表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

106/143

祭り当日にて④

「勝者は……領主、シルドーだぁあああ!!!!」






「ふっ、余裕で勝ってしまったな」





 勇者パーティーである神官と魔術師を見事に倒した俺は、喜ばしいアナウンスに心を震わせる。





 何とも気分がいい。あの見下していた連中の心をボコボコにできたのだ。これ以上の快楽もないだろう。





 すると、少し遅れて観客の大歓声が巻き起こった。






「おぉ、ついに、ついにこの俺が報われる時が来たぁあ! 崇めろよ、お前たち」





 歓声で観衆には聞こえていないだろうと、ニヤけ顔で言ってやる。






 敗者たちをバックに颯爽とステージから立ち去ろうとした時、何者かがステージに上がってきた。


 勇者だ。



 彼は負けてへたれこむ二人に近づくと、優しく手を差し伸べる。






「二人とも、お疲れ様。よく頑張ったね」






 女子たちは、その手をとり、悔し涙を浮かべながら彼に抱きついた。



 同時に柔らかそうな計四つの果実が勇者へと押しつけられる。




「ユウキさまぁ……申し訳、ございません。勇者の名に傷がついてしまいました」



「……ごめんなさいねぇ」





 颯爽と立ち去ろうとした俺は足を止めて、彼らの方を見る。





 勇者は、二人の頭を撫でながら、励ます。






「傷なんてついてないよ。大丈夫、僕が挽回するからさ」

 


「ほら、謝らなくていいから、涙を拭いて」




 ハンカチを魔術師に差し出す勇者。




 優しさに触れてか、余計に抱きつく女たち。

 




 そして……





 観客席から上がる女性たちの黄色い声。





「キャー、勇者さまぁあ!」



「私も撫でてぇえ!!」



「勇者様素敵よぉ!!」




 会場全体が勇者最高ムードに包まれる。





「……おいおい、勝ったのは俺だぞ!?」





 そんな一人の主張も、数に圧倒されて意味をなさない。




 勝ったのに、女の子たちに持て囃される勇者……もはや、女の子を泣かせた俺は悪役のような空気感だ。





 どれもこれも……






 俺は勇者の目を見る。






「お前のせいなんだな、勇者」





 勇者がいなければ、今頃もてはやされたのは相手を力でねじ伏せた俺だっただろう。




 勇者がいなければ、この黄色い声援も女の子を侍らすのも俺だったんだ。






「おい、ヨシミィイ! 上がってこい!」





 俺は、体を勇者たちの方に向けて、背後のステージ下にいたヨシミに対して大声を出した。





 すると、しばらくして真横でヨシミの声が聞こえた。





「クックックッ、ついに我の出番というわけだな」





 こいつは別に勇者が目の前にいても特に変わらないらしい。

 俺は至極冷静に告げる。






「おいヨシミ。手加減はいらない。奴を潰すぞ」





「潰す? 良いのかナベよ。奴を潰して仕舞えば、この国の希望をたかだか領主が潰すことになるのだぞ?」





 確かに勇者はこの国にとっての希望だ。そんな希望があっけなく領主なんかにやられて仕舞えば大問題だろう。だが、そんなこと知ったことではない。俺は、自分勝手に殴りたいやつをボコボコにするだけだ。






