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第8話 続チーレム転生者を始末ですわ!

 半日にも及ぶ長時間の張り込み。足は棒になり、集中力にも限界が見え始めたころ。ようやく日は傾き異世界は夜を迎える。


 転生者一行は買い物の後に、結局夕食も摂ることにもなり、空きっ腹だった俺には相当堪えた。そんな苦難も乗り越えて、遂に帰宅の時間までたどり着く。

 件の豪邸へと戻る一行。扉の開くタイミングを見計らい、俺とルディアも邸内へとこっそり忍び込んだ。


 足を踏み入れた空間は玄関、という表現より、ホールと言った方がしっくりくるだろう。広さの表し方に、東京ドーム○個分、という言葉がよく使われるがまさにそれ。何畳、という単位ではイメージできない、テニスコート丸々一つ納まる程の広大なエントランス。


 床は、よく磨かれた大理石のように光を跳ね返し、木製の家具や装飾品には、一つ一つ丁寧に手彫りの模様が施されている。

 異世界の素材が現実世界のものと同一、同価値かは素人目には分からない。それでもおおよそ大半は、一目でこれを高級と認識するに違いない。そんな、絢爛豪華な造りをした内装であった。

 

「外面である程度予想はしてたけど、本当に広いな。この感じだと部屋だっていくつもあるだろうぜ? 脱衣シーンって言ったけど、こりゃあ各自の部屋に風呂も付いてるんじゃないかな?」


「キラ、あなたは一日かけて何を観察してきたのですか? ここは地球じゃないのですわよ。水道管が張り巡り、シャワーや蛇口で水が出るお手軽さなんて、この時代にはまだ存在しないのですわ」


 いや、それはそうかもしれないが、それを言うなら。


「だとしたら風呂の文化だって怪しいだろ! 昔は身体を拭くだけって聞いたことがあるぞ?」


「それはないですわ」


「な、なんで!? 文明が古いんだったら、文化だって――」


「ここは中世ヨーロッパではなくて、異世界なのですわよ。なんとなくそれっぽい時代背景にはするけれど、都合の良いところは取り入れる! それが異世界ファンタジーってものなのですわ!」


 な……納得できない……


 多少の……いや、大いに疑問は残るが、議論していても仕方がないので、とりあえず広い邸内の探索をはじめることにする。なんだか空き巣の様で気乗りはしないが、ほどなくして大浴場を発見するに至った。


「ほら、あるでしょう?」


「いや、まだ分かんねぇぞ。昔は風呂は朝に入るものだとかなんとか――」


「そういう勝負じゃないんですから……」


 後から思えば下らぬ会話だったと思う。だがその時は意地になってしまっていた。

 だから、迫りくる気配に気付くのが僅かに遅れてしまったのだ。大浴場へと続く廊下から、キャッキャウフフと黄色い声が聞こえてくることに。


「ま、まずい!」


 人によって、これをピンチと捉えるか、チャンスと捉えるかは大いに分かれるところだろう。

 軟派な主人公が嫌いな俺にとってはもちろんピンチだ。


 転生キラはにげだした!

 しかし、まわりこまれてしまった!


 脱衣所まで駆け出す俺の首根っこを、ルディアはすかさず摑まえる。


「どこに逃げるというのですか!? 転生者は必ず! 混浴を狙いにやってきますわ! あなたがいなくてはお話になりませんことよ!」

 

 い、いや。でもそれってつまり、この場で脱衣タイムが……



挿絵(By みてみん)



