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祭りの翌日にて


 祭りの次の日というのは、町全体になんとも言えない虚無感が漂う。



 この町、ペイジブルも例外ではなかった。



 領主である俺はそんな自分の町を歩いていた。目的地は警備隊の駐屯地だ。




 俺は、肩がぶつかるんじゃないかというくらいピッタリと真横に張り付く女性を横目に見る。





「おいイチジク、なんで今日はそんな近いんだ?」





 俺が尋ねると、イチジクは特に表情を変えることもなく、淡々と告げる。





「いえ、【防御力貫通】なんてマスター特効な武器があったので……」





「いや、あれは勇者が持ってる剣のみのスキルだって」





 別に勇者は敵でもないし、あいつが武器を奪われるなんてこと天地がひっくり返ってもあり得ないだろう。


 ちなみに、勇者は今朝この町を発った。一度、王都であるイーストシティに戻り、そのあと冒険に出るらしい。

 もちろん神官と魔術師もそれに付き添って帰っていった。


 昨日の一件から、神官と魔術師は俺と口も効かなくなった。俺が穏やかに喋りかけても、あいつらは勇者の後ろにすぐ隠れてしまった。





 イチジクは、それでも続ける。






「それに、落ち込んでいるかと……」





「落ち込んでない」






 イチジクとなんだかんだ話をして、いつもの距離間に戻した俺は、駐屯地に向かう理由をイチジクと確認する。






「昨日のゾンビ共のせいでやられた警備隊、何人だって?」




「フェデルタによると軽症者四人、重傷者五人……そして、死者が一人とのことです」




「……死んだのはあいつだけだったのか」





 昨日のゾンビ共の一件。ステージにてゾンビと戦った警備隊のメンバーのうち死んだのはたった一人だった。


 ちなみに死傷者はイチジクが言ったので全てだ。不幸中の幸いか、観客から怪我人は出ていない。





 この町で戦闘に当たって死者が出たのは、カオスの件依頼だ。正直、あのときの戦いに比べれば被害は大したことないが……






「コダマ、あんなあっけなく死ぬのか」






 この町で最初に出会った住人。






「本当に死ぬ時って、フラグも何もないんだな」




「……それが、死です」




「最後の言葉、なんだったか思い出せもしない」




「……はい」




「コダマの夫には何て言い訳すればいい?」




「……。」






 物語やフィクションなら、もっと死ぬ前にそれなりにフラグを立てたり、主人公が見ているところで盛大に死ぬはずなのだ。こんな俺の知らないところであっけなく死ぬことなんて、許されてはいけない。



