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祭り当日にて③



 神官と戦う約束をしてから約二時間後、館を出た俺たちは、最近建てられた『闘技場』に足を運んでいた。



 闘技場の観客席には多くの人がひしめき合っており、まさに寿司詰め状態だ。

 



 中央のステージの上には二人の戦士が立ち、互いの武器を振り回わしている。一人は斧でもう一人はサーベルだろうか? ぶつかり合うたびに火花が散り、同時に金属同士の擦れる甲高い音が場内に響き渡る。



 そして少し遅れて、観客席から囃し立てる音やら、歓声が沸き起こる。






 俺は、そんな風景を闘技場の脇にあるスタッフ専用のルームで眺めていた。





「盛り上がってるな……」




「はい、この場を任せていたリンによると、今のところ問題なく進行しているそうです」





 椅子に座る俺の後ろに立っていたイチジクが教えてくれる。





「それは良いな。でも、なんでここまで盛り上がれるのかねぇ?」





 正直俺は、男同士の汗の飛び散る様を見ても、そこまで盛り上がれない。

 これは、前世で見たボクシングとか格闘技を見ている感覚で見れば良いのか?





 俺がなんとなく呟くと、隣に座っていた勇者が口を挟んでくる。






「それは、あんな凄いものを見せられたら盛り上がるしかないんじゃないかな?」





「……? 凄いもの?」





 凄いものの検討が到底つかない。あの戦士同士の戦いのことなのだろうが、戦いならこの世界には溢れている。そんなのでいちいち盛り上がっていたらキリがないだろう。




 すると、俺の顔に書いた疑問に気づいたのか、勇者が続きの説明をしてくれる。




「シルドー、君は気づいてないかもしれないけど、今戦ってる二人、あれは異常なんだよ」




「……は? 異常?」





 異常と言われても、彼らは普通にこの町の住人だ。一人は警備隊の獣人、もう一人は狩人のエルフだ。彼らとは昨日も普通に喋ったし、異常と言われるような人じゃないはずだ。





 ……が、彼は続ける。





「町に来た時から気づいてたんだけど、ここの住人、レベルがおかしくないかい?」




「レベル……あぁ、それは確かに『異常』だな」





 言われてみれば、異常だ。俺は即座に納得する。


 この町に住んでいた人たちは、カオスの件で周りに比べれば桁違いのレベルだ。

 あの日、経験値の雨が降ったから。





 勇者は、それ以上深く聞くつもりはないのか、少し笑って、話を進める。






「ふふっ、そう、『異常』なんだよ。それで、そんなレベルの者同士が戦う様なんてそうそう見れるものじゃないからね、この盛り上がりってわけさ」





「なるほどな……納得だわ」






 勇者は、呆れたようにため息を一つついて続ける。





「君は気づいてないかもしれないけど、ここに来るまでに屋台通ってきたでしょ? そこの店主一人で、王都の騎士団とやり合えるよ?」






「いや、それは言い過ぎだろ……? ってか、なんであいつらのレベルが分かったんだ? レベルってのはギルドで計測してもらわないと分からないんだろ?」




 確か冒険者ギルド的なところでなんらかの装置で測って、それを紙として発行してもらうことでレベルが分かるはずだ。


 自分のレベルなら、ステータス版で見えるが。





 俺は、自分のステータス版に目を向けながら尋ねる。





「そうだね、まぁ、それは僕が勇者だから、かな」




「……? 何意味深なこと言ってるんだよ」




「ははっ、それより、戦いは終わったみたいだよ?」





 勇者に言われてステージの方を見れば、警備隊の獣人の方がガッツポーズをしていた。

 




「じゃあ、次は俺と神官、魔術師の番か」





「そうだね。もう彼女たちは準備が終わったみたいだよ」





 勇者がある方向を指差しながら俺に伝えてくる。

 見ると、向こう側からメイスを持った神官と何やら本を持った魔術師が歩いてくるのが見えた。


 