 結論を言おう。凄まじかった。

 もちろん、軟派な主人公が嫌いな俺にとってはチャ……ピンチだった。まぁ俺は、ルディアとの契約上命かかってるから、仕方ないから。そう、仕方ない……


 入浴の準備を終えて、脱衣所から浴場へと入っていくチョロイン達。

 顎を上げ、鼻を手で覆いながら待つこと数分。脱衣場に向かう廊下の向こうからまた一つ、足音が聞こえてきた。


「きましたわね。転生者ですわ!」


 チョロイン三名が既に風呂場にいる以上、確かにこの足音は転生者のものだろう。

 だが、本当に浴室に入るのだろうか? 脱いだ衣類は脱衣所に残っているし、何より浴場から響く物音はこちらまで届いている。


「さすがに気付くんじゃないか? 風呂の外には今は誰もいない訳だし、ここなら中の気配に感付かない方がおかしいよ」


「感付かないのではないですわ。感付けないのですわよ。読者の期待という厚き壁が、気配を断固遮断する。私はそれをAT(エッティ)フィールドと呼んでますわ」



 え、えぇ……


 それって真顔で説明することじゃないだろう。

 だが、下らん呼び名は置いといて、いくらなんでもその理論をそのまま『はい、そうですか』とはならない。いずれ気付くだろうとタカを括り、転生者の様子を伺う。


 脱衣所にたどり着く転生者。この時点ではまだ気付いていないようだ。そのまま視線を前に向ければ、すぐにでも女性陣の脱いだ衣類が目に付きそうなものだが、なぜかくるりと右を向き、わざわざ隅の方で着替えだす。

 ほんの少し、わざとらしさを感じたが、でもどうやったって中の気配には気付くはず。


 気付く……はず?


 あれ? そういえば転生者が脱衣所に着いた辺りから、浴室の中の声や物音が聞こえない。先程まで騒がしかった浴室が、なぜだか今はシンと静まりかえっている。


 これじゃあまるで――

 入ってくれと言っているようなものではないか!


「ふふ、だから言ったでしょう。チーレム要素を含むファンタジーが、お風呂回を黙って見逃す訳ないじゃない。これは転生神、ダークネスの仕業ですわ!」


 わぉ、なんともトラブルが起きそうな名前だこと。


「現時点で主人公パワーを得られそうにも思えますが、ラッキーエッチはある意味とても主人公らしいですわ。ここは一旦待ちましょう」


 ①ピンチ②チャンス。

 どちらと言われれば③興味ない。


 そんな転生者の脱衣シーンも終わり、遂に浴場への入室の時間が迫る。


 果たしてどうなる?

 悲鳴が上がるのか、風呂桶が飛ぶのか、はたまた定番の『○○さんのえっちー』が聞けるのか。多種多様なケースを想定し、俺はその瞬間の為に身構える。


 ガチャ……


 開かれる扉。

 その先は男子禁制、秘密の花園。


「あ……しまった!」


 なんだか狙ってた感も否めないが、確かにそんな反応もするだろう。

 対して女性陣、これも同様お決まりの台詞。

 

「ご主人様!」

「あるじ!」

「ご主人しゃまだー!」


 お決まりの――


「お背中お流しします」

「いや、私が流します!」

「ずるーい! それはボクの役目だよぉ!」


 台……詞……?



挿絵(By みてみん)



 男が入ってきたにも関わらず、嫌がりもせず、恥じらう様子すら見せない。嬉々として転生者を迎え入れるチョロイン達。


「な、なんなんだ、これは。男が入ってきたんだぞ? こんなの絶対、馬鹿げてる!」

 

「これが異世界。これがチョロイン。男子の妄想を具現化した、都合良すぎる女性の姿ですわ!」


 分からない。目の前には女性の裸体が広がる。男なら興奮して然るべきだ。でも、俺にはこれがお色気シーンに思えない。


 だってこんなの、リアリティが無さすぎる!

 

「これが女性、というものだと思ったら痛い目見ますわぁ。ドラマの世界なら、ドロッドロのサスペンスか、殺人事件の幕開けですわねぇ」


 た、確かに。

 これもこれで、ホラーな気はするけれど……


「これでは偶然どころか、いつでもどうぞのガバガバ状態!

