第71話 最後の切り札
「ルディア、貴様は神だろ? 分かるだろ? 貴様が始末しようとした転生者、その生前の末路を貴様は知っているのか?」
「…………」
「あの子はな、両親から虐待を受けていたのだッ! 親に疎まれ、憎まれ、蔑まれ、尊厳はおろか、あげく命まで奪われたのだッ! 分かるだろ? 救いを、慈悲を与えてやりたいと、お前だってそう思うだろう?」
(やはり——)
端からみれば、苦し紛れの言い訳に見えるであろうショーコの言い分。しかしルディアはそれが事実であると分かった。決して裏を取った訳ではない。しかし、幾つかの要素から、そうではないかと予期していた。
アンジェリアの忠告。親元を離れてなお悲しむ素振りも見せない。そして王曰く、幼子を殺害したとされるドラゴンに向けた、幼さを超えた憎悪と殺意。それらは転生前の男児が健全な生活、或いは親子関係を築けていないことを暗に仄めかしている。
ルディアはそれらを、どう思っているのか——
「それは、不憫でしたわね。私も憐れに思います」
「だったらッ! あたしの行いが正義だと分かって——」
「思いませんわ。微塵も。それとこれとでは話が別」
冷たくあしらうルディアの態度に、ショーコは思わず身体を震わす。
「身の上がどうであれ、結果として彼は異世界を乱している。現にドラゴンの命は絶たれましたが、それについてショーコはどうお考えで? まさか神のあなたが、命の重みを比べるべくもないですわよね?」
「あ、あれは仕方がないだろうッ! 王の意志だ。彼のせいではない!」
確かにショーコの言い分では転生者の非は薄いかもしれない。しかしルディアの言いたいことはそうではない。血の滴る握り拳を解くと、真犯人を突き詰めるかの様にショーコの胸を指差した。
「それ。それが良くない。転生神は皆そう。転生させ、満足して、それでおしまい。彼は次に隣国を滅ぼしますわよ。それも知らぬ存ぜぬで通すつもりですか? 自分が正義だと思い込んでいる分、あなたは余計にたちが悪い。たった一人を生かした自尊に溺れるあなたは、幾千幾万の屍の上に立っているということを知りなさい!」
ルディアはマウント状態から再び拳を叩き込む。ショーコの力の底はまだ知れない。再生だってまだまだできる。しかしそれ以前に——心がもたない。
幾多に渡る致命傷は、ショーコの精神を徐々に崩壊させつつあった。意識を鈍らせれば治癒の手は遅れ、間もなくルディアの力に押し潰されてしまう。しかしそれ故、研ぎ澄まされた神経は痛みを鮮明に知覚させてしまうジレンマを有している。
「げぼぉ、ぐげっ……だ、だからぁああががが、やめでっ! 頼むがらっ! すごじの間でいいがら、やめでぐれぇぇぇ」
必死の懇願もまるで意に介さない。問答無用とは正にこのこと。心身共に追い詰められるショーコには、遂に最後の切り札を使う瞬間が訪れる。
「やめねばぁあああ! ご、ごが……後悔するぞぉおおお!」
ショーコの白髪を掠るルディアの拳は、顔面を陥没させるほんの僅かのところでぴたりと止まる。呼吸すら許さぬ緊迫した空気の中、ショーコは喉から声を絞り出した。
「ルディア……分魂の術は知っているか?」
「えぇ、存じてますわ」
「あ、あたしは……その昔、長寿の神だったんだ——」
話も半ばにすかさず拳を開くルディア。ショーコの顔面を掴み力を込める。アイアンクローなど合理的な技とは言い難いが、握力極まればそれも必殺。ショーコの頭蓋はみしみしと、異様な音を立てはじめる。
「ま、待て! あたしは続きを話しているんだ! 逸らしてる訳じゃない!」
頭蓋が割れ、血涙を流し訴えかけるショーコ。すると祈りが通じたのか、はたまた神の気まぐれか。ルディアは力を緩めてその場を立つと、魔力で創りし十字の槍を、ショーコのはらわたに打ち込んだ。
激痛に呻き声を上げる。だがこれは慈悲。ルディアが神に与える、最初で最後の慈悲なのだ。
「身じろぎしない、治癒もしない、破れば直ちに処刑を再開します。では、述べなさい。悔いのないよう、終幕の言葉を」
息を吞むショーコ。これまでのルディアの猛撃は、それが偽りでないことを物語っている。一歩違えば、本当に最後の言葉となりかねない。
誤解を生まぬように、妙な疑いをもたれぬように、ショーコは一から真実だけを語り始める。
「あたしは、長寿の神だった。ルディアと同じで、それはそれは神の使命を重んじてきたんだ。儀式や祈願に応じて、数え切れぬほどの使命を果たしてきた。誇りもあったし、やりがいだって感じていたんだ」
一つの宇宙をユニバースという。それが連なり、重なり、無限のユニバースで構築されるものがマルチバース。多元宇宙論ともいう。
宇宙には起源と終焉があるとも言えるし、ないとも言える。宇宙の果てはあるとも言えるし、ないとも言える。
