第90話 友達依存
むかしむかし、といっても俺にとっての昔話で、小学校の低学年の頃だったろうか。トウマの家で遊んだ時、俺は玩具を一つ持ち帰った。あいつの家は金持ちだし、一つくらい持ってったって良いだろうと。じゃなければ世の中、不公平だと。まあ今考えれば、それほど欲しかったものでもないと思う。でもその時は無性に欲しくて、こっそり右ポケットに忍ばせて、何故だか気分は高揚した。
それでその日の帰りだ、トウマは俺を呼び止めた。でもその後には笑って、またなと一言、そう言って家の中に引っ込んだ。そして俺も家に帰る訳だが――
幼馴染で家も近い、だけどその距離が異様に遠い。そして何より右ポケット、それに収まる程度の小さな玩具、それが異常に重いんだ。足を引き摺り、息も絶え絶え、体は震えて、心は冷たい。結局、その玩具で遊ぶことは一度としてなく、見ることさえ憚れて、最終的には耐え兼ねて、母にそのことを白状した。
その時の母は激怒した。頬を引っぱたかれて、今時なら虐待とか五月蠅そうだけれど、でも俺にとってはその方が有難かった。なんのことはない、俺のしたことは盗みであって犯罪だ。その罪を誰かに裁いて欲しかったのだ。
その後はすぐに母と一緒に、トウマの家に出向いて行って、そして玩具を返して頭を下げた。そこにはトウマの母もいて、少し怪訝な様子だったが、そりゃあそうだ。それが向けられるべき視線であって、子供といえど許されるべきことじゃない。泣いて謝る俺を見て、そして幼きトウマはこう言った。
「それ、俺が捨てたやつじゃん。いらねぇっつって、部屋の隅に放り投げたやつ。馬鹿だなキラは、欲しいなら言えよ。俺ん家はキラと違って金持ちだし――」
ばちんと、トウマの頬を叩く音が一つ。
「トウマ! あなた、なんてことを……キラ君に謝りなさい!」
「痛ってぇ……悪かったよ、ごめん……」
結果として、その場は両成敗に終わる。頬を擦りながらに、トウマはにやりと笑って見せた。
そしてその後、学校でトウマに会って、改めて盗んだことを謝った。そして何故トウマは嘘を吐いたのか、それをおずおずと尋ねてみた。
「別に嘘言っちゃいねぇよ、俺にとっては正直いらなかったしね。それに俺は、山ほどの玩具をキラの見えるところに置いてて、誰だって、こんなに玩具は買ってもらえねぇことも分かってた。欲しくなるに決まってるよな、だから悪いのは俺の方だ。キラだけが怒られるのは見てらんなかったし、もう謝るなよ。どんな玩具も代えは利くけど、友達はお前しかいねぇんだから」
あぁ、俺はなんて馬鹿なことをしたんだと。その時、改めてそう思った。つまらぬ欲望に駆り立てられて、唯一の友達を失おうとしていたのだから。
以降、俺はトウマの家に行くことはめっきり減った。しかし決して疎遠となった訳ではなく、トウマとの友情は前にも増して強くなる。外で遊ぶことが多くなり、ゲームは決まって俺の家で。そんな仲良しを見ていれば、親も自然と心を許し、いつの日からかはまったく元の関係へと。
俺はトウマに邪を抱かない。そりゃあ人とは違うし、恵まれているとも理解しているが、それを利用しようなどと、そんなことは二度と思わない。一時は肩を並べようと、必死に努力をしたこともある。結果は知っての通りの惨敗な訳だが。
だけど世間はそうじゃなくて、歳を重ねるほどに才あるトウマの周りには邪を抱く者が現れる。成長と共に世間は広がるはずなのに、トウマはどんどんと、信じられるものが無くなっていく。一見すればリア充だが、トウマが真に心を許す者はとても少ない。
しかしトウマは偽らない、俺には本音を見せてくれる。世間が企めば企むほどに、より強く身内に依存してしまう。天才と呼ばれるトウマの世界、そこには俺と、親と、彼女だけしか存在しなくて、その内二つがトウマを離れた。
心の内は分かるよ、トウマ。俺はお前の親友だしな。だけれどお前は、そんな俺すらも見限ってしまったって言うのかよ……




