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休日にて②





 シルとシアを送り出した俺たちは、買い物をする前に『会員証』とやらを貰いに行くことにした。



 店の中の商品を見る中で、『シヒヤブランド』の品物はどれも金額の安い割にクオリティーが高く、これからもこの店を利用すると思ったからだ。






「安く買えるに越したことはないからな」





「ナベ、領主のくせにケチ臭いな」




 ヨシミが呆れたように反目でこちらを見てくる。




「イチジクに財布の紐縛られてんだよ」





 財政面は基本イチジクに全任せしている。面倒だからと頼んだのだが、その見返りというか何と言うか、そのせいで俺はお小遣い制になっている。





 そんな話をしながら人混みをかき分けて、レジのそばにある相談センター的なところに着いた。





 そこには、すでに先客がいる。厚化粧をしたご婦人だ。彼女はツバの大きなハットをかぶっており、やたらめったら開いたドレスを身につけていた。





「ふざけるなざます!!」





 おお、何かお怒りのようだ……





 彼女は、ものすごい剣幕で受付嬢に言い寄っていた。





「ワタクシは、噂に聞く『会員証』を渡せ、と言ってるんざます!」





 ほう、この婦人も俺と同じで会員証をもらいに来たようだ。




 このまま俺は様子を見ることにする。





「ですから、貴方にお渡しすることはできません」




「なぜざます!? 金ならいくらでも積んでやるであります! ワタクシが欲しいのは、ここの会員だと言う『名誉』のみ! さっさと出すざます!」





 婦人は、ドンッとキャリーバッグを受付の台の上に置くと、それを勢いよく開いた。




 中にはジャラジャラと金貨が入っている。





「これで、出す気になったざますか?」





 婦人は得意げに笑うが、受付嬢は金に目もくれず、スンと澄ましていた。





「申し訳ございませんお客様、いくらいただいても、無理なものは無理でございます」




 熱くなる婦人と、落ち着いて椅子に座ったままの受付嬢。



 なんだ? ここの会員証はそんな手に入りづらいものなのか?






「なっ……なぜでざますか!?」



  


 婦人も流石に驚いたようで、一歩後ずさる。受付嬢は、淡々とその理由を説明する。





「ですから、先程から申してます通り、お客様は先程の筆記による検査で不合格だったからです」





 筆記による検査……?




 興味深い話に、俺は耳を澄ませる。





「検査って、あんなの分かるわけがないざます! いいから、さっさと会員証を渡すざます!!」





 分かるわけがないって……難しいテストなのか? いや、そもそも会員証とテストってどんな関係が……?




 そんなことを考えているうちに、婦人はそれでも強気に受付嬢に迫る。






「は、や、く、わ、た、す……ざます!!」





 すると、受付嬢の空気が変わった。





「そろそろ周りのお客様にも迷惑ですね……ご婦人、はっきり申しますと、貴方には『資格』がないのです」





 受付嬢は婦人の目を見て、はっきりとそう告げた。





 資格……? なんださっきから『検査』とか、会員になるための『資格』とか。





 俺は横に立つヨシミを見るが、ヨシミも何のことかわからないらしく、肩をすくめた。






「資格……とは、何ざますか?」





 婦人は多少の冷静さを取り戻したようで、キャリーバッグの蓋を閉じながら受付嬢に尋ねた。





「資格……それが何か分からないうちは、会員にはなれません。どうぞお帰りください」





 受付嬢はそう言って首を横に振った。

 どうやら、それがご婦人の琴線に触れたらしい。婦人は目をカッと開くと、再び受付嬢に詰め寄ると、その胸ぐらを掴んだ。




「な、な、な、な、何を受付嬢が偉そうにぃ!! ワタクシに指図するなざます!!」





 受付嬢が、強制的に立たされる。





 気がつけば、店の中が静寂に包まれていた。皆が心配そうに現場の方を見ている。





「ええい、話にならないざます! さっさと上の者を出すざます」





 婦人が受付嬢に顔を近づけて、歯をギリギリ鳴らす。



 これは、助けた方が良いのだろうか……

 しかし、いかんせん面倒臭い。





 結局俺が黙ってそれを見ていると、胸ぐらを掴まれている受付嬢と目が合った。

 




