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祭り当日にて⑤

俺とヨシミが完全敗北した数分後。

 勇者対イチジク、リューの戦いがまさに始まろうとしていた。




 この後起こるであろう戦いを見守ろうと、観客たちは目を爛々と開いてステージを見つめる。



 誰もが信じていた。


 新たな戦いが始まると。


 誰もが感じていた。


 熱い戦いの予感を。






 ……しかし。







 しかし、流れは大きく変わることになる。




 空から飛んできた何かによって。




 この場にいる皆の視線がステージの上に集まる中、それは誰の目にも入ってなかった『空』から降ってきたのだ。



 

 人間の形をしたものだった。




 まず気づいたのは勇者だった。




 勇者が、突然空を見上げたのだ。




 すると次の瞬間、人の形をした何かがステージの上に降ってきて……






 そのまま潰れて破裂した。






 今は血と肉塊が、ステージの勇者とイチジクたちの間にべっとりとついている状況だ。





 あまりにも予想外すぎる出来事に、誰かが悲鳴をあげることもなく、場が不気味なほどに静かになった。






「な、なんだ……あれ」





 まず頭をよぎったのが、飛び降り自殺だった。しかし、それはすぐに自分の脳内で否定される。なにせ、この闘技場の天井は吹き抜けになっている。落ちるにしても、落ちるための高台がないのだ。





 何か分からない。分からないが、とにかく今わかるのはステージ上に散らばった肉片があることだけだ。






 その時だ。勇者が剣を空高くに掲げた。





「みなさん、そのまま騒がずに!! 騒いでも何も起こりません。大丈夫、何かあってもここには僕がいますから!」





 流石はこの世界の光だ。こんな訳の分からない状況でも、一人落ち着いて最善手を打ってくる。





 俺は、この非常時にそのダルい体を起き上がらせ、ヨシミの横に座った。





「おいヨシミ、何だ……あれ」





 ヨシミは、ステージの方を見たまま、口を開く。





「わ、我には死体……いや、すでに肉片……に見えるぞ」





 やはり、俺の目がおかしいわけではないらしい。





「何で空から人が降ってくるんだ?」




 俺が尋ねたその時だ。





「どうも、こんにち……わっ!」





 そんな愉快な声が聞こえてきたのは。


 その声は、紛れもなく先程の肉片の近くから聞こえてくる。


 しかし、イチジクやリュー、勇者のものではない。


 若干ハスキーな、大人の男の声。




「いやはや、このような見苦しい登場の仕方で、すみませんっ」





 その言葉と同時に、肉片のあたりが光だした。





「おいおい……嘘だろ」





 肉片が光り出したと思ったら、肉片がそれぞれ形を作り始めた。それはまるで生きているかのように、各々意思をもったかのように動き出したのだ。





 千切れた腕の肉片からは、体、顔、足と順に肉体が生成されている。

 足の指のような肉片からも、脚、尻、背中、胸部、腕、顔……と植物の成長を高速で見ているように、ブヨブヨグジュグジュと人間の体が形成されていく。







「肉片が人の体に……? それも、複数」






 飛び散った肉片だったものは、そのカケラから体が生まれ、人間として復活していた。

 肉片一つ一つから人間が生まれるため、その数は十人ほどの人の形をした何かがステージ上に立っていた。





 遠目で見ただけではあったが、彼らは平等に同じ背丈、顔であった。






「あれは人間……いや、『ゾンビ』か?」





 人の体を取り戻した肉片たちは、どう見ても正真正銘の真人間ではなかった。

 彼らは傷のつき方は違うものの、一様に血が流れ、ケガだらけだった。眼球を垂れ流したものや、体の半分以上皮膚がなく肉が剥き出しのもの、腕が壊死したものなどがいる。






 彼らは声を揃えて言う。






「「「どうも。この試合、ワタクシも混ぜていただけますかなっ」」」






 そのあまりに異様な光景に、観客から悲鳴が聞こえる。それに、逃げ惑う人々も。






「ちっ、何か分からんが、とにかく客を避難そせてくれ」





 俺は、真横にいるヨシミに向かって頼む。勇者にやられたせいでまだ血が足りていなく、俺自身が動くのは無理だと判断したのだ。






「りょ、了解したのだ!」





 流石のヨシミでも緊急事態と分かっているのだろう。すぐさま立ち上がると、警備隊の詰所にまで走っていった。







「ここまでうまくいってるんだ。あんな訳のわからんゾンビにめちゃくちゃにされてたまるか」






 ここで観客にこの町は危険だと思われるのはまずい。全てが台無しになってしまう。

 

