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祭り当日にて②



 祭り当日。ついに太陽が登り始め、町が動き始めた。



 それを少し高い位置にある領主の館の窓から眺める。



 町はガヤガヤと賑わいを見せ、かつての荒んだ風景は見る影もない。シンボルである時計台もカチカチと機嫌よく時を刻む。





「イチジク、客の評判はどんな感じだ?」




 俺は、窓から背後に立つイチジクへと目をやる。



 彼女は手を前に揃えてお行儀よく答える。





「はい。リューの報告によれば、現状特に問題なさそうです。やはり獣人を奴隷扱いする人族の客は多いようですが……」





「ふむ……まぁ、その辺は町に出てる奴らに任せるか」





 正直、俺が町に降りて行ったところで、その種族間のいざこざを解決できるとは思えない。


 それに、そんな面倒くさいことは頼れる者たちに任せるに限る。






 すると、俺の言葉を特に否定することもなく、イチジクは返事をしてきた。





「はい、それで良いと思います。龍帝やらこの町に在住している冒険者が何とかしてくれるでしょうし」





「だよな、じゃあ、俺は眠いから寝てきても良いか?」




 今朝はやたらに早起きだったせいで、どうも眠い。



 俺がイチジクの答えを聞く前に自室へと足を進めるが、すぐにそれはイチジクの言葉によって止められた。





「いえ、マスターにはすべきことが待ってます」




「……?」






 すべきこと? 






「なんだ、それ?」





 イチジクは、咳払いを一つして俺の目を捉えてくる。






「……勇者たちパーティーの接待です。彼ら、すぐそこまで来ているらしいです。勇者はこの国の要人、その接待はこの町の領主であるマスターの役割です」





「……はぁ、もう来たのか、勇者」





 思ったよりお早い到着だったようだ。イチジクに聞くところによると、もう町のすぐ手前まで馬車で来ていて、もうじきこの館に着くらしい。




 勇者のくせに馬車に頼るとは、なんとも勇者らしがらぬやつだ。




 勇者といえば、基本は徒歩。その道中の戦いの中でレベルアップするものではないのだろうか?

 




 まぁ、王都からここまで大して強い魔物がいるわけでほないが……






 俺は切り替えて、イチジクなら知っていると踏んで質問をぶつける。





「闘技場の方はどうなんだ? 盛り上がってるのか?」




「はい、リンが上手くやっているようです。今は飛び入りの冒険者と、この町のエルフたちが戦っているとか」




「なんだそれ、面白そうだな」





 闘技場が盛り上がっているのは、朗報だ。やはりこの祭りの目玉は、勇者の戦いだろう。その前座として場を温めておくのはとても重要なことだ。






「じゃあ、面倒だが、勇者様たちがいつ来てもいいように、この館でもてなす準備するか」




「はい」








 それから数刻。時計台の短い針が真上に来る前に勇者たちを乗せた馬車は領主の館の前に到着した。





 馬がカタカタと足音を立て、後ろの屋形の木のタイヤが軋みをあげる。





 領主の館の玄関の前に立つ俺とイチジクの目の前に止まった馬車から、三人の人物が降りてきた。




 男一人、女二人という面々だ。






 俺は、たった一人の男に目を向ける。





 なるほど、こいつがこの世界の主人公か……





 彼は黒いコートを身にまとい、背中には一本の剣を装備していた。鎧となりそうなものは胸当てだけで、身動きが取りやすそうではある。


 顔を見ると、シュッと整った顔をしており、目、鼻、口、全てにバランスが取れたイケメンだった。優しそうな顔をしており、ザ・優男という感じだ。


 髪の色は黒く、そこだけは俺とお揃いである。






 彼の左右に目をやると、己の大きな胸を勇者の腕に押し付ける女が二人。容赦なく己の魅力を勇者にぶつけにかかっている。





 一人は、魔女がかぶってそうな大きめの帽子を頭に乗せて、やたらめったら肌を露出した格好をしている。

 正直言って、目の保養でしかなかった。



 お色気お姉さんという言葉が最も似合いそうな女である。




 もう一人の方は、神官なのだろうか? 聖職者らしい服装で、首からは十字架のネックレスを下げていた。

 彼女もまた勇者に己の武器(胸)を押し当てて、隣の魔女に負けじとアピールしているようだ。




 二人とももれなく巨乳である。







「これは、けしからん……」




「マスター?」




 おっと、目を奪われて挨拶するのを忘れていた。






 イチジクの呼びかけで正気を取り戻した俺は、「胸の方を見たまま」勇者へと挨拶をする。






「ようこそ、いらっしゃいまして、勇者様」





 ふむ、誠にけしからん。



 いやはや、けしからん。



 あれは一体どんな構造になってるんだ?





