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とある少女の視点にて⑤

「ようやく……ついたでありますよぉ……」






馬の上で揺らされながら漏らしたその言葉は、真っ赤な太陽に照らされて消えていく。






「……ふぅ、下馬するであります」






後ろについてくる同胞に合図を送ってから、馬からピョンっと飛び降りる。

手綱を持ったまま地面に着地すると、少し遠くに見えている大きな時計塔が目に入った。







「あれが、ペイジブルのシンボルでありますか」






汗で服が肌にピットリと張り付き、おでこのあたりを雫が流れていく。それを服の袖で拭いながらわたしは呟く。






わたしと、その率いるイーストシティの自警団十名が、イスト帝国最北の地『ペイジブル』についたのは、王都イーストシティを出発してから三日後のことだった。







従来ならこれの倍くらいの時間がかかっていたらしいのだが、今は例の街道が通ったことで、三日でここまで来ることが出来たのだ。







「マユコ副団長補佐、これからどうしますか?」







わたしがペイジブルについたことを実感していると、後ろから自警団の一人が声をかけてきた。



わたしは前を向いたまま指示を出す。






「これからわたしは一旦この町の領主に会ってくるであります。あなたたちは各自、この町の警備の実態を確認してきて欲しいであります」






これでわたしの預かってきた自警団十人は各々の仕事を果たしてくるだろう。なら、わたしも己の仕事を果たそう。






後ろにいた部下たちが散り散りになったのを確認してから、わたしはポツリと呟く。







「アン様の愛する方……というのも気になるでありますが、今は自警団副団長補佐として、領主に会わないといけないでありますな……」







わたしは手綱をギュッと握り締めると、足を町の中心部へと向けて進めた。







この町はどうも外壁がないらしく、入り口というものが存在していない。領主の居場所も分からない今、情報収集も含めて、とにかく人が多そうなこの町の中心、例の時計塔を目指すことにしたのだ。







「……にしても、この町には多種多様な種族が混在してるのでありますな」







 町に入ってまず思ったこと……それは、道行く人々の見た目の違いだ。ウサミミの少女に熊のような大男、耳の長いエルフらしき人もいれば、わたしと変わらない人族もいる。







あと……あの緑がかった美男美女は何族なのでありましょうか?






そんな疑問は浮かんだが、なにより、彼らが皆笑顔であったことが一番気になった。






「ここの町の人たちは、お互いに差別や諍いはないのでありますか?」






多くの町では、人族は獣人を同じ人間として認めない傾向があるのだ。人族の町では、獣人は人族の奴隷……これが普通の感覚。どうも、この町ではその傾向が見られない。







それはいいことでありますが……







わたしは歩きながら、町の中を見渡す。






「見たこともないものが売ってるのも、多種族がいるからなんでありましょうか?」







祭り前ということもあるのか、町のあちこちに出店が並んでいた。掛けられた看板には、「射的屋」や「ベビーカステラ」「わたあめ」なんて、聞いたこともない単語が綺麗な字で書いてあった。






