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大将の会合にて



 兵士達の労いが終わり、太陽が沈む頃に屋敷に戻った俺たちを待っていたのは、インバスだった。



 屋敷の入り口で、彼は腕を組んでカッコつけていた。





「何だ、お前が出迎えかよ」




「そうよ! お疲れ様ね、二人とも」





 彼は人差し指を立てて、リズミカルに俺とベリーを交互に指さした。




 何だこいつ、無視していいかな。




「ほっといたらいいですわ。行きますよシルドー」




 インバスの前に立ち止まった俺を、ベリーはそい言って歩かせる。

 なんだ、無視していいのか。




 無視していいなら無視するに限る。特にこの男は面倒ごとしか持ってこない。恐らく全ての行動に意味を見出しているのだろうが、それを説明しないからこちらとしてはただの面倒ごとなのだ。






「ちょ、ちょっとちょっと! 無視するなんてつれないわね」





 インバスはそんなことを言いながら俺たちの前に立った。彼は、ベリーではなく俺の方を見ている。






「シルドーちゃん、ちょっと貴方に用事よ」



「俺に?」



「ええ、貴方だけ、にね」





 インバスが『だけ』の部分を強調しながら、ベリーへとチラリと目線をやった。


 すると、さすがは空気の読める女ベリー、彼女は一瞬こちらを見たが、すぐに逸らして進み始めた。





「分かりましたわ。では、私は部屋に戻って寝ましょう」




「助かるわ、ベリーちゃん」





 結果的に俺はインバスと、ベリーが立ち去っていくのを眺めていた。





「それで? 何だよ、用事って」





 ベリーが屋敷の中に入っていくのを見届けて、俺は切り出す。



 今日はずっと立ってて疲れたから、俺もさっさと部屋に戻って寝たいんだが。





「シルドーちゃん……貴方、今日、兵士を見ていてどう思ったのかしら?」




「どう……って、別に何も? だって魔族共は敵だ。俺はペイジブルの領主なんだぞ?」





 インバスから目線を逸らしながら、さも当然のようにそう言った。別に何も間違っちゃいないだろう。今はインバスに無理矢理ここで働かされているが、もしこいつを倒して逃げられるなら、さっさとペイジブルに帰るつもりだ。



 だってそれが一番楽なのだ。そう、特に何も考えずに、『悪』である魔族たちを倒し続けるのが。






 すると、全てを見透かしたようにインバスは質問を重ねてきた。







「ペイジブルの領主としては……ね? なら、『ベリーちゃんの護衛』としては、どう感じた?」





「さぁな……どうしてお前にそんなことを言わないといけないんだ?」





 例えば、例えばの話。俺の生まれがここ、魔族領だったとしたら、それでも今と同じように人間側の立場につくかと聞かれれば、それは……答えとしては『ノー』になっていたかもしれない。


 それほどには彼らへの同情も感じていたのも事実だ。





 すると、インバスは満足したように頷いた。





「答えない……という答えね? それでいいわ。そう、シルドーちゃん、貴方はそれでいいの」




「……? 何が言いたい」




「シルドーちゃん、貴方に会わせたい人がいるの」




 勝手に話を進めるインバス。





「会わせたい人?」





 俺が尋ねると、インバスは、ニヤリと笑ってみせた。





「ブラッドちゃんよ!!」





 あっ、ダメだ、こいつ、ダメだ。





 俺は、このままいっそペイジブルまで逃げようと、【巨大壁】を地面に展開し、それに飛び乗る。そのまま一気に上昇させた。





「あのバカ、そんなことしたら殺されるだろ!」




 ブラッドにとってみれば、俺は仲間を石に変えた敵なのだ。出会った瞬間、殺される未来しか見えない。





 雲すら越えようとした時、真横から声がした。





「あっらぁ、逃がさないわよ?」




「インバス、てめぇ」




 翼を生やしたインバスが、余裕の表情で俺の横を飛ぶ。

 



