戦争にて⑥
開戦同時、ヨシミが詠唱を始めた。
「獄炎の精霊よ……我が前に蔓延る悪しき生命に終わりの音を!! 死の獄炎龍」
そんな痛々しい言葉と共に、ヨシミの頭上に半径五十メートルほどの魔術陣が展開される。その回路は正確かつ精密で、ヨシミの性格からは想像もできない程美しいものだった。
魔術陣が光を放ち、その中から炎が溢れ出てきた。私の頬までチリチリとした熱さが伝わってくる。
「ゴォォォォォオオオオオオオオ!!!!」
低く野太い音が辺り一帯の地面を揺らす。
炎のドラゴンだ。魔術陣の中から出てきたのは。それは解放された歓喜に打ちひしがれるように、雄叫びをあげた。
そして、蹂躙する。
地面を這い回り、それに触れたすべての魔族を焼却していく。
「ヨシミのやつ、腕を上げたようだな」
ヨシミの魔術に感心しながらも、私は目の前の敵を大鎌で屠る。
遠くにこちらに向かって魔術陣を構える魔術師が見えた。
「ペス、雷撃だ!」
バリンッ……バリッ、バリッッッツ
私のまたがるペスからカミナリが飛び、その魔術ごと命を刈り取る。
その時だ。
目の前がチカッと光った。
と同時に、こめかみから数センチの距離にに剣の先が現れた。
「……なっ!?」
キンッ
甲高い音が響き、その剣は弾かれた。
「……!!」
「リン、助かった!!」
リンが私に迫った剣を弾いてくれたらしい。
私の前には小刀……クナイを握りしめたリンが立っていた。
「あれは……ダイヤモンドナイトか」
私の頭を狙った魔物。動く鎧、ダイヤモンドナイトだ。魔物ということは、知能はほとんどないのだろう。奴はギラギラと輝く鎧自体が本体で、それに中身などはない。
そいつは、手に持つ剣……レイピアを胸の前で立てて、こちらをじっと見ていた。
「ダイヤモンドは炎に弱いのではなかったのか」
しかし、ダイヤモンドナイトは、確かに炎に晒されたはずなのに、ピンピンしていた。
ならば仕方があるまい。
「リン、二人でやるぞ」
「……!」
リンは静かに頷く。
私はペスの手綱を思いっきり引いた。ペスがダイヤモンドナイトまで距離を一気に詰める。
私が大鎌を振るが、それはレイピアでいなされる。大鎌が空振り、その隙をついてレイピアの先が一直線に私に迫る。
「……!」
リンがそのレイピアの先を逸らせる。若干リンの頬をかすった。
「ペスッ!」
私のその一言で、ペスがカミナリをダイヤモンドナイトへと放った……が、意味はなかったらしい。ダイヤモンドナイトは痛がる仕草もなく、レイピアによる二度目の攻撃をリンへと繰り出した。
「ちっ、ダメだ。ペスは周りの魔族を牽制してくれ」
機動力に制限がかかると思った私はペスから飛び降りると、ペスのお尻をパシリと叩いた。
ペスは他の魔族が近寄らないようにカミナリを身に纏って駆けて行く。
「さすが私の愛馬だ」
私は大鎌を上に構えると、ダイヤモンドナイトに向かって一振……空間を通して斬撃が飛んでゆく。
カンッ
「完全に弾かれたか」
レイピアが脇腹を掠る。痛みが走るが、構ってられない。
一定の距離をとり、リンと入れ替わる。
リンの無数の剣戟……が、どれも意味をなさない。ダイヤモンドナイトの硬い鎧に弾かれ、傷一つつけることができていない。
「これが準SS級か」
この硬度、主人殿を思い出す。
ひとまずダイヤモンドナイトから私とリンは距離を取る。
「あんなのが相手とは……」
ダイヤモンドナイトは、またレイピアを胸の前で立ててこちらの出方を伺っているようだった。
「リン、何か打開策はありそうか?」
リンは黙って首を横に振る。
「なら、見つけるまで……攻めるぞ」
私とリンは一気に駆け出した。私が右、リンが左だ。
そして、ダイヤモンドナイトを挟み込むように立つと、一気に駆け寄る。
ダイヤモンドナイトは私ではなく、リンの方を向いた。私の大鎌による一撃は綺麗に決まる……が、簡単に弾かれた。
リンはダイヤモンドナイトとやりあっている。リンの細かい攻撃が、ダイヤモンドナイトの丁寧なレイピア捌きでいなされていく。
「私を無視、するな!!」
刃が通らないと悟った私は、大鎌を横にして思いっきり振り払った。斬る攻撃ではない、純粋な打撃による衝撃がダイヤモンドナイトにぶつかる。
ガンッという大きな音とともに、ダイヤモンドナイトは吹き飛んだ。
砂煙が舞う。
