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祭り当日にて①


 朝、太陽が登り始める前に俺は目を覚ました。カーテンを一気に開けるが、部屋の中と外では大して明るさに大きな違いはない。





 そのままグゥウゥッと伸びをして、目を擦る。





「はぁあ……眠たいな……」






 しかし、隣にあるベッドでもう一度寝るわけにはいかない。なんたって今日はこの町にとって、一大行事があるからだ。






 そう、今日は祭り「vs勇者」の当日なのだ。






 この日のために長い間準備をしてきた。なんとしても成功させないと、この町に未来はないといっても過言ではない。






 ひとまず寝巻きからライダースジャケットに身を包んだ俺は、部屋から洗面所に向かい、そこである程度身支度を済ませると、そのまま会議室へと向かう。







 会議室の扉を開けると、すでに席に座って喋っていた者たちの顔が一斉にこちらを向く。





 そのうちの一人、 フェデルタが声を出した。






「おはよう、主人殿。よく眠れたか?」





「あぁ、おはよう。いや、もうちょっと寝てたいな」






 そんなことを言いながら、俺は会議室の奥の席へと向かう。





「なんじゃ、領主殿、お主がこの時間に呼んだのじゃろう?」





 そう言うのは椅子に座ってお茶を啜る龍帝だ。カオスの一件以降はこの町、ペイジブルに拠点を置いて、エルフと獣人のいざこざを解決していた。年の功もあってか、彼女は今や頼れるマザーとしてこの町のみんなから崇められていた。




「龍帝、朝でも元気そうだな」




「うむ、カオスの封印をしなくなってから、調子が良くて仕方ないのじゃ」





 そう言って、彼女は着物の袖を捲って、力拳を作った。どう見てもぷにぷにである。




「朝から眼福です。ありがとうございます」





 そんなことを言いながら自分の席にたどり着くと、横に立っていたイチジクが椅子を引いて、俺が座りやすいようにセットしてくれた。






「マスター、寝ぼけているのですか? 目覚めの紅茶です」





 見ると、机の上にはすでに俺の飲み物が用意されていた。




 そのまま席に座った俺は、ティーカップに手をかけながら会議室を見渡す。






 そこには七人いた。





 俺の真横に立つイチジク。ここから見て右前に座るフェデルタ、ヨシミ、コダマ。左の方に目をやると、俺に近い側から龍帝、リューが座っている。龍帝の後ろにはリンが静かに立っていた。






「お前ら、日も出てないこんな朝からよく集まれたな」





 のんびりとあくびしながら、一番最後に到着した俺は呟く。正直、ヨシミあたりは遅れて来ると思っていたのだ。




 すると、そのヨシミがこちらを見てニヤリと笑った。




「なんだ? ナベ、闇に生きる我の宿敵、勇者に会えるのだぞ? 楽しみですぐ跳ね起きたぞ!」





 なるほど、どうもヨシミは厨二病の血が騒いだだけの話のようだ。






 すると、それにリューが反応する。





「フードの坊主とシルドーが、例の勇者と戦うんやったっけ?」




「まぁ、そうだな。俺も戦いたくなんかないんだが、イチジクがやれってうるさいんだよ」





 イチジクの方を横目に見る。





「はい。祭りでは勇者の力を見ることが観客の目的でしょうが、同時にその対戦相手の力も見られます。もし勇者の対戦相手が弱すぎて話にならなかったら、どうなるか……」





「あぁ、はいはい、何度も聞いたよ。この町の力が弱いと思われるって話だろ?」






 俺はイチジクの言うことを途中で遮って言ってやる。この話は嫌がる俺を説得するためにイチジクにさんざん聞かされていたのだ。





「マスターが駄々をこねるから、ヨシミも付けるのです。マスターの硬さなら観客の見たがる勇者の攻撃をたくさん引き出せるでしょう?」





 それに嬉しそうにヨシミが反応する。





「うむ、やってやるぞ! ナベ」



「頑張るの! ヨシミに領主様!!」




  コダマがヨシミの方を見ながら、耳をぴこぴこ動かす。





「本当、勘弁してくれよ」






 勇者と戦う際は、ヨシミを盾にして逃げようとは思っているが、多少は自分にも攻撃が飛んでくるだろう。



 痛いのは嫌だな……




 しかし、そんなことばかりも言ってられない。紅茶をひと啜りして、改めて全体を見渡す。





「さて、じゃあ今日の流れと役割を確認するぞ」





 みんなが黙って頷く。





「まずフェデルタとコダマ、言わずもがなだが、町の警備を頼むぞ。今回の俺たちの目的はただ一つ、外部から来た人々にこの町の魅力を伝え、今後の交易を確立することだ。その時やっぱり大切になるのはこの町の安全性だろうからな」





 魅力ある町と考えた時、やはりまず前提として町の安全性は大切になって来るだろう。どんなにご飯が美味しくて、面白おかしい町でも、危険が常につきまとうような町には誰も好き好んでこない。



