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戦争にて③



 魔族軍第一波が押し寄せてから、三日経った。


 魔族軍の侵攻はいまだに続いていた。





「喰らうのです! 電流マッサージによって鍛えられし、我がイカズチを!!」




 そう言ったマッサージ師の指から、本来なら低い威力であるはずのカミナリの魔術が飛ぶ。





「針仕事を続けてはや十年! 私の力を見せてやろう!」





 普段オーダーメイドで衣服を作っている裁縫のプロが、敵をよくわからない糸で固定する。





「そこにすかさず、筋肉増強の魔術を施した俺の鉄拳がくだるぅ!」




 そんなことを言いながら大工の親父さんが拳で魔族のことをぶん殴る。


 魔族は一瞬にして頭のない屍の成り果てた。






 領主である俺は、特に何をするわけでもなくそれを眺めていた。




「いやぁ、まさか自分んとこの領民がここまで強いとはねぇ」




 椅子に座って膝に肘をつきながら、欠伸をひとつする。





「マスター、油断していては足元を掬われますよ」



「な、なんでそんなフラグを……」





 横に立つイチジクの建てたフラグに即座にツッコミを入れる。






 魔族軍侵略のあれからのあらましはこうだ。




 魔族は最初の数万から、何度もその数を増して押し寄せてきていた。今のところそれら全てをうちの住人たちが殲滅している。これはレベルが高いだけの住人だけでは難しかっただろうが、こちらにはリューやヨシミをはじめとした化け物が数人いる。彼らの力を合わせれば、開いた戦闘力の差を埋めることが出来たのだ。





「はぁ……にしても、いくらこの町が魔族領から近いからって、攻め込みすぎじゃないか?」





 敵は十数万の死者を出しているのに、止まることなく侵攻を続けているのだ。


 ようやくやってきた敵を倒しきったと思えば、その日の夜には魔族軍がまた攻めてきたという連絡が入る。





「何か焦ってるのか……?」




「さて、どうでしょうか。ただの負け続けたことへのプライドの問題、という可能性もあります」




 プライドか……たしかに、魔族はその強さから生まれでた傲慢さを伺うことはできる。



 俺はフェデルタの兄を思い出す。





「まぁ、攻めてくる以上戦うしかないんだが。そろそろやめてくれないかねぇ」





 住人たちもそろそろ疲れが見え始めていたのだ。彼らは戦いが始まって二日目、ようは昨日までは、己の予想外の強さに酔いしれ、バカスカと魔術を放っていたのだが、三日目にもなれば一部の住人は戦線離脱を申し出てきたのだ。



 それに、こちらにももちろん死者が出ている。



 敵と味方、数の差は広がるばかりなのだ。




「ここまでくれば、向こうも引き際を探していると思いますけど……」






 イチジクからその先の言葉が出てこない。

 俺はその引き際になりうる可能性について尋ねる。





「王都の騎士団、まだ来ないのか?」





 この戦況を一気に覆す方法。この国戦力の投入だ。


 しかし、俺の希望を託した質問は、イチジクによって無惨に砕かれる。





「王家もここまで盛大に魔族が攻めてくるのは予想外だったらしく、しばらく準備に時間がかかるそうです」





「はぁ、あの王様しっかりしてくれよ」






 俺がため息をついた時。





 遠くから数百人の人間がこちらに向かって進んでくるのが見えた。いや、正しくは帰ってきているのが。



 俺は思わず立ち上がって、目を細めた。





「おいイチジク。あれ、うちの部隊じゃないか?」




「……はい、そうですね」





「今日は帰ってくるのやけに早くない?」





「……はい」





「まさか、もう倒しきったとか?」





「マスター、現実を見てください。彼ら、どう見ても喜んでいないですよ」





「だ、だよなぁ……」






 その時、遠くから一人、早馬が到着した。正しくは、空を飛んできたフェデルタだ。






「主人殿!!」






 彼女は、俺の目の前に降り立つ。

 ペガサスのペスが起こす風が俺の前髪を上げる。






「フェデルタ、どうした? 何で撤退してるんだ」




「うちの偵察隊が魔族の主力部隊を確認したのだ。これ以上は無駄な死になると踏んでの撤退だ」




 主力部隊!?