その中に、キラリと光る物が見えた。
それは高速でリンへと迫る。
「リン、避けろ!!」
「……!?」
ザシュッッ
リンの脇腹にレイピアが刺さる。
吹き飛んだはずのダイヤモンドナイトは、一瞬で体勢を立て直し、リンにその刃をたてたのだった。
「離れろっ」
思いっきりタックルして、ダイヤモンドナイトをリンから離す。
レイピアはリンの腹から抜けて、ダイヤモンドナイトと共に、数歩分後ろに下がった。
リンの前に立った私は大鎌を真横に振り、ダイヤモンドナイトの首へとその刃を振るう。
しかし、ダイヤモンドナイトはすかさずバックステップを踏み、私の大鎌による攻撃をかわした。
あの鎧でどうしてそんなに速く動ける
疑問は浮かぶが、今は背後に立つリンだ。
すぐさま振り返ると、リンの様子を見る。彼は横腹をギュッと抑えていた。そこからは血が溢れ出ている。
「リン、休んでいろ」
私は大鎌を構え直すと、リンから距離を取るように、ダイヤモンドナイトのもとまで走った。
先に攻撃をしてきたのはダイヤモンドナイトだった。心臓を狙ったレイピアが一突き。それを一歩下がって大鎌でいなす。
その流れのまま、ダイヤモンドナイトに一撃。
しかし、やはりそれは傷一つつけることにならない。
「ダメだ、攻略法が分からん」
バックステップで、ダイヤモンドナイトからまた離れる。
……が、今度はそれを許してくれないらしい。
ダイヤモンドナイトは己の体をギラつかせて太陽の下を走ってきた。私との距離がゼロになる。
レイピアによる突きが止めどなく放たれる。
「くそっ」
大鎌という素早さに欠ける武器を持つ私にできるのは、せいぜい鎧をつけた腕で顔を守ることくらいだった。
身体中が悲鳴をあげる。痛覚を通して脳に痛みが駆け巡る。
私は片脚を上げて、思いっきり蹴りを入れた。
ジンッと己の足の方に衝撃が伝わる。しかし、その甲斐あってか、ダイヤモンドナイトを一時的に離すことに成功した。
「はぁ……はぁ……」
大鎌を杖のように地面に立てて、己の体重を預ける。体を見れば血だらけだった。身体のあらゆる箇所に血が滲んでいる。
血が一気に不足したせいか、視界がうまく定まらない。
滲む視界の中でも、ダイヤモンドナイトの体の輝きは薄れることがなかった。
「これは、やばいな」
このままではやられてしまうと踏んだ私は、すかさず周囲で敵の牽制をしていた『魔族の死体』へと指示を出した。
ダイヤモンドナイトを止めろ、と。
動く屍は、私の指示に忠実に従い、ダイヤモンドナイトへと駆けていく……が、瞬き一つする間に、それらの屍はレイピアの餌食となった。
ダイヤモンドナイトは落ち着いた様子でこちらに歩いてくる。
「ここまで、か……」
敵はほぼ……いや、完全に無傷なのにたいして、こちらは満身創痍な状態だ。あいつがこちらに進むたびに、死が迫ってきているのは言わずもがな分かっていた。
ダイヤモンドナイトが目と鼻の先にまでやってくる。奴は余裕そうにレイピアをこちらに向けた。そして、見せびらかすようにゆっくりとそのレイピアを引く。
あの引いたレイピアが放たれた時、私は死ぬのだろう。
そして、いよいよレイピアが放たれる。
私を殺す一撃は音もなく繰り出された。
しかし
しかし、その攻撃が私に届くことはなかった。一本の矢。それが私の命を救ったのだ。
レイピアが刺さる直前、矢が飛んできて、それをダイヤモンドナイトが避けるためにバックステップを踏んだのだった。
その後も次々と矢が放たれて、ダイヤモンドナイトは後退を余儀なくされる。
「アネサン、ダイジョウブカ!!」
この矢を放ったのはゴブリンの長、ゴブ郎だったらしい。
矢の飛んできた方向を見れば、視力の高い目を利用してこちらに矢を飛ばす彼がいたのだ。
「すまない、助かった」
そう、助かったのだ。だがそれも一時的に……だ。ダイヤモンドナイトがやられてない時点で、その脅威は未だに健在なのだ。
何か、何かないのか? 奴を屠りうる手段は。
何より驚異なのは、奴の硬すぎる鎧だ。あれがある限り、何をしたところで無駄だろう。大鎌もクナイも矢も。現に、矢の攻撃を受けたダイヤモンドナイトは、それでもピンピンしていた。
「……いや、本当にそうか?」
無駄なのだろうか、確かに傷はついていない。しかし、なら、ならなぜ奴は『避ける』ことをしているんだ?