「ああ、問題ない。なんならここであいつを潰せば、ヨシミ、お前が影の勇者的なものになれるかもしれないぞ」




「クックッ、それは何とも興味深い話だな」






 横目にヨシミを見れば、彼は己の顔を抑えて、ニヤケていた。恐らくしょうもない妄想でもしていたのだろう。






「おい勇者様、さっさとやりますよ」






 刀に手をかけ、俺は勇者に向かって宣言する。






 勇者と目が合う。彼は別段怒っているような表情はしていなかった。てっきり、仲間をよくも! とか怒ってくると思っていたから意外だ。





「そうだね、じゃあやろうか……試合を」





 勇者はベッタリとくっつく二人を宥めてステージ外に移動させると、改めて俺の方を見てきた。





「ねぇシルドー、もうステータスダウンの効果は切れてるよね?」




「……? あぁ、切れてるぞ」





 己のステータスに目をやると、さっきの戦いで下がっていたステータスがもとの数値に戻っていた。





「なんだ? せこい考えでもあったのか?」




「いや、そんなことはないよ。ただ、最高のコンディションの君と戦いたかったってだけさ」




「はぁ? よくわからん奴だな」





 とにかく、最終戦の準備は整った。今日一番の見ものにして、大トリ。




『vs勇者』の始まりだ。





 会場にアナウンスが入る。






「さぁ、さぁ、さぁ!!!! いよいよ始まります。本日最大のイベントがぁあ!! 瞬き厳禁! 一分一秒を見逃すな! これから見ることは一生分の思い出になること間違いなし!! 『VS勇者』開幕です!!!!!!」






 割れんばかりの歓声が三百六十度あらゆる方向から聞こえてくる。もはや会場そのものがスピーカーのようだった。






 歓声がある程度収まったタイミングで、選手紹介が始まる。





「さぁ、まずはこの男!! もう、彼の力を疑うものはいないでしょう! 勇者パーティーをまとめて倒し、絶対の防御力を見せたこの町の領主!! シルドォオだぁぁぁああ」





 


 今回はこの俺にも歓声が浴びせられる。さっきは困惑が勝っていたが、ようやく認められたのだろう。





 観衆の声がやみ、アナウンスが入る。





「あ……えーっと、そして、その隣にいるフードを被った謎の少年! 彼の名はヨシミ!! 今回、領主サイドの助っ人として、シルドーと一緒に戦うぞ!!」





 その付け足したようなアナウンスに、会場が小さな盛り上がりを見せた。ヨシミの力を知る人たちのものだろう。


 

 視線を一身に受けたヨシミは、フードをより深く被り、バサッとマントを翻す。




 ヨシミ、普段厨二病全開のくせに……

 ちょっと恥ずかしがってるな?





 そんなことを考えていると、次のアナウンスが始まった。





「そして……!!!」




 実況者がそこで大きく息を吸う。

 



「ここにいる貴方たちは、今日、奇跡の目撃者になるでしょう! なぜなら、ここに彼がいるからだ!!」






 ドラムロールが鳴り響き、会場の視線が一点に集中する。






「皆さんも聞いたことがあるでしょう。この世界の生きる伝説! 今世代の勇者……その名も……」






 会場が嘘のように静かになる。






「ユウキィィイっっだぁぁぁぁあああ!!!!」

 






 そして、再び訪れる客席からの大歓声。







 実況者は続ける。






「ここからは解説として、皆さんもご存知、今を輝く冒険者、マッソーさんを踏まえて実況していきます!」





 マッソー、何をやってるんだ……





 実況席を見れば、マッソーがニヤケ面で顎髭を擦っていた。




「どうぞよろしく! 冒険者ランクAのマッソーだ!」



「さぁ、いよいよ始まりますが、マッソーさんはどちらが勝つと思いますか?」




「さぁな、勇者の強さってのは、代ごとに全然ちがう。今世代の勇者の情報は今のところ全くと言っていいほど出てないからなぁ!」




「なるほど、では、領主が勝つ可能性もあると?」



「がっはっはっ、もちろん否定はしねぇわな」





 マッソーのやつ、好きなように言ってくれる。だがまぁ、彼の言う通りなのだ。勇者の情報は俺も集めた……が、どうにも集まらなかった。勇者が情報を隠しているのか、ピックアップできるような情報がないからか……





