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遠い地にて①



「着いたわよ、シルドーちゃん」




 インバスがそう言って、茶色の扉の前に止まる。




「ここがブラッドの妹の部屋か」




 ここにくるまで魔族のメイドやら執事とすれ違ったが、皆マスクのおかげか、俺を人間として怪しむ者はいなかった。なんならインバスがある程度話を通しているようで、皆お辞儀までしてくる始末だ。





 インバスが中指を折り曲げて、コンコンッとドアをノックした。




「ベリーちゃん、入るわよぉ?」




 中からの返事はない。




「おい、いないっぽいが?」




 すると、中からは何も聞こえなかったはずだが、インバスは無遠慮に扉を開けた。    





「お、おい!」





 静止する俺の声を無視して、インバスはズカズカと中に入っていった。それにつられて俺も中を覗き込むと、そこには一部屋とは思えないくらい広い空間が広がっていて、その奥には大きなベッドが置いてあった。





 そして、そのベッドの上には本を読んでいる少女がいた。彼女は読書をしているらしくこちらに見向きもしないが、俺は構わず進んで行くインバスの後を黙ってついていく。





「ベリーちゃん、おっはよぉ」




 インバスが元気にそう言うのを聞いて、彼女がこれから俺がこれから仕える主人だと知る。





 ベリーとやらは起きているはずだが、完全に無視して読書を続ける。集中して気づいていないのかと思っていたが、どうもそういうわけではないらしく、あからさまに眉を顰めている。





「もう、ベリーちゃん、聞いてるの?」





 本を読む少女の前まで行ったインバスは、彼女の持つ本を上からヒョイッと持ち上げた。





 少女は一つため息を吐く。






「はぁ……今日は雑音が多いですわね」





 諦めたようにインバスの方を見て、次に俺と目があった。





「あら? そちらの方は誰ですの?」





 彼女は、おおよそ好感度など度外視した顰めっ面で初対面の俺の方を見てくる。





「この前言ったでしょ? ベリーちゃんの『護衛』兼『執事』よ。ほら、シルドーちゃん挨拶して」





 インバスは一歩下がって、俺を少女の前にグッと押してくる。





 距離が近づくと分かったが、どうやら彼女は十歳半ばの少女だったようだ。茶色の髪はルーズサイドテールと呼ばれるゆったりとした一つ結びで、その下には真紅の瞳があった。






「どうも、今日から護衛兼執事になるシルドーです」




「……」





 無言で彼女は俺の顔を見る。



 なんだ? 何を求められてるんだ?




 とりあえず愛想笑いをして見せる。





「これから、よろしく頼みます」



 彼女は、興味を無くしたようにインバスの方を向いた。




「私、護衛なんて要らないですわ。彼は元いた場所に帰してきてちょうだい」





 おお、それはありがたい。


 


 俺もベリーに続いて期待の眼差しでインバスを見る。


 


