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遠い地での日常にて②




 明くる日の朝、俺はここ数日と同じように、ベリーの部屋の前に立っていた。



 そのままノックするが、中からの返事はない。





「じゃ、入りますよ」





 毎度同じように部屋の中に入ると、ベリーもいつもと同じようにやたらと分厚い本を読んでいた。目線を合わせることもなく、彼女は手元の本しか見ていない。





 なんだよ、昨日それなりに関わったから、多少は向こうからもアプローチがあるかとおもったのに。





 向こうがいつもと同じなら、こっちだっていつもと同じように椅子に座ってただただ無駄な時間を過ごすしかない。

 俺はベッドから離れた位置に椅子を置くと、刀を立てかけて、よっこいしょとそこに座る。





 それから約十分待っていて、気づいたことがある。





 ベリーの本、一ページも進んでないよな?






 普段なら、歯切れ良くペラッペラッと紙を捲る音が聞こえてくるのだが、今日に限ってはそういった音が一切なく、ベリーがずっと同じページを見ていることがわかる。






 チラリとベリーの方を見れば、偶然にも目があった。ベリーはすぐに目線を下に戻していたが、本を読んでいないことは明らかだ。






 こいつ、実は俺の話を期待してるのか?






 ならこのまましばらくベリーの様子を見て楽しむのも手だが、それで機嫌を損なわれても困ったものだ。






「お嬢様、昨日の話の続きしませんか?」





 俺がそう言って椅子をベッドに寄せると、ベリーは本を開いたまま俺の方を見てきた。





「ま、どうしても話したいなら話させてあげるのもやぶさかではないですわ」





 そんなことを言いながら、彼女は一瞬で本を閉じて脇に置いた。





「何だ、姉の言う通りだな」





 昨日ベリーの姉、ルージュが素直じゃないと言っていたことを思い出す。





「お姉様? お姉様が何を……」




「いや、何もないですよ」





 それから、俺は誤魔化すように昨日の続きから物語を話し始めた。それは、護衛の時間の間ずっとずっとずっと……







 その次の日も、俺は物語を語った。その日はベリーの調子が良くなかったらしく、彼女はベッドで寝ながら静かに俺の話を聞いていた。なんだか、子守唄を歌う母親の気分を味わった。





 さらに次の日も俺は語った。この日はベリー初めから本を開くこともせず待機していた。昨日よりは体調もマシになったらしく、ベッドに座ったまま彼女は目を瞑って頷く。




 そのまた次の日も、言わずもがな俺は語った。驚くことに、その日はベリーが眠るまで話を聞かせろと言ってきたので、夜遅くまで彼女の部屋に拘束されることになった。




 次の日も次の次の日も次の次の次の日も……

 かれこれ数週間、俺はベリーの横で前世で読んだ小説の内容をひたすらに語り続けた。






 朝、俺はいつものように扉のドアを叩く。




「失礼しますよ、お嬢様」




「どうぞ、ですわ」





 俺は『ベリーの返事』を聞いて、部屋の中に入る。初めの頃は無視だったのに、俺のしつこいアプローチに折れたのか、ここ最近はちゃんと返事するようになったのだ。





 扉を閉じて、ベッドの側に置いてある椅子に腰掛ける。






「今日はよく眠れました?」




「ふんっ、貴方にそんな心配される筋合いないですわ」




「本当、可愛げないですね」





 俺がそう言うと、ベリーは半目でこちらを見てきた。特に何を言うわけでもないが、穏やかではないことは見てわかる。


 それを取り繕うように、俺は話始める。






 東にあった太陽が、次第に高くなる。ベリーは瞳を閉じて、俺の語る話に耳を傾けていた。本人は気付いているのかいないのか、ベリーはストーリーの合間合間で微かに頷いている。






 そして話始めて二時間ほどしたころ、扉をノックする音と共に、バーカートを押してメイドさんが入ってきた。





「お嬢様、シルドー様、お茶をご用意しました」





「あっ、どうも」





 俺がメイドさんの方を見てぺこりと頭を下げると、話が中断されたからか、ベリーが目をゆっくりと開いた。その時彼女は少しだけ、ほんの少しだけ眉を顰めていたが、これは言ったら怒られそうだからやめた。





 話しすぎてちょうど喉が渇いていたから助かるな。





 メイドさんが二つのカップに紅茶を注ぐと、そこから湯気が立ち上がり、同時にふわりと甘くて良い香りが漂ってくる。




 メイドさんは、微笑みながらいつもの質問をしてきた。






「今日は砂糖の数は幾つにされますか?」





 俺は二個、ベリーは四個がいつものパターンだが、今日は甘めの紅茶を飲みたい気分だったので、指を三本あげてメイドさんにぐいっと伸ばした。




「今日は三つで頼……」






 パリンッ! パリンッパリンッ!!