 とにかく、目の前の敵の強さは未知数だ。油断だけはしないようにする。勇者の方を見ると、彼は出会った時と同じような笑みを浮かべて、立っていた。






「ふふっ、シルドー、出し惜しみはなしってことでいいかな?」




「出来れば手を抜きに抜いて欲しいけど、まぁ、観客が望んでないみたいだからなぁ」





 観衆の方を見れば、これから始まる試合を今か今かと待っていた。みんな前のめりになって、俺たちのことを見下ろす。






 俺は観衆から唯一の味方であるヨシミに目を向ける。そして、出来るだけ相手には聞こえないように告げた。






「ヨシミ、お前は試合開始早々に魔術を使え。呪文詠唱の間くらいは時間を稼ぐ」





 ヨシミは、全然緊張した様子もなく、いつも通り無駄にカッコをつけてニヤリと笑った。





「ふっ、我が極大魔術、勇者にぶつけて見せよう。闇と光、勝つのはどちらかな……」





 あぁ、これが唯一の味方とは……不安しかない。





 すると、ついに試合前のアナウンスが始まった。







「それでは始まります! 勇者ユウキ 対 領主シルドー……と、自称その半身ヨシミ による世紀の一戦です!! カウントダウンスタート!!」






 ヨシミより少し勇者に近い位置で刀を抜き、その先を敵へと向ける。





「3……」





 左手に意識を集中させて、試合後にすぐ【巨大壁】を発動できるように準備する。


 このスキルを使って、ヨシミの呪文発動までの時間を稼ぐのだ。





「2……」






 若干汗が滲む。



 大丈夫、この試合、俺はひたすら防御に徹すれば良い。攻撃はヨシミがしてくれる。





「1……」






 腰を低く落とし、勇者の動きを見逃さないように一点に集中する。恐らくこの遮蔽物の無い空間での勇者の行動は正面からの一点突破。



 目の前に壁さえ作って仕舞えば、遠距離からの攻撃に長けたこちらの勝ちだ。




  


 そして、告げられる。








「……始め!!!!!!」







 俺はすぐさま【巨大壁】を発……






「…………え」





 始めの合図と同時だった。半分に空いた俺の口から、そんな言葉が漏れたのは。

 




 最初何が起きたか分からなかったが、すぐに腹部のあたりから一気に『痛覚』を通して『痛み』が這い上がってくる。





 反射的にその痛みの発信源へと目を向けた。





赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤







 俺の腹だ。俺の腹から赤い何かが。革製の黒い服から赤い血が噴き出していた。



 原因は考えるまでもなく明らかだった。



 その血が噴き出す箇所には一本の鋼色の剣が刺さっていたのだ。その剣を辿れば、勇者がいる。


 勇者の持つ剣が、俺の腹を貫通していたのだ。



 