「あいつら、やる気満々じゃないか」




「まぁ、僕にいいところを見せようとでも思ってるんだよ」





 なんだこいつ、とんだ自意識過剰男じゃないか……と言ってやりたいが、実際そうなのだろうから手に負えない。





 ここまで来た彼女たちは、毎度のように勇者の左右にしがみつく。





「頑張ってきます! 勇者様!」



「行ってくるから、帰ってきたら楽しいこといっぱいしましょうねぇ」






 こいつらは、どうも俺の神経を逆撫でするのが得意らしい。目の前でイチャコラしているのを見させられると、虫唾が走る。





「ちっ、おい、さっさと行くぞ、観客がお待ちだ」




 俺は刀だけを腰からぶら下げ、ステージの脇まで歩いていく。





 ステージ脇に着くと、真っ黒なフードを被った何者かが待機していた。





「……って、見ないと思ってたらこんなところにいたのか? ヨシミ」





 そう。ステージ脇で立っていた人影はヨシミだったのだ。まぁ、こんなフード被ったバカはこの町でヨシミだけだからすぐ分かってはいた。




 彼は俺の声を聞くと、笑い声と共にヒラリとこにらに向いた。






「クックック……これは我が半身。いよいよ我らの出番というわけだな?」





 右手を顔に押し当てるヨシミを見ながら、そういえば説明してなかったと口を開く。





「いや、ヨシミの出番はまだだ。今から俺と勇者パーティーの二人で戦うんだよ。その後の勇者戦でお前には手を貸してもらう」






 すると、ヨシミはさっきまでの無駄にカッコつけた演出をやめて、駄々をこね始める。





「な、なぜだ! 我はナベに言われて、仕方なくこのステージに上がるまで勇者に会うのを我慢していたのだぞ!? さっさと我にも出番をよこすのだ!」





 ちょっと高めのボイスが頭に響く。





「ったく、うるさいな。お前は勇者戦に出てもらうって言ってるだろ? ちょっと待っとけって」





「くっ、我が右目が疼いて仕方ないというのに……」





 ヨシミが右目を押さえながら、左目でチラチラとこちらを見てくる。




「はいはい、疼いてろ疼いてろ」




「なっ!! ナベ、適当に流すな!」





 俺とヨシミがそんなバカをやっていると、場内に響き渡るアナウンスが聞こえた。







「皆さん! 盛り上がってますかぁぁああ!!」





「うぉぉおおおお!!!!!」






 割れんばかりの歓声が木霊する。





「いいですね! いいですね!! さて、大変長らくお待たせいたしました!! いよいよ、祭りのメインディッシュが近づいております! ステージに注目してください!!」






 ドラムロールが鳴り、それと同時に二人の女性がステージに上がる。






「さぁさぁさぁさぁ、やって参りました! 勇者の傍に彼女らぁ有りぃ!! 勇者パーティーのお二方です!!」





「ぉぉおおおおおおおおお!!!!」






 観客の盛り上がりが一気に高まる。





「まったく、こんな見せ物やってらんないわねぇ」



「本当にその通りです! さっさと領主をボコってユウキ様に褒めてもらいます!」




 ステージに上がる魔術師はどこかかったるそうだ。神官の方は、メイスを地面に突き刺し、頬を膨らませている。




 神官、メイス使うのかよ……じゃあ、俺と一対一でよかったじゃないか。支援職だと思って気を遣ったのが間違いだった。





 アナウンスは続く。





「そして、対する戦士は……この町の領主、シルドォー様だぁあ!!」






 俺は、その言葉と同時にステージの上へと上がる。




 さぁ、浴びせよ、この俺に喝采を!!