 俺が砂糖の個数を頼もうとしたところで、耳をつんざくような甲高い音と共に、窓のガラスが割れた。






「きゃあっ!?」





 メイドさんが、頭を抱えてうずくまる。





「【巨大壁】!!」





 何だ!? 





 どこに敵がいるかもわからないが、ひとまずスキルである巨大壁をノーモーションで展開して、それを俺とベリー、メイドさんの前に配置した。





 窓ガラスの方を見れば、すべてのガラスが破られており、それは部屋に落ちたナイフによるものだと把握できる。






 その瞬間、窓から複数人の魔族が飛び込んできた。






「シルドー、仕事ですわ」



「お嬢様、冷静ですね!!」






 ベッドに座りっぱなしのベリーを見て、思わずツッコミを入れてしまう。






「ベリー様とお見受けする! 貴方の命、借り受ける」





 やっぱりこいつらの目的はベリーか!




「俺の本来の初仕事、行きますよ!!」



 魔族たちが一斉にベッドへと走る。俺はその行く手を阻むように巨大壁を移動させる。




 ガキンッ





「なっ、なんだ!?」





 そんな声とともに巨大壁に衝撃が走り、魔族たちの足が止まる。






 このままこいつら魔族を倒しきりたい……が、






 俺は左にうずくまるメイドさんを見た。






「二人守りながらはきついか」







 すぐにそう判断した俺は、ベリーにかかっている毛布をめくり、彼女をお姫様抱っこして持ち上げた。腰を入れて力を加えたが、大した力もいらずに簡単に浮かび上がる。






「お嬢様、ご飯はちゃんと食べてくださいよ」




「うるさいですわ!」





 俺は、走って窓までたどりつくと、彼女を抱えたまま割れた窓から飛び降りた。二階から飛び降りることに多少の抵抗はあったものの、流石に己の頑丈さに自信があったため大した戸惑いもなかった。






 ズンっと足が地面につく。






「なるほど、兵士はやられてたのか」






 見れば、普段修練している兵士たちが皆地面に倒れている。その空間は異様に静かで、余計に不気味さを漂わせている。





「ちっ、走りますよ」





 もといた部屋を見上げれば、刺客たちは窓から身を乗り出し、今にも飛び降りてきそうな状況だった。




 ベリーを抱えたまま、中庭を走る。





「あんな奴ら、普段ならお兄様がコテンパンにしてくださるのですわ」




「なら、何でそのお兄様は戦ってくれないんです?」






 視野はあくまで前、前方を見て足を全力で動かしながら、そう尋ねる。






「お兄様は、前の戦いで傷ついて以降、ずっとベッドにて休まれているのですわ」




「そうなのか!?」





 インバスの野郎、そんなこと何にも教えてくれてなかったぞ?





 と言うことは、ブレッドはこの屋敷のどこかの部屋で寝ているということになる。正直、俺はボロが出ないようにということで、自分の部屋とベリーの部屋の往復しかしていない。この部屋のことも、ここに住む魔族のことも、何も知らないのだ。






「あら? お兄様に雇われたのではなくて?」




「俺はインバスに攫われ……いや、雇われただけだ」





 危ない危ない、攫われたなんて言って、ここで人間だとバレれば面倒なことになっていた。







「貴様、待て!!」





 すぐ後ろで声がする。やはり、防御力以外は一般的な人間の俺では、魔族を撒くことはできないらしい。





「くそっ、飛ぶぞ」




「飛ぶ? 貴方、飛行系の魔族でしたの?」





 ベリーが腕の中でそう尋ねてくるが、それに頷くことはできない。なぜなら、俺が飛ぶ時、背中に羽は生えないからだ。






「【巨大壁】!!」






 足元に透明な板を準備すると、そこに立った俺は、一気に高度を上げた。


 



