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第7話 チーレム転生者を始末ですわ!

 シュタッ


 着地成功。突然の場面転換には未だ慣れないものの、さすがに三回目の転移となると対応も少しはマシになった。既に蒙古斑の如き青痣が、くっきりと臀部に刻まれている。これ以上、尻からの着地は願い下げだ。


 華麗な登場も決まったところで、改めて周囲を見渡してみる。

 どうやら今回の行き先は街中。三回目にしてようやく、これぞファンタジーといえる代物だ。


 赤茶けたレンガ造りの民家に手製の石畳の路。古ぼけたレトロな色合いとは対照的に、各家の軒先には華やかな花々が咲き乱れ、色彩に彩りを与えてくれている。


 ファンタジーで見るような、西洋の古き良き街並み。

 実際の当時のヨーロッパは衛生観念が劣悪で、理想と現実は違うとよくよく言われたりもしているが、ここでは特に目に付くような汚らしさや異臭は感じられない。

 当時の美点だけを切り取った都合の良い街並みではあるが、それも含めて”異なる”世界なのだろうと勝手に納得することにした。


 待てよ、何か忘れているような――


 美しい街並みにばかり気が向いていたが、ふと先程までのことを思い返す。


 そ、そうだ! 安心院さん!


「おい! ルディアてめぇ!」


 文字だけを見れば勇ましく、はたまた口悪く見えるかもしれない。

 だが実際は、我が人生唯一無二のチャンスを逃し、涙を浮かべる情けない有様なのであった。


「俺はなぁ、今さっき人生マックスでいいところだったんだぞ! それをお前……って!」



挿絵(By みてみん)



 生涯最大の怒りをぶつけるべきその相手は――

 それは優雅にのんびりと、異世界の街並みを散策していた。


「お、おい! 離れたら俺の姿が見えちまうだろ!」


 ルディアの能力『神の視点』は、彼女の周囲にいなければ効果の恩恵は得られない。

 つまり俺が離れなくとも、ルディアの方から離れてしまえば、その姿は異世界の人々に丸見えということだ。

 歪な石畳に足を取られながらも、慌ててルディアの方へと駆け寄っていく。


「そう固いこと言わずに。別に見えたところで街中なら別段問題ないでしょう。魔物に襲われる訳でもあるまいし」


「いや、そんなん分からないぞ! それにこの街の治安だって分かったもんじゃない。荒くれ者だっているかもしれないし、なにより制服着てたら、この世界観では目立ちすぎるだろ!」


「あぁ、そう言われればそうですわねぇ」


 相槌こそ打つものの、まったく共感するような物言いではない。受け流すようなどうでもいいといった言い種。そしていくらかもしない内に、ルディアの興味は再び街並みへと戻っていった。


「そんなことより見なさい。この美しき街並みを!」


 すると胸の前に固めた両拳を、弧を描くように左右に広げはじめた。



挿絵(By みてみん)



「私のような――」


 その腕が円を描き一回りすると、続いて胸に手を当てる。

 反動で、ぽよんと一つ波を打った。



挿絵(By みてみん)



「絶世の美女!」


 最後にその手を開き顔の横に沿える。

 美人には違いないが、そのドヤ顔を見ていると無性に腹が立つのは俺だけか?



挿絵(By みてみん)



「が、歩くとなんとも様になりますわぁあああ!」

「ミュージカルかよ! 一行で済ませろ!!」


 一体どんな思考してればこんな言動に行きつくんだ。ここまでぶっ飛んだ奴に文句を言ったところで、どうせ流されるか倍返しされるに決まっている。

 安心院さんのことは仕方ないと諦めよう。どうせこの一件が終われば元通りになる訳だしな。


「そんなことより!」


 気を抜いたところでの怒鳴り声。上司に叱られるリーマンのようにびしりと背筋を伸ばす。


「転生者の駆逐を忘れるんじゃないですわ! 呑気にボケっと突っ立てるんじゃないですわよ!」


 いきなり怒鳴られたもんで姿勢を改めたが、今の今まで呑気してた奴はどっちだよ。

 一体どの口が言ってるんだか、この女――


「でもさ、街中だぜ? 人通りも多いし、転入みたいなあからさまな登場シーンも無さそうだけどなぁ」

「私の感知能力を舐めるんじゃないですわ。この場に来た以上はきっと近くに転生者はいるはず……」


 そうは言ってもだ。例え近くにいるとしても、溢れる人混みの中では、一般人と転生者の区別などつきそうにない。

 そんな諦めムードなのだが、当のルディアはというと額の細く整った眉を寄せて、睨め付けるかのように周囲の観察をし始める。


「いいこと? こういう時は転生者本人というより、この場全体の違和感を見つけることが大事でしてよ。そして、ほら! この街並みには不釣り合いな豪邸を発見したのですわ!」