 己の腹を見てから、次に勇者の顔を見る。






「な、な……な、なん……で……」






 痛みとともに湧き上がる困惑と驚嘆。





 勇者と俺の間にはそれなりに距離があった。それを一瞬で縮められたことに対する困惑。



 そして何より、腹を貫通した剣への驚嘆。



 俺は防御力には絶対的な自信があった。何があっても、何で攻撃されても、大した怪我はしないと思っていた。いや、確信していた。





 ……が、現に勇者の持つ剣が俺の腹を貫通している。





 勇者の剣や、腕が俺の血で赤く染まる。





 勇者は剣を俺の腹から抜くと、先ほどと同じような笑みを浮かべて俺の目を見てきた。彼は目の前で悠長に話し始める。





「シルドー、言ったでしょ? 出し惜しみはしないって」





 そこで、あまりの痛みから俺は刀を落として、うつ伏せに倒れてしまう。己の血が体全体にピシャリとかかる。




 刀の落ちたカランッという音が耳に届く。



 もはや地面しか見えない俺は、ぜぇはぁと息をすることだけに徹する。





「シルドー、今なぜ? って聞いたよね、それは、なぜシルドーを貫けたかってことかい?」





 その通りだ。


 俺はこれまで多少血の出るような怪我をしたこともあったが、こんな腹に穴を開けられるようなことはなかった。そんなこと、この防御力の塊のような体が許さなかったのだ。


 それが、最も容易く貫かれている。





「ううっ……うぅ……」



 答えることもできない俺は、うつ伏せのまま黙って聞く。





「それは、この聖剣のユニークスキルのお陰かな」





 聖剣……勇者の持つ剣のことだろう。一見多少彩色に凝った何の変哲もない剣である。



 彼は続ける。





「この聖剣はスキル【防御力貫通】のお陰で、盾だって鎧だって……それこそ肉体だって、防御力を気にせずバターみたいに切れるんだ」





【防御力貫通】……そんな卑怯な……




 まさしく防御力だけが取り柄の俺にとって最大の敵である。




 

 だめだ、これ以上は思考が全く働かない。

 この体になって初めて感じる『死への痛み』普段なら痛みはあっても死への恐怖はなかった。


 しかし、今感じるのは、死の感覚だ。






 血が目の前の床を覆う。





 その時だ。





 血だらけの床をパシャパシャと音を立てて歩く者の音が聞こえた。





「お、おい……なに、してんだ」





 俺は無理矢理口を開いて、足元しか見えないその者へと声をかける。





 誰が来たかなんて、顔を見なくても分かっていた。




 

 このステージにいる人間は、俺と勇者と……ヨシミだ。

 今、俺と勇者のそばに来たのは間違いなくヨシミだろう。




 すると、ヨシミは静かに告げる。






「あの世の精霊よ、我が願いに応じて、目前の敵に絶対なる死を……」






 本来遠距離攻撃が専門の魔術師が目の前に来たことに勇者も驚いたようだ。勇者はヨシミに問いかける。






「君、魔術師でしょ? どうしてこんなところに……」






 しかし、勇者がその後の言葉を言い出す前に、ヨシミが呪文を唱えた。






「死砲」






 その瞬間、何かとんでもないエネルギーが倒れる俺の真上を通過したのが分かる。



 しかも、それは一発では終わらない。






「死砲」「死砲」「死砲」「死砲」「死砲」「死砲」「死砲」「死砲」「死砲」「死砲」「死砲」「死砲」「死砲」「死砲」「死砲」……






 ヨシミのいつになく低い声は、止まらない。今自分の上で何が起こっているのか見ることはできないが、分かる。


 ヨシミが勇者に最恐の魔術を放っているのだ。それも、何度も何度も。






「よ、よじ……み……やめ、やめろ」






 こんな小さな声が届いているのかいないのか、それは分からないが、とにかく俺は止める。ここで勇者を殺してしまうのは不味いのだ。この国的に。





 すると、俺の声が届いたのか届かなかったのか、とにかくヨシミが攻撃の手を止めた。





 静寂が訪れる。




 歓声も悲鳴も何もない。誰もが黙る。





 そんな静けさを打ち破る声。






「ああ、これも言ってなかったね」





 幸か不幸か、ヨシミの最大火力の攻撃を受けても、どうやら勇者はピンピンしているらしかった。彼は平然と続ける。





「僕にはユニークアビリティ【魔術無効】っていうのがあってね? 魔術、効かないんだ」






 なんだよそれ……国の一軍隊レベル? S級の魔物レベル? イチジクはそんなことを言っていたが、彼はそんな次元ではない。




 それこそ、この世界において最たる強者だろう。






 ヨシミも、それに気付かされたのか、呟く。





「か、勝てるわけがない……化け物か」





「化け物は流石に失礼じゃないかな? 僕はれっきとした人間だよ? まぁ、僕も自分のパーティーがやられて、ちょっとやり過ぎたかもね」





 勇者が少し笑いながらそう言ったタイミングで、実況にいたマッソーの声が場内に響いた。





「試合終了だ! 勝者は、勇者ユウキだ!」





 ヨシミが降参したからだろう。







 結果、無傷の勇者と放心状態のヨシミ、それから腹に穴を開けた血だらけの領主がステージにいるという状況で『VS勇者』は幕を閉じた。



 歓声は起きない。誰もが何が起こったのか理解できていないのだろう。






 その瞬間、俺の側にサッと何かがやってきた。






 そいつは血だらけになることを気にもせず、俺の真横に膝をつき、俺を仰向けにした。





 血が不足してぼやけた視界に、メガネをかけたメイドが映り込む。

 