「大丈夫、シルドーちゃん、なんのためにそのマスク付けてるのよ」





 何のためって、もちろん己の正体を隠すためだが……





「ブラッドにこんな小細工効くわけがないだろ!」





 ブラッドはフェデルタが魔族であることを簡単に見破るような男だ。いくらマスクをつけたところで、オーラやら何やらで、俺が何度も対峙したシルドーであることなど一瞬で気づくだろう。





「あら、随分とブラッドちゃんに詳しいのね」





 俺ができる限り速度を上げて適当に決めた方向に進もうとするが、それをのんびりとした声で追いかけてくる。





「もう、シルドーちゃん、そろそろ行くわよ」





 そう言った瞬間、インバスが俺の目の前に現れた。頭からその強靭な胸板に衝突する。






「いってぇ!」




「もう、ほら、諦めて」





 ぶつかった俺の頭をインバスは抱きしめると、そのまま屋敷の方へと飛行し始めた。





「やめろ、今まで会わせなかったのに、何で今更!?」




「ふふっ、今日の経験で、時が来たというわけよ」





 インバスの野郎、本当に何を考えてやがるんだ!?





 結果、もはや抵抗が出来なくなった俺は、屋敷まで戻らされる。そして、そのまま引きずられるように、ブラッドの部屋なる場所の前にまで連れてこられた。




 インバスは俺の心の準備など待った様子もなく、扉をノックした。





「ブラッドちゃん、入るわよ」





 頼む、留守であってくれ……そう願ったのも束の間、部屋の中から返事が聞こえてきた。





「インバスか、いいよ」





 この声、間違いない。ブラッドだ。





 ガチャリと扉を開き、インバスは俺の手を引いて中に入っていく。自然と俺の体も部屋の中に入った。





 こうなれば、見ず知らずを突き通すしかない。






 中に入ると、シルクハットの掛かった棒状の帽子掛けと、その隣にあるベッドに寝る男の姿が目に入った。



 彼は布団に入ったままで、こちらをみることもない。






「やぁ、インバス……と、もう一人いるね?」




 やはり、オーラ的な者で分かるのだろうか?





「ええ、今日はベリーちゃんの護衛をしている人を連れてきたのよ」





 そう言って、インバスは俺を顔だけ出したブラッドの真横に引っ張った。




 ブラッドとマスク越しに目が合う。





「あっ、どうも、護衛をやらせてもらってる者です」





 しばらくの静寂。





「そうかい……それで? 護衛くん、ベリーは元気にやってるのかな?」




 これは、気付いてないのか?




「はい、お嬢様は元気に過ごしてますよ」




 俺はにっこりと微笑んで、そう答えた。





「そっか! ま、それについてはインバスからもよく聞いてるから、知ってたんだけどね?」





 病人とは思えないほどにっこりと楽しそうにブラッドも笑った。





「いつも、お話やらてぃーあーるぴーじーだっけ? とか、ありがとうね!」




「いえいえ、お嬢様のためならば」





 俺がもう要は済んだだろうと、一歩下がろうとしたタイミングで、ブラッドは首をこちらに向けた。





「それで? その敬語はいつまで続けるつもりなのかな? あの町の元締めシルドー?」



 

「あっ、ははっ、やっぱりバレてるよな」





 もう一歩下がったところで、いつのまにか背後にいたインバスの胸板と衝突した。


 ブラッドは、俺の方を向いたまま笑う。




「ははっ、安心してよ、今はどうもしない……いや、どうも出来ないからさ」




 そんなの安心出来るか! とツッコミたいが、現に布団から出ないところを見ると、本当に何も出来ないのだろうか。






「……本当なら、いいんだがな」





 逃げることは諦めて、俺は会話を試みる。






「ブラッド、お前、俺がシルドーだと気付いてて、ベリーの側において平気だったのか?」




「平気……な訳ないでしょ? 僕はそこの男、インバスに言われたから仕方なく了承したんだよ。インバスには恩があるからね」





 ブラッドはそう言うと視線を俺からインバスに移した。




 恩と言うのが何かは分からないが、少なくともインバスに対して多少の信頼を置いていることが窺える。






「だから言ったじゃない? シルドーちゃんになら任せても大丈夫だって」




「そうだね! もし何か悪さしたら速攻で『殺る』予定だったけど。そうならなくて良かったよ」





 こいつら、何て会話をしてるんだよ……




「シルドー、今君は僕の妹の護衛をしている。でも、敵であることに変わりはないからね?」




 急に話を振られてわずかにたじろぐが、すぐに内容を理解して、同意の気持ちを示す。




「ああ、お前は俺の敵だ。出会った頃からな」





 ブラッドは俺と出会ったのはペイジブル付近の山が初めてだと思っているかもしれないが、その実は、俺がルビィドラゴンの中にいる頃にに一度会っているのだ。まぁ、どちらにせよ最初から敵であることに変わりはない。





