第86話 限りなくゼロ 越えられない壁 ゼロ
「ルディア!」
「おっ、丁度——」
家に着き、鍵もかけずに階段を駆け上がる。そして引きはがすように扉を開けば、寝転げるルディアに真っ先に飛び掛かったその場面。
「ルディア! 聞いてくれ! おかしいんだ! トウマがいなくて、お昼もいなくて、家にもいないみたいで、行方を誰も知らなくて——」
「どうどうどう! 何を言ってるかさっぱりですわ! きちんと一から説明なさい!」
双肩を掴み揺さぶれば、乳も揺れれば腕も揺れて、プレイ中のゲームも台無しだ。しかし、そんなことを気にしている暇もなければ、慌てる様子の俺を見て、ルディアは怒ることも忘れて話に耳を傾ける。
「なるほど、ですわね。それは確かに転生の可能性もありますが、しかし確率はかなり低いですわよ。日々の死者も膨大ですから。それにその、トウマ? でしたっけ。思春期ならばキラよろしく、どこぞの女と遊んでいるんではなくって?」
「た、確かにあいつは大学生の彼女がいるけど。でもそれを理由に休むような奴じゃないよ……」
トウマはお調子者だけど、怠けはしない。それは親友の俺だから分かること。項垂れて、意気消沈する様を見るに、ルディアは大きく息を吐いた。
「これは……始末どころじゃなさそうですわね。せっかく倒しがいのある転生者を見つけたのですが、対してキラは過去一のバッドコンディション。普段なら否応なしに連れていきますが、魔力欠乏の際の恩もありますしね。私がトウマとやらの行方を調べますから、今はゆっくりお休みなさい」
「……悪い……有難う……」
落ち込む肩を一つ叩かれ、その場を立つルディア。その足でいざ捜索に行かんとするものの、一つ、当然と言えば当然のことに気付き踵を返す。
「というか、トウマという人間のことを何も聞いてませんでしたわ」
「え? ああ……俺の幼馴染なんだけど——」
そして語る、地井トウマという人間を。捜査の当てとなる住所や人間関係、その点についてはルディアも、適度に相槌を打っては要点だけを頭に入れる。しかし話が人柄に移り変わると、やにわに吊眉を寄せ始めた。
「って感じでさ、めちゃくちゃモテるんだよ。おまけに家も金持ちで——」
「キラ、その前の件。もう一度聞いてもいいですか?」
「あ、あぁ……えぇと、めちゃくちゃモテ——」
「その部分はどうでもいいです。捜索にも関係ありません。更に一つ、チヤホヤされるとかいう前に話した内容です」
なにやら急に食いつきが変わった。しかしその前は、トウマが天賦の才を持っているという話で、これもまた手掛かりになりそうにないように思えるが。
「あのな、トウマは天才ってことだよ。碌に勉強してるように見えないのにさ、テストは全教科満点。見様見真似で、初見のスポーツもぶっちぎり。ゲームだって、小足見てからを地でいくんだぜ? 勝てっこないよ。あと驚いたのは、サイコロの目で六を十三連続で出した時は、こいつマジでいかれてるなって……」
「それッ!」
怒号まがいの大声に、あわや口から心臓が飛び出るところだった。しかし確かに天才を語る上で、確率を超越したトウマの所業は悪魔的だといえるだろう。
「百億分の一。確かにあり得ないよな。一説には隕石に当たる確率とも——」
「だから、それはどうでもいいです! 百億分の一など、神からすればままあること。それより小足を地でいくとは、どの格闘ゲームのことですか?」
「あ、ああ……ルディアもやったやつだよ。ちょうどルディアが使ってたキャラを、その時俺も使ってたな」
「…………」
なにやら、神妙な面持ちで考え込んでいるのだが。なんだなんだ、確かに凄いっちゃ凄いけど。たかがゲームの蹴り技一つ、それをトウマは見てからカウンターを合わせたというだけの話。話題の中では、一番大したことないと思ったんだが。
「私が何故、あのキャラを使っていたか知ってます? 適当じゃないんですわよ」
「知ってるよ。キャラランク一位だからだろ? だから俺も——」
「あのキャラの小足は四フレーム。コマンドの入力後、ゼロカンマゼロ七秒後には蹴りが相手にヒットしているのですわよ。それを見てからカウンターですって?」
何かで聞いたことがある。通説では、人体の反応速度の限界はゼロカンマ一秒。最近では、同じ刺激を繰り返せば小脳で反応することができるようになるとされ、その時間はゼロカンマゼロ八秒強と言われる。それが限界。それ以上は、人体には物理的に不可能。そしてトウマの反射速度は——
「え? お、おかしくない? でもあいつは見えてるって……」
「百億分の一を引き当てられるなら、全ての打撃を勘で合わせた。ということもあり得ます。しかしトウマという人間性が嘘を吐かないのであれば、それは人間の限界を超えた、百億分の一が希望の数字に思えるような、確率ゼロの、あってはならない現象をもたらしたということになるでしょう」
強運、それを糧に戦う主人公。それを俺は見たことある。しかし、数少ない確率を引き当てることはできても、起きないことは起こせない。
「実はですね、今回見つけた転生者。恐らく、特異な何かを持っています。それほどに高い主人公パワー。異能力転生者のそれと同じ、この現実に於いて既に、何かしら特殊な力を持っている者」
例えばマヒロは霊感を持っている。それは一般的な人間は持たない特別な力で、恐らくマヒロは、仮に転生したならば特異な力を持てるだろう。そして俺、微々たるものながら、魔力を持っている。だからショーコとの対決の際、再転生することで能力は昇華し、神キラーという上位の力を一時的に手に入れた。
そしてトウマの能力はまさしく人外。その力は、特異と見て然るべきだろう。
「言っておきますが、そんな人間は多くありません。神力を持つという輩も騙りが大半です。数少ない特異体質が、更に転生者となり、しかもこのタイミングで。私の発見した転生者はあるいは——」
トウマかもしれない。お休みといったが、むしろ懸念の根源がそこにあり、だとしたら今回の転生者は、是が非でも行くべきだ。
「こうしちゃいられねぇ! 行くぞ! ルディア!」
「待ちなさい!」
開いた五指を差し向けるルディアは、昂る俺を抑制する。
「思い出しなさい。相手は特異な転生者で、故に主人公パワーも類を見ない。無策に挑めば、年単位の時間を要することも考えられますわ」
「ね……年単位……」
それは困る。トウマは学生だし、今の時期の数年は大切だ。それに親御さんも心配すれば、そもそも俺が耐えられない。だって俺は、トウマの親友——
待て、俺はトウマのことを知っているじゃないか。今までの転生者は他人だったけど、トウマは知り合い以上で友達だ。対話での始末なら渡辺くんで実戦済みだし、トウマだって、話し合えばきっと。
「確かにトウマは天才だ。並のパワーじゃ倒せない。だけどな、一つ忘れてるぜ。トウマは俺の親友だ! だったら話し合いで、こちらの世界に引き戻してやるぜ!」
「た、確かに……知人であるなら、それを使わない手はありません。が、聞けば天才、事故に巻き込まれる玉でもない。仮にトウマだとして、そもそも何故異世界へ。素直に戻る気になってくれれば良いのですが……」
ルディアは未だ不安を浮かべる。が、それは杞憂だ。なぜかって、そんなの決まってる。
「何言ってんだよ、俺はトウマの親友だぜ? 仲良しなんだ。この世界に戻りたいに決まってるだろ! そんなことより早く、トウマかどうかを確認しに行こうぜ!」




