デート作戦にて③
太陽が空高くに登り、町にある窓ガラスを眩く照らす。大通りを歩く俺たちの隣を凄い勢いで馬車が走り、それを追いかけるように砂煙が舞い上がる。
「こほっこほっ」
「あらぁ、ベリー大丈夫ぅ?」
ルージュが車椅子に座るベリーに寄り添う。
「ええ、大丈夫ですわ、お姉様」
ベリーはルージュに微笑むと、何故か後ろで車椅子を押している俺の方を睨んできた。
「え、なんですか?」
俺は尋ねるが、ベリーは無視して前を向いてしまった。
何で今睨まれたんだよ……
すると、それに答えるように背後から低い男の声がした。
「シルドーちゃん、今のはシルドーちゃんが気にかけてあげるところよ」
「ああ、なるほどね」
流石はインバス、そういう乙女心的な部分はちゃんと把握できるようだ。
なら、ルージュの気持ちだって気づいてるだろうに、どういうつもりなんだ?
車椅子のベリーの横にルージュが並び、その後ろに車椅子を押す俺と、インバスが歩いている状況だ。
町に出た俺たちは、特に行く当てもなくフラフラしていた。服屋に行ったり雑貨屋に寄ったり……もともと出かけること自体が目的なため、こんなことになっているわけだが。
「お嬢様、次はどこに行くので?」
とにかく、とりあえずにでも次の目的地を定めなければ、このデートが終わってしまう。それはすなわち作戦の失敗を意味する。
すると、どこからか「ぐぅぅう」という鈍い音が聞こえた。恐らくだが、それは前方のほう、つまりは女子二人のほうから聞こえたのだが……
「あっ、お腹すいちゃったわ」
そう言ったのはインバスだった。
「ね、ご飯行きましょうよ、ご飯」
「何だインバス、そんな腹減ってんのか?」
俺はインバスに合わせてやることにした。こいつは間違いなく腹を鳴らした人を庇っているし、流石にそれを壊すほどの悪人ではない。
これがインバスが惚れられる理由か……
「そういえば、この先に美味しいご飯を出す食堂があると聞きいたわ! せっかく町に来てるし、たまには庶民の味とか、どうかしら?」
インバスが前方を指さす。
「いいですわね。お姉様はどうですの?」
「……え、ええ、そうしましょぉ」
分かりやすい。腹を鳴らしたのはルージュの方らしい。彼女は、少し慌て気味にうんうんと頷いた。
それから食堂にたどり着き、俺たちはミートソースが山ほどかかったパスタを前に席に座っていた。
お店の雰囲気は、まさに一回目のデートにふさわしい感じだった。小洒落たシャンデリアが天井にぶら下がり、かといって値段の高いメニューが並ぶわけではないような店。
実際、あたりを見渡せばカップルがわんさかといた。
「はぁ、気分悪いな……」
俺の呟きに、目の前に座るベリーが反応する。
「貴方、こんな可愛い私と一緒にご飯を食べられると言うのに、どういうことですの?」
「いや、別にお嬢様と食べることが気分悪いってことじゃなくてですね……」
そう言いながら前を見ると、ジト目でこちらを見るベリーと目があった。
「ふんっ、周りのことなど気にせず、シルドーは話し相手の私だけを見ればいいですわ」
おう、イケメン……
そう、今俺はベリーと二人きりでご飯を食べていた。
座席が一つのテーブルに二人がけのものしか空いてなく、ベリーが到着そうそうに「私がシルドーと食べるので、お二人はあちらで食べてきてくださいまし」とか言って、結果的に俺とベリー、インバスとルージュで分かれて食べているのだ。
俺の前に座るベリーが、幸せそうにパスタを口に運んでいる。食べ方はお上品で、口の周りにソースなど一滴も付いていなかった。
上手いこと食べるな……流石はお嬢様だ。
そんなことを思いながらも、自分のパスタへと目をやる。負けてられないとパスタの上でフォークを回すが、無駄に多くパスタがフォークに絡まってしまう。
「シルドー、フォークを斜めに差し込んで少しずつ巻きこんでみるのですわ」
「えっ、あ、はぁ」
ベリーが見ていたことに気づかず、突然のアドバイスに驚いてしまった。