ショーコは数多の宇宙を渡り歩いた。その中で繰り返し繰り返し、飽きもせずに神の使命を全うしてきた。似たような宇宙、似たような星、似たような世界で、何度も何度も——
「だが、ある時を境にそれは起きた。髪に白髪が混じるようになったんだ。皺が増え、それが深く刻まれるようになった。そして気付いたんだ——」
長寿の神は、使命を全うする毎に老いていく。
「まさか、だよ。はじめは感じもしなかった。だが次第に肉は削げ落ち、肌は乾き、あたしの身体は老いぼれていくのだ。それは呪いで、いかなる魔力をもってしても癒えることはなかった。それでもあたしは使命に殉じた。でなければ、今までの努力が無駄になってしまうような気がしたから」
努力——
ルディアは一切の感情を見せずに静聴する。だが、その言葉だけは彼女の心を僅かに揺らした。
「そんな折に生まれたのが分魂の術だ。生まれてすぐ、その危険性が危惧されてしまったがね。ルディアの生まれる頃には既に禁忌だったろう。しかし、あたしはそれに先んじて術を会得した。何故ならそれは、あたしにとっては希望の光だったからだ」
遥か遠い過去を見つめるショーコ。歪んだ思惑なのかもしれないが、その目は幼子のように澄んだ光に満ちている。
「遠い昔。転生はね、神ならだれしも使える技術だったんだよ。しかし、誰も彼しも見境なく転生した為に、一時は死という概念が完全に消失してしまった。そして規制され、今では転生神しか使用を許されん秘法となっている」
ルディアの嘆く転生の有様。それが昔は更に酷いものだった。仮に今のルディアがその時を生きれば、きっと神々を皆殺しにでもしようと画策したに違いない。
「そして、分魂と転生。その両方の術を持つあたし。分かるか? あたしがなぜ、分魂を光と見たのか。魂を分ければ、呪いをもってしても、若い肉体に宿ることができるからだ。だが分魂のみでは脆弱な身体しか使うことはできん。転生の技術で創り出した強力な肉体に魂を分け与える。それが貴様の知るショーコ・ハレルヤ。そしてここにいない、貴様の知らないショーコも無数にいるんだ」
それがショーコの若さの真実。力を手にしたショーコは老いを憎んでいる。それに反するように若さを尊び、次第にそれがエスカレートしていった。彼女が子供を愛するのはそれが要因。
「分かるだろ? ルディア、お前はどちらにしろ負けるんだ。だがな、あたしとてこの身体と意志は捨てたくない。百パーセントに近い多大な魔力を失うのもそうだが、分魂というのは分身と違い自我を持つ。つまり貴様に殺されれば、今この場で話すあたしの自我は消えてしまう。そうはしたくないんだよ」
ここで形勢の立て直しを計るショーコ。分体を使えば、ルディアを敗北に追い込める。しかし分魂の濫用はショーコにも手痛い罰が下る。つまりは両成敗。ここは手打ちにしようと、ショーコはそう言っているのだ。
「だから、諦めろ。ルディアの邪魔はしない。お前があたしの邪魔さえしなければな。だからその拳を——」
「引けとでも? 言ったはずです。これは辞世であり、起死回生ではありません」
ショーコの思考は固まる。ほかに選択肢などあるはずないのに、冷静に見えるルディアの答えは、理性を超えた気違い染みたものだから。
「私は、元からその可能性も鑑みておりました。消そうと思えば今すぐにでもあなたを消せるにも関わらず、そうしなかったのはショーコという存在を丸ごと、全ての宇宙から消し去る為」
まさか、ここまで話の通用しない奴だとは。計算外のルディアの意志にショーコは動揺を隠せない。無限の宇宙に存在する無数のショーコを駆逐するなんて——
「ふ、不可能だぞ! あたしから居場所を探ろうという魂胆だろうが、そんなことは口が裂けても言いはしないッ! あたしの分体は数多のユニバースに散っている。パワーは無いが、その分知覚もできやしない。不可能なんだッ! あたしですら、全てを把握しきれないというのにッ!」
終わりはない。仮に根絶やしたとしても、それが終わりだとも分からない。そんな途方もない戦いに身を投じるなんて馬鹿げている。しかしルディアは冷静さを欠いている訳でも、自暴自棄になっている訳でもなかった。
「分体など、見つける必要はないのです」
「————は?」
訳が分からず途方に暮れるショーコ。理解の及ばない子供を諭すように、ルディアは話を続けていく。
「ショーコ、あなたは知っていますか? 最強の身体を持とうが、数多の能力を持とうが、身体を幾つに分けようが。この宇宙には、如何なる力でも防げない。唯一無二の力があるということを」
「な、何を馬鹿な……そんな力があるわけ——」
ない。そんな力が、許されていいはずはない。だが、ルールを冒した者。それのみに限定したのなら——
その力は、神の意志を超えて存在を許される。
「今ですわッ! キラァアア!」