当たっても無駄なら避けずに攻撃をし続ければいいだけの話だ。
そういえば……先程私とリンで同時に攻めた時のことを思い出す。
あいつ、私ではなくリンの方を警戒していたな。
それはなぜ? 私とリンの違いは、手数の多さだ。リンはクナイを利用して、延々と小さめの攻撃を繰り出すことができる。威力は大したことないが、数は多い。
つまり、奴にとって驚異なのは威力ではなく……
「攻撃の数……」
なのだろう。数が多いということは、それだけ攻撃のレパートリーが多いということ。
攻撃のレパートリーが多いとなぜ困る?
色々な攻撃をされる、そうすれば……
「弱点……?」
弱点が責められる可能性が出てくる。
そこまで辿り着いた私は、大鎌を構え直して、ダイヤモンドナイトの方を見据えた。
背後で殺気だっているリンへと言葉を投げる。
「リンッ、繋ぎ目だ、繋ぎ目を狙うぞ」
奴が弱点にしそうなところなど、これ以外に考えられない、そう考えた私は提案する。
「……!!」
先に動いたのはリンだった。彼は一瞬でダイヤモンドナイトの側によると、クナイを立てて、腕の繋ぎ目に攻撃を仕掛けた。
ダイヤモンドナイトは即座に腕を動かす。クナイと鎧がぶつかる。
リンは止まらない。怪我などしていないのではないかと思うようなスピードで、次々と攻撃する。それは全て腕の繋ぎ目一点狙いだ。
ダイヤモンドナイトもレイピアで対抗する……が、素早さでは圧倒的にリンが有利だ。
「私もいるぞ!」
私がリンの狙う方とは逆の腕の繋ぎ目を大鎌で狙う。
キンッという音とともに、それはダイヤモンドナイトのレイピアによって阻まれる……が、それと同時のことだった。
リンがバックステップで後退した。
見れば、見事に私の攻撃した隙をついて、クナイをダイヤモンドナイトの腕に刺していた。
私もすかさず距離を取る。
「さすがリンだな」
ボトリ……
ダイヤモンドナイトの腕が、落ちた。
やはりダイヤモンドナイトも魔物としての本能で弱点を守っていたらしい。
「ギッギギギギギギギギギギギギギギィィィイ」
ダイヤモンドナイトから、金属同士の擦れる音が響いた。それは雄叫びのようだった。
「これで正解らしいぞ、リン」
「……!」
私とリンはまた一直線にダイヤモンドナイトへと攻め寄る。怪我の痛みなど、今は気にもならなかった。
それからも攻防は続いた。
弱点がバレたと気づいてからのダイヤモンドナイトの動きは、己の弱点を守ることに重点を置いていた。そのせいか、なかなか繋ぎ目に攻撃が届かない。
体のどこに当たっても傷つかない化け物と、すでに傷だらけの私たち……
二対一でも、次第に劣勢へと追いやられる。
「結局、何も、解決、してないな!」
片手になったところでレイピアの素早さは変わらない。右左右左、立て続けに攻撃は繰り返される。
そのうちの一撃。レイピアが私の左腕を貫いた。
「……っっ!!」
痛みが脳を駆け巡る。
「そのレイピア、もらったぞ」
私は、腕に刺さった状態のレイピアを反対の手でガッチリ掴んだ。ダイヤモンドナイトは引き抜こうとするが、そんなことは許さない。
身動きが取れないダイヤモンドナイトにリンの刃が迫る。
ダイヤモンドナイトがレイピアを諦めて、後退した。
レイピアが腕に刺さったまま置き去りになる。
リンの攻撃がかわされる。が、それで諦める男ではない。リンはダイヤモンドナイトの背後に回ると、ガッチリとホールドした。
ダイヤモンドナイトの機動力が失われる。
「……!!」
「ふむ、ないすだ」
私はレイピアを引き抜くと、それを遠くに投げて大鎌をダイヤモンドナイトの首へと振った。
しかし、それは防がれる。ダイヤモンドナイトの腕によって。ダイヤモンドナイトは残った方の腕で己の首を覆ったのだ。
このまま無理矢理にでも……そう思ったが、背後のリンは、そろそろ抑えておくのが限界のようで、顔を顰めていた。
「ちっ、いったん退く……」
ぞ、そうリンに伝えようとした時。
ビュンッッツ
