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休日にて①



「はぁ……イチジクって、いつもあれだからな」





 太陽がご機嫌に世界を照らす中、俺はイスト帝国最北の町ペイジブルの大通りを歩きながら呟く。




 すると、左隣下の方から若干高めの声が聞こえた。





「ふっ、また無益な労働を課せられていたのか……」





 チラリと声のしたほうを見る。



 そう言って日光を遮るようにフードを深く被るのは、ヨシミだ。こいつはなぜか俺の横を歩いている。





「無益とか言うなよ、余計虚しくなる」





 まぁ、あの完璧メイドがやれと言うことなら、無益というわけではないのだろうが、面倒くさいことに変わりはない。





「そういえばヨシミ、もう怪我はいいのか?」





 ヨシミは今から一週間前の戦争でかなりの深傷を負っていたはずだ。



 あの戦争から、この町の北はイスト帝国の騎士団によって守られている。その数およそ十万。今度同じように魔族が侵攻してきても、数の力でどうにかすることができるだろう。





「問題はない。クックッ我をあまり侮るな」





「あ、そう。ならいい」




「あ、そうって……もう少し興味をもて!」




「何だよ、面倒臭い奴だな」





 俺はそう言ってフードの上からヨシミの頭を押さえつける。




「な、何をする!」




 

 ヨシミがギャアギャア言うのをスルーしながら、のんびりと道を歩く。





「ええい、離せ!」





 ヨシミが俺の手ごとフードをとって、こちらをを睨んできた。




 目が合う。





「それで、ナベはどこに向かっているのだ」




「どこって、そうだな……」





 俺は考える。





 正直、目的地はない。今日は書類に囲まれて息が詰まりそうだったから、イチジクと書類から逃げ出してきたのだ。






 途方もなく歩いていたところで、どこからともなく現れたヨシミに会って今に至る。






「あっ、そういえば、最近流行りの店があるらしいな」





 どこか行くあてはないか、考えたところで一つの選択肢が出てきた。数ヶ月に開店したばかりにも関わらず、すでに老若男女問わず人気の商店だ。





「確か名前は……」




「シヒヤ商会、だな」




 俺が言う前にヨシミが答える。




 そう、シヒヤ商会だ。イチジクに以前聞いた情報によると、例のイスト帝国の商会ギルドの長、マーチャンドと繋がりがあるらしい。そこに資金源を出してもらったとかなんとか。





「お前、そういう流行りもの興味なさそうなのに、意外と知ってるんだな」




「この町で知らない奴はいないと思う」





 それほどまでに有名なのだろう。実際、『シヒヤ印』の物を最近よく見る。





「これは、領主として視察に行かないとな」




「ナベ、サボる理由を見つけ出すな」





 サボる理由……何を言ってるんだか、俺はただただこの町の発展のためにだな……




 なんだかんだ自分を納得させて、ヨシミの方を叩く。





「ほら、案内してくれ」




「うむ……それはいいが、我はイチジクに怒られるのは勘弁だからな」





 ジト目でこちらを見るヨシミ。





「分かってるよ、ほら、行くぞ」





 俺はイチジクを押して前へ進める。








 シヒヤ商会は、町の中心地にあった。人の行き来の多い大通り沿い。





「でけぇ……」





 それは領主の屋敷と同等か、それ以上の大きさの建物だった。恐らく二階建てで、一階はガラス張りになっており、今も中にはたくさん人がいることが分かる。




 

「とりあえず、入るか」





 そう言って入った俺を待っていたのは、低価格高品質の無数に並ぶ品物だった。衣類やエプロンなどの布製品、ポーションや塗り薬のドラック品、何やら高そうな香水や口紅などの化粧品、高級菓子などの食料品、はたまた鎧や盾、剣などの武器まで陳列してあった。どれも『シヒヤ』という名前がプリントされている。





「もうシヒヤってのがブランド化されてるのか……」






 そんなことを言いながら寝具コーナーに置いてあった枕を手に取ってマジマジと見ていると、何やら聞き覚えのある声が聞こえてきた。








「もう、お姉ちゃん! 茶化さないで!」




「あらあら、照れちゃって、私が妹ながら可愛いわねぇ」





 俺は手に持っていた枕を元の場所に戻して振り向いた。





「やっぱり、シアとシルか」





 そこにいたのは、エルフの姉妹だった。一人は車椅子に乗るおっとり顔の巨乳エルフで、もう一人はその車椅子を押すきつめの目をした貧乳エルフだ。姉のシアが車椅子の方、以前王城に侵入した時に片足を失ってしまったエルフ。もう一人が妹のシルで、世に言う『ツンデレ』と言われる人種だ。







