自警団の帰った夜にて
「行くでありますよぉお!!!!」
「くそったれぇぇえ!」
マユコの攻撃を右へ左へとかわしつつ、俺は考える。
最悪だ。まさか、あの夜に会ったのが俺だとマユコに気づかれるとは。
あの夜……俺がイーストシティの城に例の指輪を盗みに行った時の夜だ。
その帰り道で俺はマユコと遭遇している。怪しい仮面をつけた状態で、だ。
「ほんっと、面倒な、ことに、なっ……た!」
槍をかわしながらも、あたりの状況を確認する。
ここは、町の小さな広場だ。幸か不幸か、周囲に人は見られない。ここは、さっさと身を引くのが賢明だろう。
「じゃ、あ、な!!」
そう言って、すぐ後ろに【巨大壁】を展開する。
「なっ、待つであります!!」
「誰が待てと言われて待つか!」
すぐさま巨大壁の上に乗り込んだ俺は、高く上昇する。
「マユコ、またな」
「また飛んで……!! 貴様は、貴様は誰でありますか!!」
それに対して答えるわけがない。マユコは俺が怪盗だということに気づいているらしいが、俺がこの町の領主をしているということには気づいてないようだ。
ここはごまかすのが一番だろう。
「さぁて、誰だろな。ま、今回は奢ってやった分で見逃してくれ」
その返事を聞くこともなく、俺はできるだけ高度を上げてその場を後にする。
下からマユコの大声が聞こえて来るが、そんなもの知ったことではい。
「これは、マユコが領主の館に行って用事を済ませるのを待ってから帰らないと、だな」
そして時間は流れ……
しばらく適当に時間を潰して領主の館に帰る頃には、日はすっかり沈んでいた。どっぷりと暗い夜に紛れて館の入り口を開く。
すると、同時に中からイチジクの声が聞こえた。
「マスター、ようやく帰ってきたのですか」
扉の向こうに眼鏡をクイっとあげるイチジクが目に入る。
「おう、マユコは? マユコはいるか?」
館の中に入りながら、真っ先にマユコがいるかを聞く。
「マユコ……あぁ、自警団副団長補佐の……彼女なら、しばらく領主を待つと言っていましたが、自警団の一人が迎えに来て帰りましたよ?」
「そうかぁ……」
一気に気が抜けた俺は、ほっとため息をつく。
「どうかされたのですか? なにか悪事がバレたような顔をしていますが」
「あぁ、まさにその通りだよ。で? マユコ何か言ってたか?」
俺は危険がないと知り、堂々と館内へと入る。
「はい。彼女、部下の連絡を受けて、この町の警備は問題ないと判断したと、領主に伝えて欲しいとのことでした」
「おっ、そうか、それは良かった」
つまりは、祭りとして外部から人を呼んでも問題ないということだ。外交関係をもちたい現状においてこれは大きな意味を持つ。
「なら、もう準備として必要なことはないな。あとは、今回の祭りの主役かぁ」
俺はロビーにある大きめの椅子にドスッと座りながらイチジクの方を見る。
「主役……勇者、ですか」
そう、今回の主役。世界に一人しかいない存在、勇者だ。
「そもそも、勇者ってなんだ? やっぱり打倒魔王とか目指してるのか?」
俺の知る勇者といえば、魔王に挑む挑戦者であり、人間の救世主である。
すると、イチジクは俺の前の椅子に腰掛けながら目を閉じる。
「勇者とは、人類最強の存在です。その強さはたった一人で軍隊一つを壊滅させるほどだとか。私も詳しくは知りませんが、王族によってこの世界に召喚され、王族の指示を忠実に聞く戦士だそうですよ」
ふむ……俺の認識とは大きな差異がないようだ。
俺は背もたれにどっしりともたれかかり、己のステータスへと目をやる。
「人類最強……ねぇ。この数値でも、やっぱり鍋蓋じゃ勝てないか?」
目線の先には、カオスを倒したことによって大量の経験値を得た結果、大きく数値の上昇した電子板がある。