矢がその腕の繋ぎ目に刺さった。
ダイヤモンドナイトの腕があっけなく地面に落下する。
ダイヤモンドナイトの両腕が無くなった。
「うぉぉおおおおお」
私はもう一度大鎌を高く持ち上げ、横向きに一気に振り下ろした。
ダイヤモンドナイトの首にしっかりとその刃が入る。
「ギッ……ギギギッ……」
首が……落ちた。
「はぁ……はぁ……やった、ぞ」
ダイヤモンドナイトの体は重力に従って、地面に寝そべる。
と同時にダイヤモンドナイトを取り抑えていたリンが、力なく倒れた。
「……。」
「リン、大丈夫……か」
私は大鎌を杖代わりにしながら、ゆっくりと進む。片膝をつきながら、ゆっくりとリンのもとへとたどり着く。
リンは真っ黒な服に赤い血を滲ませていた。
「リン、息はある、な」
ゆっくりとその心臓は動いていた。
痛みを堪えて、私はリンを守るように立つ。腹も腕も穴が空いて、正直これ以上戦うのは無理だと自覚していた。だが、主人殿に捧げた命、そんなやわなものであってたまるか。
「ほら、こい。私が相手してやろう」
ダイヤモンドナイトを倒したことで、周りの魔族共は多少怯えているらしかった。魔族共に囲まれる。
私は……ここで死ぬのかもしれない。
だが、後悔はない。この町のために……主人殿のために死ねるのだ。これ以上の幸福はない。
脇に倒れるリンを見て、大鎌を前に構えた。
「何人、道連れにできるか」
瞬間、辺りを囲っていた魔族どもが同時に飛び込んできた。
大鎌をグルリと一周振り回す。それに巻き添えを喰らうように、数体の魔族が天に召された。それでも止まらない魔族たち。
仲間の屍を蹴散らしながら、一直線に飛び込んでくる。
背後から切り裂かれた。鎧がガチャンッという音とともに壊れる。私はすぐさま後ろを向いて鎌を振るう。魔族は死んだ。
リンを狙う輩が剣でトドメを刺そうとよってきていた。死霊魔術で死んだ魔族を操り、それを阻止する。魔族は死んだ。
空から鳥型の魔族が突っ込んできた。それを腕の甲で受けきる。アーマーが粉々に砕けた。その魔族は死んだ。
巨大なハンマーを持つ魔族がにじり寄ってきた。そいつはハンマーをリンへと振り下ろす。私は大鎌で受けようとする……が、重さに耐えられず、軌道を逸らすだけに終わった。そのハンマーが肩を掠る。今の衝撃で腕の感覚がなくなった。見れば、腕はあり得ない方向に曲がっていた。
すかさず片手で鎌を握ると、それを投げてハンマーを持つ魔族の息の根を止めた。
武器も鎧も、腕さえも。使えるものは何もなくなってしまった。
それでも延々と寄ってくる魔族共。
「はぁ……ごほっ、はぁ、はぁ」
手の甲で口から出た血を拭う。
これ以上戦うことはできない。
「いっそ、自害するか……」
このまま惨めな姿を晒すことになるのなら、死んだ方がマシだ。
もう諦めるか……
そう思った時だ。
「お前らぁぁあ!! 聞けぇえ!!」
そんな大声が聞こえてきた。
魔族たちを含め、その場にいた皆が声の方を見る。
「魔族共、お前らの将の命、預かったでぇえ!!」
リューだ。リューがブラッドの首をもって、岩の上に立っていた。
リューは、多少血を流してはいたものの、無事のようだ。対してブラッド。彼は、腕も足も四肢を折られ、プラリと垂れ下がっていた。どうやら再生できないように、四肢は繋がったまま機動を奪われたらしい。
「さすが、主人殿が認める最高戦力だな」
下からだとブラッドの顔までは見えないが、その体からブラッドが敗北したのは一目瞭然だった。
リューは、全ての人に対して告げる。
「この男の命、助けたる!! 代わりに、今すぐ撤退しろ! さもなくば……分かっとるわな?」
リューがそう言って改めて力を込める。血管が浮かび上がり、ブラッドの首が絞められる。
「たす、かった……」
ブラッドは魔族界で貴族だ。貴族を人質にされたとあっては、いうことを聞くしかないだろう。
そこまで判断した私は、急いでリンの容態を確認する。彼は、本当に死にかけだった。まぁ、それに関しては私も似たようなものなのだが……
