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遠い地での日常にて①






 はぁ……暇だな……





 レッド・ラッド家に来てから数日経った昼下がり、俺はここに来てからずっとお世話になってる椅子に座りながら、ふわぁとあくびを一つした。





 ちなみに、ここにくるまでブラッド本人には会っていない。あいつが今どこで何をしているのかは知らんが、鉢合わせだけはしたくないものだ。





 まぁ、会ってもインバスが何とかしてくれるんだろうが……






 俺がここに連れてこられたのはインバスのせいだし、ブラッドが俺を見て殺しにくると言うことはないだろう。







 数日、本を読む無口な少女をただただ見てきた俺は、いよいよ天を仰ぎながら声を出した。






「なぁ、お嬢様」




「……」




「なぁってば」  




「……」




「その本、二回目だろ? そんな面白いんですか?」

 




 ベリーの手に持つ本、その表紙は初日に見たものと同じだったのだ。見慣れた天井が視界いっぱいに広がる。




 彼女が今何しているのか、どこを見ているのかは分からない。





 まぁ、どうせ無視されるんだろな……






 そう思って、昼寝でもするかと目を閉じた時、はっきりとベリーの声が聞こえた。






「正確には……五回目ですわ」






 返事が返ってきたことに驚いた俺は、すぐさま天井からベリーの方に目線を移した。






「五回目って……飽きないんですか?」






 恐る恐る会話を試みる。






「そうですわね……飽きてなければ、貴方と会話なんてしないのですわ」




 つまりは、飽きたと言うことなのだろう。なぜ素直にそう言えないのか……


 多少イラッとしたものの、ここで話をやめてしまえばまた沈黙が訪れることになる。






「じゃあ、他の本でも読めばいいのでは?」




「そうしたいなら、言われずともそうしているのですわ。あそこにある本棚……」




 ベリーはそう言って本棚の方を指さした。




「あそこにあるのは、全部十回以上読んでるのですわ」





 なるほど、飽きたけどそれ以外の本はもっと読みつぶしていると……





「では、せっかくですし、俺とこのまま会話してみるってのは……」




「却下、ですわ」




「なっ!?」




 な、なんと……五回以上読んだ本を読み返すのと俺との会話を天秤にかけて、本の方を選ぶとは、流石に傷つくな。





「お嬢様、俺のこと嫌いですよね』




「……いえ、興味がないだけですわ」





 これは……マジだな。うん。トーンがマジだ。





「お嬢様、そんなこと言わないで多少興味持ってくださいよ」




「……貴方、面倒くさいですわね」




「面倒くさいだなんて……俺ほど面倒くさがりな奴、他にいませんよ?」




「はぁ……もういいですわ」





 ベリーはそう言い残すと、眉を顰めながら視線を本に戻そうとする。彼女はまた数万の活字の世界に飛び込もうとしているのだ。それも、結末も全て知っている五回目の世界へ。





 彼女の飛び込む世界に変化はない。彼女が物語の中でどのような選択をしようとしても、その選択は物語の主人公……正しくは作者の気分で既に決まっているのだ。





 本の中で既に決定づけられたもの。彼女にそれを変える術はない。もしそれがハッピーエンドなら、それはいつまでも何度でもハッピーエンドだし、バッドエンドもまた然りだ。





 彼女はそれで満足なのだろうか?





 そんな、変えられない物語を何度も疑似体験することが。彼女の望む事なのだろうか?






 はっきりとわかる。それは違うと。






「お嬢様、最後に聞いてください」




「……。」




 彼女からの返答はない。しかし、それはいつものことだ。これを無視しないと先には進めない。





 俺だっていつまでも黙って椅子に座っとくのには飽き飽きしたんだよ。





「お嬢様……おしゃべりが無理なら……俺の知ってる物語を聞かせてやるってのはどうです?」




 

