第88話 最大の弱点
「な、なに馬鹿なこと言ってんだよ。なんも面白くねぇぞ」
「別にギャグ言った訳じゃねぇよ。俺は元の世界に戻るつもりはない、それだけだ」
トウマは何を言ってるんだ。いつもみたいな冗談だと思いたい。でも知ってる、分かってしまう。こういう顔のトウマは決まって、真面目な話をするってことを。
「ま、待てよ。親はどうするんだよ!」
トウマの親御さんはいい人だ。金持ちだけど、庶民の俺なんかにも優しく接してくれるんだ。間違いなく心を痛めているに違いない。それが分からないトウマでもないはずだ。
家族を思い返して胸を痛めたのか、顔には陰りを見せている。ここしかない、畳みかけるチャンスは今この瞬間に。
「分かるだろ? 絶対心配してるって! だから俺と一緒に帰ろうぜ」
「だから……」
「そう、だからさ! 分かってんなら早く――」
「だから! 帰らねぇんだよ! 親がいるから! ここに残るって言ってんだ!」
親がいるから帰らないって、それじゃあ俺の発言は逆効果じゃないか。でも、そんな中学生みたいな理由なんてよ。
「喧嘩でもしたのかよ、んなことで意地張るな! 一言謝れば済む話じゃねぇか!」
「黙れよ、そんな単純なもんじゃねぇんだよ!」
トウマは激情のままに怒号を放った。幼馴染なら、そりゃあ幼い頃からトウマを見てきたが、しかし彼がここまで怒りの感情を剥き出しにした所を、俺は今まで見たことがなかった。
「俺、彼女と別れたんだよ……」
「そ、そうなんだ。気の毒だけど、それと家族が一体なんで……」
別れて傷心なのは分かる。だけどそれって誰にでもあることだ。それくらいで世界を見限られちゃたまらないもんだが。
「親がな、別れるように頼んだんだ」
「――――え?」
「大学生なんだよ、俺の彼女。でもいいとこでもなければ、ごく普通の大学だ。でもそんなこと俺にとってはどうでもいいし、俺は本気で好きだったよ」
そう、トウマはそういう奴だよ。生まれで判断するような奴じゃない。そもそも誰だってトウマと並べる奴なんていないんだから。仮に生まれで判断したのなら、トウマが愛せる者は――ゼロだ。
「でもな、親はそれを認めなかった。それで、手切れ金まで渡して彼女を俺から遠ざけた。何の話もねぇんだぜ? 親も、彼女もだ。所詮、親は俺の成功にしか興味は無くて、同じく彼女も金さえ貰えりゃ十分だったって訳だ」
「それって……そんなことって……」
ないって、言っていいのか。トウマの親御さんに限ってそんなこと。でも、それを否定すればトウマを嘘吐きと。あれあれ……何を言えば正解なんだ。俺には……分からない。
「くだらねぇだろ。そもそもこの世は、そういう奴ばっかりだ。笑顔張り付けた大人も、擦り寄ってくる女も、見た目ばっかに囚われて中身はなんも見ちゃいない。そんな折に、神を名乗る者が現れたんだ」
「それって、転生神――」
「確か、そんなこと言ってたな。そしてそいつの話じゃ、なんと異世界に連れて行ってくれるって言うんだ。決められたレールも無ければ、財産を狙う輩もいない。しがらみを抜けた、何も持たない地井トウマとして人生をやり直しさせてくれると」
そんな話を真に受けてって……でも、転生神は自身を神と信じさせるだけの力を持ってる。そして転生神の目的と、トウマの望みが合致したのなら、もっと喜びに溢れてもいいはずだ。だけどトウマの顔は、憂いに滲んでいるように思える。
「唯一の心残りはキラだった。それだけが胸につっかえてた。お前だけは俺を、俺として見てくれるから。そして奇跡的にもキラは転生者だった。だからさ、お前がここに住めよ。そうすりゃ俺達は、ずっと友達同士だろ」
一部始終、黙って話を聞いていた。聞いていたんだけども、理解が全く追い付かない。話していることも、トウマの感情も、何が本当なのか分からない。だけど一つだけ、絶対に変わらない答えがある。
「は、はは………あっはっはっは!」
真面目に話して笑うんだから、そりゃあトウマは怪訝な様子だ。でも、笑っちまうだろ。だってトウマはこの俺に――
「ここに住めだと? 馬鹿も休み休み言え! 俺にはマヒロがいるんだ、父さんや母さんも帰りを待ってる! できる訳ねぇだろ! 戻るのはお前の方だ、トウマ!」