 俺は領主としてこの状況で被害者ゼロを目指すほかないだろう。そうすれば、逆にこの町のセキュリティを認めてもらうことにつながるからだ。






「にしても、何なんだあのゾンビは」






 元肉片であった彼……いや、彼らは揃って勇者の方を見ている。






「「「あなたが勇者で間違いございません……ねっ」」」





 それに、勇者は剣を片手に持ったまま落ち着いた様子で告げる。






「ああ、そうだよ。僕が勇者ユウキだ」





 ゾンビは皆で首を上下に振った。





「「「そうですかそうですか。それは、行幸」」」






 現状何もできない俺は、黙ってステージの様子を見る。歓喜席の方からは警備隊の避難を誘導する声が聞こえてくる。

 




 ゾンビの近くにいたイチジクが尋ねる。






「貴方……いえ、貴方たちは一体なんなのですか?」





 それは、この場にいる全ての人が思ったことだろう。





 俺は騒動の中で聞き漏らさないように、耳を澄ませる。





「「「ワタクシですかっ? ワタクシは見ての通り、『最弱の魔物』である歩く屍……『ゾンビ』っ」」」






 やはりゾンビで間違いないらしい。

 すると、次にゾンビに質問したのはリューだ。リューは、腕を組んでじっとゾンビを睨む。







「いや、それはダウトやで」





「「「ダウト……嘘っですかっ?」」」





「ああ、大嘘や。ゾンビっていうのはな、お前の言うように『最弱の魔物』や。魔物ってのはな、知性を持たへん……ようは、こんなふうに会話なんてできる訳ないねん」

 





 言われてみればそうだ。魔物は知性を持たない簡単に言えば凶暴な動物のようなものだ。動物が喋るだろうか? いや、喋らない。


 



「それにや……」





 リューは続ける。





「ただのゾンビが肉片になって、復活するわけがないやろ」





 最弱の魔物……それがゾンビらしい。そんなゾンビがこんな脅威的な復活能力を持っているなら、それこそ最弱が聞いて呆れる。





 すると、自称ゾンビたちは笑い出した。





「「「カッカッカッカッ!! 確かにそうですねっ! しかし、これ以上無駄話をしているとワタクシ、上司に怒られてしまいますのでっ!」」」





「上司って……」


 




 リューがさらに質問をしようとした時、空からまた何かが降ってきた。






 今度は落下してきたと言うよりは、ゆっくり降りてきたという表現の方が正しいだろう。






 それは、ゾンビたちと同じ位置にやって来た。







「はぁ……もう、貴方まだ働いてなかったのですか? さっさと働きなさい」







 それは、背中に大きな翼を生やし、頭にはニ本のツノを備えていた。

 翼はコウモリの羽のような薄い膜状の形をしていて、ツノは頭のこめかみのあたりからにょきりと生えている。




 しかし、体はどう見ても人間であった。それも、なかなかナイスバディなお姉さんだ。




 真っ黒なドレスのような服を着ていた。






「あれは、どう見てもドラゴンの成分入ってるよな」





 あの翼とツノは間違いなくこの世界ならではの生物ドラゴンのものだ。体は人間だから、龍帝みたいなものだろうか?