 

 興奮気味に指差すその先には、確かにこの世界観にはそぐわない新築の豪邸が建っていた。

 しかしそれが転生者と何の関係があるというのだろう。


「転生者というのは、大抵物語の開始早々にギルドの受付もびっくりなレア素材を手に入れて、大金持ちになったりするものなのですわ」


「力があるのに金もかよ!」

「力があるから金も、ですわ」


 そ、それもそうか。無敵の力があれば金なんてどうとでもなる。とはいえ、もしルディアの言う通りなのであれば、転生者達の収入経路は比較的良い方と言えるかもしれない。


「略奪なんかして稼いでる訳じゃない分、まだマシってことだな」


「いいえ同じですわ。素材の為に命を略奪してる。転生で得た理不尽かつ不当な力で」


「あ……でも、相手は魔物で――」


「神の私が、人類と魔物の命を天秤にかけると思いまして?」


「…………」


 何も返せなかった。ルディアは自身を調和の神と言っていた。

 ただの鬼畜女だと思っていたが、もしかしたらこの女神は――


「そんなことより! 豪邸の前にたむろする、あの集団を見てみなさい!」


「あ、あぁ……」


 言われて送った視線の先には、男女四人組のパーティが集まっていた。

 一人はツンツン髪が特徴の優男。そして男を取り囲むように集まる女性陣。男の方は割と普通だ。普通と言ってもこの世界観では、と前置きは必要だが。


 普通でないのは女性陣。一人は頬に切り傷の付いた女性で、凛とした佇まいと身に纏う鎧が特徴的だ。

 だがこれはまだ人類の範囲内であって、二人目の女性は細身で金髪。透明感のある白い肌と、ルディアと特徴的には若干被るが、慎ましやかな胸と穏やかな表情は似ても似つかない。

 だがそんなことより目に付くのは、耳だ。長く尖ったその耳は後頭部近くまで伸びており、人ならざる者の気配を感じさせる。

 

 しかしこれでもまだ人類の範囲内とギリギリ言えるかもしれない。だが最後の一人は確実に、違う。

 二人目同様特殊な耳をしているが、もはや人としての特徴以前に人間の耳を成していない。犬のようにもふもふとした耳が頭の上から生えていて、おまけに尻尾まで生えている。見間違うことなき人外だ。


「女騎士にエルフに、獣人か。間違いないですわね! あの男こそ今回の標的、『チーレム転生者』なのですわ!」


「な、なんだって? ちぃれむ?」


「チート使ってハーレムってことですわ! 詳しくはググるがいいですわ!」


 ググれって、そんな無責任な。

 だが幸いにも俺の読んだ『Fランク冒険者の無双伝記』がそんな感じだった気がする。チートな最強主人公の周りに、主人公のことが好きな女の子が集まりハーレムを形成する。なんとなくではあるが、言葉のニュアンスを理解することはできた。


 意味も分かったところで早速、推定転生者達に動きがみられる。話し声は聞こえないが、どこか遠くを指差すところを見ると、どうやら今から向かう行き先を決めているらしい。

 しばらく観察していると、目的地が決まったのか、一行は街の通りに向かって歩みを進め始めた。俺とルディアはその後を付いていく。


「今のところ、街中を歩いているだけで特に不審な点はないな。目的は買い物ってところかな」

「なんともいえないですが、恐らくそうですわね。時計台の時間を見るにご飯ってことはないでしょう」


 来たばかりの世界でそんなとこまで見ていたのか。伊達に追跡ノウハウを人に説くだけのことはある。


「ですが本番はこれからですわ! よぉく見てなさい。チーレム転生者の罪深き行いを……」


 チーレム転生者の罪深き行い、だって?