 ここまで会話をこぎつけて、何の変化もないんじゃ面白くないと、俺は食い下がる。





「……。」





 お嬢様に動きはない。静かに一定のペースで本に書かれた文章を読んでいる。





 俺は黙ってそれを見る。



 ベリーは変わらない。本を読み続ける。






 はぁ……これは、失敗か




 また退屈な時間が始まったな……





 俺が諦めて、昼寝でもしようと椅子に深く腰掛けたときだ。






 パタンッ






 沈黙の後で、ベリーは本を閉じた。


 本と同時に自身の目を閉じた彼女は、ため息を一つついてから、その口を動かす。




「承認……しますわ。ただし、私が好きなのは冒険譚、面白くなければすぐ読書に戻りますわ」





「へぇ……」





 思わず声が漏れてしまった。



 どうやら、これは正解の選択肢を引いたみたいだ。



 俺は、ギッと音を立ててイスをベッドのそばにまで近づけた。





「その選択、後悔させませんよ」




「あら、口だけは達者ね」






 そう言うベリーは、本を読んでいた時より少しだけ楽しそうだった。俺は気分が乗っているうちにと、話を始める。





「じゃあ、最初は『魔眼でチートな異世界生活』って話からだ」




「何だか、変わった題名ですわ」




 ベリーが訝しげな顔をして俺の顔を見る。





「安心しろ、生き返りたくなるほど面白い話だから」




 ヨシミの顔が一瞬頭をよぎる。




「生き返りたくなるほど? どういう意味ですの?」





「そのまんまの意味だよ」





 ベリーはそのまま眉を顰めていたが、気にせずに話を開始した。





「コホンッ……昔、その世界には邪神と呼ばれる邪悪なる神が存在していた。そいつは…………」






 それから、俺はひたすらに前世で読み耽ったラノベや漫画の話をベリーにした。






「……そのあと、彼は目を覚ましたんだ。真っ暗な洞窟で……周りを見ても何もない。何もない……はず、なのに、気配は感じる……」





 話している間、お嬢の表情はあまり変わらなかったが体は素直なようで、怖いシーンでは彼女は手でぎゅっと布団を握ったり、戦いのシーンでは布団の中で足を曲げたりしていた。




 これまで俺に無関心だったくせに、こうも反応されるとこちらも興にのってくる。




「……その時! 青年ルキアの瞳が輝きを放った!! そう、例の邪眼がいよいよ開花しようと……」




 物語を語り始めてからどれくらいの時が経っただろう。体感としては数十分……だが、正しくは数時間といったところだろうか。




 俺が熱く手に汗を握って話を聞かせていると……





 コンコンッ





「……はぁ、いいところだったが、誰か来たみたいだな」





 ドアを叩く音で、一気に現実に戻される。





 先程まで明るいと思っていた窓の外は、もう赤みを帯びてきていた。




 俺は椅子から立ち上がり、扉の方に向かうが、その途中で扉がガチャリと開かれる。






「あら? 今日はいつになく二人とも近くにいたのね?」





 インバスだ。まぁ、こちらが扉を開ける前に入ってきた時点で、インバスなのは確定していた。




 彼はいつもと同じ愉快なテンションで歩いてくる。





「シルドーちゃん、今日もお疲れ様、もうお風呂入って寝ちゃっていいわよ」





 どうやら、俺の業務は終了したようだ。なら、これ以上無駄にお嬢様と喋る気もない。向こうも同じ気持ちだろう。





「とのことです、お嬢様。ではまた明日」





 俺は椅子から立ったついでに、そのまま出口の方へと向かう。





「じゃ、あとは任せた」





 インバスとすれ違いざまにそんなことを言って肩を叩いた。





 その時だ。





「……あっ」






 俺の声でもインバスの声でもない。誰かの声が部屋に響いた。




 俺とインバスが同時にベリーの方を向く。ベリーと目が合う。




 何だ? 今のか細い声、ベリーだよな? 




 とも思ったが、ベリーはすぐに何事もなかったかのように、ベッドの中にもぞもぞと入っていった。





「あ、あれ、今……」



「……」




 俺はインバスの方を見るが、彼も両手を上に挙げて、「さぁ?」と首を傾けた。




 結局、俺はそのまま外に出る。そして、ドアノブを掴んでドアを閉めながら、中には聞こえないように呟く。





「さっきの声、絶対にベリーのやつだったよな?」





 すると、突然声がかけられた。





「あのぉ、護衛の方、今日はありがとうねぇ」





 この特徴的な声、ブラッドの姉のルージュか?





 ドアノブからすぐに声のした方を見れば、扉を閉じたところにやはりおっとりした顔をしたルージュがいた。





「今日も護衛の仕事は結局してません。感謝されるようなことしてないんですが?」





「ふふっ、分かっているでしょぉ? あのお話のことよ」





 あの話は俺が暇潰しのためにしたことであって、ベリー……いや、少なくともルージュに感謝される覚えはない。




「ただの暇つぶしですよ」




「それでも、あの子が家族と本以外に興味を持つなんて、滅多いないことなのよぉ?」




 それはよかったが……




「てか、聞いてたなら入ってきてあげてくださいよ。彼女、会いたがってますよ?」





「そうねぇ、でも、出来ればベリーには家族以外ともコミュニケーションをとって欲しいのよぉ」





 まぁ、あの子は本という非現実に逃避することで、現実の人との関係を絶っているようにも見える。




「少し、いいかしらぁ?」




「えっ、なんですか、時間外労働ですか?」




「ちゃんと残業代は出すわよぉ」





 呆れたようにそう言うルージュ。




 それ以上断る理由が無くなった俺は、仕方なくルージュの後についていくことになった。彼女に案内されたのは、彼女の自室だ。




「紅茶、飲むわよねぇ」



「あ、はい、お願いします」




 椅子に座らされた俺は、ルージュの方を見ながらそう答える。




 しばらくして、机の上には湯気のたったティーカップが二つとクッキーの入ったバケットが置かれた。





「それで? まさか今から大人の遊びをしようってわけじゃないですよね? 何の話ですか?」





 俺は礼儀など気にすることもなく、ティーカップを口元で傾けた。





「ほんと、単刀直入なのねぇ」




 ルージュはそう言って俺の目を見た。




「なら私も単刀直入に……あの子、ベリーが何でずっとベッドにいるかって知ってる?」




「ずっとベッドにいる理由? 何かの病気なのかと思ってますが?」




 そういえば、勝手に病気だと思い込んで触れてこなかったが、違うのだろうか? もしかして、ただの引きこもりか?