 龍帝も多少龍の血が入ったエルフだ。まぁ、彼女に翼は生えていないが。






「「「カッカッカッカッ! 申し訳ないっ! 彼らが質問してくるものですからっ」」」






 ゾンビは揃って女の方を向く。周りに勇者とイチジク、リューという強豪が揃っているのに、なぜあんなに余裕そうなのか。






「もう、別に彼らの話は聞かなくていんです。はぁ、では私が勇者をやりますから、あとは任せましたよ」





 彼女は、ちょっと仕事の業務をこなすような感じで、軽々しく言ってのける。

 


 すると、同時に彼女のしなやかな手はその形を大きく変える。

 大人の男の腕を三本分はありそうな太さ。黒い鱗が綺麗に並び、その先には尖ったツメが見える。






 それを見て最初に攻撃を仕掛けたのはリューだった。彼は一瞬でドラゴン女のもとまで辿り着くと、その拳を振り上げ、おろした。






 ガンッと言う鈍い音を立てて、リューの拳が盾になるために走ってきた『ゾンビ』の一体に衝突した。





「ゴギュェ!!」






 そんな声と共にゾンビは首から上が吹き飛び、血を噴き出しながら体が倒れ込んだ。





 殴られていないゾンビのうちの一体がリューにむかって指をさす。






「おやおや、ダメですよっ! 貴方の相手はワタクシたちがしますからっ!」






 ゾンビは一気にリューへと飛びかかりだした。よく見れば、吹き飛ばされた頭も体を生やし、また一体のゾンビとして復活している。





「ちっ、弱いくせに鬱陶しいやつやな」





 リューが拳を振るうたびにそのゾンビは死ぬ……が、同時に数を増やしてさらにリューへと襲いかかる。


 



 あのゾンビ、不死身か……?






 イチジクは、その状況を冷静に分析する。




「リュー、試せることを試してください。潰す。斬る。爆散。燃やす。千切る。他にも復活できない弱点はないか探して下さい」




 そう言いながらイチジクはお得意のビームを二十体を超えるゾンビに放った。





「……燃やす。は無理みたいでしたので、除外しておいてください」





 ゾンビを見れば、溶けた場所からまた肉体を作り上げていた。






 ゾンビたちから勇者とドラゴン女の方へと目をやる。彼らはまだ戦わず、人間らしく会話をしていた。





「君たち、何が目的なんだい?」



「貴方を殺すことです」



「それはなぜ……と聞いたら答えてくれるのかな?」



「なぜって……貴方が邪魔だからですよ」





 女はドラゴンの手を後ろに思いっきり引き、そのまま勇者へと突き出した。



 勇者は、その身軽さで軽く避ける。



 行くあてのなくなったドラゴンの手が地面と衝突し、硬い地面を粘土のように抉る。





「邪魔って……ひどい言われようだ」




「ちっ、なかなかすばしっこいですね」





 女は右左右左と、勇者にその爪を突きつける……が、流石は勇者だ。それをものともせずに完全に避けきる。




 それでも、終わることなく続くドラゴン女の猛攻。




 すると、一切攻撃することなく避けていた勇者が、息切れ一つすることもなく呟く。






「女性を傷つけるのは気が引けるけど、仕方ない、よね」





 次の瞬間、勇者は余裕を持って、例の【防御力貫通】をもつ剣をドラゴン女へと振るう。

 




 しかし、ブンッと大きく細い音がして、その攻撃はかわされる。





「その武器、危ないらしいですね」





 ドラゴン女も勇者のもつ武器の危険度は知っているらしい。いくらドラゴン女の鱗が固かったとしても、それすら無効化されるのだから避けるのは当たり前だ。





「おや、よくご存知で」





 勇者はそれでも余裕そうに、縦、横、斜めと容赦なくドラゴン女へと攻撃を繰り出す。




 その攻撃は目視でもほぼ追えない。ハエが超高速で移動しているのを想像して欲しい。あんな感じだ、たまに残像が見える程度だ。




 

 それをあのドラゴン女は避けきってるのか……




 ドラゴン女もとんでもない強さなのだろうということが伺える。それこそ俺なんかと戦えば瞬殺できるのだろう。





 しかし……




 