「それで? インバス、お前は何で俺をブラッドと会わせたんだ?」





 この状況を作り出した本人に、その意味を尋ねてみる。すると、インバスは訳のわからないことを言い始めた。






「えっと、その敵同士である二人に仲直りして欲しいなって、ね?」





 は? こいつはバカなのか?





「そんなこと無理だと分かってるだろ? 俺たちは攻めてくる魔族を倒すだけだ。なんだ? 侵攻を受け入れろとでも言ってるのか?」





 俺がちょっと圧を強めてそう言うと、インバスは目を閉じて首を横に振った。




「そんなわけないじゃない」





「なら、僕たち魔族に諦めて魔族領で生き続けろと?」





 ブラッドもインバスに圧をかけるが、そう言うわけでもないらしく、インバスはまた首を横に振った。





「それじゃ、何も解決してないでしょ?」





「「なら……」」





 俺のブラッドの声が重なった。そこで、俺はコホンと咳をして続ける。




「なら、どうすると?」




 インバスは、澄まし顔で俺たち二人のことを見てくる。




「一緒に住んじゃえばいいのよ! 例えばペイジブルに『弱者』を連れてくるとか、この町にペイジブルの強い人たちを呼んでくるとか」





 それに二人とも何も答えない。



 知っているのだ、そんな理想が叶いっこないことを。つい最近まで敵だった存在同士が、何の脈絡もなく急に寄り添いあったところで、上手くいかないことを。





 静寂を破ったのは、ブラッドだった。





「魔族は悪……人間側のこの考え、僕は間違っちゃないと思ってるんだ。だって、僕たちは侵略者なんだから」




 インバスと俺の目線がベッドの方に集中する。





「でもね? 僕は魔族の主人として、その『悪』を背負っていくつもりなんだ。いくら悪でも、僕は止まらないよ? 目的のためにね」





 ブラッドの言うことが、言葉だけではなく強い意志による決意だとはっきり分かる。事実、だからこそ進軍を繰り返すことが出来るのだろう。





 俺は何も言い返すことができない。





 それほどの覚悟、俺はした覚えがないからだ。

 ここで言い返したところで、それは俺を言葉にしたように、薄っぺらなものになっしてしまうだろう。






 結局、俺はこれまで惰性で領主をやってきた。別にブラッドのように固い意志があったわけでもない。でも、だからといってブラッドに町を譲るのも違うだろう。それで迷惑を被るのは町の者たちなのだから。



 じゃあどうするか、そりゃ、俺だって平和に物事が済むならそれを選択したい。ペイジブルの町の者の顔も、この町に住む兵士やベリーの顔も、知ってしまったから。





 俺が何も言えずに立っていると、インバスが両手をポンッと叩いた。





「ま、無理だとは思ってたわ! それじゃ、戻るわよ、シルドーちゃん」




「……なんだ、引き際はいいんだな」




「ええ、これ以上の話は無駄だもの」




「お前、この結論になることくらい分かってただろ」




「もちろんよ! でも、私の目的は果たしたわよ? 貴方たちにこうして話をしてもらえたんだから」





 こいつ……




 まだインバスに言い返そうとも思ったが、この空間にいたくなくて、俺はブラッドに背中を見せ、部屋の出口へと歩いていく。





「シルドー、もうしばらく、ベリーの護衛、頼むよ」





 後ろから声が聞こえる。





 それに返事をすることはなく、俺は部屋の外に出た。





 その日、体は疲れているのに、ブラッドの言っていたことが頭の中をぐるぐる回り、俺はなかなか寝られなかった。

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