「あ、貴方、どういう原理で飛んでますの!?」




「魔術的な何かだよ」





 下を見れば、刺客達は簡単に翼を生やし、羽ばたいた。


 まずい、飛んで逃げようと思っていたが、そうはいかないらしい。





 なら……



 俺は、高度をあげることをやめた。




「【巨大壁】弾丸バージョン!!」




 巨大壁の形を急速に変える。サーフボードのような板から、小さな小さな小さな小さなビー玉サイズに。





 足場を失った俺とその腕の中のベリーは、それと共に体が重力に従って落下していく。





 ヒュゥゥウウウウウ






 耳元で、ものすごい勢いで風が吹くのがわかる。






「ちょっとシルドー!? おち、落ちてますわ!」




「知ってますよ!!」







 驚いた様子の魔族共に、俺は風を感じながら弾丸を喰らわした。落ちながらでは上手く射程を合わせることができなかったが、弾丸を縦横無尽に動かすことで、空を飛ぶ刺客たちの命を刈り取ることに成功する。






 空中の敵は死んだ。今の問題は、下にいる敵と……




 すぐ側に迫った地面だ。






「お嬢様、しっかり捕まっておいてくださいよ!」




 その言葉で、ベリーはギュッと俺の首に手を回した。彼女の顔を見れば、目を強く閉じて眉の間にシワを寄せている。




 ほう、なかなか可愛い表情をするじゃないか




 普段ならツンッとした表情を崩さないのに今はこの顔だ、なかなかによろしい。




「あっ……」





 ドォンッ!!





 ベリーの顔を見て一人にやけていると、両足が地面と衝突した。瞬間、ベリーが若干空中に浮くが、それを優しくキャッチする。





「危ない危ない、落とすところだった」





 ふうっと大きく息を吐く。





「落とすところだったではないのですわ!!」




 目を開いたベリーが、腕の中で抗議する。




「落としてないんだからいいじゃないですか」




「そういう問題ではないのですわ!」




「ああ、はいはい。とにかく、今は残りの刺客を倒しますよ」





 目の前には、あと五人の敵がいる。数としては大したことないが、こいつらは少数でこの屋敷の兵士を倒した強者どもだし、油断はできない。





 飛んで逃げるのは無理として……





 俺はすぐさま先程同様弾丸を飛ばす。




「闇の精霊よ、我を守りし守護の光を」



「何だ?」




 魔族たちが何か魔術を発動したのが分かる。




「その攻撃はもう効きませんよ」





 なるほどな……弾丸をぶつけても、それが奴らを貫通することはない。その手前で何かに防がれるのだ。





「さて、どうするつもりですか?」





 そう言って、魔族は一気に距離を詰めてくる。






「こうするんだよ!」




 目の前で魔族が真っ二つになる。




 片手を外し、その手で刀を持った俺は、近寄ってきた魔族を一刀両断したのだ。




 しかし……






「痛い! つった! つった!」





 俺は思わず刀を手放してしまった。

 ガランッと刀が地面に落下する。

 




 だって仕方ない、刀を持った腕をつってしまったのだから。





 変な姿勢で重い刀を振ったのがいけなかった。普段使わない筋を使って、そこの筋が悲鳴をあげたようだ。






「シルドー、貴方何してるんですの!!」




「だって、仕方ないでしょ!!」





 そんな言い合いの間にも、残り四人が飛び込んできた。





「【巨大壁】!!」




 目の前に壁を作ってなんとか凌ぐ……が、こんなもの回り込まれたらおしまいだ。





「お嬢様、なんとかしてください!」





 この娘はあのブラッドの妹、相応の力は持っていると判断していた……のだが、どうやら見当違いだったらしい。





「私は一切戦えないですわ」




 彼女は非常に冷静にそう言ってのけた。




「マジか……よっ!」





 回り込んできた魔族を見て、俺は巨大壁を右から来る魔族にぶつけた。そっちの魔族は吹き飛ばされるが、左から来る魔族に対してはなんの対処もできない。





「ちっ、仕方ないか」





 俺はベリーを持ったまま、くるりと反転した。背中にナイフのようなものを突き立てられる。





「その命、もらった!」




 背後から声が聞こえる。

 


