表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

128/143

遠い地での日常にて③

 魔族領に拉致されてから一ヶ月以上が経ったある日の朝、俺は椅子に座りながらベリーに向き合っていた。



 ベリーは、少し困惑した表情でこちらを見る。





「どうかしましたの? いつものごとく私に物語つらつらと話せばいいですわ」




「……」





 俺は何も答えない。じぃっとベリーの目だけを見つめる。彼女の燃えるように真っ赤な目が、いつも以上にキョロキョロしていて、俺の目とバッチリ合うことはない。




「だから、なん、です、の!?」




 手に持った閉じたままの本を布団の上にパタンパタンと叩きつける。彼女なりの威嚇なのだろうか?



  

 そこで、勘弁したように俺は答える。





「お嬢様……」




 ベリーは、こちらを見ながら黙って次の言葉を待つ。




 そう言えば、出会った頃は顔すら上げなかったのに、俺も随分と仲良くなったものだ。そんなことを思いながらも、俺はために貯めた真実を告げる。






「お嬢様、俺……お話のストックが無くなりました!!」





 これまでベリーに語ってきた、前世で読んだ物語の数々がついに切れたのだ。それなりに本は読む方だが、流石に記憶に残せる物語など大した数はない。




 むしろこんな毎日毎日語れたことを褒めてほしい。





 ベリーがどのような反応をするのか全く想像できず、俺はただただ彼女の様子を見る。





 すると、彼女は初めから俺の話に興味などなかったかのように、「そう」とだけ呟いて、久方ぶりに本を開いた。





 例の五回目になる本だ。






 まずい、このままだとまた始めの頃の何時間も沈黙の中座るだけの時間になってしまう。あれは、鍋蓋で動けない頃と似ていた。





 あの頃は数時間どころか永遠に一人黙って皆んなの様子を見てたからな……





 何かしていた方がマシだと、俺はベリーに提案する。






「お嬢様!!」




「……? なんですの?」





 ベリーは本を開いたまま、こちらを見た。俺はその開いたままの本を奪い取ると、思いっきり閉めてやった。分厚い本だからか、閉めた衝撃で風がブワンッとページの間から舞い上がった。






「お嬢様、ゲーム……ゲームしましょう!」




 本を持ったまま、俺はそう言ってのける。




「ゲーム……? 嫌ですわ」




「大丈夫、ベッドの上でできるゲームですから」




「そんなもの関係ありませんわ」




 ベリーは俺から本を取り返そうと手を伸ばすが、そう簡単に返してたまるかって話だ。俺は本を彼女からさらに遠ざけた。




 ベリーがジト目でこちらを見てくる。






「じゃあこうしましょう、ゲームで俺に勝てたらこの本返しますよ」




 言いながら俺は本を服の中に詰め込んだ。




「はぁ、貴方を調子に乗せてしませてしまったのは私の責任ですわ。私が好きなのは物語、ゲームまでやるとは思わないでほしいですわ」





 それは知っている。彼女が好きなのはあくまで物語。ゲームなんてしたくもないのだろう。




 しかし、これも知っていた。そんな彼女だからこそ楽しめる『ゲーム」を。






「お嬢様、『TRPG』って知ってますか?」




「てぃーあーるぴーじー?」




 いかにもなカタカナ英語を言いながら、彼女は首を傾けた。





「はい、TRPGです」





 TRPG、正式名称はテーブルローリングプレイングゲーム。RPGと言えば電子機器を使ったゲームを想像しやすいが、TRPGはそれをアナログな紙やサイコロを使って行うものだ。





「そのゲーム、シナリオ……つまり、『物語』を自分で考えてから、色々選択して進めていくゲームなんですよ」





「……物語を、ですの?」





「ええ、例えば俺がシナリオを考えて、お嬢様が己の選択でストーリーを進めていきます。その結果がどうなるかは、ゲームの流れ次第なんですよ。つまりは、物語を作っていくゲームとも言えますね」






 すると、ベリーは明らかに興味を持ったようで、さっきまでの断固拒否! という態度から一変してなんだかモジモジしていた。





「まぁ、私も暇ですし、付き合ってあげるのもやぶさかではないですわ」





「おっ、じゃあ実際にやってみましょう」




 ふっちょろいな……




 そんな会話をしたのが、朝の九時頃で……





「お嬢様……そろそろ、寝たいんですけど」




「ま、まだですわ! もう一戦、バッドエンドは許しませんわ!!」




 