 すると、ルージュはカップを机の上に置いて、唸った。




「うーーん、病気……とも言えるのかしらぁ?」




 言い方的に、病気と言い切れるものでもないらしい。俺は黙って話を聞くことにする。




「あのねぇ、あの子ちょっと珍しいんだけど、『弱者』なのよぉ」

 


 弱者……?



 どういうことだ? 仮にベリーが弱者であるとしても、それとベッドに籠りっきりの理由が重ならない。





「すみません、弱者ってどういうことですか?」





 これで聞きたいことが通じているだろうか? 別に俺は弱者が弱い者を指す言葉であると知らないわけではない。ただ、この場合の弱者は、少し意味合いが違うように感じたのだ。





 すると、ルージュは困ったように眉を顰めて首を傾けた。





「弱者は弱者よぉ。もちろん、魔族でいうところの、ね」




「すみません、実は俺、かなり田舎から来ておりまして、詳しく教えてもらっても?」




 俺がそこまで聞き直すと、彼女に少し不思議なものを見る目をされたが、それでもルージュは教えてくれる。




「えっとぉ、弱者っていうのは、魔族領の空気に耐性のない者のことよぉ。貴方の周りにはいなかったのかしらぁ?」




「魔族領の空気?」




「ええ、魔族領しか知らなかったら気づかないのも無理はないんだけど、実は魔族領にはものすごい量の『魔素』で溢れてるのぉ」




 ほう、それは初耳だ。




「魔族が他の種族より強いっていうのは知ってるでしょぉ? あれは、魔族がこの過酷な環境を生き抜くために進化した結果なのよぉ」





 なんとも興味深い話だ。生物が環境を生き抜くために少しずつ変化してきたというのは有名な話だが、それが異世界でも起こっているとは。





「じゃあ、そんな魔族でも、魔族特有の強さをもてなかったら……つまりは、弱者だったらぁ……」




「その魔族領の空気ってやつによって、苦しい思いをするってことですか?」





 俺の言葉に、ルージュは黙って頷く。





「では、ベリーはこの先どうなるので?」




「そうねぇ……死期は、近いわぁ」





 彼女ははっきりと「死ぬ」とは言わない。死期が近いという言葉で濁した。




「それをどうにかするために、私もブラッドも頑張ってるんだけどねぇ」






 そこで俺は、とんでもないことに気づいてしまった。





「もしかして、ブラッド……あっ、ブラッド様が人間領を占領しようとしているのは……」





「恐らくそれで正解よぉ。弱者のため……いいえ、妹のベリーのためよぉ」






 ブラッドのやつ、やたらめったら焦ったように人間領に攻めてくると思ってはいたが、まさかそんな理由だったとは。

 これまでただただ憎む相手だったブラッドのそんな話を聞いてしまって、変に同情してしまう。






「それで? 俺にどうしろと?」





 本題に戻すように、話を切り替えた。





「えっとねぇ、それはぁ、ベリーを、楽しませてあげて欲しいのぉ」




 ようは、いつ死ぬか分からない妹のために本以上の娯楽をってことか?





「貴方の御伽噺、気に入ってたみたいだけど、多分明日にはちゃんと貴方に頼めないと思うの。あの子、素直じゃないのよねぇ」



「それは、少しの付き合いの俺にでも分かりますよ」




「でしょぉ?」





 そう言って微笑んで見せる。





「だから、最期にあの子に楽しさを教えてあげたいのぉ。お願いできるかしら?」





「まぁ、話すくらいなら別にいいですけど……ルージュさん、不安じゃないんですか? 俺みたいなどこぞの馬の骨にそんな大切な妹を任せて」





 あまりにも純粋なルージュの笑みを見て、俺は余計なことを尋ねてしまう。




「ふふっ、それは安心してるわよぉ? だって貴方、インバス様の推薦された方でしょぉ?」





「……? インバスにそんな信用できる要素ありますか?」





 あのオカマ野郎は掴みどころのない性格をしているし、俺はあんな奴の言うことに素直に頷けない。


 すると、ルージュはいつか見たように、顔を赤くした。頬に手を当てながら、ぶつぶつと何か言う。




「インバス様は、すごく頼れる方よぉ? 本当に、かっこいいんだからぁ」




「かっこいい? あれが? 眼科行ったほうがいいんじゃないです?」





 多少失礼な気がしなくもないが、俺は本当に思っていることを正直に言った。





「もう、じゃあ、これからいかにインバス様が素晴らしいか、話してあげるわぁ」




「え、あ? いや、いや、いいです」




「もう、遠慮しなくていいのよぉ。あのねぇ、私とインバス様が……」




「遠慮とかじゃなく、って、ちょっと、なに話始めてるんですか!?」






 それから俺が自室に帰って寝れたのは、おおよそ三時間後だったことをここに追記しておく。ベッドに倒れてバタンキューだった。




 その怒りがインバスに行ったことは言うまでもない。


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