」
「……?」
どういう、ことだ?
「まだ、分からないの?」
「……まさか、お前」
瞬間、インバスは綺麗に生えそろった歯をこちらに見せた。見下ろす彼は、数秒前の彼とほとんど同じだった。つまり、目の前に立つ男は、まだ人殺しの顔をしていたのだ。
「ええ、この程度で、私が元に戻るとでも?」
「くそがっ、まだ終わらないのか!」
「ええ、もちろんよ!」
そう言って、インバスは太陽を『消そう』と、腕を太陽の方へと向けた。
あいつが指パッチンをした瞬間、また太陽は消えるのだろう。
そこで、ふと気になった。
「……おい待て、なんで、太陽を消そうとしてるんだ?」
俺の言葉に返事はない。
もしさっきの計画で行くなら、あいつはあの太陽を俺にぶつける気だったのだ。なのに、急に消すことに決めた。
「お前やっぱり、太陽……ダメなんだろ?」
まだそれに返事はない。
「今、あの一瞬……インバス、元に戻ってたろ? いつもの、陽気なお前に」
やはり返事はない。しかし、その手は間違いなく太陽を消そうと動いている。
直感でわかる。
ダメだ。あの太陽を、あの光を消しては。
あれが消えれば、また逆戻りだ。次こそはやられる。間違いなく。
インバスの手を、太陽の方向から変えようと、俺は手を伸ばした……
が、インバスは、数歩後ろに下がり、これをかわす。
「ククッ惜しかったわね、シルドーちゃん!」
「やめろぉお!!」
「あなたの負け、よ?」
インバスは、太陽を消すために指パッチンを……
「させないよ!!!!!!」
声と共に、インバスの腕がちぎり飛んだ。
太陽を指さす手は、今は地面に転がっている。
インバスは、構わずもう片方の手を空へと掲げた。
「だから、させないって!」
しかし、その手すらも血飛沫を上げて、地面に転がった。
インバスは叫ぶ。憎しみを含んだ怒号。
「ブラッドちゃぁぁああんっ!!!!」
インバスの背後。ブラッドが、槍を振り上げていた。
「ブラッド!?」
思わず叫び声をあげる。
あいつは、アイアンメイデンに閉じ込められていたはずだ。なぜここに……
それに答えるように、彼は言った。
「あの鉄棺、なかなか恐ろしかったよ。まさか、あんな針で串刺しにされるとは思わなかったからね」
インバスは、体はこちらに向けたまま、顔だけ背後に立つブラッドへと向けた。
それに追われるように、ブラッドの様子を見れば、彼は血だらけだった。身体中あちこちに穴を開けて、そこから血を垂れ流している。
「お前、その血を使って?」
インバスの専売特許は、血を使った攻撃だ。
「そういうこと! この世界は『夢』だから死ぬことはない。血を出して出して出して……それで、ね?」
そう言って彼は親指で背後を指さした。
そこには、ボコボコに凹んだアイアンメイデンの姿があった。中にあるはずの針がひしゃげ、象られた女性の顔も、悲痛な面持ちだ。
あいつ、痛みには慣れてると思っていたが、まさかあの鉄の棺の中で逆転のチャンスを狙っていたのか……インバスも大概だが、あいつも大概だな。
そのとき、腕を切り飛ばされたインバスは歯軋りをしながらこちらを見据えた。
「邪魔が増えたけど、あの忌々しい太陽、消させてもらうわよ!」
その宣言とともに、インバスの腕が再生する。さすがはこの世界の主人だ。
しかし……
「させるか!!」
俺は巨大壁(弾丸バージョン)を瞬時に作り出し、インバスの半分ほど出来上がった腕に貫通させた。
ボトリ……
また一本、この世界にインバスの腕が生まれ落ちた。
「シルドーちゃん、やめなさい?」
また生え始めるインバスの腕。
「やるぞ、ブラッド!!」
「もちろんさ、帰っておいで、インバス!!」
あの太陽が照っている限り、俺たちに勝利の芽があるのだ。今全力を出さないで、いつ出すと言うのか。
走る。
刀を前に向け、インバスの右腕の付け根を狙う。
「ええい、鬱陶しいわよ」
ひらりとかわされるが、代わりに左腕をインバスが斬り落としたらしい。
身を翻す瞬間に、インバスに一太刀入れる。
彼の脇腹から血飛沫が飛ぶ。
しかし、それはやはり意味がないらしく、一瞬で治癒された。
見れば、右腕を再生させたインバスは、空高くへ手を挙げようとしていた。
「させるか!」
もう一太刀。
ブシュッそんな音を立てて、右腕が綺麗に地面に落ちた。
「絶対に、あの太陽を消させるな!!」
「シルドーこそ絶対に、だよ!」
俺が右腕、ブラッドが左腕、とにかく何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……切り落とした。
地面を見れば、インバスの腕が百本は転がり落ちている。息も絶え絶えになる頃。
インバスが、苦しみ始めた。
「わ、私……は……」
永遠かと思った時が終わり、彼はいよいよよろめき出す。腕の再生スピードは低下し、何かを思い出すように、つぶやく。
まさか、元のインバスが戻ってくるのか!?
