第75話 三歩目は晴れるや
ショーコと別れた後、俺とルディアは再び転生者の下へと向かう。ハプニングの方に目が行きがちだが、そもそもの目的、転生者の異世界からの排除は未だ完了していない。
とはいっても、あの後すぐに隣国と争うということはないだろう。別段急ぐこともなければ、のんびりと天界の空を渡る。
「なんだかすごく時間が経ったような気はするけど、あれからまだ三十分ほどしか経ってないんだよな。その間に俺は死んで、転生して、ショーコを追って、そして勝負に打ち勝った。めちゃくちゃ密な時間だったぜ」
「そうですかね。私としては急いでいたので、もう三十分といった感じですがね」
時間の感じ方にかなりの剥離があるようだ。長く時を生きるにつれて、早く時が過ぎ去るように感じるというが、これもそういうことなのだろうか。
「それにしてもあの時は焦ったよ。証拠隠滅とか言うからさ、てっきり俺から情報が漏れるのを防ぐ為なのかと思ったぜ」
「————え?」
俺とルディア、まるでコントのように顔を見合わす。
「私、証拠隠滅など一言も申し上げておりませんわよ」
「え? いや! 言ったろ! 証拠を消す為って!」
「ええ、そうは言いましたわ」
なんなんだ一体。言い回しなんかで揚げ足とったつもりかよ。
「だろ! だったら——」
「ショーコを消す為、ですわよ。ショーコ・ハレルヤを消し去る為。そこまで言わないと分からなくて?」
証拠……ショーコ……
「紛らわしいんじゃボケェエエエ!」
「はぁあああ? 勘違いしたのはキラでしょうが!」
その後、どちらが悪いかという醜い争いがはじまった。
しかしルディアは断じて認めず、結局根負けした俺が、聞き間違えたあげく責任をルディアに擦り付けようとした罪人ということで話は落ち着いた。
「罪人のキラは、もう一度死を覚悟することですね。ついでに神キラーから転生者キラーへと、再び入れ替えておきますわ」
「おいおい、目的が入れ替わっちまってるじゃねぇか」
まあ、これは仕方ない。もはや生死の倫理もへったくれもないが、転生者を帰すには必要なこと。他の誰かが代わるくらいなら、俺の命は煮るなり焼くなり、もう、好きに使うといいよ……
「しかしまさか、転生の要因が親の虐待だったなんてな」
「…………あっては、ならないことですが。今この時も、大勢の子供たちが苦しんでいるのでしょうね——」
そうだ。この瞬間にも、虐待を受けている子供はたくさんいるはず。その中で彼だけを救うなんていうのは、自分の心を納得させる為の自己満足かもしれない。
しかしそれでも——
「目に入った人は助けたい。だって、目の前の人すら助けられなきゃ、全てを救うなんてできっこない」
一人助けたところで、全体を変えなければ仕方がないって——そんな大局を見て逃げちゃ駄目だ。小さな積み重ねが、結果多くの人を救えるはず。
「そうですわね。あわよくば、皆がそう思えば、目前の一人を救うだけで、世界中全てが救われるというのに——」
皆が皆、目の前の人を助けるだなんて、そんな世界は理想論だ。実現不可能な夢物語かもしれない。だけど、近付くことはできる。
俺がやれば一歩。だれかを巻き込めばもう一歩。そうして無限に近い距離を、可能な限りゼロに近づけていく。
「俺、やるよ。転生者を帰したら、彼を虐待から救ってみせる。どこまでできるかは分からないけど、俺がその一歩を踏み出さなきゃ——」
「二歩、ですわ」
————え?
「一歩じゃなくて、二歩ですわ。私がいるでしょう」
「ルディア——」
無機質な表情を装うルディアだが、心なしか気恥ずかしそうにも見える。しかしそれを茶化すようなことはしない。これはルディア個人の善意で、調和の神の矜持を捨ててまで俺に、人類に、大いなる一歩を授けようとしているのだから。
「だけど、現状から救えたとして、彼はこの先を正しく生きていけるかな……」
「それなら既に一手……いや、一歩、更に歩みを進めているのですわ——」
————————
『一時、行方不明とされ、近くの公園で発見後に虐待の痕跡が疑われた男児ですが、両親がそれを認め、今後の親権の所在が問われる模様です——』
「早かった、な」
「そりゃあもちろん、一歩は一歩でも、神の一歩ですから。並みの一歩と同じにされては堪りませんわ」
ニュースの件、もちろん自然とそうなった訳ではなく、そこにはルディアの力が大きく関わっている。
転生者を異世界から返した後、ルディアは一人、元転生者となる男児の家へと向かった。常日頃見せる鬼畜さが可愛く見える程のド畜生さを発揮するルディア。現実に残る証拠はもちろん、なんとショーコも使っていた分体と分魂という禁忌まで用いてありとあらゆる証人を捏造し、完膚なきまでに両親の心をへし折ったらしい。ルディア自身の身元は、俺の母にも使用している記憶操作で騙くらかしたそうだ。
さすがに無い証拠まで創り出すのはどうかと問うたが、両親は本来裁かれるべき子殺しという罪を無かったことにされている。こんなものではまだまだ甘いと、厳しい言葉を残した。
「そういえば、証拠を突き付ける際に借りたキラの端末、返すの忘れてましたわ。いやはや、便利なものですわね」
「お疲れさん。恩に着るよ。これで一件落着と言いたいとこだけど、これで終わりって訳じゃないんだよな」
これははじまり。この子にとって虐待から解放されたことは、終わりではなくはじまりなのだ。これから、本当の意味での彼の人生がスタートする。
「幸先は決して良いものではありません。とりあえずは児童養護施設に預けられることになりますし、親権は問われているものの、今後次第では親元に帰される可能性だってあるでしょう」
「そっ……か。親と子、そう単純にはいくはずないよな。せめて、彼の傍に理解者がいれば良いのだけれど——」
今、彼に親身となれる者はいない。俺とルディアは味方だが、彼の境遇までを共にする理解者とはなり得ない。それが心配で、一抹の不安を覗かせる俺を余所に、ルディアは存外穏やかな表情を浮かべている。
「その点は問題ないでしょう。私達が歩んだ二歩。バトンは既に、次なる走者に繋がれているのですから」
「次なる……走者?」
「証拠のついでに、写真も撮ってきましたわ。見てみなさい」
ルディアから返された端末。その中のアルバムを開けば、そこに写るのは——
「ショ、ショーコ?」
「そ。彼女、彼の傍にいてくれるみたいですわよ。力を失くしたとはいえ、神は神。彼の身に何かあっても、きっと守り抜いてくれますわね。なにせショーコは、生粋の子供好きなのですから」
ショーコ・ハレルヤは子供が好き。
俺は、改めて端末に目を移す。
その写真、元転生者である男児の傍らには、ショーコ本来の、子供らしいあどけない笑顔が写されていた。




