第85話 まさかまさかの——
転生者の出現は後を絶たない。一日で日本だけでも三千超、それは惜しむべき死者の数。それだけの人々が、たった一日で、この世に別れを告げている。それらの魂があの世ではなく、異なる世に誘われる場合もある。皆が皆、転生するとは限らないが、候補として挙げられる者は、国内だけでもそれだけの数に及ぶ。
現状、転生を行っているのは十二神の内、八神。その使命を放棄する者にはもちろんルディア、そしてショーコは今現在、子供の傍らに控えており、アンジェリアはルディアに従えば、テヘペロンは療養中で神の使命どころではないそうだ。
とはいえ未だ八体一。勝負になるまい。先の通り、言い方は悪いが魂の素材は幾らでもある訳だ。転生神を削らない限りは、俺とルディアの戦いに終わりはない。
いや、終わらなくていいのかもしれない。医療だって、いかに発展しようが、いずれは誰しも命を終える。生死は表裏一体で、それが転生だろうがバランスが取れれば、それはそれである種の調和なのかもしれない。
だから、それほど焦りを感じることもなかったし、ルディアと過ごす日々が楽しければ、日々の始末はもはや生活の一部となっていた。
その日も俺は転生者キラーとしての顔と、学生としての顔。その二重の生活をしつつも、更にマヒロとも親しい訳で、幸せいっぱいといった面持ちで教室へと足を踏み入れた。
朝っぱらからお熱いね、などと。そんな寒い冷やかしすらも冷めてきて、気付くべき違和感に気付けない。
予鈴が鳴り、マヒロが俺の席を離れ、クラスメイトが着席し、担任が教室に姿を現す頃、ようやく俺は、その違和感に気付くことができた。
「地井トウマぁあああ……」
…………
「ん? 遅刻とは珍しい——ってか、始めてか? キラは何か聞いてねぇか?」
「い、いえ……特には……」
「そっか……ま、超人にもようやく人らしいところが見れたってとこかね——」
おいおい、そんな程度の心配でいいのかよ——って、そう思いつつも、あいつが事故や事件にやられるタマじゃないか。
ばぁか、とっとと来いよ——と。軽く嫌味だけを送り付けて、それでホームルームは終わる。だけども一限、二限——
昼になっても、トウマから返事はおろか。既読すらつかない有様。俺の心に一抹の不安が宿り始める。
「トウマくん……どうしたんだろうね。最近、元気なさそうだったけど……」
と、箸を止めるマヒロは、瞳に憂いを混ぜてそう呟く。
「そうかぁ? いつも通りだったように見えたけど——」
「キラくんは浮かれてたからだよ。最近ずっと、楽しそうだもんね」
昂る旦那、その浮気を見抜く妻の言い種のようだが、別にやましいことなんて何もない。ルディアを女としては見てないし。
だがしかし、浮かれていると言えば確かに浮かれていた。目に映る視界が輝けば、トウマの内心までは気にしていなかったように思える。俺は、未だ返事のない端末を握りしめると、その足で職員室へと向かった。
「親御さんにも——分からないそうなんだよ……警察に届けは出したからさ、キラも何かあったら連絡をくれ、な」
担任は、ひどく落ち込んでいた。年齢不詳のすっぴんなら、その顔色もまま、今の心象を表しているのだろう。
だが、それは俺をして同じこと。いや、それよりも——
「キラ、しっかりしろ! お前は仲良しだったから余計だろうが、ふらふらぁっと、そのまま轢かれでもしたら敵わねぇよ……」
そして教室を出た俺は、予言を表しふらふらと。信じられなければ、なんだか夢心地で——
「キラくん、今日は帰った方がいいよ」
「え……あ……俺は、平気——」
「平気じゃないよ! 教科書、逆さま……」
それが五限の授業中でのこと。呆ける俺を見かねたマヒロが、席を立ってまで、それを俺に伝えたのだった。
帰り道、過ぎ去る景色の中にトウマの陰を幾つも見つける。勢い余って声を掛けたら、別人で、まるで不審者のように怪しまれたが、事実、不審者なのだろう。
繁華街のゲーセンは、いつもトウマのスコアがトップに躍り出た。
駅前で待ち合せれば、いつもトウマは逆ナンされて困ってた。
公園で駆けまわれば、いつもトウマの背中を追いかけた。
今まで数多の転生者を見てきたが、いかなるチートも、やはりトウマには及ばないように思える。幼い頃から刷り込まれたイメージが、俺にそう思わせるのだろうか。
そんなトウマがもし、転生者などになったら——
「え——」
まさか……
まさかまさか……
まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか……
夢心地だった頭は冴え渡る。覚束ない足取りも蘇れば——
俺は一直線に、ルディアの下へと走っていった。