 ……っと思ったが、歓声の一つも上がらなかった。




 ザワザワガヤガヤと小さな声が場内を埋め尽くす。





 まぁ、予想通りの反応だ。なぜ勇者パーティーの相手が領主なんだ? と不思議に思っているのだろう。俺が観客でも同じことを考える。






 すると、前の胸元を大きく開けた魔術師がこちらを見て嘲笑う。






「ふふっ、本当に哀れね、貴方」





「お前ら、そこまで俺をコケにしといて、負けた時に恥かいても知らないからな」






 いかにも三下が言いそうなセリフに、思わずツッコミを入れてしまう。






「なぁに、領主、貴方、私たちに勝つつもりでいるのかしら?」





「まぁ、そうじゃないとお前らと戦う意味がないからな」





 ここでの俺の目的は、こいつらに勝って、勇者と戦えるレベルにあることを観客に証明することだ。そのためにも、ただ勝つのではなく、圧勝する必要があった。





「ふふっ、バカな男……」




 魔術師がそう言ったタイミングで、アナウンスが入った。






「では両者揃ったところで始めましょう!! 勝敗は片方が降参と言った時点でカウントダウン……開始!!」





 俺は刀を抜いて戦闘態勢に入る。前の二人も片方はメイスを前に構え、片方は杖の先端をこちらに向けてきた。





 観衆と実況の声が同時にこだまする。





「3……2、」





 一気に走り出せるように腰を低く下げて、相手のことを睨む。





「1……始めぇぇええええ!!!!!」






 試合が始まる。その瞬間、俺は二人に向かって走り出す……が、最初に攻撃を仕掛けたのは相手の魔術師だった。





「精霊よ、彼の者に足枷を! ステータスダウン」




 呪文と共に、俺の体に何かどす黒いオーラが纏わりつく。

 己のステータスを見ると、確かに防御力の数値がかなり減っていた。




 それでも走る俺に、魔術師は愉快そうに告げる。






「ふふふっ、これで、貴方お得意の防御力も使い物にならなくなったわね」





 こいつ……なぜ、俺の最大の武器が防御力だということを知ってるんだ?





 その間にも距離を一気に詰めた俺は、刀を横に一閃……





 が、それは難なくかわされる。


 まぁ、俺もこれで当たるとは思っていない。二撃目、三撃目と、闇雲に刀を振り回す。




 ……が、当たらない。




「ちっ!」





「あら? いくら防御ができなくなったからって、無闇に攻めちゃダメよ」





 魔術師は、余裕そうにバックステップを踏むと、続いての魔術を唱えてくる。





「精霊よ、同胞に恵みを! ステータスアップ」





 今度は神官にバフをかけたようだ。呪文と同時に神官がこちらにメイスを叩きつけてきた。





「あぶっ!」





 間一髪のタイミングで、左に避けることに成功する。





「ほらほら、逃げないと一発当たっただけで、ぺちゃんこになっちゃいますよ?」





 こちらはステータスが激減、相手はステータスが上昇している状況。いくら俺の防御力が高くても、メイスを受けきれないとの判断だろう。




「お前ら、防御力のこと、誰に聞いたんだ!?」





 俺の防御力の高さを知ってるのはこの町の戦士くらいだ。こいつらがそれを知っているということは、誰かが俺を売ったことになる。




 すると、戦況の余裕さからから、魔術師が愉快そうに答えてくれた。





「ふふっ、コダマ、と言ったかしらぁ? ついさっき警備をしていた彼女にあって、聞いたのよぉ」





 コダマが!? 




 まさか、勇者の色気に惑わされて俺のことを喋ったのだろうか?

 



 いやいや、彼女には夫がいる。それも、それなりにイケメンな、だ。わざわざ勇者に寝返るなんてことありはしないだろう。




 そんなことを考えている間にも、メイスによる猛攻が行われる。




「おらっ、とうっ……てりゃあ」




 そんな可愛らしい掛け声と共に振り回される凶器。




 ブウォンブウォンと、空を切る音が耳のすぐ側で聞こえてくる。





「くっそ……コダマを、脅迫、でも、したのか!?」





「みくびら、ないで、ほいし……ですね!」




 神官が、メイス振り回す度にそのお胸が揺れる。そちらに目線がいきそうになるが、ここはグッと堪える。これも奴らの作戦なのだろうか?