名前 シルドー
種族 盾
称号 鍋の友達 胃の中の鍋蓋 付喪神に溺愛される物 ドラゴンキラー なんちゃって領主
Level 156
攻撃力. 0
防御力. 20182
魔力. 0
素早さ. 0
スキル
熱耐性(極)
長持ち
レザークラフト
挑発
巨大壁(極)
石化
ユニークスキル
人語理解
進化 [ 人間の盾 亀の甲 革の盾 バックラー(中盾)スクトゥム(大盾)アイギス]
付喪神
カオスを倒す前後で変わった点としては、そのレベルと防御力……それから、新たな進化とその進化によって得られた新スキルだ。
レベルは前が110だったことを考えると、かなり上昇したことがわかる。このレベル帯になってくると、なかなか上がりづらいことはよく分かっていた。そんな中で46もレベルが上がることからカオスの異常性が窺える。
そして、レベルと同時に上がった防御力……正直、この世界のどんなものよりも硬いのでないかと自負している。
俺は、ステータスの下の方を見ながらポツリと呟く。
「アイギス……ねぇ」
アイギス。
神話やら武器が好きな人なら一度は聞いたことのある「盾」だろう。
詳しくは俺も知らないが、確かアテナあたりの女神が持っていた盾のはずだ。あの有名な人を石に変える化け物、メデューサを討伐して以降、その首が取り付けられた代物だと聞いた記憶がある。
だからこそ、このスキル。「石化」か。
アイギスがユニークスキル【進化】の中の一つに追加されたと気づいた瞬間、俺はすぐさま進化した。そして、その結果として手に入れたスキルが石化なわけなのだが……
どうも、このスキル危険すぎた。
まず危険なのは、相手への危険性だ。この石化のスキルを使えば相手はほぼ間違いなく死ぬのだ。手加減もクソもない。試しに森の魔物にスキルを試したのだが、その瞬間相手は死んだ。死に方など詳しく語るつもりはないが……
恐らくこの手のスキルには何かしらの条件もあるのだろうが、少なくとも森にいる魔物は一切の抵抗も出来ずにその息を引き取った。
そして二つ目の危険な点としては、俺自身の危険性だ。これはスキル使用中のことなのだが、何とも言えない疲労感が一気に押し寄せ、フルマラソンを走りきった後のような疲れがドッとのし掛かったのだ。まぁ、フルマラソンは走ったことないのだが、恐らくこんな感じだろう。
あのときのことを思い出していると、前に座るイチジクと目があった。
「……確かに、カオスの件でマスターを含め、町の住人はかなりレベルが上がりました。しかし、それでもマスターが勝てるかは微妙なところだと思います」
俺は静かにイチジクの発言を聞く。
「正直、勇者の強さはその代によって大きく異なります。弱い代だと野良のドラゴン相手に苦戦する程度。しかし強い代だとそれこそA級の魔物すら瞬殺……S級の魔物でさえ勇者とそのパーティーのみでたおせるほどの強さだとか」
「なるほど……つまり、弱い代だと恐らく俺一人でも倒せる……が、勇者が強い代だった場合、俺とヨシミの力を合わせても勝てない可能性があるわけだ」
「はい」
イチジクは静かに告げた。
話していてふとお腹が空いたことに気づいた俺は椅子から立ち上がり、背筋を伸ばした。
「……っ、はぁ。まぁ、別に勇者相手に勝つ必要は無いんだ。俺たちがするのはあくまで勇者の咬ませ犬。そう重く考える必要もないな」
そう、俺たちは祭りを開催することに意味がある。別に負けてもなんのペナルティもないわけなのだから、いざとなれば痛く無いように負ければ良いだけなのだ。
俺の言葉にイチジクも椅子から立ち上がりつつ同意する。
「はい。その通りです」
「じゃ、食堂に晩飯食いに行くか! 今日は誰が当番だっけ?」