「マスター、生きていますか?」




「ああ……」





 それ以上の言葉が出てこない。普段なら多少の軽口を言うのだが、それどころではなかった。

 



 血が一気に出過ぎてか、意識が朦朧としてくる。さっきまではアドレナリン的なものでどうにかなっていたのかもしれないが、これまで味わったことのないような痛みが腹部を中心に襲いくる。







 すると、それに反応するように、勇者が歩いてくる姿が視界の端に映る。





 それと同時に、何か球体のものが浮遊する様子も見える。




 イチジクのドローンだ。十機ばかりの戦闘用ドローンが全て勇者の方を向く。




 イチジクの顔はそれでも俺のことをジッと見ている。





「おっと、大丈夫、もう試合は終わったんだから、危害は加えないよ」





 それでもイチジクはドローンによる牽制を続ける。





「まぁ、仕方ないかな……僕はシルドーの傷を治そうとしてるだけだよ」





 勇者はそれ以上近づくことを諦めて、ステージ外にいる神官へと声をかける。






「シルドーの傷を治してあげて」





「で、ですがその領主は……」





「いいから、直すんだ」





「はい……」





 少し強めに言った勇者にびびったのか、神官がこちらに向かって両手を向ける。





「治癒の精霊よ、彼の傷を癒したまえ」





 腹のあたりに陣が浮かび上がり、ぼんやりと温かな光に包まれる。

 自分で傷の様子は見えないが、なんだか痛みは引いたような気がする。





「穴は塞がったけど、まだ血が足りないと思うからしばらくはそのまま寝かしてる方が良いと思うよ」





 イチジクはその言葉を聞いて、ドローンを撤収させる。





「ヨシミ、マスターをステージの外まで運んでくれますか? 私は少し用がありますので」



 


 用……? 何だ、用っていうのは




 それに、俺が治癒されるまでほぼ放心状態だったヨシミが反応する。




「え、あ、ああ、分かったのだ」




 ヨシミは近づいてくると、その細い腕で俺をお姫様抱っこする。

 そしてそのまま起き上がり、ステージ外へと出た。





 俺は、だらんっとしたままの体で、頭だけをイチジクの方に向ける。





 彼女は、勇者を前にして、いつも通り落ち着いた声を出す。





「勇者、誠に勝手なことを言っているという自覚はあります。それでも、どうか一つ。再度戦っていただけませんか? 今度は、私、と」

 



 は? イチジクは何をバカなことを言ってるんだ? 血迷ったのか?



 彼女は続ける。





「先程の戦いでは、観客も満足しないでしょう。あれは一方的すぎて観客の見たいものではなかったでしょうから」




 勇者は、剣をその鞘に収めながらイチジクに問いかける。





「再戦するのはいいけど、本当にそれだけが理由かい?」




 それに、少しの間をあけてイチジクが答える。





「……はい。もちろんです」





 二人の会話を俺は黙って見るしかない。





 すると、その会話を乱すようにもう一人、ステージに足を踏み入れるものがいた。




 彼は野太い声を出すゴツいガタイの男だ。





「おいおいおいおい、なんか面白そうな話しとるやんけ。その話、俺も混ぜてくれや」





 リューだ。リューが首に手をやって、コキコキ鳴らしながら、ステージの上を堂々と歩く。





「屋台の番ばっかりで、俺も退屈しとったんや。イチジクの嬢ちゃんだけやったら荷が重いやろ? 俺も協力するで」





 あいつは何をバカなことをやってるんだ。リューとイチジクは間違いなくこの町の最高戦力だ。

その二人が組めば、正直勇者とだって良い勝負をするだろう……が、そこまでする必要はないはずだ。





 しかし、彼らは止まらない。


 リューはイチジクの横にたどり着くと、右手を左手で覆い、骨を鳴らした。





「なぁ、勇者様? まさか逃げへんよな?」



「リュー、貴方は下がっていてください」



「なんや? 正直、嬢ちゃん一人じゃ勝てへんと思うで? それにな……俺も嬢ちゃんと一緒や。ブチギレとんねん今」




 リューの言い分に珍しくイチジクが折れた。

 