 夜の二十時、インバスと交代の時間になっても、TRPGをしていた。俺の後ろではインバスが愛想笑いを浮かべている。

 



 ベリーの奴、設定を細かく作りすぎなんだよなぁ……





 ベリーは物語を重厚にしすぎて、一人その世界に没頭していた。彼女は俺がシナリオを考えても、それに何だかんだと設定を付け足すのだ。彼女がシナリオを考える際なんかは、それこそ何時間も何時間も一人ぶつぶつとペンを走らせていた。





「ベリーちゃん? 今日は終わりにしないかしら? 時間も時間だし、ね?」




 インバスが俺とベリーの間に入ってそう提案してくれる。





「そうだよな、これ以上やってお嬢様の体に負担をかけるのもあれだし、な」





 流石に二人に言われてしまえば、ベリーも諦めざるおえないのだろう。チラリと俺の顔を見てから、シナリオを書いた本を閉じた。





「まぁ、見逃してあげますわ」





 やっと風呂に入って寝れると、俺が安堵の息を吐くと、インバスがちゃちゃを入れてきた。





「にしても、私の知らない間にすごく仲良くなったわよねぇ。まさかベリーちゃんがこんなに喋るとは思わなかったわ」





「……ふんっ、そんなんじゃないですわ」




 そうは言うが、ここのところベリーとのコミュニケーションはかなり多くなっているように感じる。





「もうちょっとデレたらなぁ」




「シルドー、何か言いましたの?」




「いえ、何もないです」




「そう? それでいいですわ」






 ベリーは気づいているのだろうか? こんな会話さえ仲良くなったサインだということに。





「ま、それじゃあ俺は寝ますんで」





 そう言って席を立ったタイミングで、インバスが俺を止めた。





「シルドーちゃん、それにベリーちゃんも、明日のことなんだけど」




 明日のこと? 明日何かあるのだろうか?



 俺は、立ったままインバスの方に体を向ける。ベリーも何も聞かされてないらしく、インバスの方に顔を向けた。






「明日、人間領に行っていたブラッドちゃんの配下達が帰ってくるわ」




「……? ブラッド……あっ、ブラッド『様』はもう帰って来てるんじゃないのか?」




「ええ、ブラッドちゃんはね? 明日帰ってくるのは、『例の戦い』以降に人間領に攻めた魔族たちよ」




 例の戦い……ペイジブルの皆が足止めし、最終的に俺がほとんどの魔族を石化したあの戦いだろう。



 となれば……




 俺は、一歩インバスに近づいて、その耳元で声を出す。




「あの戦い以降、まだ魔族は人間領に攻め入っているのか?」





 俺がそういつになく低い声でインバスに言いよると、インバスは悪びれもせずに返事をしてきた。





「ええ……魔族の『弱者』のために、ね」





 彼はその目線をベリーの方に向けた。




 釣られるようにして俺もベリーの方を見るが、ベリーにはちゃんと聞こえていなかったらしく、キョトンとしていた。






 コホンッ





 一つ咳をして、俺は切り替える。





「なるほど、それで、明日は戦争に出ていた兵士が帰ってくると……」





 そこまで把握した上で、インバスの言うことの続きを聞く。





「それで、ベリーちゃんには帰ってくる兵士を歓迎してあげてほしいの。これは、領主の妹であるベリーちゃんにしかできない仕事よ」





 ベリーは特に文句を言うこともなく頷いた。





「それで、俺は側で護衛してればいいのか?」




「ええ。明日はいろいろ慎重に、ね」




 いろいろ慎重に……




 外に出るのだから、まぁある程度気を張る必要がありそうだが、インバスがわざわざ釘を刺すからには、外に出るからという理由だけではないのだろう。






「それじゃ、また明日ね、シルドーちゃん」




 インバスからベリーに目線を動かすが、ベリーからお休みの返事などはない。





「ああ、おやすみ」





 その日の夢は昼間にやったTRPGの内容で、五回ほど死にそうになったことを追記しておく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