「あの、わたあめ? なんてのが特に気になるであります。本当に食べ物なんでありしょうか……はっ! わたしがここへ来たのは仕事の身……ここは我慢であります」







わたしは唾をぐっと飲み込み、雲のようなものを売り出す屋台の前を通り抜ける。







そこから時計台まではすぐだった。ちょうど昼ごろということもあり、屋台から立ち上がる香ばしい香りに誘われながらも、わたしは何事もなく時計台の足元までたどり着いた。







「これが、この町の中心……さすが、昔は栄えていただけあって、大したものであります」






手のひらをおでこに添えて見上げながら、賞賛の言葉を漏らす。







近くで見た時計台は、相当な大きさだった。煉瓦が積み重なったはるか上方には、この町に住む人々の基準となる時計があり、刻々とその秒針を動かしていた。






「さて……では、この辺りの人に領主の館の場所を聞いて、さっさと顔合わせを済ませるであります」






そう呟いて、上に向けていた首を真正面へと下ろしてくる。






アン様とモブシーが認めるこの町で最も強い存在……楽しみでありますな






そんなことを考えながら、道を聞くために辺りを見渡した。







「出来れば女性の方が良いのでありますが……」







目に映るのは、エッホエッホと大荷物を抱えて道歩く獣人の男や、これから狩りに行くのか、弓矢を背中に抱えた二人のエルフの男達……






たまに女性がいても、家で待つ子供に料理を作るためか、食材の入ったカゴをぶら下げて早足で去っていく者ばかりだ。








「うぬぅ……困ったであります」







眉をしかめながら、そう言ってさらに視野を広げて首を回す……







……と、なにやら怪しい奴らを見つけた。








時計台のすぐそばの緑の茂み







……そこから、三つの頭が飛び出ていたのだ。








一人は目以外を真っ黒な布で覆っていた。その鋭い目つきを見れば、子供は泣き出してしまうだろう。




その隣には、間抜けな顔をした奴がいる。のんびりとした目をしており、この国では珍しい黒髪に目がいく。そしてなにより、いやらしくニヤけた口元が怪しさを振りまいていた。





さらにその隣に目を向けると、三人目の男がニタリと笑みを顔に貼り付けていた。彼は男ならではのゴツゴツした顔をぶら下げて、ある方向をじっと見ていた。その目は少しだけたるんでいて、なかなか気持ちの悪い顔になっている。








「なんでありますか……あの三人は? 自警団として、見過ごせないであります」








わたしはこの町に警備の現状を見に来ているのだ。彼らのような不審者…………うん、不審者で間違いない。


とにかく、警備ギルドの一員であるわたしが不審者を放っておくわけにはいかない。






わたしは、その茂みに向けて足をズカズカと進める。







足を進めるにつれて彼らの声が聞こえてきた。





「……。」



「……ごぶ……しり、だよなぁ」



「……かやろう! 脚に決まって……」








……ん? しり? あし?







わたしの聞き間違いでなければ、尻や脚という言葉が並んでいたような気がする。真っ黒な一人は声が小さいのか、単に言葉を発していないのか……






あんな茂みに隠れてなんの話をしてるのでありましょうか?