 ため息を一つ吐いて、勇者を見る。





「……はぁ、でしたら、仕方ありませんね」






 そして勇者は……






 同意した。






「まぁ、君たちの気持ちは僕も痛いほど分かるからね。いいよ、やってあげる」






 それを黙って見ていたが、こうなれば止めるしかない。ステージ下のベンチに横たわる俺は、急いで横に座るヨシミに呼びかける。






「おいヨシミ……あの二人、止めろ。これ以上戦う必要はない」





 俺の言うことには素直なヨシミなら、すぐさま止めに入ってくれるだろう。これで安心だ。





 ……と思ったかのだが、ヨシミから予想外の言葉が飛び出た。





「それは、できないぞナベ」




「は? できないって、そんなこと、ない、だろ」




 ヨシミが立ち上がって、あの三人の中に割り込めば良いだけの話だ。

 


 しかし、できないらしい。





「ナベ、諦めるのだ。それより、体を休めろ」





 諦めるって……




 確かに俺に実害があるわけではないし、あいつらが勝手にするなら、無理にでも止める必要はない。





「そうか……」





 俺はヨシミの言う通りに黙って皆の様子を見る。




 イチジクは、メイドグローブを外し、そのオートマタならではの鋼の腕を露わにした。





 そして、このアドリブに対応したのが実況席にいたマッソーだった。




 彼の大声が場内に響き渡る。






「おっと! 面白くなってきたぞぉ! 最強メイドと最強屋台親父が参戦だぁ! がっはっはっ!! これはヤベェぞ」




 その声に、ポツポツと歓声が上がり始める。




 なぜメイドと屋台の親父が? と疑問を持つ者はいない。なぜなら、彼らがとんでもない迫力だったからだ。


 寝ている俺にも分かる。あの二人、何かオーラ的なものが体から溢れていた。気迫というか何と言うか、とにかく只者ではないことが見て分かる。





「いいぞぉお!!!」


「もう一度見せてくれ! 勇者様ぁあ!!」


「今度はもうちょっと粘ってくれよ!!」




 やはり、俺とヨシミの戦いでは満足できなかった客が多いようだ。





 アナウンサーも正気を取り戻したのか、早速その声を響かせる。





「と、と、いうことで、新たなる挑戦者が勇者の前に登場だぁぁあ!!!!」


   





 余裕な笑みを浮かべて立つ勇者と、ドローンを展開しながら両手を前に揃えて佇むメイド。それから、ゴリゴリな体を惜しげもなく見せる、見た目は獣人、中身は龍のリュー。

 




 リューは、若干にやけて楽しそうに言う。






「お前、さっきはうちの領主が世話になったな。同じ目に合わせたるから、待っとけや」




「まぁ、そっちがその気なら、こっちとしても手加減はできかねるから、そのつもりでね」





 イチジクは黙って二人の会話を聞くが、すでに臨戦態勢で、やる気満々だということが見て取れる。





 こいつらはなぜそこまでムキになっているのか。





 そんな俺の疑問に誰も答えてくれることなく、試合は進行する。







「それでは、試合を始めます!!」








 このまま試合が始まる……誰もが期待を膨らませた。


 誰もが、今からこの試合が始まることに疑いをもたなかった。



 今からカウントダウンを行い、ゼロの合図で再び見れるのだ。勇者たちの戦いが。



 会場全体がそれを信じて、行く末を見守っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 勇者が普通にチート野郎の余裕ぶったやつで草。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