 意味深なことを言わずに素直に言ってくれればいいのに。

 しかしこの女神、何気にエンターテイナー的な気質はある。きっと種明かしは、ここぞという場面で言わないと気が済まないタイプなのだろう。


 とにもかくにも、転生者の後を付けている訳だが、いかんせん街の雑踏に紛れて集団の会話が聞こえてこない。会話の中に潜む主人公”らしくない”ことを探る為、声の聞こえる範囲内まで接近を試みることにする。



挿絵(By みてみん)



 100%見つからない能力なのだが、なぜかそろりそろりと近づく俺とルディア。俺は単に慣れていないから自然とそうなる訳だが、この女神は一体なんでそんな”フリ”を?

 単にアホなだけなのか、若しくはこれもエンターテイメントの一環なのかもしれない。


 近づくごとに、徐々に徐々にと会話の内容が聞こえてくる。

 一枚の紙を手に上機嫌な様子の転生者、女性達は転生者の話す姿を食い入るように見つめている。


「見ろ! この前手に入れたこの紙切れなんだがな、これに魔力を加えると……地図が浮かび上がってくるんだ!」


 どうやら持っている紙切れに隠された効果を、連れの女性陣に説明しているようだ。

 だけど、派手な魔法や異次元の腕力を見てしまった俺にとっては――


 ふーん、そんなこともあるのか。


 と、その程度にしか思わなかった。

 決してくだらないとまでは思っていない。だけど魔法が存在する世界であればそんな仕掛けもありそうだ。

 生活に便利な豆知識、異世界版おばあちゃんの知恵袋。

 

 魔法が存在しない世界から来た俺ですらそう思ったのだ。そんなことは異世界では周知の事実っぽくもありそうなのだが、それを見た女性陣の反応は意外なものであった。


「か……」


 か?



挿絵(By みてみん)



「感激ですぅううう!!! ご主人様!!! ただの紙だと思っていたものに、こんな効果があるなんて、よく気付きましたね!!!」


 ん?



挿絵(By みてみん)



「素晴らしい! 長いこと騎士として国に仕えていましたが、こんな魔力の使い方は初めて拝見しました! この世界の常識を覆したのではないですか?」


 おや?



挿絵(By みてみん)



「しゅごい! しゅごぉおおい!! さすがは私のご主人様だにゃぁあああ!!!」


 はいぃいいい!?


 これは、詐欺師による実演販売のサクラか何かでしょうか?

 興醒めするほどの過剰な感嘆と賛美に、思わず大口を開けて唖然としてしまう。


「ふふふ……分かりましたか? これがチーレム転生者が侍らす――

 チョロイン!! というものなのですわ!」


「ちょ、ちょろいんだってぇ?」


 改めて転生者を見返すと、女神の言うチョロイン達は、得意げな転生者の腕にカエルのように引っ付いていた。押し当てる胸が潰れる程に、皆が皆ベタベタにくっついているのだが、それは決して男の取り合いではない。キラキラとした笑顔溢れるその光景には邪な思いなど皆無で、純粋に楽しんでいるようにしか見えなかった。


 しかしだ。惚れている男に自分以外の女性が纏わりつくのは、腹が立たないのだろうか?

 その嫉妬は決して醜いものではない。むしろ普通の心を持ち合わせているならば、当然感じて然るべき感情だと俺は思う。

 一見すれば、楽しくはしゃぐ微笑ましくも見える光景が、俺には人間の感情を超越した奇怪で不気味なものに見えて仕方がなかった。


「キラの言いたいことはよぉく分かりますわ。そうなのです! チョロいからこそのチョロインなのですわ!」


 チョロイン……ちょろい……

 そういうことかよ!!


「チョロいのはチョロいので問題ありですが、そんなことは異世界の現地人の問題であって、私の関わるところじゃない! 問題は、本気で惚れているにも関わらず、それをいいことに複数人相手に浮気をする転生者! 調和の神としてもですが、女として!」



挿絵(By みてみん)



「最も許せない行為ですわぁあああ……」

 

 ドスを利かせた、大地を揺るがす恐るべき怒声。

 ルディアの身体からは赤き憤怒のオーラがゆらゆらを立ち昇る。


 魔王も裸足で逃げ出すド迫力。

 の、はずなのだが、なぜかその口角だけは不思議と吊り上がっている。

 実は内心楽しんでいるように見えてしまうのは俺だけだろうか?