足を食堂の方に向けながら、斜め後ろにいるイチジクに問いかける。
「はいマスター。今日は、ヨシミ、です」
イチジクの無機質な声。
ヨシミ、料理……何故かはわからないが、この二つが合わさった時、何かとてつもなく嫌な予感がする。ヨシミの料理を食べた記憶はないのだが、何か体の奥底の俺が足を止めるように指示して来る。
「ヨシミ……そ、そうだったな。そういえば、今日は腹が減ってないから、もう寝るわ」
な、なんなんだこの危機感は……
体がさっさと立ち去れと言っている。
そうだ。
何か、何か、眠っている時にヨシミに飲まされ……
何か大事にことを忘れている気がする。
……が、思い出せない俺は、己の体に忠実に自室へと帰ろうとする。
その時だ。
「あれ? なんだナベ、帰ってたのか」
そんな声が背後から聞こえてきたのは。
全身に鳥肌が立つ。これは、金縛りとでも言うのだろうか? 恐怖のあまり体が動かない。
「あ、あぁ、ヨシミ、ただいま」
カチコチと動かない体を動かして、ヨシミの方を向く。
そこにはエプロンをつけたヨシミがいた。ここは、まだ食堂ではない。つまり、ここにいるはずではないのだ、ヨシミは。
「ヨシミ、なんでこんなところに?」
俺の質問に、笑顔で答える。
「なんでって……我が料理を作っていたらロビーの方から声が聞こえたからだ! ご飯ができたから呼びにきてやったのだぞ?」
そこでふと気づく。
「あれ、イチジクは? さっきまでここに……」
「イチジク? 何を言っているのだ? ここには初めからナベ一人ではないか?」
瞬間、俺は悟る。
イチジク、逃げたな……と。
「まぁいい、腹、減っているだろ? さぁ、行くぞ、ナベ」
「え、あっ、いや、いや、おなかは……」
「なんだ、遠慮はするな! 普段作ってもらってるからな、今日は我が丹精込めて作ってやったのだぞ!?」
「いや、そう言うことじゃなくて、満腹なんだよ!! 今!!」
俺が必死でそう主張すると、ヨシミは少し残念そうに目線を逸らした。
「ふむ……満腹なら仕方ない……か。では、リンにでも食べさせるか」
ヨシミがそう呟いた瞬間。
影から何かが飛び出してきた。
リンだ。
リンが相変わらず真っ黒な忍者服を着て、俺の横に立つ。
「なんだ? リン、そんなに我の料理を食べたかったのか?」
ヨシミが嬉しそうにリンに言う……が、リンは首をブンブンと横に振って、目の前でバッテンを作った。
「……!!!!!!」
リンは全く言葉を発していないが、全力で否定しているのは分かる。
そして、そのあとでリンは俺の方を指差して、何かを食べるジェスチャーをした。
「なんだ? リンは食べない……が、ナベが食べるってことか?」
……はっ!? いや、そんなわけにはいかない。
俺は慌てて口を開く。
「ま、待て!! 俺は……モゴモゴ」
否定する俺の口をリンが閉じる。そして、そのまま無理矢理首を縦に振らせてきた。
「……!? おいリン、やめ、やめ……」
リンの方を睨むが、リンも必死のようだ。
こいつ、俺を売るつもりだな!!
すかさずリンの手を解き、ヨシミに伝える。
「リンだ、リンが食べたいって!! こいつは無口だが、今、どうしても食べたいって言ったのが聞こえたぞ!」
俺とリンがそうしてわちゃわちゃしている……と、ヨシミが笑顔で二人の顔を見る。
「なんだ、つまり二人とも食べたいってことだろ? クックック、遠慮するな! 二人分なら余裕で足りるぞ」
「……!?!?」
「ちょっ、いや! そうじゃ……」
その後の展開は言うまでもないだろう。
その日、俺とリンは永遠の眠りについたのだった。
今後、ヨシミには料理をする権利を与えないことを条例に加えよう。
うん、そうしよう。




