第76話 転生者なんてー許さなーい……
ショーコのとの激闘から数日が経ち、俺の生活は日常へと戻った。
その間、転生者の始末を行うことはなく、慣れた学校に通い、ありきたりな毎日を送るだけ。ルディアはいつものように家でのんびりしているが、何やら一つ様子がおかしい。
「ルディア、飯だってよ」
「——え? ああ、今、行きますわ——」
これ。
ルディアにとって一番の楽しみと言える食事。それのモチベーションが高くない。目を輝かせることもなければ、虚ろな瞳で宙を見つめる。
いつものようにと言ったが、よくよく思えばゲームをすることも少ないし、本当にごろごろ。風呂には入るが、その入浴時間も非常に長い。まるでスロー再生しているかのような緩やかな生活。
「おい、どうしたよ。最近元気ないじゃないか」
「うぅん、何か体がずしっと、重いのですわぁ。むかぁし、こんな体験したような、しないような——」
ルディアの生きる時は長い。過去の出来事なんて、事細かく覚えることはできないだろう。しかし慌てる様子もなければ、前代未聞の異常事態って訳では無さそうだ。
「何か、静まる水面のようなのです。ですが、それは嵐の前の静けさで、水底では何やら大きな揺れが起きている。そんな気がするのですわ」
「だ、大丈夫かよ。医者の神とかいないのか」
「医療の神ならいますけど、それはあくまで医療行為をする訳でなく、概念を司る神であって、神の診療を行う訳じゃないですわ」
語りながらに片肩を叩きはじめる。凝りそうなものはお持ちだが、その重みに負ける馬鹿力でもないだろうに。
「あ、きましたわね」
「きたって、その波ってやつか?」
「いえ、そちらではなく、転生者の波動です」
「そっちかよ! ていうか、テンション低っ!」
するとばたんと、ベッドの上で大の字となるルディア。波動を捉えるアンテナだけが、アホ毛のようにくねくねと逆立っている。
「仕方がないでしょー。今は元気がないのです。それに、なんだか上手く波動がつかめません。アンテナもしおしお、なのですわぁぁぁ……」
いつもなら張り切り、始末に息巻くあのルディアが、それを前にして憂いの溜め息を吐くなんて。見た目以上に体調は優れないのかもしれない。
「や、止めとくか?」
「いーえ。始末はやる気に関係しませーん。仕事と同様、義務なのでぇす。かったるいけど、行きますわぁぁぁ」
片手にゲートを作り出し、そこに転がり込む様はまさに干物女。見事カップインすると、内から俺を手招きしている。いつもなら問答無用で叩き込まれるというのに、嬉しいやら、寂しいやら。
次元を移動する行為。それは飛ぶ、という表現が適切に思える。しかし今回は流れる。流水プールのように、だらんと力を抜いてその身を任せるルディア。
「そんなんで目的の場所に——」「————あ……」
着けるのかよって、言う前に。ルディアは何かに気付いた様子を見せた。
「どうした?」
「きますわ……」
「今度は何が——」
”波”
目的地に着き、開くゲート。辿り着いた異世界は仄暗い洞窟で、そこに颯爽と舞い降りる。しかし傍らを流れるルディアは——
どしゃ———っと。
そんな鈍い音を立てて、なんと顔面から地面に墜落。そのままピクリとも動かなくなった。
「お、おい! 大丈夫かよ!」
返事はない、ただの屍のよう——
「殺すな! 生きてますわよ。ですが、この感覚は——」
地面に顔を向ける形で、うつ伏せに横たわるルディア。声が曇って、何を言ってるのかよう分からん。死人の言霊を聞くが如く、伏せるルディアに耳を寄せる。
「過去、鍛錬を積み重ねていた時にも、一度だけあったのですわ。人間でいうところの貧血にも似る——」
”魔力欠乏”
「な、なんだよそれ。今のルディアは魔力がすっからかんってことか?」
「ゼロって訳じゃありません。貧血だって、血液がまったくなくなる訳じゃないでしょう?」
そうと言われればそうなのかもしれないが。しかし、魔力って無くなれば動けなくなるものなのか? ゲームでは、魔法が使えなくなるだけの値だが。
「便宜上分かりやすいので魔力と称してますが、私たち神は、それより高尚なエネルギーを源としております。神が”魔”力、というのもおかしな話ですからね。そしてそのエネルギーは肉体の構築もしているのです」
確かに、人類と同じ構成なのであれば、あれほどの怪力をこの体躯で生み出すのは物理的にも不可能だ。人体とは異なる構造を持つ。それが神の力の由縁。
「近頃はあまり激しい運動はしてませんでしたから、ショーコとの戦いで驚いたのでしょう。加えてその後の分体と分魂。思った以上に消費の大きいものでした。元々私は、力の貯金をあまりしないタイプでしたからね」
神の力。その真髄。宇宙の真理に迫る重要な話なのかもしれないが、当のルディアは地面に突っ伏しているということは念を押しておこう。
「つまり、今の私は動けない。殴られようが、乳揉まれようが、なんの抵抗もできないか弱い乙女なのです。一過性で、動けるようになるまで大した時間は掛からないと思いますが、時は金なり。その間、キラ一人で転生者の相手をして欲しいのですわ」
始末をすること。それ自体は一人でできないことはない。主人公パワーを吸収するのは俺だし、始末をするのも紛れもなく俺。
しかし、ルディアには間接的に多くの補助をしてもらっている。今のように、転生者のいる異世界に連れてくることも然り、何より——
「お、俺一人でか? しかしそれじゃ姿が丸見え——」
「姿を見えなくすること、それぐらいなら今の私にも行えます。でなければこんな無茶なお願いはしません。神の視点ではなく、透明化。気配は消せないので、細心の注意を——」
まじか……
前代未聞。かなりハイリスクな任務となりそうだ。
「厳しい様に思えますが、いずれはそうするつもりなのです。私とキラの二人では、いつまで経っても転生者は減らない。故に、いつかは自立する。私は皆を送り出し、迎えるだけ。今回は、その為の練習だと思いなさい」
「分かったよ。けど、それでも情報は与えるだろ? 相手の予測はつくのか?」
「残念ながら、分かりません。アンテナの精度も当てになりませんから。だから今回は、キラ一人の力で転生者を始末して欲しいのです」
ある種。いずれ来るその時よりも過酷な内容。見つかれば、ただでは済まない。それが転生者であれ、元より異世界を生きる現住の者であれ。
「お前はどうするんだよ」
「私はこの場で休みますわ。当然、私も姿は消します。しっかりと、この場所を覚えておくのですよ」
振り返れば、その先に続く道。自然光とは違う、揺らめく炎の明かりが見える。
「この先すぐ近く、そこに恐らく、エネルギーのようなものを感じます。今の私に正確なことは言えませんが、きっとそこに転生者はいるでしょう」
先を行けば、ルディアはいない。共にピンチを乗り越えたルディアは、俺の横にはいないのだ。ごくりと息を吞み、拳を握ると、その場を立つ。
「さあ、行くのですわ! キラ! 独力で、転生者を倒してみせなさい!」
見下ろせば、地面に顔を向ける神様。
だから、恰好つかないんだよなぁ。