 そして、背中に痛みが走った。



 

「うっ……ううう」




 わざとらしいそんな唸り声を出しながら、俺はまた魔族の方を見た。


 そこには、まさに『困惑』の二文字を顔に貼り付けた魔族がいる。





 そう、その顔が見たかった。





「残念、刺さりませーーん!!」




 痛みはもちろん感じる。痛覚は閻魔様に与えられた刑を実行するために必要だからだったからだ。


 しかし、ナイフから受ける程度の痛み、もうこの世界で慣れっこなのだ。





「【巨大壁】重力バージョン!!」




 巨大壁を敵の真上に展開して、それを一気に落下させる。




「ぐぷぅぇえ!?」




 目の前で地面と巨大壁に挟まれ、魔族が潰れた。


 俺は、ベリーがそれを見ないように、サッと抱きかかえたベリーの傾きを俺の体の方にする。





「貴方、余計な気遣いですわ」




「なんだ、配慮に気づいたならそこは敢えてスルーするのが大人ってものじゃないんですか?」





 まぁ、気にしなくていいならそれでいいんだが……





 さて、残り二人はどうしたものか……俺が顔を上げると、彼らも困ったようだった。刺客の二人は顔を合わせて目で合図している。





「お前ら、逃げるなら逃げていいぞ」




 逃げてもらえるなら、逃げてほしい。俺だって面倒なのに無駄に戦いたくない。




 俺は、目線を一瞬だけベリーの方に向けるが、彼女は特に何を言うこともなく、目線を下げていた。




 あれ? 特に何も言ってこないのか?




 この対応に対してベリーが怒るかなと思ったが、そんなこともないらしい。





「では、お言葉に甘える」





 すると、刺客の片割れのその言葉とともに、彼らは一瞬にして去っていた。その場には屍と俺とベリーだけが残る。






「ふぅ、これにて護衛完了だな」




「お兄様ならもっと上手くやってましたわ」




「あーー、はいはい、そりゃそうでしょうね」




 ブラッドの強さは俺もよく知っている。俺自信アレに勝てるとは思ってないし、勝つつもりもない。そもそも俺は防御力が強いだけだし、総合的にあいつに勝てるわけがないのだ。




 そんなことを思いながら、彼女の足を地面につけようと腰をかがめたとき、ベリーははっきりと感謝の言葉を口にした。





「ありがとう……とだけ言っておきますわ」




 聞き間違いか?





 まさかと思った俺は、ベリーを下におろすことはやめて、もう一度お姫様抱っこした。






「今、ありがとうっていいました?」





「なっ!? さっさと降ろすのですわ!!」




「いや、でもさっきあのお嬢様がありがとうって」



「聞こえてても、そこは敢えてスルーするのが大人なのではなくて!?」





 ベリーはそう言うと、俺の腕から自分の力で地面に降りて、立ち上がった。胸のあたりから暖かみが消えていく。




 そう言えば、さっき俺がそう言った気もする。




 ベリーは俺の隣で、呆れたようにため息をつきながら、会話を始める。






「貴方……背中は大丈夫ですの?」



「背中? ああ、刺されてないし問題ないですよ」



「あらそう……」



「お嬢様、もしかして命を助けてもらって俺に惚れました?」




 あのベリーが俺のことを心配するとは、理由など限られたほどしかない。そうして俺がそう戯けると、ベリーは顔を赤らめることもなく俺の顔を向いて笑った。




「はっ、バカですの?」




 あっ、これは分かる。本気で惚れてないパターンのやつだ。





「はぁ……いえ、何でもないです」




「まぁ、興味くらいは持ってあげますわ」




 そう言って、彼女は俺の前に立って、低い位置から顔を覗き込んできた。




「貴方……何者ですの? そのマスクに何を隠してますの?」




 やばい、ここで人間だとバレるのはかなり不味い。変に興味を持たれるのは厄介だ。




「何者と言われましても、ちょっと丈夫な魔族ですよとしか……」




 すると、ベリーはすぐに興味を失ったようで、適当に答えた。




「そうですの」




 それから、すぐに現場に来た兵士達によって、この場は収拾された。


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