「げっ、何であんたここにいるのよ」





 シルが嫌そうな顔をしてこちらを見る。





「『げっ』とは失礼な奴だな。お前らこそ、龍帝の護衛はいいのか?」





 こいつらは普段なら、ステータスを全て魔力に振る指輪のせいで防御力がゼロになっている龍帝の側を離れない。基本的にいつも一緒にいて、その御身を守るのだが、今日は龍帝の姿が見えない。





「ふふっ、こんにちは領主様ぁ。今日、護衛はリンに任せてるのぉ」





 シアがそう言って、優しく微笑んだ。





「おう、久しぶりだな。なるほどリンに任せてるなら安心だな」





 右手を軽く上げながらそう答える。





 あの無口な男がいるなら、よっぽどのことがない限り龍帝に害は及ばないだろう。そもそも、龍帝単体でもかなりの強さを誇るのだから。





 すると、車椅子を押していたシルが俺の目を見てきた。






「それで、質問に答えたんだから、あんたも質問に答えなさいよ! なんでこんなところにいるの」




「いやシル、お前は答えてないだろ」




「お姉ちゃんが答えたんだから、同じことじゃない」




「いや、同じなわけないだろ。デレるなら教えてやらんでも……」




「もう良いわよ!!」





 シルはそう言うと、車椅子から手を離して、俺の横にいたヨシミの方へと歩いてきた。そして、ヨシミの手を取る。





「ねえヨシミ! 教えて?」





 こいつ、猫撫で声出しやがって……





「なっ!? きゅ、急に手を握るな!」




 ヨシミは、目に見えてワタワタと焦っている。シルの手を振り払い、フードを深く被ると素直に答える。





「我らは、暇をつぶしに来たのだ」




「おい! 視察に来たんだろ!」





 俺は慌てて訂正するが、シルは聞き逃さない。彼女はニンマリ笑うと、車椅子の後ろに戻りながら、馬鹿にしてくる。





「へぇ? 意外と暇人なのね? 領主というのは」





 こいつ……普段から俺がサボってるみたいな言い方しやがって。




 このまま聞き流すわけにはいかない。俺は自らの汚名を返上するために異議を唱える。





「暇なわけないだろ。今日だってイチジクから逃げてきたんだぞ?」






「ほらっ、やっぱりサボってるんじゃない」





「あっ……」





 思わず漏れた俺の呟きに、隣でヨシミがため息をつく。


 俺は無理矢理話を変えるように、二人に尋ねる。




「そういえば何も持ってないが、何を買うために来たんだ?」





 シルもシアもその手に何も持っていない。これから選ぶのだろうか? 

 





「買い物じゃなくて、今日は会員証を作りに来たのぉ」




 そう言ってシアは、ゴソゴソとポケットから一枚のカードを取り出して俺に見せつけてきた。そこには『シヒヤ商会』と言う文字と二桁のナンバー、それからシアという名前が刻まれている。





「へぇ、会員制なのか? この世界では珍しいな。何か特典があるのか?」




 そのカードをマジマジ見ながら呟く。





「もちろん! 会員に入ってると、すごく安くなるのよぉ」





 ほう、それは何ともお得な話だ。



 俺はシルの方を見る。





「シルも会員になったのか?」



「……内緒よ」



「はぁ? なんでそこを秘密にするんだ?」





 しかし、シルは返事しない。仕方なく、すぐに教えてくれそうな姉の方に目をやった。





「ふふっ、もちろん会員よぉ。そもそも、会員になろうって言ったのはシルなんだからぁ」




「もう! 何で言っちゃうのよ!!」




 シルは口を尖らせながら、後ろから姉の頬を押した。シアの柔らかそうな頬が左右から押されて、タコのような口になる。




「わ、私は安くなるって聞いたから入ったの! 別に他意はないわ!」




 シルはシアの頬を押したまま、そう言って頬を赤らめる。





「……はぁ、まぁ、そりゃそうだろ」





 こいつは何を言ってるんだ? そりゃ、店の会員になるのは『お得だから』以外の理由なんてないだろう。どこにデレる要素があったのか……





「ほらっ、お姉ちゃん、さっさと帰るわよ!」





 シルはそのまま逃げるようにシアの乗る車椅子を押して出口に向かって歩き出した。





「あらあら、本当に私の妹は可愛いわぁ」





 去りゆくシアからそんな声が聞こえて来る。





「じゃあねぇ、領主様ぁ」





「お、おう……」






 シルとシアはそのまま外に出て行ってしまった。気付かなかったが、この店は車椅子にも優しい、バリアフリーを採用しているらしい。






「何だったんだよ、シルのやつ」





「さぁ? 我にも分からん」





 取り残された俺とヨシミは、顔を見合わせて首を傾げた。


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