 それに、あの程度のゾンビ相手に……






 それから一言も話すことなく、俺とイチジクは駐屯地に着いた。





 駐屯地はまさしくお通やムードだった。




 俯いて座り込む男や、どこを見ているのか分からない、ぼーっとしている青年。泣き腫らした目をした女の子に、今もなお泣いているおっさん。




 コダマは警備隊の副隊長だったのだ。




 それに、獣人達のかわいいリーダーでもあった。



 いかに皆に慕われていたかがよく分かる。





 駐屯地に着いた俺に気づいたのか、一人の男と一人の女がやってきた。






 男が口を開く。




「領主様、わざわざ来てくれたんですね」




 コダマの夫だ。今一番会いたくない奴でもある。





「おう……お前、大丈夫なのか?」




「大丈夫かと言われれば、正直大丈夫ではありません」





 彼は頭かきながら苦笑いを浮かべる。



 まぁ、その通りだろう。これは俺の質問が悪かった。





「いや、そうだな。すまん」




「ははっ、まぁ、戦いで命を落とすのは仕方ないです。それを承知でコダマ副隊長……いや、コダマちゃんも戦ってましたから」





 俺が何も言えずに黙っていると、コダマの夫はさらに続ける。





「領主の子だったコダマちゃんと孤児院出身の僕とこっちのウサちゃん……幼馴染なんです」




 彼は彼と一緒に来たもう一人の獣人、ウサの方をチラリと見る。



 ウサ、彼女はウサギの獣人だった。顔も体も十代前半の女の子なのだが、頭からはウサギらしい耳が二本生えていた。





「コダマちゃん、お嬢様なのにこんな僕たちとも仲良くしてくれて……本当、いい子だったんです」





 コダマとその夫、それからウサが仲良しなのはよく知っていた。それに、最近はヨシミもよく一緒に絡んでいたことも。





「コダマちゃんの親父さんが死んで悲しかった時も、前の領主が酷くて反乱軍を作った時も……俺たちはいつも一緒だったんです」





 次第にそうこぼす彼の目から涙が溢れてくる。





「領主様、貴方が来てからコダマちゃんはすごく毎日が楽しそうでした。この町がよくなっていくことは、彼女のもっとも望むことでしたから」





 隣のウサが、同じように涙を流しながら口を開く。





「最期に町を守るために死ねて、彼女も本望だったと思うのですが……」





 こんな話を聞いていると、本当にコダマが死んだのだと実感が湧いてくる。




「領主様に想いを告げられなかったのは、彼女の心残りだったかもしれないのですが」


 

 


「……? なんだ、俺への思いってのは」





 純粋に俺が尋ねると、ウサは少し目を開いて、俺の目を見てきた。





「流石に気づいていると思っていたのですが……」






「なんだ? あいつ、俺のこと好きだったのか?」






 冗談まじまりに問いかける。

 コダマには夫がいるのだ、まさか俺のことが好きだなんてことはないだろう。





 すると、その例の夫が鼻をこすりながら笑う。





「ははっ、気付かれてなかったとは、コダマちゃんも災難ですね。領主様、彼女の宝物、何か知ってますか?」




「宝物?」




「はい、宝物です」





 コダマの宝物なんて知るわけがない。





「分からないって顔してますね。彼女の着てた服、領主様がプレゼントしたものですよね?」




「……? あぁ、そうだが。まさか、それが?」




「はい。それです。彼女、好きだったんですよ、領主様のこと」





 コダマが好き? 俺のことを?



 さっきの冗談が肯定されて戸惑う。




 まさか、不倫でもするつもりだったのだろうか?




「いや、でもコダマには夫であるお前が……」





「「「……?」」」





 俺のしごく当然な意見に、皆が沈黙する。

 ウサとコダマの夫が目を合わせてパチクリする。

 困った俺は、イチジクの方を見るが、イチジクは表情一つ変えずに黙っていた。





「……ぷぷっ……はっはっはっ!!!」





 沈黙を破るコダマ夫の笑い声。





「な、なんだよ」




 困惑気味に俺が尋ねると、彼は笑いながら人差し指で己の涙を拭いた。





「……はぁ、はぁ、いや、そりゃ、そんな勘違いしてたら……無理ですよね! ははっ、コダマちゃんらしくて面白いです」




 どう言うことだ? と俺はウサの方を見る。





「いえ、領主様。彼はコダマの『夫』ではないのですが。名前が『オット』というのですが」





 ……え。





「な、なら、コダマは独身……!? それに、俺のことが……」





 ここにきて、勘違いしていたことに気づく。




 まじか……




 って、イチジクのやつ、絶対気付いてただろ。




 俺は、横目にイチジクの方を向く。




 イチジクは目を逸らし、そっぽを向く。






 すると、そんな様子を見ていたコダマの幼馴染達が笑い出した。





「改めて、よろしくお願いします、領主様。僕は新たに『ペイジブル警備隊副隊長』に任命された、オットです」




 そう言って手をこちらに差し出してきた。





「え、あ、あぁ、よろしくなオット」




 

 何が何だかわからないが、手を差し出し、がっちりと握手を交わす。

 