 だからこそ、我が町の警備隊には頑張ってもらわなければならない。





 すると、 フェデルタとヨシミが大きく頷いた。






「ああ、任せて欲しい。主人殿の顔に泥を塗るようなことはしないと約束しよう」




「もちろん私も頑張るの!」





 もちろん欲を言えば何も問題が起こらないのがベストなのだが、ここは亜人の町。人族と亜人との間にいざこざやら喧嘩が起こる可能性は十二分にあり得る。




 その解決も警備隊に任せていた。





「龍帝、種族間の軋轢に関してはお前にも頼む」






 龍帝にはここ数ヶ月で獣人とエルフとの間を取り持った実績がある。彼女ならその辺の調節もやってくれると踏んでのことだ。





「うむ……まぁ、できることはやってやろう」





 龍帝は微笑を浮かべて頷いた。後ろに立つリンは黙って目を閉じる。





 それを了承と受け取った俺は、次に龍帝の隣に座るリューへと目をやった。





「リュー、お前は屋台の番だ」




「はいはい、分かっとるわ」





 肩肘をつきながら、リューは了承する。





「分かってるとは思うけど、ただただ店番するだけじゃダメだぞ?」






 リューは間違いなくこの町の最高戦力だ。彼一人本気で敵対すれば、この町は塵も残さず消えることだろう。そのレベルの人間を店番で済ませるわけがない。





「あぁ、分かっとる。屋台の番しつつ、いざって時のために祭りの様子見をしとけばえんやろ?」





「あぁ、その通りだ」






 最後にヨシミの方を見る。





「お前は、俺と一緒に勇者と戦ってもらうわけだが……まぁ、始まるまではこの館で待機しといてくれ」





「ふむ、了解したのだ」






 ヨシミには難しいことを言っても無駄だと分かっているし、そこまでの期待はしていない。






「それじゃ、今日の流れを確認するぞ。イチジク、頼む」 





「はい」





 イチジクは一歩前に出ると、スラスラと今日の予定を言葉として挙げていく。





「まず、太陽が出ればすぐにでも屋台を開店してもらいます。この町には昨日から多くの人々が訪れています。彼らにこの町、始まりの森の産物をアピールしてください」





「分かった、屋台の奴らに言うとくわ」





 リューが腕を組みながらイチジクの言うことに頷く。





「よろしくお願いします。警備隊も夜に引き続き町の警備を頼みます。ついでにこれから大勢の人が町にやってくることが予想されるので、適宜闘技場への誘導を」





「了解した」



「承知したの!」





  フェデルタとコダマもやる気満々のようだった。





「龍帝、貴方も町に出て臨機応変に対応をお願いします」





「ふむ、承知したのじゃ、メイド殿」






 龍帝は横目にイチジクの方を向く。龍帝に対してこんなお願いができるのは、王様かイチジクくらいなものだろう。エルフも獣人も普通の人なら龍帝のなんとも言えない気圧に押されてこんなこと言えるわけがない。もちろん俺も言えないうちの一人だ。


 



 イチジクは続ける。






「さて、メインの闘技場での催し物なのですが、流れとしては初めのうちは前座として勇者ではない戦士たちによる戦いになります。勇者が到着するのが昼過ぎとのことで、それ以降に勇者とマスター、ヨシミの戦いを行います」





「あぁ、俺たちは勇者をいい感じにもてなして、その後闘技場で戦えばいいんだろ?」





「はい、その通りです」






 イチジクはリンの方を向く。





「リン、貴方には闘技場の監督をしてもらいます。闘技場で戦う者たちはどうも気性の洗い者が多いです。それをうまく取りまとめて、前座を成功させてください」





「………。」






 リンも特に異議はないのか、黙ったままコクリと頷いた。龍帝の警護はシルかシアあたりに任せるのだろう。







 すると、ヨシミが立ち上がってフードを少し上げた。





「ふんっ、我は何をすれば良いのだ?」





 それに対してイチジクが即答する。






「貴方は出番が来るまで黙ってこの館にいてください。町に出ないでください。それだけで良いです」





 ヨシミ、戦力外通告……





 まぁ、それが妥当な提案だろう。こいつは行動しようとすると毎度ロクでもないことになる。






「な、なんだと!? 我にすることがないと言うのか!?」





 ヨシミが机をバンッと叩いてイチジクに向かって大きな声を出す。


 すると、イチジクがヨシミとは正反対に落ち着いた声を出した。彼女はメガネをクイっとあげると、何やら呪文をペラペラと喋る。





「いえ、ヨシミの右目には封印されし邪眼が存在しています。もしこの人混みに乗じてやって来た闇の組織に発見されてしまうと、それはこの世界の終焉を意味します。なので、この世界のコトワリを守るためにもヨシミは大人しくしていてください」





 ……ん? イチジクは何を言ってるんだ?






「おい、イチジク、お前頭おかしく……」





 なったのか? と聞こうとしたところで、ヨシミが変に笑い出した。






「ふっはっはっはっはっ! イチジク、貴様と言うやつはよく分かっているではないか! なるほどな、闇の組織が……クックックッ、それは仕方あるまい。我はしばしこの館にいるとしよう」







 何やらヨシミ、大盛り上がりである。




 なるほど、どうやらイチジクはヨシミの知能に合わせてそれっぽいことを言っていたらしい。

 



  フェデルタが呆れたように笑っている。





「まぁ、ヨシミがここにいるってんならいいか」






 ティーカップを持ち上げて、少し冷えた紅茶を一気に喉に流し込む。






「さて、じゃあ皆んな、頼んだぞ」





「はい」

「ふっ、分かったのだ!」

「了解した」

「はいなの!」

「任せるのじゃ」

「……」

「しゃーないな」

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