デート作戦にて②
そして夜。月が東の空から登り始め、俺とインバスが護衛を交代するタイミング。
コンコンッ
ノックと同時に、声が聞こえてくる。
「シルドーちゃん、交代の時間よ」
来た、インバスだ。俺はベリーと目を合わせると、扉まで進んでそれを開いた。目の前にはだけだインバスの胸元が映り込む。
「それじゃお嬢様、失礼しますね」
「ええ」
ベリーの方を向いて礼を一つすると、部屋の外に出た。インバスは俺に代わって部屋に入ろうとするが、それに待ったをかける。
「インバス、お前……女、好きか?」
これは聞き方が悪かっただろうか? しかし、インバスはオカマだからどっちが性的対象かはっきりさせる必要があると咄嗟に思ったのだ。
「……? 不思議なことを言うのね。私はインキュバスよ? そりゃ、女の子は好きよ」
言われてみればそうだ。インキュバスはサキュバスのオスバージョンだし、女が好きなのはある意味種族の定めのようなものじゃないか。
「すまん、愚問だったな。じゃあ、付き合ってる女の子とかいるのか?」
「もう、さっきからなんなの? 私は皆のインバス。付き合うとかはないわね」
インバスはそう言うと、腰をかがめて、俺の顔の高さに目線をもってきた。
「いや、特に何があるわけじゃないんだが、付き合いたいとかないのか? 例えば……そうだな、この家の長女……とか」
チラリとインバスの表情を見ると、彼は少し眉を顰めたようだった。
なんだ? 今の反応……
「長女って、『ルージュ』のことかしら?」
「そう、ルージュと付き合いたいとか……」
そこで、一つ違和感を覚えた。
今こいつ、『ルージュ』って言ったよな? 俺もベリーもブラッドもみんな『ちゃん』付けで呼ぶくせに、なぜルージュだけ……
すると、インバスはすぐに和やかな雰囲気になって、俺の肩を叩いてきた。
「シルドーちゃん、ルージュと私が付き合うとかやめてよぉ。私は罪人、なのよ?」
この話と罪人にどういう関係があるのか正直分からなかったが、なぜかこれ以上は触れるべきではないと感じた。
「そ、そうだな」
かろうじてその言葉だけ絞り出すと、インバスの手を退けて、ドアとインバスの間から抜け出た。
苦し紛れに、最後の任務を果たす。
「そういえば、明後日の昼、お嬢様が町に出かけたいって言ってたぞ」
「あら? 珍しいこともあるものね」
インバスは、自分の頬に手を当てながら、首を傾けた。
「ああ、それで心細いからお前にもついてきてほしいとよ」
「あら、そう」
そう言って彼は黙ってしまう。
悟られたか?
そう思ったのも束の間、彼は頬から手を離し、二度三度頷いた。
「分かったわ。予定を空けておきましょう」
その後、インバスはいつものように陽気に部屋の中に入っていってしまった。中からベリーのうざったそうな声が聞こえてくる。
「……なんだったんだ、今の」
一瞬だけ見た怒ったような、悲しんだような、なんとも言えない表情を思い出す。
「とにかく、俺は仕事を果たしたからな」
これからあの二人がどうなっていくか、今の俺には全くと言っていいほどわからない。
というかまぁ、正直人の恋路などどうでも良かった。俺にとって大切なのは、自分がベリーによって犯罪者認定されないことなのだから。
そうして、次の日にルージュからもデート日の時間をいただいたことで、ベリー考案のデート作戦が実行されることになったのだった。
デート当日。
これだけ言うと俺と誰かのデートみたいだが、正しくはルージュとインバスのデート当日だ。いや、俺とベリーもいるから、実質ダブルデートと言えるかもしれない。
「いや、むしろそっちが本命……?」
「何バカなことを言ってますの」
独り言が聞こえていたらしく、いつもの普段着ではなく、少し小洒落た服を着たベリーが、呆れた顔で俺を見上げた。
「ですがそのオシャレな格好、ズバリ俺を落とすためでは?」
「はぁ、妄想も大概にするのですわ」
ベッドに座ってそんなことを言いながら、ベリーはスカートの裾を綺麗に伸ばした。
「お嬢様、町に行くなら車椅子での移動になるらしいですよ。ズボンの方がいいのでは?」
「……いやですわ。可愛くないもの」
いやって……スカートの間から下着を見られたらどうするのだろうか? こんな子供に欲情する奴はそうそういないだろうが、もしもの場合だって考えらるのだ。
「まぁ、好きにすればいいですけど」
「い、意外とすんなり折れますのね」
「だって、嫌なんでしょ?」
正直、ベリーの下着が見られようが見られまいが、俺にとってみればどっちでも良いのだ。すると、ベリーは徐に立ち上がって、俺に出ていくように指示した。
「着替えるから出てなさい」
「はぁ……本当、天邪鬼なんですから」
面倒臭いなと思いながらも、ここで残ってロリコン認定されたくはないと、俺は部屋の外に出た。
すると、ちょうど廊下の向こうからやってきていたインバスと目があった。
「あら? シルドーちゃん、どうして外に出てるの?」
俺とベリーと三人で出かけると思っているインバスは、いつものモデル歩きで近づいてくる。
「いや、着替えるからって外に出されたんだよ」
「あらそうなの? 着る服なら私が護衛の時に数時間悩んで決めてたのに」
数時間悩んで?
