戦争にて⑤
明くる日の朝、天気は良好。雨風共に心配のない中で私たちは目を覚ました。
夜中の間ずっと起きていてくれたイチジクに挨拶をする。彼女はアンドロイドに寝る必要はないということで、自ら見張りを進み出てくれたのだ。
「おはようイチジク。昨晩は助かった、礼を言う」
「いえ、お構いなく」
彼女は凛とした顔のまま、立ち上がると、スカートについた埃をパッパッと払った。
本当に、逞しい仲間を持ったものだ。
それからの行動は早かった。もういつ敵の主力部隊と衝突してもおかしくないのだ。ペスを含めて私たち七人は、ある程度有利に戦えそうな地形を探して歩いた。
そして見つけたのが緩やかな丘だった。
ここは、イチジクがお勧めした場所である。彼女は目の前に半透明なマップを展開し、そこに映った赤色の点や青色の点などからこの場所がいいと割り出したのだ。
彼女曰く、「あと数刻もしないうちに、あの地平線の向こうから敵の軍隊がやって来ます」とのことらしかった。
正直その時はイチジクの言うことは信じ難かったが、今ならすぐに頷けるだろう。
遠く、遠く……真っ平らな平野の先からやってくる無数の軍勢がこの瞳に映ったのだから。
「いよいよ来たな」
私はペスにまたがると、同じく丘の上に一列に並ぶ仲間を見る。
右から順に、ゴブ郎、ヨシミ、ペスに乗る私、イチジク、リュー、リンという並びだ。
ゴブ郎は己の弓を手に持ち、彼の長所である目の良さで、敵の様子を確認していた。
「……ジュウマン、ハ、イル」
十万……魔族はどこまでやるつもりなのだろうか。
たった一つの町を侵略するために十万も兵はいらない。魔族なんて強い種族なら尚更だ。彼らはその先の村を、街を、その先の王都を……人の領域を侵略するつもりなのだろう。
「クックックッ、我が礎となるべく多くの贄が馳せ参じたようだな! いざ始めようぞ、狂乱たる最期の晩餐を」
ゴブ郎の方を見ると、そんなことを言っているヨシミが視界に入る。
手に『指抜きグローブ』という特に意味のなさそうな手袋をギュッとはめ直していた。以前その意味について聞いたのだが、曰く「かっこいいから」らしい。
あれは主人殿のお手製らしく、聞いた時に多少羨ましくなったのは内緒だ。
「晩餐は、夕食のことですよ?」
私の左手側にいたイチジクがわざわざツッコミを入れる。彼女はいつもと変わらない無表情で、遠くの軍勢を見ていた。
「……」
その奥にいるリンは、腕を組んで静止している。
「確かに、晩餐には早すぎるわな。まだ昼やし」
どっかりと地面に座っていたリューが立ち上がると、腕をグルグル回し始めた。
私たちは、十万を超える軍勢を前に、たった六人で立ち塞がる。
丘の上からは、迫り来る脅威がしっかりと見えた。向こうからは見えているのだろうかきっと見えていないだろう。そもそも見えていたとしても気にもされない人数だ。
少し冷たい風が頬を掠める。
「……来たな」
魔族軍が目と鼻の先にまで迫る。
彼らの目も鼻も口も、触手もツノも爪も羽も……全てが見える。
私は魔術を唱える。
「命の精霊よ、死し肉体に宿て我が力となりたまえ」
私を中心に死霊魔術が発動される。魔術の波動があたり一帯を巡っていく。
「ほう、これは……」
リューの感心したような声が聞こえる。
「死霊魔術だ。足止めをするにしても、人数は必要だろう?」
私の魔術に反応して、周辺に転がっていた魔族の死体が紫色の輝きを放った。
それと同時に彼らは動き出す。ゆっくり、ゆっくりと。立ち上がり、剣を構え、その剣先を己の味方であった魔族へと向ける。
私の唯一にして最大の魔術。
「聞いたことはあったけど、死体を操れる魔術っていうのはほんまにあるんやな」
リューが驚いたような声を出す。
「まぁ、この人数を動かすには『敵と戦え』という命令くらしいか下せないがな」
ペスをほぼ完璧な状況で復活させられたのは、ペスが神獣という霊に近い存在であったことと、死後すぐだったこと、それから大量の魔力を注いだこと、これらが揃ったからだ。
ただの魔族である彼らは操り人形のようなものだ。
「そうか、じゃあ命令を聞くゾンビみたいなもんか」
「そうだな。今は背後に待機させているが、動き出せば壁役くらいにはなるだろう」
すると、動き出した魔族の死体を警戒してか、魔族軍が止まった。
魔族軍の先頭を進む男が、馬から降りて丘の上の方へと歩いてくる。
そいつは見たことのある男だった。