「さあキラ! 正義の鉄槌を下しますわよ!」


 ルディアの意気込みも十分、そのまましばらく追跡していると、一行は一軒の店へと入っていった。立札や看板の文字は読めないが、店の外装と店内に置かれている商品で、そこが武具を扱う店であることは現実世界の俺でもすぐに理解することができた。


「なんだかワクワクするな!」


「武器とか防具好きですわよねぇ、男って」


 俺から率先するのは、ルディアと出会ってから初めてのことだろう。

 だが仕方がない。男にとって武具とは、胸を熱くさせるシンボルなのだ。


 店内に入ると、そこには至るところに武器や防具が展示されていた。

 ゲームや漫画の世界でしか目にしたことのない代物。目を輝かせてそれらを見ていると、唐突に後頭部をはたかれた。

 危うく剣の切っ先が顔面を貫通するところだ。怒りもしたいが、目的を忘れて楽しんでいた手前、何も言うことはできない。


 渋々転生者の方へと視線を戻す。どうやら彼らは冒険に使う防具を整えているようだ。

 それ自体はいたって普通である。冒険に防具はつきものだし、守りが固ければそれだけ攻撃に専念もできる。よほどの重装備でなければ、守りも攻撃も向上する冒険の要といえるものだろう。


 だがしかし、一行の選ぶ防具にその理論は当てはまらない。

 そもそも”防具”といって良いのかすら疑問な装備。


 それは……ビキニアーマー。


 身を纏う部分より、露出する部分の方が明らかに多い。

 防具であるのに、急所の胸元やみぞおちは丸出しだ。


「お、おいおい! 防具買いたいんだよな? 防御力皆無だろ、その装備のチョイスは……」


 思わず聞こえもしないツッコミを入れてしまう。

 だが、女性陣はそんな矛盾を気にも留めず、大喜びではしゃいでいた。獣人にいたっては、今まで服を買ってもらったことなんて無いなどと、涙まで流す始末である。

 

「ハイレグに、ほぼ胸丸出しなんだぞ。そんなもの買い与えられて涙流すなよ。

 いや、結局泣くか、悲しみで……」


「現実世界の物差しで測っても無駄ですわ。チョロイン達にとっては標的が絶対なのですわよ。何をしても従い、どんな行動をしても絶対に肯定する。意思の無い奴隷となんら変わりは無いのですわ!」


 酷い言い種だが、確かに根本の部分は奴隷となんら変わらない。

 倫理の時間で学んだが、確か人格を持つことが許されない、雇い主の所有物だったけか?


「俺もちょっと、コイツは叩きのめしてやりたくなったぞ?」


「お、いい傾向ですわね」


「でも一つ気にかかることがあって。これだけ愛する転生者を始末したら、チョロイン達はその悲しみで自殺したりはしないかな?」


「そんな心配は野暮ですわ! なにせ単純明快なチョロインですもの。ご主人が消えた悲しみで泣いているところを誰かが一声かけてあげれば、それだけでその相手に一直線ですわ!」


 よ、よし! 意思は固まった。

 こいつは絶対に、この手で地獄に叩き落としてやるわ!


 ルディアに続いて俺のやる気も充填される。あとは主人公らしくないことを見つけて始末するのみ!

 なのだが、店を出た後も、転生者の方はなかなか決定的なボロを露呈しない。


「やりますわね。今のところの行動は、イチャつきとエロ装備の買い与えくらい。ムカつきはしますが、主人公ならイチャつき程度はありますし、エロ装備も王道RPGに存在する以上は”らしくない”とは言い難いですわね」


 この女神をして、ここまで言わせるとは。思った以上に厄介な相手なのかもしれない。打つ手のない状況に焦りの表情を滲ませる。

 そんなひっ迫した顔を見たルディア。自身の険しい顔を解くと、にやりと怪しげな笑みを俺に向けた。


「ふふふ……焦る気持ちも分かりますが、ご安心あそばせ! 中々時間は掛かりましたが、あと少しで日が落ちる。それすなわち、チーレム転生者最大のイベントが起こるということ!」


「そ、それは……?」


 さすがはエンターテイナー。

 その反応を待っていた! と、言わんばかりにルディアはビシッと鋭く指を指す。


「お風呂ですわ! 夜と言えば風呂! そして、チーレム転生者が脱衣シーンを逃すわけないじゃない!」


「だ、脱衣だってぇ!?」


「少しは長らえたようですが、風呂場が奴の墓場となるのですわよ……」

 







挿絵(By みてみん)

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