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始まりの夜にて②



「……まっ、眩しっ!!!!!」




「お目目閉じとかないと、失明しちゃうわよぉ」






 ベッドの上に座ったままの俺はギュッと目を瞑るが、瞼越しでも真っ白な空間が広がる。   


 数秒後、次第にそれも暗くなってくる。






「シルドーちゃん、もういいわよぉ」




 俺はゆっくりと目を開ける。

 




 ぼやけた視界の中で何かが映る。

 目の前いっぱいを覆うインバスの顔だ。






「お前、近いな」




「あらそう? ちょっとこれ、失礼するわね」






 そう言って、インバスは何かを俺の目につけようとしてくる。




「何だ?……って、それ俺の」




 インバスが持っていたのは、俺の『マスク』だった。いつか王城に侵入したときに付けていた、例の目だけを覆うタイプのマスク。





「そう、貴方のマスクよ! そして、貴方がこれからしばらく身につけるマスク」




「ああ? 何でそんな面倒くさい……」






 インバスにつけられたマスクを、すぐに外そうと手をかけるが、それはインバスの囁きによってすぐに止められた。






「シルドールちゃん、ここは魔族領の真っ只中なのよ? 死にたくなければつけてなさい」





 そういえば、インバスの野郎、そんなことを言っていたな。この話が本当なら、大勢の魔族を石化した俺は魔族たちの怒りの吐口になるだろう。






「分かった、分かったからお前はちょっと離れろ」





 マスクを外すことを諦めた俺は、未だに近かったインバスに離れる様に促した。





「言われなくても離れるわよ」





 インバスが離れるに連れて、自分の今いる場所がはっきりしてくる。そこは部屋だったようで、インバスの後ろに、ベッドやクローゼットが置いてあるのが分かる。座った体勢のまま、首を動かして辺りを確認すると、この部屋にいるのはインバスだけらしかった。






「それで、どこだここは? 何のつもりなんだ」






「ま、その疑問も当然よね。まずここは、『レッド・ラッド家』の屋敷の中よ」




 レッド・ラッド家!?





「レッド・ラッドって、あのブラッドの……」




「ええ、そうよ。ここは、あの吸血鬼の男の家」





 最悪だ。あの男と俺の因縁は深いものがある。どうやらここは、敵地も敵地らしい。





「それで? 何だ? こんな回りくどい真似して、公開処刑でもするのか?」




 

 俺は先の戦いで数万の魔族を殺している。魔族の俺に対する恨みは相当なものになっているだろうし、俺の死ぬ姿を見たい魔族はそれだけ多いだろう。






 俺が尋ねると、インバスは腕を組んで部屋の壁にもたれかかった。イケメンだから無駄に絵になる。





「安心して、そんなことしないから。これから貴方には、一つ仕事をしてもらいたいのよ」




「仕事……?」




「ええ、仕事よ。そうね、簡単に言えば『世話係』いや、『執事』の仕事かしら」





 世話係? 執事?



 まさか、こいつは俺にブラッドの従者をやれと言っているのだろうか? 




 だが、それは何のためだ? なんのためにインバスはわざわざ俺をこんなところまで連れてきて、従者をやれなんて言うのだろうか。




 正直、その目的が不明瞭すぎる。




 その真意が気になり、インバスに質問をぶつけた。





「それは、『魔族の貴族』としての目的のためか? それとも、『地獄の罪人』として何か目的があるのか?」


 



 インバスは、魔族の貴族という位とともに、地獄の罪人による組織なるものにも加入していたはずだ。後者の方は非公開らしいが、以前俺には教えてくれた。




 すると、インバスは、ニヤリと笑った。






「今回は、両方の目的……ね」




 両方……ますます、分からない。




 こいつは俺に何をさせたいのか。




 インバスは、そんな俺の疑問など気にした様子もなく、淡々と話す。





「とにかく、貴方にはこれから執事をしてもらうわ。ブラッド・レッド・ラッドの妹、『ベリー・レッド・ラッド』ちゃんのね」







 ブラッドの妹!?






