第68話 メサイア
空間の狭間を通り抜けるルディア。降り立つ先は、天上界の手前に位置する天界で、そこは変わらず陽の差し込む雲海が広がる。
白雲には、埋もれるような形で過去の居住区や生活の後が存在する。当然、神々や天使は未だ存在し、現役の居住区は数多く存在するが、入口とも言えるこの場は侵入口でもあり、過去の闘争の中でも最も激化した場所。その傷跡は今でも残り、悪魔を根絶やしにしてしまった現在、残忍な神々による復興の目途は未だ立っていない。
そんな遺跡の一角に舞い降りるルディア。無人の廃墟に佇み、瞳を閉じるルディアには一刻の猶予も無いはずだが、長らく戦いという戦いから身を引いてきたルディアはここで一つ、神経を研ぎ澄ますことを選択した。
一つはショーコの位置を探る為。追われる立場からして、ショーコも全力か相応の力をもって逃げるはず。であれば、並以上の力は放出し続けなければならない。
「――――いましたわね」
天界には他にも神々は存在する。しかし、平時に扱う魔力などたかが知れている。多大な魔力を放出することなど今は皆無で、感じた気配がショーコのものであると確信した。
二つ目は、自身の力を呼び醒ます為。キラの前ではおちゃらけ程度、脅し程度でしか行使してこなかったルディアの力だが、真の力は隠したままだ。
努力を知らない神々にとって、限界という言葉は無縁だ。そもそも、どこまで強くなれるかなんて興味がない。努力をしようがしまいが、神を超えるなんてことは不可能だし、敵なき今、身内で争うことをしない限りは、これ以上強くなる理由など何処にもないのだから。
しかし、ルディアの敵は神で、強くなければならない理由は存在した。努力をした神の力は誰しも想像できない。それはショーコをして知らない、神の限界を超えた努力の賜物。
その力を解き放つ。来るべくして来た、神を葬る為に培った神以上の力。
揺らめくエネルギーを背部に集中し凝縮させると、見る間に魔力の翼へと変わりゆく。そして具現化した翼をその場で一つ大きく羽ばたかせるルディア。くどいようだが、素振りのようなウォーミングアップをしている猶予などないはず。だが、ルディアは知っていた。努力したからこそ、憶測ではなく、明確な根拠をもって確信していたのだ。
行く先を見据えたルディアは両手を地に着き、肢体を低く構える。そして、力強く地面を蹴り上げると——
文字通り、神速の追跡を開始した。
「子供の悪戯に仕置きは必須……覚悟なさい、ショーコ・ハレルヤッ!」
――――――――
一つに、ルディアとは向かい始めた時間差のアドバンテージがある。
二つに、神々の力の差など知れている。僅かな差はあれど、アンジェリアの様に稀に見る才を持たなければ所詮はどんぐりの背比べ。そのアンジェリアでさえ、闘争にはまるで興味がないのだから、その牙は完全に抜け落ちているといって良いだろう。
三つに、才を除いて唯一神の力に直結する重要な事柄がある。それをショーコは持っている。
だからショーコは慢心した。くだらぬ努力で強くなったつもりのルディアなんかに、追い付けるはずはないと油断した。
ルディアにアンジェリア。偏屈の揃う転生神の中でも、特に変わった異質な存在。まさか転生者の始末を実行していたとは——
ショーコは考える。異端かつ予測不能なルディアとアンジェリア。その二人を神の座から引きずり下ろせば、残るは低能単純な転生神のみ。そうすれば築ける、ショーコの望む者達だけが住むことを許される楽園。可愛い可愛い子供達だけの、究極のネヴァーランド。
(なのに、なのに——ッ!)
「畜生めッ! なんなんだこの速さは!? これでは天上界に辿り着く前に、追い付かれてしまうじゃないかッ!」
背後から近づく気配に強い焦りを感じるショーコ。同じ移動手段をもってして、瞬く間にその差を埋められていく恐怖心。ルディアは凡才、それは知っている。ちょっと頑張っちゃって、並の神より少しはマシな力を手に入れた。それも知っている。
だが、自身と同等かそれを上回る力を持つかと言われれば、それは知らない。未知は恐怖で、恐怖はショーコの頭にある事柄を蘇らせた。
ミラ=ノアは転生神。十二番目の転生神、だった者。そして、ルディアの罠にかかり、消えた者。ルディアは説得して穏便に——なんて生ぬるいタチではない。追いつけば手段を選ばず、ショーコの口を封じるだろう。
このままでは追い付かれる。そして追い付かれれば負けてしまう。このままの姿であれば——の話だが。
ショーコの姿は仮の姿。それは今回の給仕係としての姿のみならず、普段神々に見せている黒髪翠眼の姿さえ偽りのもの。そして本来の姿は誰も知らない。知る者も既にいない。
ショーコは戻る。本来の姿に。秘法で散らした魔力を集めて、真の力を百パーセント引き出す。その力をもって逃げ切る——のではない。
真の姿は誰にも見せる訳にはいかない。何者にも、例えそれがこの先で待つ、天上の神々であっても。だとしたら方法は一つしか残されていない。
神の力に直結するもの。才を除いて、それは歳。神の魔力は有限だが、無限の容量を持つ。神々は魔力を無制限に溜め続けることができるのだ。故に過ごした年月は魔力量にほぼ比例する。
一見幼く見えるショーコだが、真の姿は誰も知らない。知る者は既にいない。それほどに永く生き続けるショーコの魔力は他の神々の追随を許さない。
近くの足場に降り立ち擬態を解くショーコ。本来あるべき力が集束すると共に、その身体には異様な変異が訪れる。みしみしと軋みながら伸びる手足。まるで樹木のようだが、伸びる手足は細く乾いた生気のない枯枝を思わせる。艶やかな髪色は見る間に色素を失い、潤いすらも奪うと、まるで妖のようにショーコの頭髪を逆立てさせた。
「来るがいい、ルディア。そして泣き叫べ。ショーコ・ハレルヤに、悲鳴という名の讃美歌を——」