あの服がそんなに考えてから着た服だったとしたら、それは少し申し訳ないことをしてしまったかもしれない。
多少下着が見える格好だったとしても、そこは大人な対応をすべきだった。
「にしても、たかが着る服を選ぶために数時間も使うとは、ベリーも一丁前に乙女なんだな」
俺なら毎日自家製の革ジャンで済むというのに……
そんなことを思いながら、自分の格好へと目を落とす。
「まぁ彼女、今日をすごく楽しみにしてたみたいだからね」
「へぇ、そうなのか」
俺がそう言ったタイミングで、部屋の中から「入っていいですわよ」と言う声が聞こえてきた。
俺とインバスが部屋の中に入ると、俺が言った通りにズボンを履いているベリーがいた。彼女は、ベッドから車椅子に座り換えている。
「あら、ベリーちゃん、準備万端ね」
インバスはベリーのそばまで行くと、その後ろにある手押しハンドルを手に取った。
恐らくこのまま押していくつもりなのだろう……が、ベリーがそうはさせない。
「インバス、貴方は押さなくていいわ。シルドーが押すから」
彼女は、俺の方をじっと見つめて、半ば脅迫をしてくる。
「はぁ……そういうわけだ、お前は押さなくていいぞ」
俺は車椅子の後ろに回ると、インバスとその位置を交代した。
「あらぁ、これは妬けちゃうわね。いつのまに二人はそんなに進展したのよ」
インバスはそう言うが、全く渋る様子もなく、横にずれた。
「別に進展とかじゃない。後で俺がお嬢様に怒られるんだから、黙ってろ」
これはインバスとルージュのデートを成功させるための作戦なのだ。デートなのに、男の方が別の女の車椅子を押していたら、雰囲気も何もないだろう。
「あらあら照れちゃって、嫉妬しちゃうわ」
何も知らないインバスは、そう言ってチャチャを入れてくる。
だから本当に違うと言うのに……ベリーは、このまま誤魔化すためか何も反論しないし。
その時だ。扉の辺りから声が聞こえた。
「インバス様は、ベリーとその護衛の方が上手くいくと嫉妬されるのですかぁ?」
見ると、そこには白を基調にしたワンピースを着たルージュがいた。
「あっ、お姉様!!」
ベリーがルージュの存在を確認して笑顔になる。「おはようベリー」と言いながら、彼女はこちらの三人のもとへと近づいてきた。
「インバス様、どうなのですか?」
ルージュはいつもより低い声でインバスに尋ね直す。そういえば、この二人はよくベリーの部屋に来るメンツだが、同時に来たのを見たことがない。
俺が首をインバスの方に向けると、彼もこちらを見ていた。
「やってくれたわね、シルドーちゃん」
「ははっ」
俺は目線を逸らしながら適当に笑って誤魔化す。インバスの表情はどんなものか怖くて見ることができない。
「ベリー、これはどう言うことなのぉ? どうしてインバス様がいるのぉ」
ルージュも状況が分からずにベリーに詰め寄っている。
この空気感どうするつもりなのか、助けを求めると言う意味で俺もベリーの方を見た。
俺にはベリーの頭部しか見えないが、そこからいかにもなおバカサウンドが聞こえてきた。
「あっ! 手違いで二人同時に誘っちゃった」
……ダメだ、ベリーは使い物にならない。
「ベリーちゃん、お嬢様口調はどうしたのかしら?」
「ベリーぃちゃぁん……貴方もしかしてぇ」
二方向からベリーに圧がかかる。しかし、さすがはベリー、そんなこと意にも介さずに話を無理矢理に進める。
「ま、せっかくだし四人で行くのですわ! お姉様と私、インバス……様に、シルドーで!」
ベリーの笑みを見て、ルージュは少し顔を赤らめながらインバスの方を見た。
「し、仕方ないですよねぇ、インバス様ぁ?」
なるほど、これが恋する乙女の表情というやつか……あまりにも甘い空間に脳震盪を起こしそうになる。
ベリーが期待を込めた表情でインバスの顔を見る。普段のベリーのインバスへの対応からは想像もできないほどにぶりっ子ぶった表情……
すると、物理的にも精神的にも退路を断たれたインバスは、ため息を一つついて頷いた。
「はぁ……仕方ない、わね」
かくして、俺とベリー、インバス、ルージュの四人はレッド・ラッド家の治める町に繰り出すことになるのだった。