「嫌だ! 俺は帰らない!」
「帰らねぇってんなら、無理矢理にでも引き戻してやる!」
昂る感情のままトウマの腕を引っ掴み、それを力強く、乱雑に、いっつもルディアがやるみたいに、ゲートの中に放り込んでやる。
「離せよ」
「誰が離すか!」
「離せって言ってんだろうが!」
トウマは俺の全力をするりと抜けると、流れるように腕を掴み返した。そしてそのまま体を崩され、捻るように締め上げられる。
「い、痛てぇ! 何すんだてめぇ!」
「無理にでも戻すって言ったが、それがキラにできるのか?」
「え……」
視線を落とすトウマの瞳は、過去にないほど厳しいもので、そして同じく発する言葉は、一度たりとも口にしたことのない、辛辣な事実を突き付ける。
「一度でも、俺に勝てたことはあるか? 一度でも、俺と並べたことはあるか? 転生キラ、お前は地井トウマには勝てない。勝てないなら、連れ戻すことだってできやしない。次に手を出したら、この程度じゃ済まさない」
トウマは友達だし、俺の話を聞いてくれる。喧嘩したって、口喧嘩なら勝つも負けるも言ったもん勝ちだ。でもそれが結果を表せる勝負ならば――
一度たりとも、俺はトウマに勝てたことなどない。勉強にしろ運動にしろ、それらは幼い頃から脳に刷り込まれ、嫌という程思い知らされている。逆立ちしたって、天が落ちたって変わらない。百パーセントの負けが、俺には決定付けられている。
「キラがここにいる気がないなら、俺は金輪際お前とも会うつもりはない。お前は俺のことなんか早く忘れて、マヒロのことを大事にしなよ」
あぁ……なんでだよ。ただ一緒に帰ろうって、それだけなのに。なんでこんなことになるんだよ。俺は、俺は一体どうしたら。何を言ったら響くんだ……
「そ、そうだ……そうじゃないか! トウマ、俺も転生者って話したろ? 俺は他の転生者を始末するって、そういうことをやってるんだ」
「なんだと?」
静観しているルディアだが、あっと一言、背後から聞こえたような気がした。
「トウマも一緒にやろうよ、それならいいだろ? 今すぐ帰れとは言わないよ、やることも簡単だ。相手の主人公らしくないところを見つけて、それで力を――」
「何を馬鹿な……能力の説明などするんじゃないですわ!」
「――――え?」
え……なんで……なんで頭なんか抱えてるんだ。だってトウマは敵じゃないし、え? 何か俺……間違えたのか?
「良いことを聞いたよ、危ないところだったな。解説の途中だが、それに続く話は大体予想は付くからな」
横一閃、空を切り払うトウマの腕。舞台に映える大袈裟な動作、それはさながら主人公のようで。
「俺は、この世界を平和にする為にやって来た。悪を滅ぼす為に、だから今は帰る訳にはいかないんだ!」
「な、何をいきなり……」
何の脈絡もない、意味不明な立ち振る舞い。ほら、ルディアも呆れちゃって――って、なんで俺に対して目を顰めてんだよ……
「やってしまいましたわね。今の発言、とても主人公らしいと感じませんか?」
「あ……」
そこでようやく、仕出かしたミスの大きさに気が付いた。黙っていれば、らしくない行動を見つけられたかもしれないのに。この力は秘匿性が何より大事で、一度バレてしまえば、対策など無限に生み出せてしまうのが最大の弱点。
「悪いが提案に乗ることはできない。だから、少しの間眠っててくれ――」
掴む腕を引き寄せれば、突如腹部に衝撃が響く。それと同時に視界は狭まり、薄れてゆく視界の中で最後に見えたトウマの表情。それは勝利の歓びでも、理解を得られない怒りでもなく、悲しみに暮れる、一高校生の姿だった。
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※新作で『スキルコンビネーション』はじめました。ルディアが転生神になったきっかけの世界のお話ですが、鬼畜女神は転生者を許さない!の登場人物は出てきません。あくまでその世界観でのお話です。
最後まで書き終えておりますので、毎日更新致します。ぜひご覧になってみてください。