「流石勇者、一方的だな」





 気がついたら俺は口を開いていた。素人目の俺にでも分かった。勇者とドラゴン女、どちらが強いのかが。





 勇者だ。





 最初彼が攻撃をかわしていたのは、様子見だったのだろうか。今は勇者が敵に攻撃する暇を与えさせず、剣を振るっている。



 今のところドラゴン女も避けているが、このままならジリ貧で負けるだろう。



 実際、ドラゴン女は額に汗を浮かべ、先ほどまでのできる大人という印象は薄れていた。






「こんな強いなんて、聞いてない、ですね」





「ははっ、そりゃどうも」





 次の瞬間、カンッと高い音がして、ドラゴン女の爪の一本が剣によって弾き飛ばされた。





 爪がグルグルと弧を描き、地面に落ちる。





 ビュンッ




 ドラゴン女が一気に後退し、勇者とドラゴン女の間に空間ができた。





 ドラゴン女は、己の爪をみてため息を一つ吐く。





「はぁ……今世代の勇者はとんでもない化け物みたいですね」





 彼女は、気が付けば数多いるゾンビの方を向いて、軽く告げる。






「これは予定外です。私は一旦引きますが……貴方はまぁ、ある程度仕事をしてください」




 ドラゴン女はそれだけ言うと、すぐに翼を大きく広げて、空へと舞い上がった。




「「「カッカッカッ! 承知しましたっ! ワタクシ、頑張りますっ」」」




 ゾンビたちは置いていかれることに特に文句を言うこともなく、ドラゴン女を見上げる。




「勇者、いつか貴方の首を取らせてもらいます。では」




 それだけ言い残してドラゴン女は去っていく。




 ここであの女が退いてくれたことは大きい。遠距離攻撃を持つイチジクも、大人しく彼女が去っていくことを認めている。

 ここで変に挑発して、それに乗られた方が面倒になると分かっているのだ。





「とにかく今はゾンビ、だよな」





 リューとイチジクが力を合わせて戦っている間に、ゾンビの数は五十体ほどに膨れ上がっていた。


 


