第81話 続々続 追放転生者を始末ですわ
その後、渡辺くんは難なく先を進んだ。
敵意はもちろん、逆の感情である好意。守りたいと思わせる母性、カリスマを抱かせる忠誠心。それらの感情を操り、魔物の心を惑わしていく。
暴れるなと命令してくれているお陰で、彼らは大人しく渡辺くんの後を付いていく。しかしそのタガが外れれば、俺の命だって危険に晒されかねない。敵意がないのはあくまで渡辺くんに対してであって、俺は全く関係ないのだから。
正直、渡辺くんが怖い。このままどこまで支配してしまうのだろう。しかし、そうしなければ身を守れない現状。ならば機転を効かす、それしかないのも実情。
魔物の大群を連れる渡辺くんは、洞窟の出口を目指す。しかしこのダンジョンは思った以上に広大で、かつ複雑に入り組んでいた。もはや帰れる自信も無くなってきたところで、前方から話し声が聞こえてくる。
「やべぇ……道、全然分からねぇよ」
「お腹減ったぁあああ、ラーメン食べたい! お菓子食べたぁあああい!」
甲高い、耳障りな声。SSスキルの似非主人公に、取り巻きの女ども。
ここにはな、ラーメンもお菓子もねぇんだよ。
同じく声を耳にした渡辺くんの顔には緊張が走る。しかし目を瞑ると、深く呼吸を整え、再び見開く時には既に、殺意という感情を湛えていた。
感情を操る渡辺くん。しかし、自身に渦巻く恨みの念。それだけはハズレスキルをして、唯一制御不能な感情なのだ。
「あっれぇえええ! 前から歩いてくる奴! もしかして渡辺じゃねぇ……か……」
先程まで馬鹿にして、生贄に捧げた者が現れる。恨みを持たれど、相手は弱小。恐れることもなければ、再び虐め倒そうと頭を過ったのだろう直後。目前の者の背後からぞろぞろと姿を現す異形の群れ。
それを見て、奴等は当然口を紡ぐ。反省したから? いや、違う。それは身の危険を感じたから。他人の命はどうでもいいけど、自身の命は惜しいから。
「や、やぁ、渡辺くん。無事でよかったよ。実はこうして、渡辺くんを探しに来てたんだ」
「ご、ごめんね。渡辺。冗談だったんだけど、真に受けた? あはは、本気な訳ないでしょって……」
そうだったんだ、勘違いしてたよ。って、そんな訳あるはずない。渡辺くんは恨んでいる。それを口にしたし、現に今でも、瞳には殺意が宿っている。
ま、まずい。このままでは、渡辺くんは魔物達を解き放つ。SSスキルならば勝てるか? いや、勝てる実力を持とうが持つまいが、感情を操作されれば為すすべはない。
すっと、緩やかに手をかざす渡辺くん。その掌の先は似非主人公に向く。もしや、敵意を奪って味方につけるつもりか? 存外、渡辺くんは冷静なのか?
すると突然、胸を押さえ、掻きむしりはじめる似非主人公。見た目はまるで発作のようだが、渡辺くんの操れるものは感情だけでは?
「苦しいかい? さっきまでの僕も、こんな気持ちだったよ。君もたっぷり、味わうといい」
やはり操れるのは感情だけ。そして今、似非主人公に与えているのは恐怖心。渡辺くんは恐怖心を操ったのだ。恐怖心で人は死ねるか? 答えは当然、死に至る。
狭い棺桶。そこに納まり、地中深く埋められ、まったく身動きできない恐怖心。
いつ落ちるとも分からないギロチン。それを眼前に、落下を待ち続ける恐怖心。
どちらも直接的な外傷はない。しかし確実に精神に異常をきたす。精神が壊れれば、当然影響は身体にも。
人体の限界を優に超えた恐怖心。それに晒された似非主人公は、息を詰まらせ、呼吸を止め、泡を吹いて、その場に卒倒した。
悲鳴を上げる取り巻きの女達。しかしこれも因果応報。こうなってしまうのも、仕方がない——
だなんて、思わない!
異世界転生。そんな事態にならなければ、少なくとも彼らは、ここまで人を貶めるようなことはなかっただろう。渡辺くんも、単にハズレであったから罵られていただけで、以前から虐めにあったような言動はなかった。
真の悪は、こんな状況下に陥れた転生神であって、それでも彼らは屑に違いないが、死んで償うほどの罪ではない。
そんなこと、偽善だって? ならば結果論だ。渡辺くんは死んじゃいない。死んじゃいないなら、殺しちゃいけない。同じ苦しみを味わわせるのはいい、だが殺しては——もう、後には退けない。
渡辺くんは再び手を差し向ける。似非主人公はもはや、息をしていない。呼吸が止まれば三分で、長くても五分で死んでしまう。それ以上に、渡辺くんが魔物を差し向ければ、彼らはあっという間に肉塊だ。それより早く、生きてる内に、似非主人公は始末しなくてはならない。そうすれば、彼は生きたまま現実世界に戻れる。
しかし依然、俺には浮かばない。渡辺くんの”らしくなさ”が。復讐の鬼と化した渡辺くんだが、そこに至るまでの段階を見て、俺はそれに共感してしまっている。
駄目だ。もう、どうしようもない……
「行け、こいつ達を、喰い殺——」
傍観者のままでは——!
「やめろ! 渡辺くん、やめるんだ!」