「インバスたち、うまくやってますかね?」
言いながら、フォークを斜めに差し込んでみる。
「今のところ計画通りですわ」
ベリーはそんなことを言いながら、満足気に澄まし顔をチラつかせた。
「ならいいですけど、今後の計画は?」
ベリーの食べ方を見習って、パスタを薄く掬うように巻いてみると、程よい量の麺がフォークに絡み付いた。
「そうですわね……正直、ここまで御膳立てすればいくら奥手なお姉様も想いの丈を伝えるでしょうし……」
パスタを口に運ぶ。ソースと肉の旨味が一気に広がり、口の中を長細い麺が支配する。
「これからあの二人を二人っきりにしますわ」
「まぁ、ルージュ様は分かりやすい人ですし、インバスも気づいてるでしょうからね」
ここから先はいつでも気持ちを確認できる環境を作るのがベストだろう。インバスも中々の男だし、もしかしたらインバスの方からルージュに告白する、なんてことがあるかもしれない。
すると、食べ終わったベリーがフォークを置いて、口を拭いた。
「それじゃ、行きますわよ」
「……んぐっ?」
「ここで撒くんですわ。ほら、あの二人が食べ終わる前に」
それをさっさと言えよと思うが、言ったところで仕方ないし、その間にでも食べるために口を動かした方が効率的だ。
そして一分もたたないうちに、俺は最後の一口を無理矢理押し込んだ。
結局上品さのかけらもない食べ方になってしまったが、腹に入ってしまえば一緒だ。
すると、必死で飲み込む俺の前に、一枚の紙が突き出された。
「ほら、付いてますわ」
ベリーが持ったその紙は、俺の唇の上に押し当てられると、グリグリと力強く動いて、口についたソースを絡め取った。
「ほら、取れましたわ」
ベリーがやれやれといった仕草をして、俺の口を拭き取った紙をテーブル上に置く。
俺、今この女の子に口を拭かれたのか?
理想に現実が追いつかないという事はあるが、まさか現実に理想が追いつかないなんてことがあるなんて……
正直、良くてもティッシュを突き出して「自分で拭くのですわ」とか言ってくる程度の好感度だと思っていたから驚きを隠せない。
「あっ、えーーと」
俺が言葉を選んでいると、ベリーは車椅子のタイヤを転がして催促してきた。
「ほら、早くするのですわ」
「え、は、はい……」
その後、お金を払ってから店員さんにあの二人への伝言を頼んだ俺たちは、店から出て遠くの広場に来ていた。
そこまで車椅子を押してきた俺は、彼女を木陰に置いて自分もその近くに座る。
「良かったんですかね、用事ができたからあとほ二人は楽しんで、なんて見え見えの嘘ついて」
「いいのですわ。あと私たちに出来ることなんてありませんもの」
まぁ、そうなんだよな……
大分西の方に傾いた太陽を見上げながら、のどかな風に身を委ねた。
「お嬢様、うまくいくと思ってます?」
「さぁ、知りませんわ」
その言葉を最後に、静かな時間が流れた。子供たちのわーきゃーという声と鳥の鳴き声、遠くからは商売魂たくましいおっちゃんの勧誘が聞こえてくる。
「こほっ……こほっ、こほっ」
穏やかな空気を壊すベリーの苦しそうな声。
「お嬢様、大丈夫です?」
「ええ、私は平気ですわ」
いや、平気そうには見えない。彼女はかなり無理していたらしく、その顔色は決して良いとは言えない。
「お嬢様、もう屋敷に戻りましょう。これ以上外にいても身体に触るだけですし」
俺たちの役目はもう果たしたのだ。それは、ベリー自らがそう言っている。俺が車椅子を押すために後ろに回るが、ベリーが首を回して俺の顔を見てきた。
「もう少し……こうしていたいですわ」
「何です? やっぱり口説いてます?」
「はぁ、貴方と会話していたらインバスの方がマシだとさえ思えてきますわ」
「そんな……それは俺にとって最大の侮辱ですよ?」
結局、それから三十分ほどそこで時間を潰した俺とベリーは、夕日が影を伸ばす中、屋敷に向かって帰って行くのだった。