私がリンの頭を上げて気道をを確保していると、ゴブ郎が走り寄ってきた。
ゴブ郎も頭から血を流していたが、それでも私たちに比べればまだマシな部類だろう。
「アネサン、チリョウ、マカセロ」
そう言って彼らポーチから薬草を取り出し、リンの腹部をめくり上げた。
彼には死にかけのシアとシルを治療した実績がある。任せて大丈夫だろう。
「ゴブ郎、遠距離職なのにこんな戦場のど真ん中に立たせて悪かった。援護の矢、助かった」
「ハハッ、キニスルナ。アネサンモ、チリョウ、ヒツヨウ」
そう言ってゴブ郎はこちらを見るが、私はそれを断る。
「いや、私は問題ない。リンを頼んだ」
私は、残りのメンバー、イチジクとヨシミ、ペスは無事なのか辺りを見渡す。
すると、いた。
地面に横たわるヨシミが。
彼はうつ伏せに倒れていた。
その隣には、片膝をついてリューたちの様子を見守るイチジクがいる。
その前に立つのは……
「あれは、アンバーマンティスか」
どうやら彼女らは二人でアンバーマンティスという準SS級の魔物と戦っていたらしい。
こちらにはリンとゴブ郎がいてギリギリだったことを考えれば、よく持ち堪えた方だろう。
しかし、もうこれ以上戦う心配はしなくて良いのだ。敵の総大将が捕らえられた今、戦争の終わりは見えていた。
魔族出身の私は魔族たちの格付け、貴族階級の意味をよく分かっていた。彼らはもうこれ以上戦いを強要してくることはないだろう。
「ヨシミ、生きていてくれ……」
私は、ヨタヨタとヨシミへと歩みを進める。
その時、耳に嫌な奴の声が聞こえた。それは、苦しげであったが、それでも威厳をもった覇気のある声だ。
「僕、ブラッド・レッドラッドが命ずる!!」
ブラッドだ。彼は掴まれた状況の中で、叫んだ。
「この……まま、侵攻、せよ!!!!」
「「なっ!?」」
私とリューの声が重なる。
「「「「ウヲォォオオ」」」」
魔族共が己の武器を高く掲げた。
まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい
私は地面に落ちていた大鎌を持ち上げると、すぐさま戦闘態勢に入る。
しかし、急に決起付いた魔族たちを止めることはできなかった。
彼らは目の前にいる敵を屠ることだけを生き甲斐にしているように、嬉々として迫ってくる。
背後に死にかけのリンとゴブ郎。前方遠くに生死の分からないヨシミとイチジク。
誰かを『守る』ことはできない。
そもそも、この中でまず殺されそうなのが私だったのだから。
私の膝に敵の矢が飛んでくる。それはグサリと刺さり、うつ伏せに私は倒れ込んでしまう。
「うっ……」
大鎌がカランッと音を立てて手から離れた。
うつ伏せになった状況で、私は必死に大鎌へと手を伸ばす……が、それはあと少しのところで届かない。
ガンッ。
大鎌を魔族に踏まれた。
「踏むな……ゲスが」
大鎌へと伸ばす私の手のひらに、槍の刃が突き立てられた。
それはグリグリと私の手を地面へと抉りつける。
「あがぁぁあっ」
あまりの激痛に、思わず悲鳴をあげてしまった。視界には血が溢れ出る手の甲と、届かぬ大鎌、そしてそれらを愉快そうに眺める魔族共。
気がつけば、私は無数の魔族共に見下ろされていた。目の前に、数え切れないほどの足が乱立している。
ああ……いよいよ、か。
ヨシミやイチジク、リンにゴブ郎。リュー……はいいとしても、皆んなもう死んだのだろうか? だとしたら私を迎えてくれる奴が一人はいるということだ。
もしかしたら私が一番乗りかもしれない。
なら、コダマにでも一足先に挨拶しに行くか。
あの世であいつはどんな顔をするだろうか。まぁ、まずは怒るだろう。そして、笑ってくれそうだ。
町のため、領主様のためにありがとうと。
私は目の前に立つ魔族を見上げる。
そいつは、手の甲から槍を抜き取ると、私の体の……心臓の上へとその剣先を運んだ。
あれが振り下ろされたとき、私は死ぬ。これは確定事項だ。