 ラッキーエッチはあくまでラッキー、ヒロインのビンタで終わるのが常ですわ!」


 ドクンッ


 全身が躍動するような鼓動の高鳴り。

 熱く焦がすように燃え滾る血潮。


 この感覚は、このパワーは!


「キマシタワァアアアアアア!!!!!!」


 握りしめる右拳。その隙間から漏れ出す裁きの光は、かつてない強烈な主人公パワーが宿していた。


「さあ、これで主人公パワーは転生者を上回ったのですわ! いざ! 天罰の時ですわよぉおお!!」


 チョロインも、湯けむりすらも映らない。

 見据えるのは、愚かな転生者ただ一人!



「女は! そんなに!! 単純じゃねぇえええ!!!」



 その言葉は事実、正論、真実。

 それらを並べれば、かくも真っ当な訴えに見えるだろう。

 だがその力の本質は――

 現実世界でモテぬ男の、魂の叫び!


 邪だが、それは現実味のないチョロイン達には持ち得ない、感情を伴った紛れもない人間の精神。そして人の心というものは、データなどでは計測できない、人知を超えたパワーが宿るのだ!


 その力を身に受けた転生者は、浴室に漂う湯気の如く、儚く宙へと失せていった!



挿絵(By みてみん)



「ヤリマシタワァアアアアア!!!!!!」



 ルディアは固めた拳を天高く掲げる。その姿はまさに、正真正銘、勝利の女神といったところ。

 

「理想の女子がチョロインでは、恋する資格なんてないのですわ! 時をかけて愛を育み、互いが互いを想い合う。もう少し女の子の気持ちを勉強してから出直してくることですわね!」


 女神という概念の型を破るこの女からは、考えられないようなまともな意見。散々言っておきながら、ちょっぴり羨ましいと感じたのは内緒だな。


 残るのは茫然自失のチョロイン達。彼女らは少しの間は酷だけど、きっといつか、一人一人を大切にしてくれる男が現れることだろう。

 漂う湯気は浴室全体を包み込み、それが晴れる頃には、俺は現実世界へと戻っていた。


 辺りは寸分違わぬ転移前。

 目の前には、去り際に見た姿のままの、俯き言葉選ぶ安心院さんがいる。


 そ、そういえば。

 こんな状況だったな……


 唐突な帰還、覚悟も無しに訪れる急展開。言い様のない緊張が甦り、心拍ははち切れんばかりに加速していく。


「あのね、実はね……私……!」


 下がった眉尻が上を向く。意を決した面持ちで、真っ直ぐに俺の瞳に視線を向けた。

 安心院さんは覚悟を決めたんだ、俺もそれに応えなければならない。


「あの……!」



 ごくり……



「お化けが見えるんです!」



 …………



 え? 今、何て?



 予想の斜め上をいくカミングアウト。

 これも一種の告白といえば間違いないが。


「ほら、今日の朝、転生(てんじょう)くん窓を開けてたよね? そして小さな声でボソボソと、誰かに向かって話してた」


 ギクッ


 確かにあの時俺は、ルディアを教室内に入れる為に窓を開けた。その後小声で話もした。今朝の出来事だが、俺にとっては一日近くも前のこと。今更誰に見られていたかなんて記憶にないが、まさか、安心院さんに一部始終を見られていたなんて――



「転生くんも、もしかしたら私と同じにお化けが見えるんじゃないかなって。お化けと話ができるんじゃないかなって。

 実はね、今もうっすら見えるんだ。転生くんの後ろに佇む、青白い不気味な女性の姿が……」


 恐る恐る安心院さんが指をさす先。

 そこにいるのは――


「だ、だ、誰が不気味な女性だーですわぁあああ!!!」



挿絵(By みてみん)



 ル、ルディア!

 今回は帰還後も側にいたのか!


