第89話 侮るのは許さない
「いるんだろ? 誰だか知らないが、キラに忠告した奴がそこにさ」
トウマの投げた声の先、ルディアは神の視点を使用している。よってトウマには目に映るどころか、気配すらも感じることはできない。しかしキラの行動は物語の進行を著しく害する行為。となれば舞台の人間も無視はできず、トウマはルディアの存在に気付いて、そして阻止せんと第四の壁を突き抜けてきた。
そしてルディアは姿を表す、転生キラを抱きかかえて。
「キラの神様は女神様か。俺のはどでかい筋肉質でね、華やかでうらやましいよ」
「ヘラクレスですか。そういえば、彼は勇者ばかり生み出していますからね」
転生神ヘラクレス、ルディアの思うイメージは、いわゆる脳筋キャラというもの。策謀を張り巡らせるタイプでもなく、別段脅威とも感じていない。ただ一つ気になることがあるとすれば、それは彼の転生者は強いということ。厳選した者だけから転生し、その強さは折り紙付き。最強と言われて思い浮かべるキャラクター、それを地で行く転生者を量産する。
しかしそれでも、転生者は転生神の創造物である以上、神の力を超えることはあり得ない。いかなる力であっても、紙面や画面の前の閲覧者には手の出しようがないように、神に打ち勝つことは叶わない。ごくごく稀に、ルディアの長き生に於いて二度だけ覆した事例は存在するが、それも特殊な状況下であって、やはり転生者が神を超えることは不可能だ。
だが、今はこうして姿を曝け出している。二度の事例の内の一つではショーコはキラに倒された。しかしあくまでルディアの補助があり、キラ一人では決して神は倒せない。戦うだとか弱みを見つける以前に、神を認識できないのだから。
では姿を見せれば、それで神は倒せる存在となり得るか。それもやはり違う。神は転生者を無限に生み出せるだけのエネルギーを有しており、真っ向勝負でも敵いはしない。それを為したのがもう一例だが、それも決して一人の力の賜物ではなかった。
神は神でしか手が出せず、ルディアがトウマに恐れを抱くことはあり得ないはず。
「さぁ、キラを連れて帰りなよ。倒しておけば危険は減るが、幼馴染みを殺したくはないからな。手の内も知れたことだし、キラでは俺をどうにもできないよ」
「私の目掛けた転生者を馬鹿にするんじゃないですわ。私はキラを間近で見てきましたが、どうにもならない事態を幾度も乗り越えてきたのです」
「だが、そのどうにもならないことを、キラ自信が一番良く理解してるはずだ。おまけにキラの能力は闇討ちで、暗殺者風情が勇者に敵うべくもないだろ」
嫌な予感がする。恐れではないが仄暗い念が拭えない。神をも下すルディアの長き努力の賜物が、生まれたばかりのトウマの才に何かしらの警鐘を鳴らしている。
だが、それを踏まえても許すことはできない。自分は茶化していじるけど、他人が馬鹿にするのは見過ごせない。ルディアのそれは人と同じで、自身を蔑まされるより遥か癇に障る。転生キラを侮るのは、女神ルディアが許さない。
「キラを馬鹿にするんじゃないですわ。いいですか、真の勇者とは職業ではなく、能力値の多寡でもない。ましてや生まれついての勇者などいないのです。村人だろうが、奴隷であろうが、凡才の高校生だろうが、真なる正しい勇気を持った者。それこそが勇者という存在なのです」
トウマは敵意を表すでも、反論する訳でもなければ、ただ一つ、自身の存在を目の前の神に問うてみた。
「では一体、俺の存在はなんなんだ」
「勇者でも主人公でも無ければ、異世界へと逃げた、ただの臆病者ですわ!」
正論に混じり侮辱とも近かったが、存外トウマは言葉に耳を傾ける。だが、その後の行動はというと――
「以上、かな。言いたいことは」
剣を抜き、構えて、そして踏み込む。なんて悠長な隙もなく、ルディアの眼前には既に切り掛かるトウマが迫り来る。応じるべきか、しかしこの場で争ってしまってはルディアにトウマは救えない。
よって一旦その場を退く、気を失ったキラと共に世界を繋ぐ異次元へと。ルディアにはキラが必要で、キラもそれを望んでいるはず。だからキラの回復を待たなければならないと、そういう——後付けの言い訳。
その場を逃れたルディアは片手にキラを抱いている。そして、もう片側は脇腹を。
「まさか……この私が人間を相手に――」