「ギャッハッハッハッハッハッハッ」
そして、それは下卑た笑いとともに振り下ろされた。
「先に行くぞ、主人殿」
私は静かに目を閉じる。
そして、私は終わりの時を迎えた。
キィィィィイイイイイイン
カンッ、カンッ……キュイイイイ
背中でそんな甲高い音が響いている。
「……え?」
予想外な出来事に、私は目を開いて背中の方を向いた。魔族共の驚いた表情がしっかり見える。
そして……空中で止められる槍も。
「これは……まさか」
空から何かがゆっくり降りてくる。魔族たちも上を見上げた。
「あーー、シリアスなところ悪いんだけど、死なれたら困るんだよ、俺が」
聞き覚えのある声だ。
「あ、あ、あ、主人殿!?」
私は叫んでいた。
「なんだ? 愛しの主人殿だぞ」
この軽薄な態度、間違いない。主人殿だ。
「あ、主人殿、なぜ戻ってきたのだ!!」
「なぜって……いや、やっぱり善行積まなきゃだし」
「馬鹿なことを言うな、さっさとそのペスに乗って逃げるんだ」
ペスを見ないと思っていたが、まさか主人殿と共にいるとは。私はそう提案するが、そうもいかないらしい。
「そう怒るなって、わざわざ戻ってきたんだから、そこは泣いて喜べよ」
主人殿は、私の下に【巨大壁】を展開すると、そのまま持ち上げた。
視界がぐんぐん上がり、気がつけばペスに乗って空を飛ぶ主人殿と目があった。
「すまん、他のメンツ助けてたら遅くなった」
見れば、ペスの後ろには意識のないヨシミと、澄ました顔をしたイチジクが乗っていた。
「あっ、心配するなよ? リンとゴブ郎はリューが助けにいってくれてるから」
「助けるって……私は、足止めをしなければ!!」
私がそう抗議するが、速攻で論破された。
「その体で足止めって、何言ってんだよ。それに、もうその必要もないんだ」
そう言って、主人殿は巨大壁を回転させてある方向を視界に入れてきた。
「そうか、間に合ったんだな……」
沈みゆく太陽を背に、そこには、魔族の数をもろともしない大軍勢が整列していた。
「すごいだろ? 王都の騎士団の方々だ。ペイジブルの自警団が護衛したお陰で、相当早くたどり着いたんだよ」
「あいつらが護衛を?」
「おう。いやぁ、正直みくびってたよ。すごいんだな、この町の戦力ってのは」
主人殿はそれだけ言うと、私もろともその味方の軍勢の前へとペスを着地させた。
「お、リュー、もう回収したのか」
軍勢の先頭には、リューとゴブ郎、治療中のリンがいた。
「おう、ブラッドをほったらかして、急いできたからな」
「ほったらかしてって……まぁ、いいか。おい、騎士団さん、こっちも治療を頼む。重傷者三人追加だ」
主人殿はまず自分が地面に降りると、ペスから二人を降ろし、同時に巨大壁に乗る私をその二人のもとに降ろした。
「承知いたしました!!」
人族の騎士団員が私たちのもとへとワラワラと歩み寄ってくる。
「じゃあ、あとは治療してもらえな?」
私と主人殿の間に人間の壁ができる。
「ま、待ってくれ!! 主人殿」
私は必死に手を伸ばし、主人殿へと呼びかける。
「なんだ? 寂しいのか?」
主人殿は、振り返るとそう言って笑った。
「主人殿、無理だ。敵にはあと一体準SS級の魔物がいる! いくら人数がいたところで、勝てないぞ」
アンバーマンティス。
奴はまだ生きているはずだ。
私がそう警告するが、主人殿はまだやるつもりのようだった。
「マジか……まぁ、大丈夫だろ。最悪、今から使う奥の手が無駄だったら、俺一人で全力で逃げるから安心しろ」
「奥の手……?」
「そう、とっておきのな」
主人殿は行ってしまう。
しかし、私には黙って治療を受けるしかなかった。
「主人殿……」
隣に座るオートマタが主人殿の方を見ながら一言漏らす。
「あの人は逃げる時は本当に逃げます。マスターに任せましょう」
「イチジク……」
もう少しで……日が沈む。
この先何が起こるか分からない状況の中で、それだけははっきりと分かった。