「勇者の、パーティーが、そんなことを、するとでも?」




 メイスをかわしつづけついると、背後から何か呪文と共に、氷柱のようなものが飛んでくる。視界に入ったそれは十数本。本当はもっとあるのかもしれない。


 俺はすかさず【巨大壁】を発動し、背中に展開する。






 カンッカンッという鋭い音ともに、巨大壁に負荷がかかる。





「貴方、多少は魔術が使えるみたいね」





 巨大壁を見た魔術師がボソリと呟く。




 まぁ、これは魔術ではなくスキルだが、細かいことはいいだろう。俺は、聞きたかった話の続きを促す。





「脅しじゃないなら、どうやって聞いたんだ」





 今は回避か防御に徹して、無駄な攻撃をしない。したところで当たらないのだから、しても意味ないと判断したのだ。





「ふふっ、領主のことを教えてって言ったら、誇らしげに教えてくれたわよ」





「……そ、そうか」





 なるほど、なら納得だ。コダマなら嬉々として俺の凄いところを挙げただろう。




 これは、俺が凄いところだらけだから仕方がない。うん。仕方がないのだ。




 コダマな小さな体をぴょこぴょこさせて俺のことを語る姿を想像すると、思わずニヤけてしまう。





「にやけているとこ悪いけど、これでおしまいよぉ」





 その瞬間だ。



 俺が気を抜いたことがバレたのか、神官と魔術師が同時に攻撃をしてきた。神官はバフで強化のかかったメイスを。魔術師は巨大な氷柱を。




 前には凶器後ろにも凶器。





「はぁ、聞きたいことが聞けたから、もういいか」





 俺は巨大壁を展開することもなく、二人分の攻撃をその一身に受ける。





「ふふふっ、防御力が下がってることを忘れたのかしら?」





 当たる直前、そんな声が聞こえてきた。






 そして、即死級の攻撃を受けた俺は……







「防御力が下がったからなんだって?」






 平然とステージに立っていた。





 本当は地面に転げ回って泣き叫びたい程に痛い……が、ここは強がる場面だろう。







「「なっ!?」」





 さっきまで揚々と喋っていた魔術師と神官の驚嘆が声になって耳まで届く。




「な、なぜ!? どうして、貴方のステータスはとんでもなく下がっているはずよ!?」




 なぜ、なぜと言われても……





「俺の防御力は、下がったところで最強なんだよ」





 そう。確かに魔術師のステータスダウンのデバフのせいで、俺の防御力はかなり下がった。それは間違いない。ではなぜ無事だったのか。





 理由など単純明快。俺の下がった防御力が、彼女ら二人の攻撃力より高かったから。これだけの話だ。






「そ、そんな……な、なにか卑怯な手を使っているに違いありません!」





「卑怯って……なら、好きなだけ攻撃してみろよ」






 正直痛みは感じているので、あまり多くはやめてほしいが、ここで求められていることは「圧勝」。ならは、堪えるしかあるまい。






 そして約十分後……






「はぁ、はぁ、はぁ……ど、どうしてですか?」




「な、なんでそんなピンピンしてるのよ……」






 ヘトヘトになって倒れ込む神官と魔術師。



 それと、服以外は一切の傷がない領主がステージにはいた。




 こいつらの攻撃はそれなりに大したものだったが、あの時の……カオスの時の攻撃の方が何倍も痛かったから、その時のことを思えば簡単に耐えられた。




「もういいのか? 勇者パーティーのお二人さんよぉ」




 仰向けに寝転ぶ彼女たちは汗だくで、胸部を汗が滴る様はなかなかに背徳的だった。




 二人からの返事はない。荒い息遣いだけが、よく聞こえてくる。





「あれ、そういえば会場も静かだな」





 ふと気になった俺は、顔を上げて観客席の方を向く。





 彼らは驚いていた。まさに「驚き」を体現したかのような様相だった。



 目を大きく開き、じぃっと、俺たちのことを見ている。




「まぁ、領主が勇者パーティーに圧勝してるんだから仕方ないか」




 いい気分だ。



 俺は、改めて対戦相手である二人の方を向く。   

 そして、刀を神官の持つメイスへと向けて、思いっきり振り下ろした。







 カコンッ






 そんな、歯切れの良い音とともに、メイスが真っ二つになる。





 折れたうちの半分が、コロコロと転がり、神官の顔の方にまで届いた。





 神官は首を曲げて、折れたメイスと向かい合う。






「分かったか? これが俺の力だ。勇者と戦っても文句ないだろ?」





 神官は額に汗を滲ませて、速い呼吸とともに、俺の方を見直した。彼女の下半身を見ると、どうも漏らしているらしかった。


 次第に足元を中心に水溜りが出来上がる。





「は、は、は……は、い」




 同時に魔術師の方を見ると、彼女と首を縦にブンブンと振っていた。





「よし、なら俺の勝ちだな」






 刀を鞘に収めて、実況者(……というか、途中から全く実況していなかった気もするが)の方を見る。





 すると、慌てたように彼は拡声器越しに大きな声を上げた。







「勝者は……領主、シルドーだぁあああ!!!!」

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