 みんなステージの上でリューとイチジクに挑んでいたのだ。彼らは挑むたびに悉くやられ、そのたびに復活して数を増やしていた。






 彼らは笑う。







「「「カッカッカッカッ! さて、では参りましょうかっ」」」






「おい勇者、気をつけろよ! こいつら一体一体はそこらのゾンビと変わらん。めちゃくちゃ弱い。けど……」






 忠告するリューに被せるように、先程までドラゴン女と戦っていた勇者は言葉を挟む。





「無限に復活……いや、増殖する、みたいだね」





 勇者は、剣の先をゾンビの方に向ける。



 剣が太陽の光を浴びてキラリと光る。





 ふと客席の方を見ると、もう誰もいないことに気がついた。警備隊の連中がうまく避難させてくれたのだろう。




 警備隊の何人かが、ステージに上がり、ゾンビが町に出ないように迎撃する。





 このまま勇者があのゾンビ共をどうにかしてくれるのだろうか。



 いや、どうにかしてもらわないと困る。




 この場でどうにかできるとしたら、勇者しか……




 「いや、一人だけどうにかできそうなやつがいるな」






 俺はゾンビが蠢くステージから、その外の方へと目をやる。





 いた。





 肌を大きく露出した魔術師の隣。メイスを片手に、行く末を見守っている。


 彼女たちも俺同様、試合のせいでまともに動けないのだろう。彼女たちは外傷はないものの、俺のせいで魔力を使い切ってしまっている。





「だが、神官……あいつなら、神聖な力とかで何とかできるはずだ」






 対アンデッドといえば、やはり神官による浄化だろう。俺のファンタジーの知識ではそれでまるっと解決するはずなのだ。





 問題は、あいつに魔力が残ってないことと、伝えにいくための俺の足が動かないことだろう。

 今もステージの上では襲いくるゾンビたちを三人と警備隊数人が迎撃している。

 唯一の救いは、ゾンビの狙いが勇者であり、俺の方にはやってこないことだ。






 その時だ。椅子に座ってどうするか考える俺の後ろから、声がした。






「領主よ、これは一体どういうことなのじゃ?」



「領主様、大丈夫なの!?」






 龍帝だ。そばにはゾンビを見て目を見開くコダマが一緒にいる。






「龍帝にコダマ、ナイスタイミング」



「う、うむ。妾は避難してきた客を見て来ただけなのじゃが……」





 俺は龍帝の顔をじっと見て、一つお願いをする。現状を打破するための俺の一手だ。





「龍帝、お前神官が使う系統の魔術、使えないか?」




「うむ、無理じゃ」





 ふむ……しかし、これは想定内だ。




 なら、と俺は神官の方を指さす。




「あそこに神官……いるだろ? あいつに魔力を分けることは?」





「それは、可能じゃ」






 それを聞いた俺は、間髪入れずに頼む。





「コダマは、龍帝の護衛、任せるぞ」






 龍帝のステータスは全てが魔力に集中している。それこそ、防御力などはゼロだ。いくらゾンビが最弱の魔物といえども、龍帝にとってみれば、その攻撃一つが命の危機に値する。