不思議に思いながらも近づいていくと、彼らの声がより鮮明に聞こえてくる。







「…………。」




「いや……見ろ、あの美しきラインを」




「確かに捨てがたい……が……」







……って、あぁ、そそいうことでありますか








気になって彼らの視線の先に目を向けたわたしは、彼らの話の内容が一瞬にして理解できてしまった。






わたしは大股で男三人衆のところにたどり着くと、そちらに夢中でわたしに気づかない彼らの前で仁王立ちし、大きく息を吸った。








「その場を動くなであります! この『ノゾキマ』ども!!」







そう、彼らは草陰に隠れて「ノゾキ」をしていたのだ。そのノゾキの相手は例の緑がかった肌をした亜人種……







すると、わたしの大きな声を聞いて真ん中ののんびりした顔の男が、首を真っ黒な格好の男へと向けた。







「おいリン……お前、ノゾキマだってよ」







それに、リンと呼ばれた黒ずくめは呆れたように息を吐いた。






「……。」






そうして、付き合ってられないとばかりに姿を……消した。




そう、消したのだ。







「あっ! リンのやつ逃げやがった」






わたしは目をこすって再び彼のいた方を見る……が、確かにそこにいたリンなる男は、跡形もなく消えていた。







「き、き、消えたであります!?」







指差して目を見開く。そんなわたしに、彫りの深い顔をしたごつい体系の男が笑いかけてきた。






彼はのんびりした男とともに、いやらしい笑みを浮かべてノゾキをしていた犯人のうちの一人だ。






「がっはっはっ! 嬢ちゃんも驚いたか? まぁ、あんなもん突然見せられたんじゃ驚くのも無理はねぇなぁ」







彼は笑う。豪快に。






「わ、笑い事じゃないでありますよ! さっきのリンさん? 一瞬で消えちゃったじゃないでありますか!!」







目を大きく見開き唾を飛ばす……が、対照的に落ち着いた様子で、例の笑った男が立ち上がった。






彼の方を向くと、彼は先程までのいやらしい顔を消し、いっそ頼りがいのありそうな、なかなかに気迫のある顔つきになっていた。






「嬢ちゃん、この町、ペイジブルは初めてか? この町じゃあれが当たり前の風景だぜ? なんせこの町に住む住人……」






そこまで言うと、彼はそばを通りかかった追いかけっこをする子供を指差し、その後で少し先のベンチで腰掛ける老人に指を向けた。






「そこの子供から……向こうにいる老人に至るまで、強さで言えば、みんなイーストシティの冒険者とどっこいどこっいってとこだからなぁ」






「なにを戯言を……そんなわけないであります」





わたしは間髪入れずにその言葉を否定する。





イーストシティの冒険者といえば、平均レベル四十前後……王都ということもあり、それなりの実力者揃いなのだ。


そんな冒険者よりもノホホンと暮らしている彼らの方が強い? そんなわけがない。それこそ、『経験値の雨』でも降らない限り……








わたしはすぐに、よそ者だからと侮られたのだと解釈した。すかさず反撃に出る。








「ふんっ、どうやら、田舎者の貴方たちは王都イーストシティの冒険者についてよく知らないようでありますな? イーストシティの冒険者を舐めてもらっちゃ困るであります!」





わたしの方に二人の目線が向けられる。





「王都には……なんと」






わたしはそこでぐっと一息貯めてから、自慢げに言い放つ。







「誰もが一度は聞いたことのあるであろう冒険者……『偉大なる男マッソー』をはじめとした名のある冒険者がいるんでありますよ」






偉大なる男マッソー……彼は、イーストシティに拠点を置く冒険者のリーダー的存在だ。(まぁ、最近はめっきりイーストシティで姿を見なくなったとのことだが……)





その顔は見たことがないが、彼の偉業だけは人づてに伝わってくる。






わたしは腕組みをしねドヤ顔をし、見下す形で彼らの反応を楽しみにする。






……が、返ってきたのは予想外の反応だった。


それは、茂みに座り込んでいたのんびりした顔の男からのものだった。







「偉大なる……偉大なる……男、マッソー……ッフフ……ップッ! アッヒャッヒャッ」








マヌケヅラを晒していた男が笑う。それはそれは、目に涙を浮かべて腹を抱えて……これでもかと、全身全霊で笑うのだ。






わたしは一歩足を引き下げながらも、頬を膨らまして問う。






「な、何がおかしいでありますか!」






すると、彼は目尻に溜まった涙を指でぬぐいながら、隣に立つ彫りの深い男の方に目線を向けた。






「……はっはっ……はぁ、はぁ……いや、なんでもない。ただ、そこに突っ立ってる男は一体いまどんな顔をしてるのか気になっただけだ」







この男は何を言って……わたしは、その男の目線の先へと目を向ける。








「な、なんだか顔が赤いみたいでありますが、どうしたんでありますか?」







わたしにこの町の住人は強いと言ってのけた男の顔は、何か辛いものでも食べたのかと言いたくなるくらいに赤く染まっていた。



そんなリンゴのような顔をした大男は口をゴモゴモと動かす。






「な、な、なんでもねぇよ……ただ……あぁ、なんだ、そのマッソーって野郎はもう別の土地で拠点を築いたらしいぞ」






「騙されないであります! だってそんな話、聞いたことがないであります! 『偉大なる男マッソー』は数年間イーストシティで活躍を……」







わたしの言葉はそこで止められた。




わたしの前に立つ彫りの深い男によって。






彼はズンっと一歩分わたしとの距離を詰めて、両肩を掴んできたのだ。






「い、い、か、ら!! その、偉大なる男ってのはマジでやめろ! マッソーって男はそんな偉大なやつじゃねぇ! 寝込みを狙って盗みもするし、草陰からノゾキだってするような奴なんだよぉ!!」






な、なんでありますか、この気迫……






わたしの前に、目をぐわっと開き、大きな口を開ける男の顔が迫り来る。






「わ、分かったであります……」







何が何だかわからなかったが、わたしはそう返事をする。






すると、私の肩から男のゴツイ手が離れた。

わたしの答えに満足した……というよりは、この場から立ち去りたかったのか、急ぎ足で彼は私の背中の方へと歩いて行ってしまった。





そちらに意識を向けながらも、脳内で状況を確認する。






「な、なんだったんでありますか……って、あっ! あのノゾキマちゃっかり逃げたであります!!」







なんだか流れで逃げられた気がする。






その時だ。







ガサガサガサッ








そんな音が先ほどまで三人が潜んでいた茂みから聞こえてきた。








その瞬間、わたしはごつい男の後ろ姿から茂みへと目を向けた。そして同時に、得意の槍を魚を突き刺すモリのように、茂みに放つ。







……グサッ!!