 予期せぬ罵倒を受けたルディア。顔を真っ赤に紅潮させて怒り狂い、罵詈雑言を撒き散らす。


「な、何か聞こえる!」


 けたたましい女神のおたけびに恐怖を感じた安心院さんは、両手で脇を抱えて青冷める。

 安心院さんの言うところのお化けの正体。その本性を知る俺は、心を落ち着かせる為にも優しい嘘を吐くことにする。


「だ、大丈夫だよ! 安心して! これ、大したこと無い低級霊だから。心配しないで!」


「大したことないぃ? 低級霊ぇ!? 私は女神ですわよ! 神様なんですわよ!

 甚だ失礼ですわ! 誠に遺憾ですわ!!

 今日はもう、顔も見たくもありません! 帰ってご飯でも食べるとしますわ!

 まったく……ざまぁな気持ちが台無しですことよ!」



 恐るべき口の早さで文句を垂れると、腐れた様子でルディアはその場から姿を消した。


 悪いなルディア。

 だがお前にしては空気を読めた方だ。

 おかげで邪魔者はいなくなった。


「あれ? 気配が……消えた?」


 すごいな。怒り狂った時といい、今といい、本当に気配を察知していることが俺には分かる。でも確か、ルディアが言うには、どんなチートでも見破れないんじゃなかったのか?


「そうだね、どっか行ったみたいだ」


「でも、やっぱり転生くんもお化けが見えるんだね!」


「ま、まあ一応……ね」


 本当は幽霊なんか見えはしない。だけど、落ち着かせる為とはいえ、低級霊が憑いてるなどと嘘を吐いてしまったからには、もう後には引けない。


「私ね、お化けが見える人が、今まで誰も周りにいなかったから不安だったの。もしかしたら私だけおかしいのかなって。でも良かった! 仲間が見つかって! 私の初めての見える仲間!

 転生くん、よかったらなんだけど……私と、友達になってくれない、かな?」


 恋の告白ではなかった。

 だけど――


 嬉しい!

 めちゃくちゃ嬉しい!


 語彙力なんて構うものか!

 今の俺は、超スーパーめちゃくちゃ舞い上がっていた。


 天にも昇るほどに高まる気持ち。だけどここで、あまりはしゃぐのはみっともない。今にもにやけてしまいそうな表情筋を引き締めると、なるべくクールな雰囲気を装って答えを返した。


「も、もちろんだよ! 俺なんかで良ければさ」


 顔はぎこちなくないだろうか?

 声は上ずっていなかっただろうか?


 自分の仕種が、安心院さんの目にはどのように写っているのかとても気になる。鏡を見たら笑ってしまうような、可笑しな顔をしてるかもしれない。

 だが、そんな心配を余所に、安心院さんは天使のような微笑みを俺に返した。


 「よかったぁ! 私ね、もし違かってたらどうしようって、すごいドキドキしてたんだ。

 私のことはマヒロでいいよ! 私もキラくんって呼んでいいかな?」


 きっと、もしお化けが見えず、ルディアの存在が無かったとしてもだ。こんな子とお近づきになれるなら、誰だってその場は見えることにしただろう。


「う、うん! わかったよ、マヒロさん!」


「マヒロでいいよ! 今まで誰にも言えなかったから、お話したいことがいっぱいあるの!

 よかったら途中まで一緒に帰ろうよ!」


 それは、願ってもないお誘い。


 マヒロと同じ歩調で歩く帰り道。


 何を話しても楽しかった。

 俺の言葉に微笑む仕種が嬉しかった。

 見飽きたはずの下校の景色ですら、きらきらと輝いているようにさえ思えた。


 付き合っている訳ではない。

 そしてもちろん、マヒロは知り合えばすぐにベタベタするようなチョロインでもない。


 でも――


 やっぱさ!

 ドキドキとか駆け引きとか、そういうのがあった方が、恋愛って楽しいだろ!


 別れ際には連絡先も交換し、その後はだらしないにやけ顔がとまらなかったとさ。









挿絵(By みてみん)

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