「任せるの! 領主様!!」





 コダマはその小さな胸に手をドンッと当てて、自信満々に言ってのける。





「コダマ、お前本当に可愛いやつだな」




「え!? か、可愛いって……」




「あ、いや、すまん、早く行ってくれ」






 ふと出てしまった言葉を無かったことにするように行けと促す。それを最後に龍帝とシルは神官たちの方に行ってしまった。





 結果、俺は一人でステージの終わらない戦闘の様子を見ることになる。






 勇者たちも無闇に攻撃するのは相手の数を増やすだけだと理解しているのか、できる限り攻撃を与えることは避けて、ひたすらに攻撃をかわしていた。






 そのうち、ゾンビたちは龍帝の動きに気づいたらしい。神官の近くに大きな魔力の動きがあったからだろうか。





 ゾンビのうち数体が龍帝、神官のもとへと向かう。





「あぁ、もう。これ以上俺を働かせるなよ」





 仕方ないと、俺はスキル【巨大壁】を発動し、龍帝達の前に透明な壁を出現させた。





 巨大壁を通して衝撃が伝わってくる。





 今は塞がっているといっても、穴を開けられた腹が疼く。血が足りなく、視界がぼやける。






 その時だ。勇者が斬ったゾンビの肉片が俺の目の前まで飛んできた。






「くそっ、勇者のやつ……」






 勇者にも悪気はなかったのだろうが、肉片をこちらに飛ばされるのは最悪だ。





 肉片はグジュグジュと人の体を作り始める。




 今は巨大壁の維持に全神経を使っていて、目の前の肉片をどうすることもできない。




 いよいよ完璧な人の……いや、ゾンビの体を作り出す。





 ゾンビと目があった。






「おやっ? こんなところに人がっ」





「ちっ、最悪だ」





 【巨大壁】を解除すれば目の前の敵一人くらい退けることは出来るだろう。しかし、もし解除すれば龍帝たちがゾンビにやられてしまう。



 そうなれば、唯一こいつらを倒せそうな方法すら行えなくなってしまう。




 ゾンビはベンチに座る俺の目の前で、突っ立ったまま、首を傾げる。




「貴方……なるほど、あの壁は貴方ですかっ」




「壁? なんのことだか……」





 こいつの言う壁が巨大壁のことを指すということは分かっていた。しかし、それを認めるような馬鹿なことはしない。





 しかし、ゾンビにとってみればそんなこと関係はないらしい。





「まぁ、どのみち抵抗は出来ないようですしっ。やらせてもらいますっ」





 そんな言葉とともに、白目ギョロリと開き、口を大きく開けて飛びかかって来た。





 俺は現実から目を背けるように目をぎゅっと閉じた。そのまま顔を伏せ、衝撃に備える……が、





 一向に攻撃はこない。





 それに、何者かの気配を目の前から感じる。





 俺は恐る恐る目を開き、顔を上げる。





 すると、そこには真っ黒な忍者服を着た男が立っていた。






「…………!!」






 静かな言葉。リンだ。リンは毎度の如くどこからともなく現れて俺を助けてくれたようだ。





「リン、お前本当いっつもどこに潜んでるんだよ」





 俺のプライバシーが心配ではあるが、とにかく助かった。





 何も出来ない俺は、ただただ行く末を見守る。






 ゾンビの攻撃を防いだリンが、ゾンビを無理やり離れさす。リンはゾンビの特性をもう分かっていたのか、ゾンビを斬ることはせず、打撃による攻撃に切り替えていた。






 ゾンビは殴られたことに痛みを覚えた様子もなく、平然と立ってこちらを見てくる。



 片手を顎にあて、何やら考えているようだ。





「ふむ……なるほどっ!」





 リンが拳を前に突き出し、ゾンビに牽制をする。その表情は後ろ姿からは読み取れない。





 ゾンビは一人で続ける。





「つまり……貴方もというわけですかっ」





 貴方とは、リンに向けて言ったのか、俺に向けて言ったのか。そもそも、何を納得しているのか……





 いちいちゾンビの言葉など理解する必要もなちだろう。






 ゾンビはそのままもう一度攻撃を仕掛けることもなく、一歩後ろに下がった。







「後ろの御仁っ! 貴方のお名前を頂戴してもよろしいかなっ」





 後ろの御仁……俺のことだろう。





「教える代わりに、お前らの目的を教えろ。なぜ勇者を倒そうとしたんだ? 勇者に仲間でもやられたのか?」





 リン越しに、情報の収集に務める。俺の名前など大した情報ではない。ここは、そこから少しでも敵の情報を引き出したかったのだ。





「カッカッカッカッ! いやはや、困りましたなっ! ワタクシ達の目的ですかっ」





 仕方ありませんとして……とゾンビは続ける。彼は、意味深なことを言い始める。






「ワタクシ達がしているのは、あくまで善行ですっ! 決して仇討ちなど低俗なものではありません!」





「……は? 善行?」




 ゾンビは愉快そうに笑う。





「カッカッカッカッ! その通りです。さて、こちらは質問に答えましたよ。貴方の名前はっ?」





 俺はゆっくりと告げる。





「俺はシルドーだ。それで、さっきの……」





 ゾンビの言うことを掘り下げようとするが、そのタイミングでゾンビが大きな声を出す。





「カッカッカッカッ! そろそろ時間のようですねっ」




「なっ!?」





 ゾンビの背後……ステージの上が眩い光に包まれる。 

 見れば、龍帝と神官がいよいよ神聖魔術を放っていた。ステージ上にいたゾンビ達が次々と存在を抹消されていく。






 俺の目の前にいた一体のゾンビは自ら神聖魔術が外走るステージの上へと上がっていく。





「なっ、なんで自分から」





 そして、ステージに上がる直前、顔をこちらに向けて、俺の目を見て来た。






「それではまた会いましょうっ! シルドー様っ」






「おい待て、その前に……」






 俺が止める声など聞いた様子もなく、ゾンビは自ら死地へと足を踏み入れた。






 そのまま浄化されて、ゾンビは綺麗さっぱりこの世から姿を消す。






「また会おうって……もう会いたかねえよ」






 魔術の光が収まる頃には、ステージの上にはリューとイチジク、そして勇者……それと、数人の警備隊が立っていた。ゾンビの肉片一つすら残っていない。


 流石は龍帝の魔力が乗った攻撃だ。






「とりあえず、助かった……」





 俺はひとまず訪れた平和に安堵の息を漏らす。





 こうしてvs勇者ならびに襲撃者の撃退というイベントが終了した。


 勇者との対戦はボロ負け敗退。襲撃はドラゴン女と分裂ゾンビの撃退に成功。



 こんな状況にしては良いようにまとまったのではないか……





 そんなふうに思っていた時、龍帝の声が聞こえた。






 太陽が西に傾き、そろそろ夕方と呼ぶにも差し支えない頃合い。

 龍帝の呟きが観客のいない静かなステージに響く。






「コダマ……?」


   




 声の方に目をやれば、目を大きく開き、何かをじっと見つめる龍帝がいた。


 俺はその何かに目を向ける。






 そこには、真っ赤な血だまりと横たわる小さな獣人、コダマの姿があった。






 その日、この町は一人、貴重な人材を失った。

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