「あらぁ、そうはいかないわよ。ベリーちゃんに護衛をつけるってのは、ブラッドちゃんからのお願いだもの」




「お兄様との!?」





 少女は、急に目を大きくさせて大きな声を出した。すると、彼女はもう一度俺の方を向いて、先ほどまで突き放してきたくせに、今度はうなずいてみせた。





「貴方、シルドーと言いましたわね?」




「え、あ、はい」




「ではシルドー、その辺に座ってなさい」





 そう言って彼女は何もない床を指さした。





「その辺……とは?」




「そこの、床ですわ。この部屋には椅子もないんですもの」





 見渡してみれば、たしかにこの部屋にはこのベッドとクローゼット、そらからランプがあるくらいだった。




「まじかよ……」





「ええ、大真面目ですわ」






 そこで訪れる静寂。







「ふふっ、シルドーちゃんの椅子は後で持ってきてあげるわ。それじゃ、護衛頼んだわよ」





 静けさをかき消すようにインバスはそう言うと、取り上げた本をベリーに返して、体を扉の方へと向けた。





「えっ、インバス行くのか?」




「あら? 寂しいの?」





 いや、寂しいとかじゃく、ただただ気まずいのだ。縋るようにインバスを見るが、彼は気付かないフリをして、部屋を出ていってしまった。





 ギィという扉を閉める音が部屋の中に響く。




 あいつ、本当に出ていきやがった……





 仕方なくベリーの方を見ると、彼女は俺のことなど気にした様子もなく読書を再開していた。






 ふむ……どうするか。






 とにかく、この娘も会話を求めているわけではないみたいだし、俺は言葉通りその辺にでも座ってるか。





 俺は黙って壁にもたれられそうな場所を見つけると、そこまでゆったりと歩いていき、無遠慮に座った。






 静かな時間が流れる。






 特にすることもない俺は、現状の把握に努める。窓から見た感じ、日が登ってしばらく経って……今は朝の十時くらいだろうか。


 外からは、「いちっ、にっ、さんっ、しっ」という掛け声やら、バンッガンッと木刀の衝突する音、馬の嘶きが聞こえてくる。


 魔族たちが訓練でもしているのだろう。







 そして、一番気になるのはこの嬢ちゃんだ。



 この娘はなぜずっとベッドに座ってるんだろうか。





「ふむ……分からん」





 結局、それからずっと少女は読書を続けていた。昼になって自室で昼食を取ったあとも読書、風呂に入った後も読書、ひとりで夕食を食べたあとも読書、歯を磨いて寝る前になっても読書。





 ちなみに、その間俺は一言もこの娘と喋らなかった。





 そして、彼女が寝るということで、俺は廊下に出されていた。






「シルドーちゃん、一日お疲れ様ぁ」





 俺が廊下に出るのを待っていたかのように、前の壁にもたれかかるインバスがいた。




「お疲れ様ぁ、じゃない。お前、結局椅子持ってこなかったな」




 一日中硬い床に押し付けられて、ジンジンと痛むお尻をさすりながら悪態をつく。




「椅子は明日の朝にでも渡すから、明日はもうちょっとリラックスできるんじゃないかしら」




 なるほど、明日の朝から……




「って、明日も一日中護衛するのか?」




「ええ、もちろんよ。明日も明後日も明明後日も」




 あの無言の時間を毎日……




「なぁ、正直護衛なんて要らないと思うんだが? 今日だって俺黙って座ってただけだぞ?」




 護衛なんて言うが、俺は結局のところ何もしていない。本を読む少女と同じ空間にひたすらいただけなのだ。




「ダメよ、ちゃんと護衛するの」




 護衛って言ってもなぁ……




「はぁ……シルドーちゃん。この前の戦いでボロ負けしたレッド・ラッド家は今、戦力が大幅に減少してるの。それに漬け込んで、ベリーちゃんを誘拐しようとするおバカさんが最近いるのよ」





 誘拐? こいつ、自分が俺にしたことを棚に上げて好きに言いやがる。




 ぎろりとインバスを睨み、俺は尋ねる。




「何だ? 金のためか?」





「そうね、レッド・ラッド家は魔族の中でもなかなかの権力をもった家なのよ。それに、現当主のブラッドちゃんは、妹のベリーちゃんを溺愛してるわ。あの娘さえ人質にできれば、何でもできちゃうかもね」





 何でも……それは、俺がここから逃げることも、ということになるのだが、インバスは構わないのだろうか?




 俺がそんなことを考えていると、彼はそんなもの見透かしたようにこう言ってのけた。






「まっ、シルドーちゃんがそんな『善行』からかけ離れたことするはずがないから、安心ねぇ」




「お前……」




 こいつ、地獄の件を知っているからって、悪用しやがって。




 俺が何も言えないでいると、インバスはノックをしてベリーのドアを開けた。





「じゃ、夜の間の見張りは私がするから、シルドーちゃんは最初の部屋に戻って、ぐっすり眠りなさいな」





 そう言い残して、インバスは部屋の中に入っていってしまった。





「はぁ……寝るか」





 正直、気を張っていたせいか自分の周りを眠気が漂っていた。





 かくして、魔族領一日目の夜が更けていった。





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