 俺が頭の大半をおっきいパイにオキュパイされていると、勇者が挨拶を返してくる。





「あのぉ、領主の方、だよね? 出来れば挨拶する時は僕の方を見て欲しいんだけど」






「……え?」






 いやはや、どうやら気付かぬうちに胸に釘付けになっていたらしい。





「あ、すみません。どうも、この町の領主をやってるシルドーという者です」





 すると、勇者は改めて手を差し出してきた。





「シルドー、こんにちは。僕の名前はユウキ。一応『勇者』をやらせてもらってるよ」




「これはご丁寧に、ユウキ様?」




 

 手を差し出すと、勇者と握手した。





「シルドー、様付けはよしてほしいな。君は僕と同じ歳くらいみたいだし、何より君は……いや、なんでもないよ」





 何より君は……なんだ?






 気にはなったが、まぁ、俺もこんなハーレム築いているクソ野郎を様付けで呼びたくはない。



 握手した手をほどきながら、俺は改めて挨拶をする。





「じゃあ、よろしく頼みます、ユウキ?」




「ああ、どうぞ、よろしくね」






 挨拶も済んだところだし、さっさと館に入ろう……としたとき、サイドの二人から声が上がった。





「ちょっとあなた? さっきから私たちの胸、じぃっと見てたでしょ?」





 これは、女魔法使いの方だ。




 俺はわざとらしく首を傾げる。





「……? なんのことだか分かりませんね」





「なっ! まさか、しらを切る気なのですか?」




 次に神官の方から声が聞こえる。




「しら? はて、勇者様のお仲間は何を?」




 まぁ、見ていたことは確かなのだが、俺がそれを認めなければ、俺が見ていたという証拠がない。


 ギャンギャンうるさい女達の声を耳に入る前にシャットダウンして、いい天気だなと関係のないことを考えていると、勇者の声が入った。





「まぁまぁ、二人とも、そろそろいいんじゃないかな? それに、自己紹介まだでしょ?」





 そういえば、勇者の以外のメンツの名前は知らないな。流石にそれぐらいは聞いてやろうと、二人の方に目を向ける。





 ……が、返ってきたのは予想外の答えだった。







「ふふっ、私の名前はこんな奴に教えるほど安くはないわよ」




「私も初対面から胸を見てくるような人に名前は明かしたくないです」






 こいつら……



 己が初対面で男に抱きついていたことは棚に上げて、よくもまぁそんなことが言えたものだ。






「お前ら……」





 反論しようとしたが、そこでやめておいた。変に溝を深めたいとは思わない。




 すると、困ったように勇者が笑った。





「ははっ、すまないシルドー」



「いや、気にしないでください」





 別にこいつらの名前なんかどうでも良いや。魔女と神官で十分だろう。

 それで己を納得させていると、勇者が腕に付いている例の魔女と神官を交互に見た。





「少し離れてくれないかい? ちょっと刺激的すぎるよ」

 




 それに反応する、魔女と神官。





「あらぁ、ユウキ……フフッ、今夜も楽しみね」



「も、もう! ユウキ様! 仕方ない人です!」




 二人の顔はさっきまでの怒った表情から、顔を真っ赤に染めて恍惚とした表情に早変わりしていた。




 体を離せと言われたにもかかわらず、より一層肌を密着させる二人。



 困り顔でも満更でもなさそうな勇者。







 こいつら……







 と、怒りをあらわにしそうになるが、それはグッと抑え込む。彼らは祭りを盛り上げる大事な客人なのだ。こんなところでいざこざを起こすわけにもいかない。






 これ以上見ていたら己を御しきれないと感じた俺は、貼り付けた笑みを浮かべながらお客様がたを館内へと招く。





「勇者様方? どうぞ、館の中へお入りやがってください」




「マスター、隠しきれてませんよ」





 後ろからイチジクの声が聞こえるが、無視して、館の中へと入る。






「え? ああ、じゃあお邪魔させてもらおうかな」





 俺の声に勇者が反応し、女二人を腕に引っ付けたまま、俺の案内に続く。




 