「僕たちは、もう、これ以上コダマちゃんの死を悲しみません! コダマちゃんも僕たちがこうして笑ってくれてることを望んでると思いますし」





「私も同意見なのですが」






 ウサが俺とオットの握った手の上から手を重ねる。





 すると、オットの俺を握る手が急に強くなった。

 オットはいつになく低いドスの効いた声を出す。





「でも……でも、あのゾンビたちだけは許せません。何がなんでも、あいつらは殺します。それも惨たらしく。コダマちゃんにしたみたいに、手足を固定して、首の筋を噛みちぎって、耳を引き裂いて、血溜まりの上に沈めます」


  



 ……ゴクリ。






 俺は気がつけば唾を飲み込んでいた。喉仏のあたりが動く。





 オットの顔は普段の優男な顔から般若のような形相へと変貌を遂げていた。





「……ああ。そうだな」





 オットの怒りは、俺の想像の百倍は強かったようだ。小さな頃から苦楽をともにしてきた幼馴染が殺されたのだ。こうなるのも当たり前だろう。





 そのあとすぐ手を解いた俺は、まだジンジンと痛む右手をさする。





「オット、コダマのところに連れて行ってくれ」






 もう死んでしまったコダマの遺体。それは、まだこの駐屯地にあった。今日いっぱいは町の人たちとコダマがお別れの挨拶ができるように、ここにひとまず安置されているのだ。

 明日には墓に埋められる。






 いつもの穏やかな顔に戻ったオットは、もちろんですと俺とイチジクを連れてテントへと誘った。






 テントに入った俺の前には、横たわるコダマと、それを取り囲む数人の人がいた。落ち込んだ顔をしたものの中にはよく見知った連中もいた。    

 コダマを取り囲むように座るメンツは、フェデルタと龍帝……そしてヨシミだ。





 その取り囲む人のうち一人が顔を上げる。


 俺と目が合う。





「主人殿、来たのか」




 フェデルタだ。彼女は小さな声でそう言いながら一人分奥に詰めた。




「ああ」





 一人分空いた空間に俺は座る。





「……。」





 何も言えない俺は、黙ってコダマの様子を見る。




 彼女は本当に綺麗だった。眠っているだけと言われれば問題なく信じる自信がある。





 ただ、クビには包帯を巻き、耳を覆うように頭に布を巻いていた。



 

 コダマの着る服は、以前俺があげたレザージャケットだった。それは血だらけだったが、わざわざ着替えさせないのは、オットのいう通りこの服が彼女の宝物だからだったのかもしれない。





 ふと顔を上げると、ヨシミがコダマの手を優しく握ったまま、俯いていた。




 その表情は見えないが、コダマはヨシミの一番の友達だった。悲しんでいるのは見るより明らかだ。





 数分間誰も何も言わない時間が続き、テントの外の鳥たちの声のみがテントの中に響く。





 すると、テントの入り口が開いた。外から光がコダマと俯くヨシミを照らす。






「おう、お前らまだしけたツラしとったんか」






 リューが恐らく酒の入った瓢箪を片手に入ってくる。

 彼はヨシミの隣にドカッと腰を下ろすと、悠長に酒を飲み始めた。




 コダマの頭のあたりに座ってあた龍帝は、それを見てまゆをしかめる。




「リュー、場を弁えるのじゃ」




 龍帝の言うことはもっともだと思う。しかし、リューはさも当然とばかりに瓢箪を口元でまた傾ける。




「……ック。お前ら、コダマがそんな顔してるのを望んどると思うか?」





 リューは口元を拭いながらコダマの方を見る。





 沈黙……。





 誰もが言葉を探すように、そしてそれが出てこないように、口を開かない。






「コダマのためにも笑っ……」




「リューは!!」




 