「……あっ」





 受付嬢の口から言葉が漏れた。





「……えっ?」





 反射的に俺も言葉が漏れる。




 その瞬間、それまで何の抵抗もしていなかった受付嬢が、婦人の手をガッチリ掴んだ。そして、この世のものとは思えない程の目力で婦人を睨む。



 それはおよそ店員が客に見せる態度ではない。






「お客様……お離しください」






 女性とは思えないようなドスの効いた声で、受付嬢が婦人に圧をかける。





「な、何ざます!?」





 受付嬢は止まらない。婦人の腕を掴んだまま、それを自分から引き離した。その力は相当強いらしく、彼女の手には青筋が浮き出ており、婦人の方も少し怯えた表情だ。




 受付嬢はさらに詰め寄る。





「お客様、お引き取り、いただけないでしょうか?」





 何か恐ろしい覇気を感じる。この受付嬢、おそらくカオスを倒した時のレベルアップの影響を受けた一人だろう。並大抵な人間では確実に勝てないのは俺にでもわかった。





 婦人はそれでもプライドに従って行動するようだ。






「は、離すざます! この商会、潰されても良いのざますか? ワタクシの夫はあの商人の生き神マーチャンド様と知り合いですのよ?」






 なるほど、このご婦人もそれなりに権力をもった人物のようだ。しかし、手札にマーチャンドを持ってきたのが悪かったな……





 受付嬢は、水を得た魚とばかりにそれに噛み付く。





「これは奇遇です。ウチの取引相手もマーチャンド『さん』と言うんですよ。それと、この商会に私より上司はいません……」





 受付嬢が不気味なほどにニヤリと笑った。勝者を体現したかのようなその顔は、側から見ていた俺すら戦慄させる。






「だって、私がこの商会の『会長』ですから」





 そう言って彼女は、何か名刺のようなものを婦人に突き出した。





「そ、そんな……」





 婦人は、数歩後ずさる。




 遠くて名刺の内容までは見えないが、あの反応からして、本当のことだったんだろう。





 しかし、あの女性がこの商会のトップ?






「なんで、頭が受付嬢してんだよ……」






 俺そう呟くと同時……






「お、お騒がせしたざます!!」


 




 そう言い残して、夫人は半ば四つん這いになりながら、走ってさっていった。


 地面には金貨の入ったキャリーバッグをほったらかしている。






「な、なんか、すごいな……」






 俺もヨシミも唖然としてそれを見ていると、受付嬢もとい会長が受付から出てきて、ことの次第を見ていた客に向けて笑顔を振りまいた。






「お客様、大変ご迷惑をおかけしました」




 皆黙って彼女の言うことに耳を傾ける。




「お詫びと言ってはなんですが……」




 彼女は、キャリーバッグのところまで歩いて行って、金の入ったそれを持ち上げた。




「今お手持ちの商品、先程のお客様に奢ってもらいましょう」





 彼女は、そのあと可愛らしくウインクした。






「「「おおおおお!!!」」」






 客から歓声が上がる。





 その後、レジに行列ができたのは言うまでもない。





「ははっ、これがシヒヤ商会かぁ……」




「クッ、クックック……我も笑いが止まらんぞ」






 先程のやりとりを見ていて、もはや会員証など作る気にもなれない俺は、呆れて笑うしかなかった。




 すると、例の受付嬢が笑顔でこちらに近づいてきた。その笑顔は、どう見ても無理矢理貼り付けたものだった。なにやら、感情を無理矢理押し込めたような……上っ面な笑顔。






「これはこれは、お客様、先程は大変失礼致しました。私に何か用事があったのではございませんか?」





 えっ……こ、怖いんだが。





 身の危険を感じた俺は、ヨシミに目配せして早々に立ち去ろうとする。





「い、いえ、とくに……ははっ、大丈夫ですので」




 体をくるりと出口の方に向けて足を進める……が、それは止められた。



 目の前に受付嬢が立つ。





「い、いつの間に回り込んだ!?」





「お客様、そのように遠慮せずに、さぁさぁ、奥にどうぞ」





 受付嬢から、有無を言わせぬ圧を感じる。実際、脇を通って行こうと足を踏み出すが、それに合わせて受付嬢は壁になる。






「いや、俺は『資格』とやらがあるとは思えないし」




「それは、いずれ分かることです」





 それにまた言い訳しようとしたが、それはまた受付嬢に邪魔される。





「帰らせない気か……」





 俺は改めて考える。




 確かにこいつは面倒臭そうな香りのする女だが、彼女はどうもこの商会の偉いさんみたいだし……ある程度話してみるのもありかもしれない。





「ヨシミ、どうする?」




「どうするも何も、逃げられんぞ」





 ヨシミは、目の前に立つ受付嬢を見て、乾いた笑みを浮かべた。





「確かに、そうだな……」





 結局、俺たちはこの受付嬢に従って、シヒヤ商会の二階に案内されることになったのだった。


 

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