「おやぁ? こんなところで邪魔をするお馬鹿さんがいると思ったら、君たちだったのかい」
いつか散々世話になった魔族の貴族。どうやら今回魔族を引っ張ってきたのは彼らしい。
ブラッドだ。吸血鬼の魔族。何度も対面したことがある。
「本当に、迷惑な魔族だ」
私は相手には聞こえない程度に呟く。
彼は笑う。
「ふふっ、あの時の神獣、アンデッドとして飼い慣らしてるみたいだね」
ブラッドのそのニヤリと笑う口元、太陽に照らされて牙がキラリと光る。
私たちは口を開かない。
「そうだ、実は僕も魔物を二匹ほど連れてきたんだよ。『ダイヤモンドナイト』と『アンバーマンティス』って準SS級の魔物さ」
その存在は言わずとも分かっていた。ブラッドの後ろにいるキラキラと輝く騎士と、人間なら丸呑みにしそうな巨大なカマキリだ。
どうせ、得意の眷属化の魔術でいうことを聞かせているのだろう。
準SS級とは、本当にタチが悪い。一匹で街を、小さいものなら国すら一つ二つ破壊する化け物だ。
すると、ブラッドは一歩またこちらによってきた。
「あれ? 興味ない? ならいいや、本題に入ろう。君たち、もしかしてその人数で僕らと戦うつもり?」
「……そうだ」
私は出来る限り端的に答えた。それ以上の言葉は必要ない。
「そうだって……ホント、馬鹿なんだねぇ」
ブラッドはキョロキョロと私たちの方を見る。
「そういえば、あの馬鹿筆頭……確か、シルドー、だったかな? は、いないみたいだけど、どうしたの?」
私は口を閉ざした。誰も何も答えない。
「もしかして、見捨てられちゃった? いや、それとも逆かな? 見捨てちゃった? まぁ、彼に着いていく程の魅力、感じなかったけどさ」
六人と一匹は静かにブラッドの方を見ていた。
彼はこの何万と人がいる中で、ただ一人で喋る。
「あーー、じゃあ、お姉さんたち、僕の傘下に入らない? その無謀っぷりに免じて入れてあげるよ」
なるほど、それは面白い提案だ。本当に面白い。
「そりゃぁ、多少僕らの『オモチャ』にされるだろうけど、それでもここで犬死にするよりましでしょ?」
ブラッドは、本当に最良のアドバイスをしているつもりらしい。意気揚々と口を踊らせる。
「そういえば、名前を伝えてなかったね。初めましての人もいるし……家来になるんだ。うん、名乗っておくよ」
彼は一つ礼をした。
「僕の名前は、『ブラッド・レッドラッド』レッドラッドが姓で、ブラッドの方が名前に……」
ブラッドが……吹き飛んだ。
ドォゥゥウン
ブラッド・レッドラッドが軌跡を描いて飛んでゆく。
そして、彼を殴った存在が一人。
龍の魂が入った獣人、リューだ。
「あーー、なんや、知り合いやったらすまん。腹立ったねん」
「ふふっ、ふっはっはっはっ」
気がつけば戦場の最前線で私は笑っていた。
「いや、いいんだ。むしろ、そいつの相手は任せた。以前私たちは戦ったのだが勝てなくてな。リュー、お前なら対等にやりあえるだろう」
すると、殴り飛ばされたブラッドは、空へと舞い上がった。
「……ほんっと、人が名乗ってる最中に……無作法な輩だなぁ」
「そりゃ、どうも」
リューは、ジャンプで一気に差を詰めると、次は踵落としでブラッドを地面に叩きつけた。
ドゴンッという鈍い音共に、ブラッドは地面と衝突する。砂煙が舞う。
「……っち、もういい、もういいよ」
それでも無事なブラッド。彼は欠損した箇所を即座に再生させながら立ち上がる。
「なんや、再生するんか? まぁ、無限に増殖せんなら大した問題ちゃうわ」
リューはそう言うと、拳をブラッドへと突きつけた。
ブラッドは怒りを露わにする。
「もういい、魔軍に告ぐ……」
人差し指をピンと伸ばして、私たちの方に向ける。
「蹂躙せよ」
ブラッドは私たちの方を指差して、冷酷に告げる。
「「「「ウヲォォォオオオオオオ」」」」
その瞬間、石像が如くブラッドの後ろに待機していた敵の魔族たちが、一斉に駆け出してきた。
すかさず私は背後に待機させていた魔族の骸へと指示を出す。
「進め、そして我らの力となれ」
屍が動き始める。こいつらはもう私の言いなりだ。
今、私の人生にして恐らく最後となる戦いが幕を挙げた。絶望的な状況であるのに、悲壮感などはなく、むしろこんな仲間たちと戦えることに高揚感すら覚えていた。
十万 対 七
「行くぞ!!」
「おう!」
「はい」
「……!!」
「マカセロ」
「ふっ」
「ブルヒィン!!」