何かに槍が刺さった音が響く。







わたしの槍は見事、狙った通り地面に突き刺さっていた。







そして、その槍の刃に反射するのは、四つん這いで逃げようとしたもう一人の男の顔……






「……あなたまで、どこに行くつもりでありますか?」






わたしは低い声で槍の刃をギラつかせる。







「はっははっ……なんで俺だけ……リン、マッソー、許さねぇ」







彼は小さく呟きながら、こちらに笑顔を貼り付けた顔を向けた。



そして、そのままひとりでに口を動かす。






「えー、本日はお日柄もよく、あなたにこうして出会えて、私くしめは本当に幸せです。ただ、この世界には一期一会という言葉があるように、出会いには同時に別れが存在しておりまして。ええ、別れの時は必ずやってくるんです。ということで、さようなら」






そのまま、スクッと立ち上がると、のんびりとした顔をぶら下げてそそくさとこの場を離れようとする……





……が、そんなもの許すわけがない。







「わたしもすぐさま立ち去りたいであります……が、自警団としてそういうわけにもいかないであります……はぁ」







槍を地面から引き抜き、刃を上にして肩に抱えながら私はため息を漏らす。そんな私の前で、彼は立ち止まって眉を八の字にした。






「自警団……? やっぱり、さっきの話ぶりからしてそうじゃないかと思っていたが、お前、イーストシティの人間か?」





「そうであります! わたしは、これでも自警団ギルドイーストシティ支部の副団長補佐を務める者であります」






わたしがそう言って自信ありげに胸を叩くと、彼は顎に手を添えながら顔をニュイっとわたしの顔へと近づけてきた。






わたしはすかさず仰け反る。






「な、なんでありますか!?」





「…………んん?」






すると、しばらく考え込んだような時間があってから、彼は左手の手のひらをポンッと叩いた。






「あっ! 思い出した、お前、マユコだろ!!」





「な、なぜわたしの名を!! 確かにわたしはマユコではありますが……」







わたしはこんな男に出会った記憶がない。反射的に口が開いた。






「なんでって……あぁ、そっか、あのときの俺は……いや、なんでもない! はじめましてだったな」






な、なんであります、この丸見えな嘘は……






しかし、だからといってわたしが会ったことないと判断する以上、「はじめまして」が正解なのは間違いではない。






「……むぅ……引っかかる反応ではありますが、まぁ、いいであります。ノゾキマとこれ以上言葉を交わす気もないでありますし」







わたしはそう言って槍を背中に収める。







このままこの町の警備隊のところに届けようと思ったが、どうやらこの容疑者は弁明したいらしかった。







「待て待て、俺はノゾキマなんかじゃない! 俺はこの時計台の掃除をしてたんだよ」







そう言って、男は後ろにそびえ立つ時計台を指差した。







「時計台の掃除……? なるほど、ただの変態ノゾキマ嘘つき野郎でありますか」






「まて、誰がいつ変態ノゾキマになった! 俺は、たまたま茂みの近くで休憩していただけだ! 断じてノゾキマなのではない!」







彼はそんな嘘丸出しな言葉を並べる。



本来ならこんな男、「嘘だ」と言い放って牢獄に打ち込みたいところではあるが、わたしはあくまでイーストシティの自警団だ。この町でそこまでの力があるわけではない。







そうとなれば、わたしは切り替えて話を進める。






「……はぁ、もういいであります。わたしもそれほど暇ではないでありますし……しかし、そうでありますな……なら、これから一つ、わたしの手助けをするというのはどうでありますか? それでノゾキの件はチャラにしてあげるであります」





「だから、俺はノゾキマじゃ……」





「……なにか? わたしだって女性がいいのを我慢してあなたに頼んでいるんでありますよ?」





「なら、そこらにいる……って、はぁ、もういいや、この言い合いの方が面倒臭そうだしな……それで、何を手伝えと?」






どうも物分かりのいい変態で助かる。






「手助け……というほどのものでもないでありますが、わたしをこの町の領主の館へと連れて行って欲しいであります」






「領主の館に? まぁ、それくらいいいが……そこまで行く必要もないと思うぞ?」






掃除屋はまだ何か言い訳して手伝いたくないようだったが、わたしは無理やりいうことを聞かせる。







「つべこべ言わず、連れて行くであります」








こうして、ペイジブルに到着し、同時に掃除屋という案内役を得たわたしは、領主の館へと向かうのだった。

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