「待て、あいつ妹がいたのか?」




「ええそうよ。なんなら姉もいるのよ、彼」




 あのシルクハット野郎、真ん中っ子だったのか。





「それで? 俺にブラッドじゃなくベリーとやらの面倒を見ろと?」




「ええ、その通り。あと、あなたは使用人になるのだから、『お嬢様』って呼ばなきゃだめよ」




 こいつ、ふざけやがって……何がお嬢様だ。



 俺は面倒なことが大嫌いなのだ。何で人のために働くなんて面倒の代名詞みたいなことをしなければならないのか。それも、ペイジブルの領主である俺にとって敵である魔族の。





「おい、インバス、今すぐ俺をペイジブルに帰せ」





 脅そうと愛刀を探すが、ここには見当たらない。そういえば、あれは自分の部屋に置いてあるままだ。





「ダメよ? わざわざ連れてきたのに帰すわけがないじゃない」




「なら、力尽くで……」




 俺がそう言って【巨大壁】を展開しようとしたところで、インバスが指をこちらに向けてきた。同時にそこから波動の様なものを感じる。



「何……を……」



 それを見たら最後、急激に眠気が襲ってきた。瞼が意思を持った様に、勝手に閉まろうとしてくる。




「く……巨……大……」





 とにかく【巨大壁】弾丸バージョンでインバスのこめかみを撃ち抜こうと思うが、その考えに対して体がうまく動かない。




 くそが……眠…………い……





 気がつけば、俺は眠りに落ちていた。






「……い、シル……ちゃん」




 起こされる声が聞こえる。



「シルドーちゃん! 起きなさい」




 瞬間、俺はがばりと上半身だけでもと体を起こした。




 ガツンッ何かが俺のおでことぶつかる。




「いってぇえ!!」



「痛いわぁ!!」




 デコを押さえながら目を開くと、同じように額を抑えていたがっているインバスがいた。




「もう、急に起きあがらないでよ」




「てめ、俺を眠らせやがったな」




 さっき、俺は攻撃しようとしたところでこいつに眠らされたのだ。




「でも、先に攻撃しようとしたのはそっちでしょ?」




「まぁ、そうだが……」





 俺は首を動かして周りを見るが、見たところ先ほどと同じ場所みたいで、ついさっきも見たベッドやらクローゼットが並んでいた。





 このタイミングで俺を始末しなかったのは、こいつにいつでも俺を倒す余裕があるからなのか?





 眠気ともおさらばした俺は、インバスを改めて見る。




「お前、逃してはくれないのか?」



「ええ、もちろん。隙を見て逃げようとしても無駄よ。逃げたいなら、私を倒すことね」



「それは、倒せたら逃げて良いってことか?」



「ま、そうとも言えるわね」





 インバスは、余裕そうに笑ってみせた。





 こいつ、本当に分からないやつだ。目的も素性も何もかも。





 すると、インバスは立ち上がって、俺に手を差し出してきた。





「じゃ、行くわよ。ベリーちゃんのところに」




 ベリーちゃん……ブラッドの妹か




 正直、こんな敵地の真ん中は危険だし、すぐに逃げ出したい……が、それができないのも事実。




 ここは、こいつの言うことを聞くしかない……か。





 俺、インバスの手を掴むと、思いっきり力をかけて立ち上がった。





「はぁ、今はその言葉に従うしかない」




「ふふっ、それでいいのよ」




 立ち上がってすぐに手を離した俺に、インバスはあるものを差し出してきた。




「そうだわ、これ、貴方のでしょ?」




 差し出されたそれは、棒状の長くて硬いものだった。今は、鞘で隠されているが、その奥には研ぎ澄まされた刃がある。





 これは……俺の愛刀!?






「俺のだが、わざわざあの部屋から持ってきてたのか?」




「ええ、貴方のマスクと一緒にね?」




 インバスは、そう言いながら、俺の目のあたりにつけたマスクを指さした。





 こいつ、気が利くが、そんな敵に塩を送るような真似、しても平気なのだろうか?




 そんなことを思いながらも、愛刀をありがたく受け取る。




「今、何で敵である俺に? って思ったでしょ?」




「……ああ」





 俺は素直に頷く。





「それはね? それだけこれからの仕事が大変ってことよ。それに、貴方が刀一本持ったくらいで、私は負けないし」





 インバスは、そう言って片目を閉じた。





「男のウインクとか、きしょく悪いな」



「あら、失礼ね」




 そう言って彼はほっぺを膨らませると、くるりとドアの方を向いた。




「それじゃ、貴方のお嬢様のところに行くわよ。ついてきなさい」




「分かったよ」





 もう抵抗することを諦めた俺は、刀を腰から下げて、インバスの後をついていく。彼はさっきまでいた部屋の扉を開けながら、一つ付け加えた。






「あっ、それとベリーちゃん、家族以外にはちょっと気難しいところがあるから、注意してね」




「なんだよ、それ」





 インバスの後ろで、俺はマスクを整えながらそう呟いた。


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