「インバス! 戻ってこい」
「ルージュを……」
「そうだ! ルージュのために!!」
「ルージュを……襲わ、ないと」
くそっ、ダメだ。多少は真なるインバスが目覚めそうだったが、そこ止まりだ。
「お前なぁあ」
悪態をつきながら、それでも刀を振り回す。
その時だ。隣で、ドサリと音がした。
これまでの腕が落ちる音とは明らかに違う。もっと大きなものが倒れた音。
「ブラッドッッッ!!!」
見れば、ここまで左腕を担当していたブラッドが、ついに倒れていた。顔は青白く、明らかに無事ではない。
「ごめん、シルドー」
まずい。
やつの左腕が再生してしまう。
「シルドー、ちゃん? 終わり、よ?」
ダメだったようだ。インバスの目は真っ赤に光ったままで、歪に笑っていた。
「クソが」
彼は、即座に左腕を再生させ、その手を太陽にかざした。
「私の弱点、さようなら」
その時だ。
声が聞こえた。
「……さま……て、起き……」
それは、遥か上空の彼方から聞こえてくる。
「何の声だ?」
この場にいる三人ではない。どこか儚げで綺麗な澄んだ声。
次第に声ははっきりしてくる。
「……バス……起きて……」
同時に、インバスがまた苦しみ始めた。
「な、なぜだ……なぜ……」
空からの声はますます大きくなる。
「インバス……様……起き……て……」
この声……
聞いたことのある優しい声だった。何なら、昨日も聞いた。
ルージュの声だ。
「ああっ、私は……私は……」
インバスが頭を抱えてグワングワンと体を動かす。
もう一押しだ。もう一押しで……
俺は刀を捨ててインバスのもとまで走ると、奴の襟元をぐいっと掴んだ。
「てめぇ、いい加減にしっかりしろ」
頭を大きく振りかぶり……
ガンッ!!
インバスの額に俺の額を思いっきりぶつけた。
「痛ぇえ!!」
「痛いわ!!」
インバスと目がしっかりと合う。
彼の瞳はまだ薄く赤らんでいたが、その奥にしっかりとした意思があるのを感じた。
「インバス、お前……」
「……ククッ、もう、ここまでのようね」
今目の前にいるインバスは、どっちのインバスなのか、俺には分からない。ただ、彼は最期にこう言った。
「私を止め切るとは、なかなかやるじゃない。楽しかったわよ、二人とも……」
「俺もだよ、ブラックインバス」
「そのネーミングセンス、気に入ったわ」
すると、インバスから完全に瘴気が無くなった。
「へっ、地獄の定めからの脱走だ」
「……ふふっ、閻魔様もびっくりね。私がルージュを殺すことが、私に課せられた『罰』だって言うのに」
俺は今、インバスを地獄の罰から救い出したのだ。
「はっ、ざまあみろ、閻魔の野郎」
それから、俺は大きく息を吸って、目の前に立つ『インバス』に声をかけた。
「なぁ、痛みで人が起きるのか試してみるか?」
「ははっ、勘弁して欲しいわ」
俺は手をインバスの頬の所まで持っていくと、親指と人差し指で思いっきりほっぺを摘んだ。
「い、いひゃいわ、シルドーちゃん」
インバスはそれに抵抗することはない。
「なるほど、ちゃんと意識がしっかりしてきたみたいだな」
つねられる彼の目からは、もうその赤みが引いていた。
「ええ、ひゃから、離して欲ひいのだけど」
そこで、ずっとほっぺを摘んでいたことを思い出して、離してやった。
「お前、感謝しろよ?」
「ええ、もちろんよ」
インバスはそう言うと、太陽もナイフも全てのものを消した。
「じゃ、待ってる人もいるみたいだし、現実世界に戻りましょ」
「ああ、そうだな」
こうして、夢の中の戦いは幕を下ろした。