「嘘だろ、早すぎないか?」






 こちらの主力部隊はまだ到着していないというのに。




 彼女はペスから飛び降りて、俺の前に立つ。






「あぁ、予想より大分早い。敵に出来る指揮官がいるのだろう。主力部隊は一日もしないうちにやって来る」





 すると、フェデルタは俺に考える時間すら与えないように、次の行動を示してきた。





「そこでだ。もう少しでこちらの住人、兵士が撤退してきてここに到着する。そうしたら、そのまま彼らは町の住人たちと合流して逃げる算段なのだが……」






 なるほど、もう逃げるしか方法として残されていないらしい。

 その意見には俺も賛成だから文句は言わない。






「主人殿、主人殿は彼らの、住民の護衛をしてくれないか? 守るのは専売特許だろう?」






「護衛……ね」





「ああ、もちろん護衛は主人殿だけではない。自警団の部下たちも一緒だ。ウサやオットだっている。それに、町から避難するときには、龍帝やシルだっているだろう」






 なるほど、それはたしかに安全性が高そうだ。


 しかし……俺は気になったことを尋ねる。






「今の言い方だと、フェデルタ、お前はどうするんだ?」





 俺がそう尋ねると、フェデルタは自然な笑みを浮かべた。





「私は少しでも時間稼ぎをしようと思う」





 時間稼ぎ……つまりは、一人で残って戦うと言っているのだ。



 

「この作戦を立てたのは私だからか、やはりその責任くらいは取らなければならないだろう」





「なるほどな……」




 フェデルタの言葉を聞いて、確信する。



「はっきり答えろ。今回の味方の主力が到着するまで敵を足止めする作戦は、失敗なんだな?」




 本来なら、今の段階で味方の主力部隊が到着して、魔族軍を蹴散らす予定だったのだ。




 俺のセリフに、彼女は躊躇うことなく頷く。





「ああ、失敗だ。すまない、主人殿」





 頭を下げる。

 それから、三秒ほどで頭を上げると銀色の髪がふわりと揺れた。





「だが安心してくれ、主人たちが逃げる時間くらいは稼ぐつもりだ」




「お前、ほんと、よくできた騎士だな」




「……ふっ、褒めても何も出ないぞ?」




「別に褒めてないぞ?」





 むしろ、バカだと馬鹿にしているのだ。だってそうだろう。こいつは町のため、住人のために命をかけるつもりなのだから。



 俺は、フェデルタの目を見た。綺麗に整ったまつ毛が見える。その下にある硬い決意をした瞳も。






「俺は……最低だと思われるかも知れんが、自分が逃げられるならその作戦でいい。だって結局一番大切なのはこの命だからな」






 嘘偽りない俺の本心。




 フェデルタは失望してしまうかもしれない。しかし、それでも、俺は自分の気持ちを正直に話した。





 改めて尋ねる。





「俺はあいつらを連れて町の住人たちと避難する。いいんだな?」





 フェデルタの奥に見える数百人の人を指さし、次に己の背後へとその指を動かした。





「……ああ、それで良いのだ! 撤退の途中、この国の軍隊に会ったら、さっさと来るように伝えてくれ」






 フェデルタは嫌な顔一つせず、満面の笑みで頷いた。




 


「……ちっ、別にお前が善行をする必要なんかないだろうに」






 彼女に聞こえないように言った。






 すると、俺の背後から声が聞こえた。






「……仕方ありませんね。私もここに残ります」





 その声は、いつものように無機質で、発言の内容の重みと釣り合わないように感じる。





 イチジク……





 その声の主……イチジクはそのまま歩いてフェデルタの横に並んだ。





 それに驚いたのはフェデルタだ。

 彼女はイチジクの方を見ながら目を開く。






「イチジク? 別にお前はいなくても……」




「いい、と? 本当にそれで済むなら私も楽なのですが」





 イチジクはやれやれと言ったように、横目でフェデルタの方を見た。





 イチジクもフェデルタと一緒に足止めをするようだ。正直意外だ。イチジクはそこまでこの町に対して愛着などもっていないと思っていたからだ。イチジクは俺と一緒に逃げるものだと思い込んでいたが……





 イチジクも漏れなくバカだったらしい。



 

 俺はイチジクの方を見る。






「……お前も残るか、分かった。俺は、行くからな」





「はい」

「ああ、あとは頼んだ」






 イチジクとフェデルタの声が重なる。






 俺はもう彼女らを見るのをやめた。目線をすぐそこまできた数百人の味方の軍勢へと向ける。





 あいつらを連れて、町の住人と合流、そのまま撤退……うむ、我らしい楽な選択じゃないか。






「じゃあな、死ぬなよ」





 それに二人からの返事は返ってこない。



 まぁ、死ぬのだろう。



 コダマと同じように……






 そして一時間もしないうちに。






 そのまま俺はこの戦場を離れるのだった。

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