 それから客間に案内し、今日の流れを一通り確認した。ちなみに、ヨシミがいないのは、あいつがいれば勇者に反応してなんだかんだうるさいからだ。部屋に閉じ込めている。





 勇者が腰掛けたまま、ティーカップを口元で傾ける。





「なるほど、つまり僕はこの後闘技場に移動して、そこでシルドーと戦えば良いってことだね?」



「ああ、その解釈で間違いない」





 気がつけば敬語は取れていた。これは、勇者がやめてくれっていたのもあるが、勇者の話口調が馴染みやすいものだったからだろう。





 まったく、コミュニケーション能力が高いやつはこれだから恐ろしい。






 すると、勇者を挟むように座った二人の女がここぞとばかりに口を挟んでくる。





「あなた、勇者であるユウキと対等に戦えると思っているの?」



「そうですよ! 領主ごとき、戦いにもならずにやられちゃいますよ?」





 こいつらに言われるのは腹が立つが、まぁ、言っていることは正しい。

 紅茶を飲んで、心を落ち着ける。




「いや、そんなことは思っていない。もちろん俺は負けるだろう。ただ、勇者の力を客に見せるくらいのことは出来るんじゃないかと思ってる」




 なんたって、俺の防御力はそんじょそこらの奴らに比べれば、桁違いだ。

 正直良い勝負はするんじゃないかと思っている。





「ぷっ……ふふふふっ、りょ、領主、貴方、ユウキ様の力を知らないのですね? いえ、まぁ、こんな片田舎なら仕方ありませんか」





 神官が目に涙を浮かべて笑ってくる。





「何だお前、領主だから弱いと思ってるのか?」





 流石にイライラしてきて、言い返してやる。





「……? はい、それはそうでしょう? 正直勇者様の活躍を見にきたほとんどの人が思いますよ。なぜ勇者の相手が領主なのかって」





 彼女は、それが当たり前のように、嘲笑を浮かべてこちらを見る。


 目が合う。彼女の目は自分より低俗のものを見るそれだった。





 俺は負けじと顎を上げて、椅子に座ったまま神官を見下す。




「なら、いいだろう。神官様?」




 空気が変わったことに気づいたのか、神官が少し勇者に近寄った。




「勇者の前に、あんたの相手してやるよ。確かに俺が弱いと思われてるまま勇者と戦っても、勇者の凄さが分からないだろうからな」




 そう告げると、神官はあからさまにホッとした顔で胸を撫で下ろした。





「はぁ、あなたが私と? 勘違いさせていたら申し訳ないのですが、私も勇者様とパーティーを組む身。それなりに強いですよ?」





 そこで、一つ言い忘れていたと俺は付け足す。





「あっ、そういえば、人数は一対ニで」




 彼女は、口に手を当てて笑う。





「ふふっ、私はそれで構いません。例の魔術師さんを連れてくるつもりなのですか? 良いですけど、それで負けたら誰が勇者と戦う……」





「おい、何勘違いしてるんだ?」





 何やら一人でペラペラと喋る神官の言葉を遮るように、俺は被せる。






「……勘違いとは?」





「いや、二対一ってのは神官とそこの魔女、対俺だ」




 勇者の傍に座る女の方を指差し、その後で自分の方に指を向ける。





「……あなたはバカなんですか?」





 神官が呆れたように、眉を顰めて頭を押さえる。



 馬鹿とはなんだ、馬鹿とは。俺は至極真っ当なことを言ったまでだというのに。なにせ相手は神官。おそらくだが、役職としてはサポート系になるはずだ。なら、攻撃役の魔術師がいるかと思って、俺なりの善意だっていうのに。





「なんだ? 別にお前一人でやるって言うなら、俺もそっちの方が楽で良いんだが」





 俺だって面倒なのは嫌だし、この女を分からせられるならそれでいい。




  


「なら、一対一で……」





 一対一でするかと言おうとしたタイミングで、勇者が待ったをかけた。





「いや、二対一で戦ってもらおう。もちろん領主、君が一、だ」





「「なっ!?」」





 勇者の言葉に間髪入れず神官が意義を申し立てる。






「ユウキ様!? そこまで心配しなくても、この領主くらい私一人でコテンパンに……」





 魔術師も便乗して、口を開く。






「そうよぉ! そんな男、私が出るまでもないでしょ?」






 しかし、勇者はそれを許さない。





「いいや、ニ対一にしよう。二人も知ってるでしょ? イーストシティの『半魔の英雄』、実はその英雄譚の傍にいたのがそこの領主らしんだよ。そんな彼ならニ対一でもそれなりに張り合えるはずだよ」





 半魔の英雄……アンのことか。




 あいつ、そんな大層な肩書きまでもらったのか……いいな、俺も欲しいな。




 もらうとしたら、そうだな、漆黒の領主とか……いや、それだとただただ腹黒いみたいになるな。じゃあ、白銀の領主? いやいや、俺は白銀というよりは、木製だ。






 そんな俺の高尚な思考を神官が邪魔する。






「英雄の傍にいたからなんだと言うのです!? 別に、英雄譚を近くで見ることくらいなら誰にだってできます!」





「そうだ、そうだ!」





 神官の言うことに便乗してみる。俺も一対一でいいというなら、その方がありがたいのだ。






「領主、あなたは黙っていてください!」





「な、俺はお前の言い分に乗ってやろうとだな……」





 すると、神官はどう間違った解釈をしたのか、怒りの矛先を俺の方に向けてきた。






「またバカにして……良いでしょう! ニ対一でやってやりましょう。そのかわり、それで死んでも知りませんからね?」





 あれ? あれだけ言ってたのに結局はニ対一らしい。

 まぁ、俺が提案したことだし、いいっちゃいいんだが……






「お前、死んでもって……本当に神官なのか?」




「うるさい! ユウキ様と戦う前に再起不能にしてやります」





 な、なんだかねぇ……


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