 畳みかけようとしたリューをヨシミが止める。






「リューは、悲しくないのか!!?」






 ヨシミは立ち上がり、リューを見下す。初めて表情が分かったが、泣いているらしかった。目を真っ赤にして、頬に水玉が滴る。






「悔しくないのか!? コダマが殺されたんだぞ? もう二度と起き上がらないんだぞ? もう二度と……話せないんだぞ? もう、二度と……」





 そこで限界が来たのか、ヨシミは泣きじゃくり始めた。彼の涙は留まることを知らずに滝のように流れる。





 それを止めたのは、龍帝だった。



 龍帝は座ったままヨシミを見上げる。





「ヨシミ……リューを責めるでない。責められるべきなのは妾じゃ」





 コダマの死因。もちろんその直接的な原因はゾンビなのだが、聞くところによると防御力皆無の龍帝を守ろうとしてコダマは犠牲になったらしいのだ。




 俺の【巨大壁】に守られていた時は大丈夫だったのだが、神聖魔術を放つためにそこから出たときにやられたそうだ。





 リューはそれを知った上で誰も責めない。





「あんな、コダマはずっとこの町の発展と安寧を目指しとったねん。それで、コダマはその活躍のおかげでゾンビどもを倒して、町の平和を守った。コダマ、満足しとるやろ?」





 さっきオット達から聞いたセリフと重なる。




 すると、ヨシミは怒りをぶつけるようにリューに言いよる。





「お前にコダマの何が分かるっ!! 結局リューはどうでもいいんだろ? コダマのことなんて!」





「おい、だから責めるなら妾を……」






 龍帝が間に入ろうと立ち上がった時、リューが小さく、しかしはっきりと声を出した。






「どうでもいい……?」





 リューはキッときつい目でヨシミの目を見る。





「お前、ほんまにそう思うか?」





 バキッ……バキバキ……





 リューの持つ瓢箪が割れて、中から透明な液体が漏れ出す。テントの中を酒の匂いが充満した。

 彼がそのまま立ち上がると、自然とヨシミを見下ろす形になる。





「許せるわけないやろ? あのゾンビ共……」





 リューの目は本気だ。本気であのゾンビたちのことを憎んでいるようだ。この目は先程のオットとよく似ていた。






「コダマはな、肉体だけかもしれんけど、俺の娘みたいなもんやねん。正直、最近は本気でそんな風に思っとったわ」





 ヨシミはリューの怒りがしっかりと分かってしまったからか、黙って彼のことを見上げる。





「それが、こんなあっけなく殺されて……」





 

 リューはそこまで言うと、顔を伏せてしまった。座っている俺からはその表情がよく見える。彼は歯をグッと噛み締め、眉を中央に寄せていた。





 さて、この場をどうしたものか……




 

 そんな俺の意を汲んでか、このピリピリした空間をうまくまとめたのはイチジクだった。





 パンッという手のひら同士を叩いた音がして、その音の元であるイチジクを皆が見る。






「喧嘩することが最も彼女を傷つけているとは思いませんか? 憎むべきは龍帝でもリューでもありません。例の二人組です」





 至極もっともな意見に誰も反論しない。






「昨日のイベントでこの町の安全性を信用して、ここに移住しようとする人もいるのです。これは間違いなく彼女の活躍のおかげです。今はそれを喜ぶべきではありませんか?」






 ヨシミは、涙をゴシゴシと拭くと、無理矢理リューに笑いかける。






「はっ! 我の親友の父を名乗るなら、酒をやめるのだな」




「うるせぇ、言われんくても前々からコダマに言われて控えとるわ」





 コダマとリューの笑顔はあからさまに不自然だが、今はこれも仕方ないだろう。





「龍帝も、もう落ち込まないでください。コダマも、彼らも望んでいません」





 イチジクの言う彼らとは、テントの入り口付近で黙って様子を見ていたオットとウサのことだろう。




 

 案の定、二人は首を縦に振っていた。





「……ふむ、分かったのじゃ」





 コダマの死は大きな影響をこの町に与えた。





 その証拠に、次の日のコダマの葬式には町のほぼ全員が訪れた。





 皆涙を浮かべて、しかし無理矢理作った笑顔でひとりの少女、コダマを送り出した。




 それからというもの、コダマの墓には毎日のように人々が押し寄せたことは言うまでもない。



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