第69話 再 転生神を始末ですわ!
雲海に浮かぶ一つの遺跡。太古の闘争の終焉、残党の悪魔の首を順々に切り落とした断首の丘。その頂点でショーコ・ハレルヤは一人佇む。
丘の手前で足を着けるルディア。風化し、今にも崩れんとする階段を上り、待ち構える敵と相対する。
伸びた身長、靡く白髪。ルディアを前に俯くショーコの劇的な変化を目の当たりにしても、依然として毅然とした態度を崩さないルディアであったが、そのあまりの変貌ぶりはショーコをショーコと認識するに未だ些かの迷いが生じた。
「ご機嫌よう、ショーコ——で、いいですわね?」
「…………」
周囲は静まり返っているが、それを平穏というにはあまりに不吉なその空気。嵐の前の静けさといえばそれに近いのかもしれない。
「行く足を止めてくれたのは有難いですが、観念したって様子でもないですわね」
「…………」
「黙ってないで——」
「———だろう——」
ゆっくりと、俯く顔を上げるショーコ。掛かる前髪から垣間見せる瞳は、ルディアもよく知るお馴染みの翠眼。しかし、残す面影はたったのそれだけで。
人が人と相対した場合。同じ状況下で驚くことはないだろう。驚愕はおろか、違和感すら感じることはないかもしれない。しかしルディアは戦慄する。同じ神であるが故に、ルディアは驚嘆を禁じえなかった。
生きとし生ける者には避けられぬ宿命。
永遠を約束された神々には縁のない他人事。あるいは他生物事。
それは——
「ショ、ショーコ……その顔は……」
「醜いだろう? 私だってそう思うさ。神が老いるだなんて、普通はありえないことだからね。知っているのはあたしだけ。それはこれからも変わらない。何故だか分かるよな? ルディア——」
老いという現象自体も然ることながら、驚くべきはそれがショーコだということ。ショーコは子供好きで、老化を最も忌み嫌う存在のはず。なのになぜ——
僅かに揺れる空気。逆らわぬよう、ルディアは緩やかに身構える。
「神殺しの罪を被りますわよ」
「これは正当防衛さ。罪を知られ、それを隠さんと襲い掛かるルディアから身を守る為の正当防衛。あたしの真まで知られた以上は、目玉をくり抜き、記憶ごと頭を叩き潰してやるがね」
「——都合の良い正当があったものですわね」
相手は老いた身。対してルディアは若くしなやかな身体を持つ。おまけにルディアは強くなることを目的とした努力を続けた。戦闘に関わるほぼ全てにおいてルディアはショーコを上回る実力を持つ。
それでもルディアは警戒する。ただ一つ、魔力だけはショーコに分があるから。
魔力量は戦闘において大きなアドバンテージを持つ。神々はその慢心から努力を行わない癖があるが、もう一つの理由として鍛錬を行えばそれで魔力を消費してしまうことにもある。無尽蔵に魔力を溜められる神々にとっては一日休めば元通りではなく、使わなければ日に日に魔力は向上し続けていくのだ。強くなろうとすればする程、ある種弱体化してしまう矛盾。それがより、神から努力の二文字を遠ざける。
そしてショーコは誰よりも永く存在し続けた。その起源が不明な以上、魔力の底は測り知れない。だからルディアも油断しない。
ショーコは徐々に歩み寄る。一歩進める毎に溢れ出る底知れぬ魔力。対するルディアは動かない。間合いを取ることもなければ、ただその場で静かに構えるのみ。ルディアには心身共に引き下がれない理由がある。そこが防衛線でデッドライン。
だから魔力を湛え、獣の如く踏み込み襲い掛かるショーコを前にしても、一歩も引かずに迫りくる狂腕を掴みかかった。
「お年寄りがそんなにはしゃぐものではないのですわ!」
「黙れッ! 小娘がッ! 貴様にあたしの何が分かるッ!」
魔力を湛えたショーコの腕は、貧相な枯枝と例えるにはおこがましい程の凄まじい力でルディアの身体を引き裂かんとす。それをさせじとルディア。しかしその手はただの素手。ショーコも素手には素手だが、魔力を備えればそれは最早兵器といっても過言ではない。そんな兵器を生身の素手で抑え込むルディア。
「くそがッ! なんつう馬鹿力だよ!」
「馬鹿力ではなく努む力。それが努力。そんなあなたは馬鹿の一つ覚え。魔力脳には何を言っても無駄かしら」
「減らず口を——うぐッ」
呻き声を上げるショーコ。痛む箇所、手首だった部位には握りしめられるルディアの拳が残される。握り潰され、切り離されたショーコの手首。怯んだ隙にルディアは顎に目掛けて長く麗しい脚を振り上げる。
当然、支えを失ったショーコの身体は宙に浮かぶ。蹴り上げたルディアの脚はこの時既に折り畳まれている。打撃は出す早さに目が行きがちだが、肝要なのは引く速度。引くのが早ければ次も早い。加えて引く打撃というのは衝撃を体内に残し、相手の動作を一歩遅らせ、喰らったと思った時には次なる一撃。
つまり無限ループ。浮いたショーコの身体に突き刺す蹴りは、次から次へと止めどなく放たれ。腹部を貫けば次は胸、胸を貫けば次は顔面と、老いたショーコの身体に
微塵の容赦もなく叩き込まれる。
「がふッ! ぐえッ!」
ひしゃげるショーコの顔面。あと一撃蹴り込めば、それでショーコの頭部は粉砕する。その間際、ショーコは失ったはずの両手でルディアの脚を掴み止めた。
「ちょ、調子に乗りやがって……」
皮膚は裂け、剥き出しの血眼をルディアに向けるショーコ。膝下を回すようにしてショーコの腕を振り払うと、ルディアはようやく足を地に着けて構えに戻る。
「手首、落としたはずですがね。蛇かと思いきや、とんだ蜥蜴女でしたか」
「あ、危うく死ぬところだったが……生憎あたしの魔力は無尽蔵なんだ。蜥蜴の尻尾なんざ可愛いもんさ」
先程までは徐々に増していたショーコの魔力のヴォルテージ。今度はそれが一度に解放される。見る間に身体の修復を終えるショーコ。強大ながらも荒れ狂うことなく留まるその力は、最強たる転生者を生み出すに相応しい、神の領域に足るものであった。
「努力の力。嘗めていたことは認めるよ。だが、この魔力差はどうにもなるまい。空間を切り離す魔力の壁。この壁を破れる者は誰一人としていやしない。例えルディアが、そのちんけな魔力を身に帯びたとしてもね」
自身の魔力に絶対の自信を持つショーコ。鉄壁の守りを前に、初手からの流れで止めを刺しきれなかったことはルディアにとって致命的——
でもなかった。
魔力量。それは確かにショーコに分がある。しかし量が多ければ勝ち目がないかと言われれば、その点に関しては甚だ疑問だ。そこをルディアは鍛錬した。魔力量を削ってでも習得する価値があると判断した技術。
技術といったが、特別な才ではない。やれば誰だって習得しうるありふれたもの。しかし神はその体質が故に、量を重視してしまうが故に、それに対しては盲目だ。
「量より、質。それは瞬発力。魔力出力って言えば、重言ですが分かりやすいですわね——」




